憑き護――月鬼 依芽
山の奥。暖かな木漏れ日が射し込む家の前。
一人の少女が楽しそうに飛び跳ね、遊んでいた。
黒い髪。小さな矮躯。
子供用の着物に身を包むその少女――月鬼 依芽には人の目を惹くものがあった。
本来人間には備わらない部位。『角』としか形容出来ないそれが、依芽の額には生えているのだ。
ごつくはなく、矮躯と同じく小さいが、幼い少女の頭に限らず、人間の頭に生えているには不自然なもの。
そんなものが依芽には備わっていた。
『憑き護』
世に言われる霊や妖怪などの怪異が、人々に襲いかかるのを肩代わりし護る存在。
避雷針。身代わり。生贄。
だが、それは望んでなれるものではない――そしてなって良いものでもなかった。
人間誰しも『違うもの』や『未知のもの』を恐る。
それは憑き護も例外ではない。
それ故に憑き護達は山の奥、人里離れた場所に住んでいた。
人々から怪異を遠ざけ、静かに暮らす。それが憑き護の暮らし方だった。
そして、そんな憑き護の少女である依芽には、鬼が宿っている。
人間と鬼のハーフ……とは違う。半人半妖とも少し違うだろう。
それが何かと言われると『憑き護』としか言えないのだ。
依芽は一通り遊ぶと、する事もなくなり空を眺める。
「ひまー……」
そう小さく呟くとパタっと後ろ向きに倒れ、つい先日、ここを出ていった兄に言われた事を思い出す。
『いいかいヨリメ?僕達は人間には歓迎されないんだ』
『なんで?ヨリメ達は悪いことしてないよ?』
『人間は、僕達の事を化物だと思ってるからさ』
『なら、お話しすればきっとわかってくれるよ。お兄さまとヨリメは何もしてないもん』
『ダメだ。絶対そんな事はない。だから、僕はここを出るけど絶対に人里にはおりてはいけないよ?』
『はーい』
その日の記憶を思い出し、依芽はむくれる。
「お兄さまは気にしすぎなんだよ」
憑き護とはいえ、依芽も子供。
好奇心も旺盛で、同年代の子と遊びたい年頃だ。
兄との約束も、ただの気にしすぎ。
話せば分かってもらえる、依芽はそう楽観していた。
そしてその楽観が、己の人生を大きく変えるとは知らずに。
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『あっちいけ!鬼!』
『わしの子を喰う気か!帰れ!』
『なんでのこのこ出てきたんだよ、この化け物!』
人里におりた依芽を待っていたのは、兄の言う通りの人間たちだった。
依芽の角を見たものは、誰一人例外なく依芽に心無い言葉を浴びせ、逃げて行くのであった。
「なんで……なんでわかってくれないの……?」
純粋な気持ちで山をおりた依芽には、何故何もしていないはずの自分が嫌われるのかが理解できない。
村の隅の暗がりで、一人膝を抱え悩み、泣いていた。
そして、どれほどの時間が経っただろうか。
日が傾き、世界が赤く染まり始め、依芽がそろそろ帰ろうと立ち上がったその時。
ジャリッ
依芽を取り囲むように並ぶ、村の男達。
その手には鍬や槌、包丁などの武器に出来そうなものが握られている。
「な……に……?」
村の男達の恐ろしい形相に、恐れ慄く依芽。
その依芽を追い詰めるように、迫る男達。
「お前は厄を運んでくる」
「ここに来なければ、こんな事にはならなかったのに」
「穢らわしい鬼の子め」
口々に呟き、依芽を殺さんとする男達。
誰かは分からない。だが、そのうちの一人が、鍬を振り上げたその瞬間――依芽の足元から閃光が迸り、幾何学的な模様が浮かぶ。
空気は張り詰め、何かがバチバチと発光している。
村人達は驚き動きが止まる。だが、一番驚いているのは――他ならぬ依芽だった。
そして、一際眩い光を放ち模様は消える。
村人達の目が慣れ、再びその場を見た時
「消え……た……?」
そこに依芽の姿はなかった。