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野良猫に餌付けをするような愛  作者: 中高下零郎
中学校 愛のない恋人生活
7/34

恋人はステータス

「きーりくん、おはよ」

「おはよう、デルタ」


 藤村が目を覚ますと太田川が馬乗りになっている。

 随分と見慣れた光景だと取り乱すことなく起き上がり、


「制服似合ってるな」

「可愛いでしょ? それじゃ下で待ってるね」


 今日から自身達が通う事になる中学の制服に身を包んだ太田川がウキウキを部屋を出たのを見送ると、彼もまた制服に着替えて鏡を見る。自分の姿を汚れた人間のように感じるも、どこか藤村はすっきりとしていた。

 藤村は太田川と付き合うことになったが、そこに恋心はないと否定する。

 あるのは憎しみ、優越感、支配欲、見栄……

 これまで自分の醜い心を否定してきた藤村であったが、中学生になる頃には、少しずつその気持ちを受け止めようと努めるようになった。大人になるということは、そういうことなのだろうと悟った。


「きりくん、大分身長伸びてきたね。もうすぐ抜かれちゃうかな」

「そうだな、成長期だからな」

「小さいきりくんも可愛くて好きだけどなあ」


 二人家を出て中学校まで並んで途中、太田川が自分の頭の位置と藤村の頭の位置を比べてそんな事を言う。

 身長が伸びたと言われて表面上は上機嫌そうに振る舞う藤村であったが、

 この時内心は苛立ちに包まれていた。

 藤村の身長が去年に比べ2cm高くなったのは事実であったが、

 それでも藤村の身長は同年代の平均と比べると低い。

 身長にコンプレックスを持つが故に敏感な藤村は、太田川が去年よりも4cm程伸びている事に気づいていた。抜かれるどころか、差が開いてしまっているのだ。

 現在藤村の身長が144、太田川が158、その差は約15cmで、顔1つ分くらいある。

 例えそのつもりがなかろうと、常に藤村は太田川に見下されているような気になってしまうのだ。

 どんどん開いていく身長差に焦りを覚えた藤村は入学式の朝から陰鬱な気持ちになり、その苛立ちは太田川への憎しみへと加算されていく。



「やった、きりくんと同じクラスだ」

「一年間よろしくな」


 中学へと到着し、クラス分けの掲示の前ではしゃぐ太田川。

 当たり前かのように、藤村と太田川は同じクラスに配属されていた。

 小学校どころか幼稚園の頃から呪われているかのように太田川と一緒だった藤村にも、実際のところ太田川と別のクラスになるというイメージができなかった。

 一緒のクラスになってずっと付きまとわれるのは流石に疲れるなと思う一方で、

 違うクラスになったとして、休憩時間の度にこちらのクラスにやってくるような面倒くさい女になるのだろうと考えながら、校舎に入って新品の上履きに履き替える。


「以上、新入生代表、太田川三角州」


 入学式、受験で一番成績の良かった太田川が新入生代表としてスピーチを行うと、

 会場内から割れんばかりの拍手が巻き起こる。

 会場の人間が太田川のスピーチを褒め称えるのを見て、藤村は誇らしげな気持ちになる。


「ごめんね、私こういうの考えるの苦手でさ」

「気にすんなよ。俺はこういうの考えるの好きだから」


 理由は太田川のスピーチの原稿を考えたのは藤村だったからだ。

 評価されたのは自分の書いた文章なんだという誇りに気分が良くなる一方、

 仮に自分があのスピーチを読んだとして、同じように皆は評価してくれたのだろうかと不安になる。

 見た目も良く、声も透き通っており、成績も優秀という実績を持つ太田川だからこそ、皆はスピーチを素晴らしいと言ったのではないか。自分のスピーチの価値はないのではないかと。



「太田川三角州です。よろしくお願いします」

「藤村桐流だ。よろしく」


 その後教室で自己紹介を行い、新入生同士で色々と質問をしあう。


「太田川さんって綺麗だよね、彼氏とかいるの?」

「え? えーと、きりくん……あそこの藤村君と付き合ってるよ」

「へ、へー、そうなんじゃ。意外……」


 藤村もクラスメイトの男子と適当に話をしながら、太田川達クラスの女子勢の会話を聞く。

 太田川が藤村と付き合っていると言った時の、女子の表情を藤村は忘れることはできなかった。

 釣り合っていないと思われたのが、藤村にはどうしようもなく不快だった。


「え、お前あの子と付き合ってんの? すげえな」

「マジ羨ましいわ」

「いやいやそんな」


 一方で男子は太田川と付き合っている藤村を賛美し羨む。

 たまらなく快感を得る藤村。

 釣り合っていないと女子に言われる程、評価の違う人間と付き合っている、それどころか従えているにも近い藤村。彼にとって、恋人というのはステータスであった。

 男子の中には藤村に嫉妬する人間もいたかもしれないが、今の藤村にとってはそれすらも心地よい。



「皆いい人そうだね、いじめとか受けないといいなあ」

「ま、そんなことになっても俺が守ってやるから安心しろよ」

「……! えへへ」


 入学式は半日で終わり、太田川と共に学校を出て歩きながら臭い台詞を吐く藤村。

 藤村は小学校の時のようにクラスメイトをけしかけて太田川をいじめさせようというつもりはもう無かったが、

 太田川の性格を熟知している彼は、再び太田川はその性格が仇となりいじめを受けるのではないかと推測していた。

 そうなったら自分に守られて、段々と自分がいなくては何もできない人間になればいい。

 何でもできる目の上のたんこぶを、何もできない哀れな女にしてやる……壮大なる藤村の野望であった。


「そういえばきりくん、部活はどこにする?」

「部活? 俺はやらないよ」

「駄目だよきりくん帰宅部なんて。青春だよ青春、汗を流さないと。私女子野球部入ろうと思うんだよね、きりくんマネージャーになろうよ、甲子園に連れてってよ」

「……嫌だよ」


 部活動の話になり、太田川が藤村にマネージャーを勧めると藤村はムッとした表情になる。

 太田川からすれば藤村の他人を管理する能力を評価してのことだったが、

 藤村はマネージャーのような、誰かのために働く、従者のような仕事が大嫌いであった。


「あ、でもアニメ同好会ってのも興味あるんだよね、でも一人じゃ怖くてさ、きりくん一緒に入ろうよ」

「俺はアニメなんかに興味ねえよ!」

「じゃあきりくんもアニメ好きになろうよ」

「……嫌だよ」


 太田川と話しつつ、段々とすれ違って行くのを認識する藤村。

 前提条件として藤村は太田川の事を好きではないのだから、太田川の性格等について許容できないポイントは山ほどあった。

 相手の良い所も悪い所も全て受け入れないといけない、恋愛とは難しいな、こんなんで恋人生活が続くのだろうかと悩む藤村であったが、何故自分が真摯に恋愛と向き合おうとしているんだと馬鹿馬鹿しくなる。


「あ、そうだきりくん。その、これからどこか遊びに行かない? デートしよ、デート」

「ああ、いいぜ。どこに行くんだ?」


 頬を赤らめてデートのお誘いをする太田川。

 恋人なのだからデートくらいしないと確かにおかしいだろうと藤村はそれを承諾する。


「私一人じゃ怖くて行けないところがあって……アニメショップなんだけど」

「……わかった、行くぞ」


 デートを楽しみたいのではなくてお守りが欲しいだけか、と藤村は笑う。

 太田川に利用されているようでイライラするという気持ちと、

 太田川が自分がいなくてはアニメショップに行けないと依存してくる快感が入り乱れる。

 二人で歩きアニメショップに到着する。

 藤村が店内を見渡すと、なるほど女の子が一人で行くのは敷居が高そうだな、と、世間一般的にはキモオタと呼ばれている人間を何人か見て思った。


「この筆箱と、下敷きと……」

「おいデルタ、そのアニメ絵の文具、学校で使うつもりか?」

「? そうだけど」

「やめてくれよ中学生にもなって恥ずかしい……」


 アニメショップでオタクを批判するような発言を言ってしまったせいか、店内の客から少し睨まれてしまう藤村であったが、


「えー、いいじゃんそれくらい」

「あのなデルタ、小学校の時は可愛らしいで済むかもしれないけどな、基本的にオタクってのは気持ち悪がられる存在なんだよ。カースト低いんだよ。お前は可愛いからな、女子のカーストの中でもかなり上の方の連中とつるむことになると思うけどな、そういう連中はオタクを特に嫌うぜ。カースト低いオタク女子グループとつるもうにも、そういう連中は得てして容姿がアレだからな、お前浮くぜ」

「そ、そうなのかな……?」

「そうだ。だから悪い事は言わないから、そういうのは自分の部屋だけで使っとけ。オタクの友達と語りあいたいならインターネットでもやっとけ」

「……うん、そうする。アニメ同好会入りたいのになぁ……」


 気にせずに太田川を言いくるめる。

 藤村はオタク趣味というのが嫌いであった。

 元々オタク趣味が嫌いだったのか、嫌いな太田川の趣味だったから嫌いになったのかは最早わからないが、恋人をステータスと考えている藤村は恋人がオタクというのはどうしても受け入れることができなかった。

 素直に藤村の言う事を聞いて学校ではオタク趣味を隠すことにした太田川を見て、快感を得る藤村であった。



「それじゃまた明日ね、きりくん」

「ああ、それじゃあな」


 アニメショップから帰った二人は家の前で別れる。

 無理矢理お揃いだと買わされたキーホルダーを藤村は部屋のゴミ箱に捨てると、

 デートに時間を割いた分を取り戻そうと机に向かうのだった。

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