『煙』3.取り戻せない日常
3.取り戻せない日常
寝て、起きたら。
良い匂いがした。
わたしのいた村ではあまり食べたことのないあさごはんだ。
ベーコンと目玉焼きと、焼いたパンに、ミルク。
いつも、雑穀のオートミールだったから、思わず、唾が。
「おはよう姉さん。ちびもな。」
この人、紅い髪のお兄さんはわたしの頭をなでる。
わたしの恩人。きれいで、かっこいいひと。
テーブルで準備をしているのはそのお姉さん。金髪の綺麗な人。
「嫌いな食べ物は、この中にある?」
私は首を横に振る。
「良かった。もう少しかかるから先に顔を洗ってきて。」
わたしは昨日、教えてもらった洗面所に歩いていった。
ペタペタと、わたしの足音。
木の板が張り巡らされた床は、裸足の足には少し冷たいけど、きもちいい。
洗面所には、小さな台が置いてあって、背が低いわたしでも洗面台に届く。
蛇口を捻る。直ぐに綺麗な水が流れる。
村ではなかったこと。
お兄さんとお姉さんと、もう一人のお兄さんの家だというこの場所は、わたしにとってはお伽の国のお城。
広くてきれいで、住んでいる人も、お姫さまと王子さまみたいにきれいで。
なにもかも、違った。
「…いただきます」
手を合わせて、まずミルクを飲んだ。
甘くておいしい。
パンもかじって、ベーコンも、目玉焼きも。
甘くて、こうばしくて、おいしい。
「ゆっくり食べたらいいからね。」
「は、い」
わたしはしばらく口を動かすことに夢中になった。
食べきれなかった分はお姉さんとお兄さんが食べてくれた。
食べ終わって、歯を磨いたら
「この服、どう?春の新作なんだけど。」
お姉さんが服を見せてくれた。私が好きな花の色の服。
長いスカートの、村ではお金持ちの家の子が着ていそうな。
「これに着替えたら、ディルの所に連れていってあげる。」
「これを…?」
わたしの服?でも、こんな高そうなもの。
「気にしないで、着る人もいないから。きっと、あなたに似合うわ。」
そう言って、にっこりと笑った顔は、似ていた。
おかあさん。
わたしの目の前で、いなくなっちゃったお母さん。
「どうしたの?嫌だった?」
わたしは無言で首を振る。
いけない、泣いちゃダメ。
「ありがとう、です。お姉さん。」
わたしは服を受け取って、着替えた。