上級天使――サラ・キルギス
「自分の知識を記すのも、ここまできたら暇だねぇ。そうは思わないかい?」
澄み渡る青空、綿菓子のように柔らかそうで一切の穢れを知らない雲の白。
そんな二色で構成される空に、それは浮いていた。
豪奢なつくりの宮殿。そこに暇を持て余すように、足をブラブラさせ、身の丈に合わない大きな椅子に座る少女が一人、誰に話しかける訳でもなくボソッと呟く。
返事がない事を確認すると、少女は机の上に広げてある辞書のような分厚さの本を眺める。
「我ながらよくここまで書いたよ。誰が読む訳でもなし」
そういう少女の周りには本、本、本、本……同じような分厚さの本が所狭しと並べられ、積まれ、散らかされている。
驚く事に、この宮殿の壁は全て本棚になっている。
だが、その本棚にも収まりきらず、塔を作り上げる本たち。
それらは全て、この少女が一人で書いたものだった。
彼女の見た目は、多く見積もってもせいぜい十代半ば。
その生涯を費やしたとしても、この量の情報を書き留める事など出来まい。
「だけど、それが出来ちゃうんだよねぇ」
語りにすら、反応する少女。
そんなことが出来る人間は、この世に一人として居ないだろう。だが、それを平然とやってのける。
『天使』
少女はそう呼ばれる存在だった。
上級天使の熾天使、智天使、座天使。
中級天使の主天使、力天使、能天使。
下級天使の権天使、大天使、天使。
少女の招待はその中でも上級天使と呼ばれるものだった。
「そしてそんな私を人は『神の秘密』と呼ぶ――なんてね」
ケラケラと笑い、机の上の本を見直し気になるところがあったのから眉を顰める。
「へぇ……中々面白そうな事をしているじゃないか。私を差し置いてやる事では……ないねぇ」
少女は指を一本立て、指揮を振るような仕草をする。
そうすると、現在置かれている本の前後数冊の本が何処からともなく現れる。
「『人妖空神楽』……無理矢理感満載で悪くないね。なんでもありでなんにもなしの〝暇潰しのゲーム〟か」
新しい玩具を見つけた――子供のように無邪気に笑いながら、ルールの項目に目を移す。
「天使、悪魔、神、悪神、神獣、魔獣、神霊、悪霊、妖怪……参加者はなんでもあり」
ふん……パワーバランスとか考えているんだろうかね、半眼になりながらも続きを読んでいく。
「ゲームマスターは意外にも人間か。どっかの神のせいかとも思ったけど……それ故に人間といずれかのペア……なのか」
一度何かを読み出すとのめり込むタイプなのか、没頭し始める少女。
「人間が何かを呼び出し、契約を結ぶ。そして人間は『私たちの武器』を、私たちは『人間の武器』を使って闘う」
パワーバランスの調整はここで行うのか。感心したように頷き、ますます面白くなってきたと笑う。
「まぁ、細かいところは後でも良いか。とりあえず呼ばれないとダメなみたいだけど……待つのは性に合わないねぇ」
そう言うと、少女は他の本とは違い煌びやかで豪奢な装飾が施された、一冊の本を取り出す。
「本名を明かすのも面白くないし、偽名はそうだね……サラ・キルギスとでも名乗ろうか――『創天手記』」
それが、その書物の名だったのだろう。
本は返事をするように、独りでにページが捲れ、途中のページで止まる。
そしてそれと同時に、少女の目の前に幾何学的な模様を重ねた、魔法陣の様なものが浮かび上がる。
「さて……こういう時はなんと言うべきか――『それじゃあ、退屈を終わらせに行こう』――なんてね」
巫山戯た態度を最後まで貫き、少女は魔法陣に消えてゆく――