『煙』2.大いなる運命
2.大いなる運命
少女から得た情報は、思ったよりも大きなものだった。
大きな三つの●が描かれた車に、女の人が入れられていた。
俺は直ぐに、組織や会社のエンブレムのデータを引き出し、該当する複数の組織のものを見せた。
少女が指さしたのは、ギガの近郊都市の新興企業のもの。調べるとそこの幹部の資産は最近急激に増加している。会社の利益による分だけでは、いささか大きい気がする。
「この会社の動向と、あの村にいた襲撃者のデータについて関連を調査せよ。関連が認められた場合には、粛正を行う。」
機械都市ギガの、中心オフィス街から少し離れた摩天楼。
俺達の牙城、ノウエンタワー。その上層部。幹部の部屋。詳しくは俺達兄弟の部屋。
大きな部屋には大きなモニターと、ソファ一式と、デスクが一式。
デスクは総帥である兄の席だ。兄はそこにいる。
調子に乗った組織には、分をわきまえさせなければいけない。
父が亡くなった事で、俺たちの組織は他のところに完全に舐められている。
内部の構造は、父の代わりに兄のガラスが総帥になっただけで変わってはいない。
組織内の人間は、兄さんが充分に父の代わりになることを知っている。だから、大きな反乱などはなかった。
だが他の組織は兄さんのことを馬鹿にしている。
青二才。父の七光り。2代目など恐れるに足りない。
そして調子に乗った組織が今回のように、俺たちの管轄下を荒らす。
「やはり、潰すか。」
「ああ。こちらの縄張り浸食してきたんだ。報復するのは、この世界では当たり前だしね。」
兄は吸っていた葉巻を灰皿に押しつける。
そしてデスクに付けられた電話をとり、ある番号を押す。
二言三言指示を出して受話器を置く。
兄さん直属の殲滅部隊に指示を出したのだろう。
明日の朝刊か、夕刊にはきっととある街のとある建物の火災が記事になることは間違いない。
「その子供はどうする?随分お前になついているようだが。」
「適当な施設を見つけて、入所させるさ。ここに置いておくわけもいかないだろう。」
「……」
この女の子は俺の服をいっそう強く握る。
目を醒ましてからずっとこうだ。
俺の後ろを付いて回り、俺から離れようとしない。
「別に地獄に送ろうって訳じゃないんだ。ま、縁があればまた会えるさ。」
「…」
少女は俯く。でも服を放さないままだ。
「おいおい。あんまり困らせないでくれよ。」
「……ねがい。」
「ん?」
「そばにいたい、の。」
ポタリと一滴。涙。
「寂しいのよ。その子。家族も、知り合いも、みんな居なくなったのだから。」
兄さんの傍らにいた姉さんが俺たちに近づく。そして、女の子の髪の毛を撫でる。
俯いていた少女が顔をあげる。やっぱり、泣いていた。
紅い目が潤んで、宝石のようにキラキラと輝いている。
一瞬、綺麗だと思ってしまう。
「お前の報告にあった、巨大な花。その子が出したんだろう?」
「そうだよ。まるでシェルターみたいに守っていたんだ。あれは魔法かい?誰から教わったんだ?」
女の子の涙を拭ってやる。
こう言うときは話題を変える。誰かに泣かれるのは苦手なんだ。
「…知らない。あれ、私知らない。」
「知らない?」
「気がついたら、ああなってた。わたし、怖くて井戸の影に隠れてた。そしたら、見つかって、怖くて痛かった。止めて、と思ってそうしたら」
「巨大な花が現れた、と。」
部屋の扉が開く。
この部屋は組織の大幹部、則ち、俺たちの部屋だ。
断りも無しに入れるのは俺たち兄弟と、一人。
「調べた。やはり、該当企業が裏で人身売買をしている。襲撃者は、そこの人間だ。」
手には何人かの顔写真と、その詳細説明。
報復の標的だ。
「既に君の部隊にはデータを渡している。標的の特徴、スケジュール、日課に至るまで、作戦に必要な情報は、全て。」
デスクに近付き兄さんと何かを話す。
ディル
親父から引き継いだ青灰色の瞳を俺たち兄弟とは異なる容姿、銀髪に黄金瞳の金属を思わせる色彩を持つ男。
情報処理と機械に関しては、世界の誰よりも優れているような気さえする、優秀すぎる大幹部。
姓は不明。出身地も不明。
彼に関するおおよそ全てはなにも記録されていない。
名前と、その高い能力以外は。
ただし、一つだけ明白なものがある。
彼は先代総帥、俺の父の代からいる『青年』であるということ。
外見は変わらず、動作や話し方をみても全く老いていない。
長命なエルフかとも思ったが、そうでもない。
謎の人物。なぜ父に仕えていたのか、不明である。
そして父亡き後、そのまま兄さんに何の抵抗も、疑問もなく、不気味なほど自然に仕えている。
感情は伺えない。
「……」
感情のない男が俺を見る。
石像のように、精巧に作り込まれた人形のように綺麗な男。
無機質なまでに美しい男。
「何時もながら、手際が良いね。」
「それは君も同じだ。ザクト。…その子はどうした。」
「拾ってきた。村の唯一の生存者だ。」
ディルが俺たちを、いや、正確には子供を見る。
じっと、観察するように。
珍しいことだ。
「…『』はどうした、なぜ持っていない。」
「落とした、の。どこかに。」
「…まあいい。いずれは手元に戻ってくるだろう。」
「なぜ、ここにいるの。」
「何れ話す。」
「おい、何の話だよ。」
必要なこと以外何も喋らないディルが喋る。
初対面の子供相手に何かを聞いて、その子供も受け答えして。
俺の知らない話をしている。
「提案だ。この子供、ここに置いておいた方が良いだろう。魔力が高いから、何時か役に立つ。」
「こんな組織に?不幸になるだけだよ。」
いきなり何を言い出すかと思えば、この子を組織に?
「この子供の力が外に漏れる方が驚異だ。魔力を見ただろ?」
「まあ、確かにあれは凄かったと思うけど。」
「……」
また俺の服をつかむ。
「ディルが言うなら仕方ない。」
そうして総帥の一言でこの子供は俺たちの組織に入った。
名前は、無かった。
彼女の村では、七つになってから本当の名前が与えられるらしい。
彼女は五つ。仮の名はショウ。
「私に名前を下さい。」
彼女は俺にそう言った。
「名前を付けられるほど俺は偉くないんだけど。」
俺の部屋のベッドの上。
バスタオルにくるまりながら彼女は何度目かの懇願をする。
名前を付けてほしい。
「ザクト、何時まで断るのよ。」
彼女と一緒にお風呂に入っていた姉さんが言う。彼女の髪の毛を拭きながら。
「だって姉さん、本当にこの子を組織に置くつもりなのか?こんな、子供を。」
「総帥が言うのだし、しかもディルまでそう言うのだから、従うしかないわ。だって、彼は組織の頭脳ですもの。」
「頭脳、ねえ。」
あのあと少女・ショウと二人で何かを話していた。
内容は聞こえなかった。二人とも初対面では無いような印象だった。
しかし、少女は初対面と言う。
謎だ。
「ってか、世話は誰がするんだ?俺は日中ガッコウだし、姉さんだってそうだろ?」
「…本当ね。まさか兄さんがするわけじゃないし。あなたの部下で面倒見てくれそうなのはいないの?」
俺は直属の部下五人を思い浮かべるが、直ぐに頭を振る。
五人の部下は優秀だ。破壊工作、暗殺、Dに至っては交渉術も。
だが誰も子守りなど、出来るはずない。
「無理だな。姉さんは?」
「私に部下はいないわ。こっちには、ね。」
そうだ、姉さんはこちらでは兄さんの補佐についていて、部下らしい部下はいない。
俺や兄さんの部下は、戦闘部隊だし。
表に連れていって、知人の子供ということにしておくか…いや、まてよ。
「てかさ、ディルが面倒見れば良いんだよ。言い出したのあの人だし。」
姉さんは困ったような表情をする。
「でも、想像できる?あの人が子供の相手するの。」
良いや、全く。
「でもさ、人材の斡旋くらいはさせようぜ、得意の情報探索能力で。」
「……」
何かが肩に触れる。
指、少女の。
「どうかしたか?」
「その人、だって。」
「その人?ディルがなんだって?」
「私の、見てくれるの。」
少女があっけらかんと良い放つ。
なんだって?あの、ディルが?
「さっき話してた。ガッコウ入るまで、色々教えてくれるって。」
色々、だと?
でもあいつのイメージは機械工学と情報工学。
とてもじゃないが五歳そこそこの子供に教えるもんじゃない。
それ以外思い付かない俺は、恐ろしい結論に思い当たった。
「まさかあいつロ「良かったじゃない、じゃあ今日は早く寝て、休みましょうね。」」
姉さんが俺の言葉に被せてくる。
姉さんの言葉でショウはベッドに潜り込む。勿論俺の。
明日には部屋の準備が出来るから今日だけ、俺のを貸してやることになっていたが。
「姉さん、なんで被せてくるのさ。」
「子供に変なことを教えないの。」
「だってさ、本当かもしれないじゃん。考えてもみれば今まであの人に女の影とか無かったじゃん。」
「……まあ、それはそうだけど。」
ほら、姉さんだって。
「二人ともいるか?っと、もう寝たのか。」
兄さんが部屋に入ってくる。ネクタイもシャツも緩めて、まるで仕事終わりの父親のようだ。
…俺たちの親父はそうでは無かったけど。
「この子供の面倒は当面ディルが見るらしい。なんでも、魔法の仕込みをするんだとか。」
「魔法?あの人魔法使えたんだ。」
姉さんと俺は驚く。
だって、いつもコードやモニターで溢れた部屋か、機械のパーツに囲まれているからてっきり使えないのかと思っていたから。
「……そうか、お前たちは見たことないからな。」
「「?」」
「いつか見る機会があるさ。」
兄さんはそう言って、ショウをもう一度見た。