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野良猫に餌付けをするような愛  作者: 中高下零郎
中学校 愛のない恋人生活
8/34

偽りの勝利に価値はなし

「起立、礼、さようなら」

「「「さようなら」」」


 日直の号令と共に、この日の授業が終わる。


「それじゃきりくん、終わったら図書室行くね」

「ああ」


 6時間目にあった体育の授業で用いたジャージ姿のまま、太田川は教室を出て行く。

 中学に入学して約3か月が経ち、夏休み前の期末テストを待つ頃になった。

 太田川も藤村も、クラスメイトとはそれなりの関係を維持することができていた。

 太田川は女子野球部に入り、藤村の予想通りカースト的に上位の人間とつるみ、

 毎日藤村にとってみれば下らない、恋だのスイーツだのの会話をしていた。

 藤村が太田川を言いくるめた時に用いた仮定が結果的に正しかったのだ。

 藤村は太田川に話しかけられる以外ほとんど休憩時間に本を読むか勉強をするかの人間ではあったが、

 嫌われない程度にはクラスの人間ともコミュニケーションを取っていたし、恋人である太田川が自分の味方をしているというのも大きなポイントであった。

 太田川が部活動をする間、藤村は図書室で本を読み漁る。

 読書は数少ない藤村の趣味だったが、小学校の図書室は子供向けの本ばかりで不満を持っていたため足しげく通うことはなかった。

 しかし中学校ともなると興味深い本でいっぱいだと、太田川が部活をする間の暇つぶしとして本を読みふける。

 藤村は将来学者や経営者になるものだと思っていたが、文学に携わる仕事も良いなと考えていた。


「きーりくん」

「ようデルタ。もうこんな時間か」


 この日も太田川が部活を終えて、図書室で本を黙々と読んでいた藤村の肩を叩く。

 図書室を出て太田川と藤村は学校を出発。

 家から学校まで歩いて30分程かかる。夏真っ盛りで蒸し暑い今日の天気は、歩くだけで二人の水分をみるみるうちに奪っていく。


「……」

「きりくん、さっきから何か嗅いでない?」

「い、いや……お前汗臭いぞ?」

「部活終わった後に制汗剤かけたんだけどなあ、この暑さじゃ歩いてるだけで汗だくだよ……そういうきりくんも汗だくだよ、帰ってちゃんとシャワー浴びなよ」

「何偉そうに指図してんだ」


 汗まみれになり、手で顔を扇ぐ太田川の汗の匂いをくんくんと藤村は嗅ぐ。

 相性のいい人間は汗の匂いを良い匂いと感じると聞いていたが、別段フローラルに感じる匂いでもなかった。


「そうそう酷いんだよ、りっちゃんがさ、あんな男のどこがいいの? とか言うんだよ」

「ははは」

「笑いごとじゃないよ、もー!」


 自分の彼氏を馬鹿にされて怒る太田川とは対照的に、藤村はだんだんと気にしなくなっていた。

 中学生の女子は見た目を重視し、身長の高い年上の男を好む生き物だと認識していたからだ。

 そんなんだから悪い男に騙されて痛い目を見るのだと、中学生女子を見下している節すらあった。


「で、お前は何を言い返したんだ?」

「勿論きりくんの良い所を述べたよ」

「へえ」



「まずきりくん可愛いよね」

「……どうも」


 自分の童顔にコンプレックスを持っていたし、女性に可愛いと言われるのがどうにも藤村は嫌ではあったが、もう慣れたと太田川の発言を受け流す。


「そして努力家だよ。ものすごい努力家だよ」

「……そうか」


 結果の出ない努力程虚しいものはない、努力しない人間に努力を褒められて何になると藤村は心の中でため息をつく。


「しかも優しい! でね、私がいじめられてる時にきりくんがカッコよく助けてくれたエピソードを話したらね? 『それ絶対下心ありありだよ、もっと背が高くてカッコよくて優しい男探した方がいいよ。太田川さんにはその価値があるんだから』 とか言ってくるんだよ、ひっどいよね」

「ははは」

「だから笑いごとじゃないって、もー。わかる? 彼氏を馬鹿にされつつも怒ることなく会話をせざるを得なかった私の辛さ」


 傑作だな、太田川よりもそのクラスメイトの方が俺を理解しているなんて、と心の中で自嘲気味に笑う。


「あ、そうだきりくん、週末試合するから見に来てよ」

「……悪い、テスト勉強しないといけないから」

「いいじゃんテストなんて。努力家なのはいいけどさ、勉強しすぎだよ」

「俺はトップを取りたいんだよ」


 藤村にからすれば才能だけで生きている太田川に勝つことで、自身の正しさを証明したかったのだ。


「……じゃあテストで1位とったら、もっと私と遊んでくれる?」

「ああ、夏休みにたっぷり遊んでやるよ」

「にしし、約束だよ。海とか野球観戦とか行こうね」


 もし藤村が太田川に勝つことができたのなら、藤村の心は晴れやかになることだろう。

 太田川にも自分は負けない存在なのだと納得できたなら、太田川の事を純粋に愛することができるかもしれない。

 けれど藤村は、心の奥底では諦めていた。太田川には勝てないのだと諦めていた。

 才能がないと言い訳をするのが嫌いな藤村ではあったが、才能の重要さを理解できない程子供ではなかった。

 だから藤村は復讐を目論んだわけだし、約束もこうして安請け合いしたのだ。



 それから1週間弱、藤村は期末テストに向けて勉強の虫と化す。

 隣の家から聞こえてくるアニメの音に、たまにこんなことをしても無駄だという思いに駆られる藤村ではあったが、それでもペンを持つ手を止めることはできなかった。努力することしかできなかった。



 そして期末テストを迎える。


「きりくん、テストどうだった?」

「ああ、ほとんど解けたよ」

「さっすがきりくん」


 藤村には嫌味としか聞こえない太田川の賛美。

 納得の出来ではあったが、太田川には勝てないのだろう、努力で埋める事の出来ない壁がそこには存在するのだろう、中学校になっても太田川が皆に褒められるのを、口惜しそうに見る事しかできないのかと藤村は陰鬱になりながらも、太田川に笑みを返す。



 数日後、テスト結果が貼りだされる日、死刑を待つ囚人のような気持ちで藤村は太田川と共に学校へ向かう。


「きりくん1位だ、おめでと」

「……へ?」


 結果を見るのが嫌だとうつむいていた藤村ではあったが、太田川に言われて見てみると、確かにテストの総合1位の欄には藤村の名前が書かれていた。


「藤村が1位だってよ」

「すごーい、いつも勉強してるけどやっぱり頭いいんだね」

「へへん、すごいでしょ、自慢の彼氏だよ」」


 藤村を褒めるクラスメイト達周りの人間と、ドヤ顔で自分の事のように自慢をする太田川。

 藤村が太田川の名前を探すと、総合49位という中途半端な位置にいた。



「きりくんおめでとー、きりくんなら絶対1位とれるって信じてたよ」

「あ、ああ」


 栄光を味わった帰り道、嬉しそうに藤村の肩を掴みウキウキとする太田川。

 一方藤村は、まだ自分が太田川に勝ったという事実を信じることができなかった。



「ただいま。母さん、俺期末で1位とったんだ」

「まあ、やるじゃない桐流。今まで2位ばっかだからはぶてやしないかって心配してたけど、よく頑張ったわね」


 家に帰り、母親に褒められてようやく藤村は太田川に勝つことができたと認識し始める。


「は、ははは……」


 自分の部屋へ戻り、ベッドにあおむけに寝ころび笑う藤村。

 ああ、ついに勝ったのだ、今までの努力は無駄じゃなかったんだ。

 才能の差を、ついに努力で埋めることができたのだとしばらく幸せに浸っていたが、



『……じゃあテストで1位とったら、もっと私と遊んでくれる?』


「……は、ははは……そういう、ことかよ」


 しばらくして太田川の発言を思い返し、涙を流し始める。

 太田川がわざと手を抜いたということに、藤村は気づいてしまったのだ。

 いくら中学になり勉強が難しくなったからといって、あの太田川がいきなり49位なんて順位につくはずがないと。

 約束のためにかもしれない。いつも努力をしている藤村にいい思いをさせたいという優しさからかもしれない。

 太田川が藤村のために、自分への評価を放棄したのだ。

 藤村の望み通りの結末のはずだった。太田川を蹴落して藤村が1位になったも同然だった。


「うう、畜生、畜生……」


 しかし、実際に偽りの栄光を経験してみると、どうしようもない虚しさに藤村は襲われる。

 藤村の思い通りの展開になったはずなのに、イライラが止まらない。

 それどころか、太田川の手のひらで踊っているような感覚に襲われるのだった。

 自分の努力の価値が崩壊していく感覚に襲われるのだった。




「きりくん、約束通り夏休みいっぱい遊ぼうね」

「……ああ」

「どうしたの? 元気ないけど、熱中症?」

「……なんでもない」


 終業式。ウキウキと夏休みのプランを考え出す太田川とは対照的に、夏の暑さと虚しさで押し黙る藤村であった。


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