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野良猫に餌付けをするような愛  作者: 中高下零郎
小学校(自作自演の餌付け)
6/34

憎しみ故の愛

 いじめを扇動し、それを自分で解決したことで、それまでの日常に戻ったかに見えた。

 しかし大きく変わってしまったことがある。



「きりくん、おはよ」

「……何だ夢か」


 太田川のいじめを解決して数日後、藤村が目を覚ますと眼前に太田川の顔があった。

 どうやら夢の世界からまだ抜け出せていないようだと再び目をつむる藤村であったが、


「きりくん、起きてよ。学校遅刻するよ」

「……なあ、何でお前は俺の部屋にいるんだ?」


 馬乗り状態の太田川にゆさゆさと身体を揺すられて仕方なく目を覚ます。


「一緒に学校行こうと思って家に行ったら、おばさんが起こしてあげてって」

「ははは、そうかそうか。着替えるから下で待っててくれ」

「うん!」


 太田川が部屋を出てリビングへ向かうのを見届けた後、部屋で思いきりため息をつく。


「……まあ、予想は出来てたが」


 今回の一件で太田川が更に藤村を好くようになったであろうことは、恋愛経験の乏しい藤村でも理解できた。

 いじめを受けている間たった一人彼女の味方をし続け、それを解決してみせたのだ。

 部屋に起こしにくるくらいアグレッシブになっても、何らおかしくもない話なのだろうと。

 今までは誘われても断れば諦めて友達と遊んだりしていたが、

 これからは諦めが悪くなることだろうと予想して再びため息をつく。

 服を着替えてリビングに降りると、


「三角州ちゃんはお料理も上手ねえ」

「ウチの息子にはもったいないくらいだ」

「えへへ。あ、きりくん、今日の朝ご飯は私が作ったんだよ」


 まるで家族のように堂々と太田川が両親と談笑していた。

 藤村の両親は完全に太田川の味方で、既に二人の間では藤村と太田川は恋人同士も同然であった。

 この円満なムードの状態で両親や太田川に『俺は太田川の事が嫌いなんだよ』と正直に言うことなど藤村にできやしない。仮に言ったとして、冗談に受け取られるだろうと藤村は諦めて太田川の作った朝食をもしゃもしゃと食べる。


「ごちそう様。美味しかったよ、それじゃ学校行くぞ」

「お粗末様でした。いってきます!」


 両親に見送られて太田川と共に家を出て、学校に向かう藤村。


「昨日のぼっさん伝説見た?」

「いや、見てない。アニメだっけ? 俺はアニメは見ないから」

「きりくんも見ようよ」

「……時間があったら見るよ」

「じゃあ今後の土曜日、ビデオ持っていくから一緒に見よう」

「いや、その日は勉強しないと」

「勉強ばっかりじゃ疲れるよ?」

「とにかく俺は勉強しないといけないんだよ、テストも近いし」


 少し前は暗い太田川より明るい太田川の方がマシだと思っていた藤村であったが、

 こうして明るくなった太田川に隣で黄色い声をあげられると、

 暗い太田川が懐かしくなってしまう藤村であった。

 そして何故見ようよと言われてはっきりと否定しなかったのか自分の発言を悔やむ。

『時間があったら見るよ』という大人の対応は、子供には通用しないこともある。

 この調子では太田川は土曜日にアニメのビデオを持って家にやってくるに違いない。

 両親は快く承諾して、俺が断ることのできない空気を作るに違いない。

 勉強なんてほとんどしていない人間に勉強ばかりじゃ疲れると言われるのがどんなに辛いことか、と藤村はうつむいて顔を震わせる。



「でね、この間見た猫がすごく可愛かったんだよ、写真撮っておけばよかったな」

「そうか。今物理の本を読んでいるんだ、悪いけど邪魔しないでくれ」

「きりくんいっつも休憩時間なのに休憩してないじゃん、お喋りとかして休憩しないと」


 学校でも今まで以上に休憩時間中に藤村の机に寄ってきてお喋りをする太田川。

 藤村にとっては自分の好きな本を読むほうが余程休憩になるのだが、そんなことはわからない太田川は一方的にぺちゃくちゃと自分の好きな話をするのだ。それは藤村にとってはどうでもいい話だった。


「俺ばっかりに構って友達蔑ろにすると、また苛めにあっても知らないからな」

「……え? あ、あはは。心配性だなあきりくんは」


 心配しているわけではなく遠ざけようとしての発言だったが、太田川はデレデレとしだす。

 諦めて本を手に男子トイレに向かう藤村であった。



「きりくん、野球しようよ野球」

「俺は帰る」

「たまには体を動かさないと、丁度審判が空いてるから」

「身体動かさないだろほとんど!?」


 放課後も太田川はしつこく藤村を遊びに誘う。

 人数が足りないらしく太田川だけでなくクラスメイトにも頼まれ、

 結局審判をさせられる藤村であった。



「それじゃ、また明日ね!」

「……ああ、じゃあな」


 野球を終えた後、太田川と一緒に下校し家の前で別れた藤村は、すぐに自分の部屋に向かうとベッドにどさっと倒れこむ。

 こんなに疲れた一日は始めてだ、自分がここまで押しに弱い人間とは思わなかった、これが小学校が終わるまで続くのかとげんなりする藤村。


 こうして藤村は太田川に振り回される日常を送ることになる。

 朝は部屋に侵入されて起こされ、登下校は勿論一緒。

 学校でも藤村にしてみればどうでもいい話をぺちゃくちゃと聞かされ、放課後も無理矢理付き合わされる。

 これが男女が逆だったらきっと周りの人間は問題視したであろう。

 しかし一般的にはかなり可愛い部類に入る太田川がいくら藤村につきまとっても、

 周りの人間は男もまんざらでもないのだろうとそれを祝福する。

 藤村もはっきりと嫌な態度をとることができず、太田川も藤村の態度にまんざらでもないのだろうと更にアグレッシブになっていく。




 太田川に振り回され、自然と勉強に費やす時間も減ってしまう藤村であったが、

 小学校が終わるまでの辛抱だ、耐えようと決める。

 現在小学校6年の6月。半年もすれば、中学受験に専念するから邪魔しないでくれとそれっぽい言い訳をして太田川を遠ざけることができるだろう、後は男子校に行けば自然と疎遠になるだろうと。


「きりくん、何か最近楽しそうだね」

「……そうか?」

「うん、前は何か、楽しいのか楽しくないのか私もよくわかんない表情しててさ、ひょっとして迷惑かけてるのかなあって思ってたけど、今は楽しそうな顔になってる」

「……そうか」


 ところが太田川に振り回される毎日を送っているうちに、

 段々と苦痛を感じなくなっていくどころか、心のどこかで快感を感じている自分に気づく。

 嫌いな女に振り回されてどうして喜んでいるのだろうか、自分はそう言う性癖の持ち主なのだろうか。

 それが気になって仕方のない藤村は受験も控えた小学校6年の冬、太田川を部屋に呼びだす。



「なあにきりくん、話って」

「……その、お前、俺の事、どう思ってるんだ?」


 太田川をベッドに座らせ、自らは机の椅子に座り、太田川の顔をあまり見ないように普段の藤村ならまず言わないであろう台詞を口にすると、太田川は特に恥ずかしがることもなく、


「……好きだよ」


 微笑んで告白をする。藤村の心拍数がドクドクと跳ね上がる。

 藤村に快感が走るが、それはどこか邪なものを含んでいるように藤村は感じた。


「それはあれか? ライクなのか? ラブなのか?」

「ラブだよ」

「そ、そうか」


 予想はしていたが、はっきりと愛していると言われて口ごもる藤村。

 太田川の事は嫌いなはずなのに、どうしてここまでドキドキしているのだろうか。

 どうしてここまで喜びを感じているのだろうか。


「なあ太田川、俺って、お前よりすごいよな?」


 理由を考えた藤村は、そんな質問を太田川に寄越す。


「うん、きりくんは私よりもすごいよ」


 それに即答する太田川を見て、藤村は自分の気持ちの正体を悟りはじめる。

 自分を日陰者にしてきた嫌いな女が、自分に惚れている、自分に依存している。

 自分よりずっと評価されてきた、心の中では敵わないと思っていた人間に、自分の方がすごいと言わせることができた。

 この感情は太田川が好きだからくる感情ではない、太田川を支配する、依存させることの喜び。

 そう納得した藤村の中に、再び復讐の炎が燃え上がる。


「……そうか。太田川、俺と付き合ってくれ。一緒の中学行こう」

「えへへ、積極的にアタックしてたら、いつかきりくんの方から告白してくれないかなあ、なんて思ってたけど現実になるなんて」


 嬉しくなったのかベッドから立ち上がり、藤村に抱きつく太田川。

 藤村は不快感を感じることなくそれを受け入れる。



 しばらくして藤村と太田川は同じ中学を受験し、見事合格。


「やったねきりくん、一緒のクラスになれるといいね」

「ああ、そうだな太田川」

「下の名前で呼んでよ、恋人なんだしさ」

「……そうだな、デルタ」


 合格発表の通知を見て小躍りする太田川を見て、ああ、なんて可哀想な女なのだろうと藤村は笑う。

 太田川を自分に依存させることで。

 太田川を支配することで。

 藤村の復讐は、恋愛という形で再び幕を開けるのだった。

 それはまるで、自分で餌をとれなくなるくらい野良猫に餌付けをする、エゴに満ちた愛のような。


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