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『煙』4.導く者

4.導く者


『君に、魔法を教えよう』

そう言った。あの人は。

知ってる。えらい人。かみさまの中でも、とても偉い人の一人。

むかし、わるいかみさまに逆らって、空から突き落とされたかみさま。

きれいで、こわそうで、でも本当は、すごくやさしいかみさま。

「さて、改めて。…ひさしぶりだな、『』」

その名前が聞き取れない。

わたしが知らない言葉。


「ディル、さま。うん、そうですね。わたし、思い出しか持ってなくて、ごめんなさい。」

あのたからものに、わたしだけのかみさまがいたけど、わたしはそれを落としちゃった。かみさまは、たからものにとじこめられていたから、ここには居ない。

かみさまの思い出だけが、わたしに与えられて、かみさまはいない。

「『』がいないのは辛いだろうが、直ぐに見つかる。君が居た村には、私の部下を向かわせた。」

「ありがとうございます。」

「いや、礼には及ばないよ。私も、本当の君に会いたいからね。……さて、彼らが戻ってくるまで、魔法を教えようか。」




わたしは、あの人の部屋の一つに通された。

白い壁の、何もない広い部屋。

ううん。違った。部屋のまんなかにテーブルが一つと椅子が二つ。

テーブルには何かの植物の種と、土の入った鉢、そしてもう一つ、何かの植物が植えられている鉢があった。

わたしはディルさまに促されて椅子に座る。

つちのかおりがする。

しめった、かおり。

かすかに花のにおいも。

「君は、植物を操る力を持っている。『』だから。」

「はい。」

あの時、わたしだけのかみさまが、おしえてくれた。

わたしは、木や、花や、草を操る力を持っているって。

その力は強くて、こわいひとたちからみを守ることが出来るって。

だからわたし、あのとき願った。


たすけて

わたしをまもって

おかあさんを、おうさんを、みんなを守ってって


でも、だめだった。

気がついたら私だけ、あの大きな花の中にいて

そして、いつの間にか、ここに来ていた。


おかあさんも、おとうさんもいない。

おにいさん達の話では、遠いどこかに連れて行かれたって言っていた。

わたしは誰も守れなかった。

だから、わたしは、この人に、教えてもらうことにした。

誰かを守れる力を

「さあ、始めようか」

わたしの力の使い方を。



「この種を発芽させてごらん」

目の前の少女、アドラスの生まれ変わりに私は指示を出す。

アドラス。木の神。

第三階級の高位の神。

植物を操る神様。

天上にいた頃は物静かで風にそよぐ花のように可憐な神だった。

しかし、生まれ変わりとは面白いものだ。

この少女、ショウとかいったか。

彼女の目にはすでに憎しみに染まっている。

今は家族への想いでいっぱいだが、何れ村を襲撃した人間に対して憎しみを抱くだろう。

激しい感情は、時に自らの力の枷になり得る。

見えるはずのものを阻む、壁になり得る。


『…イリアを覚えているか…』

『はい』

『いずれ、彼女を迎え入れる。そのときに、君に彼女を守って欲しい。そのための力を、私は君に与えよう。私の『魔法』も、きみに伝授しよう。』

私が天上から堕ちた時より作り出した魔法。

第三級の神ならば恐らく、操れるはずだ。

だがその前にまず自分の能力を操れるように教えなければ始まらない。

「集中して、芽が出るところを想像するんだ。」

「……できた。」

一瞬。

これは予想通り。

テーブルの上の種が発芽する。

二葉。一葉。

種によっては、三葉まで。

「今度は鉢植えの草に、花を咲かせてごらん。」

「今度も、想像するの?」

「そう。咲いたところを。」

「…この花、知らない。」

そう、これは南の国の花。この国には決して生えない花。

「触れてごらん。」

少女は従う。おそるおそる触れる。

そして目を見開く。

「見えたか。」

「…青い…花……」

「そう。出来るね。」

頷いて、見つめる。

彼女は触れた植物の姿を見ることができる。それは、すべての植物が彼女に傅くからだ。

植物の守護神。

「……咲いた…。」

大輪の青の花。

鮮やかで、この白い部屋に色彩をもたらす。

「君は触れた植物が何であるか知ることが出来る。種の形。花の形。大きさを。」

彼女は自分の手のひらを見つめている。

その表情は、やはり、子供。

アドラスの記憶の影響でどこか大人びた、ちぐはぐな精神構造になりかけているのは感じているが、それでもやはりベースの人格はショウという少女のようだ。

「次は、さっきの種に花を咲かせるんだ。」

ショウは頷く。

そして、種の一つを手に取る。

その花の形を認識したのか、小さく頷く。

意識をその種に集中させているが……


「…あれ?」

「やはりな。最初であれば、それだけできれば十分だ。」

目は伸び、硬化して茎になり葉を付け…しかし、蕾は付かない。

勿論、花も。

「…生き物は成長するのに外部からエネルギーを摂取する必要がある。人間は勿論、植物もだ。種が発芽するためのエネルギーはここに詰まってる。だから、君が呼びかけただけで発芽できた。」

「…」

「発芽した植物は根を張り、土から栄養分と水を吸収しながら生長する。…机の上にそれはない。だからだ。」

ショウが生長させた植物が、枯れていく。

生長にその植物自体のエネルギーを使い果たしてしまったことで、この草の生命力は尽きたのだ。

ショウの顔が曇る。

「…声、が。」

「……悲鳴、だね。」

それは私にも聞こえる。

きしむ音。植物の、断末魔。

「植物は、動物と同じように声を出している。ただ、それが聞こえないだけだ。」

「……ごめん、なさい…」

「仕向けたのは私だ。君が悔やむことではない。」

枯れた草が、ばらばらと黒い粉になっていく。

有機物の末路。炭素。

私はそれを見て、弟を思い出す。

少し前に、魔界の封印を破って出てきた、あいつの監視役。

50年あまりを芋虫のようにのたうち回り、太陽の光に皮膚を焦がし、地上の空気に内臓をかき乱されながら漸く地上に馴染んだ、第一級神の一人。

有機物を司る、神。

…ああ、今はショウに教えている最中だった。

「続けられるか?」

魔力の消費と、植物の断末魔で少し表情が強張っている。


私は一端部屋を出て、隣接している私室の棚から飲み物と菓子を持ってくる。

「…生き物は何れ死ぬ。守護神たる君に会えただけ、それは幸せだったんだよ。そしてまた、生き物としてこの世に現れてくるんだ。」

自動的な輪廻の輪。

かつては私の腹違いの兄弟が行っていた。

神以外のすべての生き物が、長さの違いはあれ、生まれ、死んで、また生まれて、死んで、それを繰り返していた。

兄弟、彼が魔界に自らを封印する前に大きな魔術を敷いた。

魂の輪廻。その自動化。

そして、その輪の中に神々は自らの魂を投じた。

ショウのように人間として、蘇るために。

そして私の、大切な、只一人の、愛しい人も。

泣いている声がきこえた。

わたしの目の前で、かれて、こなになっちゃったしょくぶつの声が。

『さいごに、あえてよかった』

それだけ聞こえた。

ギイギイと泣くような声に混ざって、わたしにむかって、うれしそうなその、声を。

「…生き物はいずれ死ぬ。しゅごしんたる君に会えただけで、それはしあわせだったんだよ。そしてまた、生き物としてこの世にあらわれてくるんだ。」

ディルさまが飲みものと良いにおいのするおかしを持ってきてくれた。

「自由に食べてくれていい。…君は、文字は読めるか?」

「…すこし、だけなら……」

ディルさまはまた部屋を出て行った。

一人になった。私は、持ってきてくれてたおかしを口にはこぶ。

おなかが、すいてしまった。

ほんのちょっとだけ前にあさごはんを食べただけなのに、ものすごくおなかがすいてしまう。

特に、タネからおはなを咲かせようとした時に、力が吸い取られるような気がした。

気がついたら、おなかがすいてしまって。


「あまい……」

ふんわりとして、良い匂いがして、甘くて。

のみものも、甘くてすっぱくて、おいしい。

飲んだことがないもの。

「おいしい……」

飲んで、また口にはこんだ。

「これを」

気がつかなかった。ディルさまはもう一つの椅子に座っていた。

その前には、いくつかの本がおいてあった。

かたそうなひょうしが付いた、色とりどりの絵がかかれた本。

えほん。それをわたしに、さしだしてくれた。

「君のものだ。文字が読めるようになれば、知しきが増える。これはそのトレーニングだ。…魔法に必要なそうぞうりょくもやしなわれる。」

「……ちからが付く、ということ、ですか?」

「そうだ。」

「…ありがとうございます。」

わたしは本を受け取った。

わたしの家にもいくつかあったけど、ここまで大きくてきれいなものではなかった。

村の、お金持ちの子供が持っていたものよりも、ずっと、きれいな。

「魔法の続きは、あのとけいの短いはりが1を超えてからにしよう。それまで、休んでおきなさい。」

ディルさまが指をならすと、近くの床が光った。

まあるい緑の線が円上に浮かび上がって、おほしさまがたくさんと、なにかの文字がうかんで。

そして、やわらかそうなソファが、出てきた。

「私の部屋のものだ。よければ使いなさい。眠ってくれても構わない。…時間になったら戻る。」

そうして、ディルさまは椅子から立ち上がった。

「…いって、らっしゃい。」

おとうさんにまいあさいっていたことば。

ディルさまは、ああ、とだけ言ってまた部屋から出て行った。

わたしはえほんをもって、ソファにすわる。

うずもれてしまいそうなほど、やわらかいソファ。

えほんをひらく。

わたしにもよめる、かんたんなことばばかりがならぶえほん。

かわいそうなおひめさま

わるいまほうつかいのせいで、ずっとずっとねむっている

かわいそうなおひめさま

かがやくかみのけも、ほうせきのうようなひとみも、ばらのようなあざやかなくちびるも、ねむってしまってくすんでしまう

かわいそうなおひめさま

ばらにかこまれたおしろでねむって、おうじさまをずっとまつ

わるい魔法つかい。

なかまはずれにされて、おこって、おさないおひめさまにのろいをかけた。

何も知らないおひめさまは、おおきくなって、のろいによって、ねむってしまた。


「…はな……」

きれいなえほん。きれいな花が、ばらがたくさん描かれていて、ほうせきみたい。

ねむるおひめさまがかかれてるところなんて、ほんとうに、ほんからあふれてきそう。

ひゃくねんたったばらのしろ、ひとりのおうじさまがやってきた

かわいそうなおひめさま

めざめのときがきたので

かわいそうなおひめさま

けだかくうつくしいおうじがちかづく

うつくしいおひめさま

おうじさまはかのじょにむちゅう

きれいなきれいなおひめさま

おうじさまはくちづけを

「そうして、おひめさまは、めざめて」

気がつけば声を出して

「おしろののろいもとけて、ふたりで、いつまでもしあわせにくらしました」

めでたしめでたし


一つ読みおわった。

じかんは、まだある。

「……」

おなかがいっぱいになって、ほんを読んで、すこし眠くなった。

わたしはえほんをテーブルにおいて、またソファにすわった。

急に目をあけているのがしんどくなって、わたしは目をとじた。

そして、すぐに、なにもわからなくなった。

「…で、これがその本か」

ガッコウから帰って部屋に直帰すると、ショウがいた。

俺のベッドの上に、何冊かの絵本を広げて、声を出して読んでいる。

聞けば、あのディルから貰ったものらしい。

予め持っていたとは思えないから、昨晩のウチに手配して揃えたのだろう。

新品なのは見て分かる。

表紙の角がつぶれていないから。

「『眠り姫』『人魚姫』『灰かぶり』それに、『少年と豆の木』。王道ばかりだな。」

ショウは本に夢中になっている。

鮮やかな色彩の絵を食い入るように見つめる。

「そうだ、部屋の用意ができたから今日からそっちで眠れるぞ。夕食が終わったらそっちに連れていくよ。」

「はい。」

ショウは顔をこちらに向けて頷く。

てっきり、駄々をこねると思っていたのにやけにあっさりと承諾する。

「…ま、何かあったら直ぐに連絡しろよ。」

口をついた言葉に俺は内心自分でも驚くが、それはショウも同じだった。

でも彼女は

「はい、ありがとうございます。」

ほんの少しだけ笑って、応えてくれた。

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