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『煙』8.忍び寄る悪意

8.忍び寄る悪意


あっという間に春休みが終わり、始業式になった。

クラスは…カミルと一緒だった。ついでに一年時のクラスメイト何人かとはまた一緒になった。

ついでにいうと、あのカミルを脅していたグループも一緒だ。

相変わらず派手な集団だった。

最初の一週間は普通に学校に来ていたのだが、日が経つ後とに彼女達を学校で見かけることは少なくなった。

帰りぎわに繁華街で見かけることが何回かあったが…。


「カモミール、沢山咲いたね。」

「ショウエンが手伝ってくれたお陰。今まで育ててくれた中で、一番立派。」

私は自然とカミルを手伝って花壇に行くことが多くなった。

花の声が聞こえる。

感謝の気持ち。喜び。

「お父様に、これどうぞ。」

彼女は大きくて良い香りのものを何本か見繕ってくれた。

そこに、久しく見なかった、あの男が来た。

「やあ、ショウエン、お久しぶり。」

「あ、バルト、くん……」

アデーレの顔が途端に真っ赤になる。

「君は確か、…そうだアデーレちゃんだったね。覚えているよ、去年のコスモスは綺麗だった。これは、雛菊?」

ロメオがカモミールを指差して訪ねるとアデーレは小さく首を降る。

「あの、これはカモミールです…」

「へえ、カモミールって言うんだ。きれいな花だね。良かったら一本くれないかい?」

突然の申し出にアデーレは一瞬驚いたものの、直ぐにまた一本身ぶりの良いものを刈った。

「ありがとう。…さあ、これでどうだい?」

「え、ええ!」

その一本をアデーレの髪の毛に挿す。

「うん、やっぱり似合うよ。君はかわいいよ。」

金魚のように口を開閉させて、顔を真っ赤にさせて。

何も言えないアデーレにまた一つ笑みを送って彼は去っていった。

彼の姿が見えなくなってから、彼女は膝から崩れ落ちるようにその場にしゃがみこんだ。

「わ、わたし、、、わた、し」

「……」

私は黙ってアデーレの背中を撫でる。

アデーレにしてみれば、憧れの人と僅かだが話すことができて、しかもあんな風に触れてもらえるなんて思っても見なかったことだろう。

でも、彼からしてみれば、恐らくアデーレは多くの女の子の一人だろう。

でもそれを私は言わない。きっとアデーレが悲しむから。


『きを、つけて』

私の耳に届く。


『あのひと、気を付けて』

アデーレの髪の毛にささるカモミールが、最後に私に、いや私たちに向かって叫んだ。






翌日、信じがたいことが起こった。

朝、教室に行くと人だかりが出来ていてその中心は、アデーレの席。

私の鼻に、土の臭いと花の臭い。

これは、カモミール。

「…どいて」

人だかりを押し退けて、私はその惨状を目に入れた。

彼女の机は土で汚されていて、無惨に引きちぎられたカモミールが落ちている。

彼女の鞄は、教室のロッカーに納められていることから、学校には来ている。

私はカモミールの花弁を摘まんだ。

「…アデーレは、どこ。」

「さ、さあ…。机に乗っていた花を抱えて出ていったよ…」

クラスメイトの一人がそう言うと、私は鞄を置いてある場所に行こうとした。

「どっか行くなら掃除してから行けってのー」

「そうそう、教室汚れたまま授業とかやーよ」

私はそう言った集団に目を向けた。

あの、派手なグループだ。朝早くに教室に来るなんて珍しい。

カモミールの花弁を、私は握る。

そしてわずかな声に耳を研ぎ澄ませた。

ああ、予想通りだ。私は口を開く。

「あなた達も、泥の着いた靴を洗った方がいいんじゃないの。朝早くから園芸なんて、似合わないわよ。」

クラスメイトの目が一斉に彼女達を見る。

恐らく手は洗ったのだろうが、靴までは気が回らなかったようだ。

泥に混じって白い花弁が付着している。

「デナードてめえ!」

「おい、お前達がやったのかよ。」

「ひどいわ」

普段は彼女達に関わらないようにしていたクラスメイトも、さすがに今回の件は頭に来たらしい。

私は騒がしくなった教室を抜けて花壇に走った。

予想通り、彼女はいた。

引き抜かれた花を元のように植え直している。

土作業の時の作業着にも着替えず、制服が泥まみれになるのも構わず。

「アデーレ」

「…あ、ショウエン」

昨日とは全く違う、泣き腫らした顔が此方を振り見る。

「わたしのせいで、花が…」

ぼろぼろと涙が溢れ落ちる。

「あなたにも、てつだって、もらったのに」

「…気にしないで。貴女のせいじゃない。花達もわかっているよ。」

わたしは彼女のそばに行く。

そして、その肩に手を置くと彼女は私に抱きついた。

だが直ぐに私から身体を離す。

「ごめんなさい、汚れてしま」

私は彼女を抱きしめる。

土汚れなんて、気にしない。

そうすると途端に彼女は声を上げて泣き出した。

騒ぎを聞いたクラス担当の教師が私達を呼びに花壇に来た。

その頃には、まだ望みがあるカモミールを植え終わっていた。

彼女も大分泣き止んでいた。

「カミルさん、デナードさん、教室に戻りましょう。彼女達は今、生徒指導室に居ますから。」

身構えたアデーレを安心させるように優しい口調で言う。一年時は男の担当だったが、今は女の先生。教師10年。赴任して3年と、なにかと手際の良い人間だと思う。

「もし気分が優れなければ保健室に寄ってからでもかまわないわ。デナードさんも。」

私達はその提案を呑むことにした。

落ち着いたとはいえ、さっきから休みなしで動いたのだ。少しだけ休んでからの方が良いだろう。

「もし、教室に戻るんだったら私の端末に連絡して。迎えに行くから。」

自分でも珍しいと思うほど彼女を気遣う。

なぜだろうか、と思うが、やはりこれが友達というものなのだろうと結論づける。

教室に戻ると、クラスメイトが心配そうに私を見る。

アデーレは落ち着いて、今少しだけ休んでいると伝えるとホッとしたような表情をする。

その中には、やはりあの派手なグループの顔はない。

「先生がもの凄く怒ってくれたのよ。」

「掃除させようとしたんだけど、ずっと嫌がっていたからそのまま生徒指導室に連れて行かれたんだ。」

「最近学校に来ていなかったし、それもあると思うなー…」

「でもショウエンすごいよね。彼女達が犯人だって、はっきり言うなんて。私だったら怖くて言えないよ。」

「でも、カミルさんかわいそう。なんであんなことされたんだろう…」

「…少しだけ、私もいたんだけど、昨日ロメオと花壇で話してたの。」

私の言葉にクラスメイト達は納得したようだ。

「でもさ、酷すぎるよ。大事にしてた花壇荒らして、机まであんな風にしちゃってさ。」

「最近あの子、リーダーのクリスチーナがバルトと付き合っているって聞いているし…」

「えー!それ本当!?」

「街のクラブに二人で出入りしているの見た人が居るって」

そのあとは二人についてのうわさ話が続いたが、授業の予鈴が鳴ってそれも散っていく。

私はあのグループが許せないと同時に、ロメオに違和感を覚える。

クリスチーナと付き合っているなら、他の女の子に対してあんな行動をするのはどうかと思う。

そうでなくても、自分がどんなに影響力のある人間かも想像できるはずだ。あの男なら。

今度会ったら問い質そうと思う。

その時は直ぐに訪れた。

アデーレを迎えに行こうと保健室に向かう途中に彼がいた。

「やあ、ショウエン。今日も可愛いね。」

「……相変わらずだね。君は。いい加減、そう言う態度をどうにかした方がいいと思うよ。」

「そういう態度?」

「不特定多数の女の子に、そうやって愛想振りまいて、誤解させるような真似をして」

ロメオは気持ちの悪い笑みを浮かべる。

思わず鳥肌が立つ。

「もしかして、焼き餅?嬉しいなあ、ショウエン」

近寄ってくる彼をすり抜ける。

ついでに周囲からは分からないように足を払った。

転んだ音とうめき声が背後から聞こえてくるが私は無視して保健室に行った。

「ありがとう、ショウエン。午後の授業からは出席するわ。」

少し顔色の良くなった彼女はそういって微笑んだ。

「貴女には助けられてばかりね。また今度、何かお礼をするわ。」

「気にしないで。」

彼女はベッドから立ち上がる。

乱れた三つ編みの髪の毛を解いて、一つに束ねる。

「バルトくんを責めないでね。ショウエン。」

「でも、元はと言えば奴が…」

「私がもっとちゃんととした態度でいれば、良かったの。元々、私と彼とじゃ釣り合わないのを分かっているけど、つい浮かれちゃって。…だから、あの子達も見ていて嫌だったのよ、きっと。」

違う。

貴女は悪くない。

でも彼女はただ、悲しそうに、笑うだけだった。

下校。

私は彼女を家まで送った。

普段は花壇の世話をしてから帰るのだけど、今日はそれは休むことにした。

朝の手入れから、暫く経っていないから。

「ごめんね、ショウエン。また明日。」

「うん。また、明日。」

私は彼女が家の中に入るのを見届けて踵を返した。

中流住宅地は、都市の再開発で生まれた地区だ。

故に、まだ行き届いていない旧市街地も隣接している。

一応、公園などで仕切られてはいるが、ホームレスや柄の悪い連中がたむろする場所を帰って与えてしまっているようにも思える。

私はそこを避けて、なるべく大きな通りを歩く。

Dの家へは、ここからだと地下鉄が良いのだけど、すこし旧市街地を歩かなければならない。

旧市街地の建物にはツタが生い茂る。どことなく、暗い印象がある。

まだ外は明るいのだけど、人通りは少なかった。

旧市街地ではあるが大通り、日中。

安全だという保証はないが、大丈夫だろうと、そう思っていた矢先だ。

路地裏に私は引きずり込まれた。

後ろから、鞄を持つ左腕を、太い腕が引っ張る。

間接が効かない方向だから、無理に振りほどこうとすると痛めると思い、逆らわずに暗いそこに。

「大人しくて助かるぜ。」

掠れ気味の、声。複数人の荒い息づかい。

冷静に呼吸の数を数えると、四人。

酷い煙草の臭い、と安いコロンのにおい。

「綺麗な面じゃないか、上物だ。」

「…離して。」

「こんな場所に、一人でいるのは危ないよ?お兄さん達が楽しいところに連れて行ってあげるよ。」

建物の壁に押しつけられる。

ぎらぎらした目が八つ。

視線が私を舐めるように上から下へと流れる。

鼻息が荒い。

「…人を、呼ぶわよ。」

「そんなことしたって無駄だよ。だって、誰もここには来ないからな。」

私を抑え付ける男が仲間に目配せをする。すると、そのうちの一人が路地の出口に向かう。

見張り、か。

ここで私を嬲っている間の。

「ま、仲良くしようぜ。」

私を抑え付けている腕が増える。

残った仲間が、私の手足を拘束しようとする。

…気持ち悪い。誰が、お前らなんかに。

私は辺りに目をやった。

建物の表に生える、蔦が目に留まった。



来い




「ショウエン様、制服が少し汚れていますが。」

「…今日、ちょっと色々あったの」

私はDに今日のことを包み隠さず離した。

今朝のこと、帰りの事。

今朝のことについては何も反応しなかったが、路地裏での出来事について、、彼は露骨に眉をしかめた。

そしてその男達の人相を尋ね、直ぐにデータに書き起こす。

「ザクト様に報告します。誰であれ、確認する必要がありますから。」

「ただのチンピラだと思うけど。」

「いえ、確認が必要です。」

彼にしては珍しく焦っているような気さえする。

あの男達、私を襲ったチンピラ達は暫くは動けないはずだ。

蜘蛛の巣のように複雑に拘束し、宙につるし上げ、その場を後にした。

それが約二時間前。

「でも、あの場所がそんなに治安が悪いとは思わなかった。」

「…数週間前から、若い女性の失踪、誘拐事件が多発しています。貴女と同じくらいの年齢の人達ばかりですよ。」

私は驚く。

あの地区には私の学校の生徒も沢山住んでいるのに、そんな話は耳に入っていない。

「学校では何も言っていないのだけど。」

「誘拐事件の場合、ヘタに表に出すと人質の子供の命が危険にさらされます。仮に助かった場合も、引っ越して別の街に住むことも多い。二度とそうしたことに巻き込まれないように、と。」

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