神が世界を壊していく
「きりくん、料理できたからお皿の準備してくれる?」
「ああ、わかった」
大田川がそう言って藤村を呼ぶと、藤村はノートパソコンをパタンと閉じて食事の準備をする。
「それにしてもきりくんが食器の準備くらいは自分がやるからなんて、驚いたよ」
「まあ、心に余裕があるからな」
「最近顔色いいよね、何やってるの?」
「秘密だよ」
小説を書くことで藤村の精神も大分回復したどころか、それまでは家事全般を大田川に任せていたのが、少しずつではあるが手伝うようになった。
「あー、そういえば、中学1年の夏休みって、どんな感じだっけか」
小説の題材として自分達のことを選んだ藤村は、当時の自分達を確認しようと、昔を懐かしもうと料理を囲みながら大田川に尋ねる。
「えー、思い出話? そうだねー、あの頃のきりくんすごく粋ってたよ。スタンガンと催涙スプレーをカバンの中に入れて不良を撃退してたよね」
「は、はぁ? そ、そんなこと……あったな」
「アレだったけどかっこよかったなあ……今も常備してるの?」
「いや、いつのまにか使わなくなったな……まあ、俺も体それなりに鍛えたから、不良の2人や3人、余裕よ」
「まーた粋っちゃってー」
「っせえ! えーと、じゃあ次だ、秋とか冬は」
「きりくん私の誕生日覚えてなかったよねー」
「……」
数年前の出来事で盛り上がる二人。当時の自分は馬鹿だったなあと、黒歴史ノートを見つけたような気持ちで赤面する藤村と、思い出に浸ってキラキラとする大田川だった。
「ごっそさん」
「ごちそうさまっと、さて、私も作業しないと。このままじゃ新刊落としかねない、でも私は悪くないんだよ、悪いのはアニメの一挙放送だよ」
「……手伝おうか?」
「いや、美術の評価が10段階で3なきりくんは……」
「あれは陶芸とかで大失敗しただけだ! 絵はそこまで酷くねえよ!」
「じゃあトーンお願いね」
食事を終えると、大田川が即売会に出すための原稿に取り掛かる。自分は別に締め切りに追われているわけでもないしと大田川を手伝おうとする藤村。
「……うまくなったなあ、いや、プロ並だよ」
「それは言いすぎだよ」
「でも相変わらずストーリー酷いし、原作の絵知ってるけどトレースにしか見えないぞ」
「飴と鞭……」
下書きや既に出来上がったページをパラパラと見ながら、大田川の絵の上達を褒める藤村。絵は成長がわかりやすくていいねえ、と、まだ書きかけている自分の小説を思いながらトーンやベタなど、アシスタント作業をこなしていく。
「ふぁ……今日はもう寝るよ。きりくんもありがとね」
「自分の布団で寝ろよ……二人だと狭いんだからよ」
「おやすみー」
日付が変わる頃、大田川はあくびをしながらもぞもぞと藤村の布団に入り込んで眠りだす。そんな彼女を優しげな目で見ながら、藤村はノートパソコンを開いて自分の作業を再開させるのだった。
「ふぁあ……あれ、きりくんが横にいない……あらら」
数時間後、布団から起き上がった太田川が辺りを見渡すと、ノートパソコンを開いたまま、机に突っ伏して寝ている藤村の姿があった。
「風邪ひくよー……何書いてるんだろ、小説かな?」
藤村に毛布をかけながら、悪いと思いつつも藤村のノートパソコンを覗く太田川。すぐに見るのをやめようとした彼女だったが、気づけば食い入るようにそれを読んでいる。
「んっ……」
「やばっ」
「……机で寝てたか。なんだ、まだ寝てるのか、もう11時だってのに」
気づけば藤村の書いていた分をほぼ全て読破した頃、藤村が目を覚ます。読んでいたことがばれないように、慌てて布団に潜り込んで狸寝入りをする太田川だった。
「いやー、きりくんのおかげで今年も無事に終わったよ」
「何が楽しいんだか、人が多すぎるだろ」
「そんなこと言いながらきりくん楽しんでた癖にー」
それからしばらくして、即売会を終えて打ち上げをする二人。締切まで太田川のアシスタントを務め、当日も太田川が買い物をしている間売り子をする等、イベントを精一杯満喫する藤村。
「そうだ、ネットで私の評判見ようっと、パソコン借りるね」
「やめとけよ、傷つくだけだぞ……」
うきうきしながらノートパソコンを開き、自分のペンネームを検索して評判を見ようとする。藤村の忠告も虚しく、数分後には部屋の片隅でひざを抱えている太田川の姿があった。
「……」
「気にするなよ、ネットの評判なんて。何て書いてあったんだ?」
「きりくんの言ってた通りだったよ、絵がうまいだけのゴロ作家だって、そのうち流行りの版権を手当り次第に食い散らかすだろうって……結構本が売れたから人気出てると思ったんだけどなあ……悪評ばっかだったなあ……」
「絵がうまいって評価もらえてるだけマシだろ、俺なんて……」
「え、きりくんも絵書いてたの、調子に乗って投稿して検索妨害って言われたの?」
「自分が叩かれたからってそりゃねえだろ、ったく」
ため息をつく二人。藤村は絵ではなく自分の書いた小説をインターネットのサイトに投稿していたが、読んでくれる人すらままならない状態だった。
「オリジナリティのある絵かぁ……あ、そうだ!」
「何だ、ひらめいたのか」
「んふふふふ」
「気色悪いなおい」
悩んでいた太田川だったが、突如藤村を見てにへらと笑いだす。その笑顔を不気味に思いながらも、落ち込んでる暇があったら一文字でも多く書こうと前向きに考える藤村だった。
「やっぱ文章だけじゃ、人目を引くのは厳しいか……」
「ぬふふふふ」
「っ! 後ろに立つなよ!」
夏休みも終わりが近づく頃、アクセス数を表示したページの前で、なかなか増えない読者にげんなりする藤村。そんな藤村の肩を後ろから掴んでにやにやと笑う太田川。太田川には見られたくないと慌ててノートパソコンを閉じる藤村だが、太田川は藤村の慌て様を見て更に笑い出す。
「きりくんにプレゼントがありまーす」
「何だよ唐突に」
胡散臭がる藤村に、一枚のノートの切れ端を差し出す太田川。そこには一組の男女の絵が描いてあった。
「……これ」
「どう? こんな感じでしょ? いやー、びびっときたよ。模倣じゃない絵を描きたいけど、キャラとか自分で考えるのは難しい。だったらきりくんの小説のキャラを描けばいいんだってね!」
「ったく、勝手に人のもん読みやがって……でも、イメージにぴったりだよ」
「でしょでしょ? この調子で、私に挿絵描かせてよ。私は模倣じゃない絵を描けて、きりくんは挿絵をゲットできて、一石二鳥だね!」
「……わかった、頼む」
目を輝かせながらそんな提案をする太田川。一瞬彼女から目を逸らして苦虫を噛み潰したような顔になった藤村であったが、すぐに笑ってそれを了承する。
それから数日、太田川が描きあげた何枚かの挿絵を小説に載せて反応を確かめる二人。最初こそアクセスが微増するくらいの影響であったが、段々と感想を書く人も増えて注目されるようになり、あっという間に挿絵を載せる前に比べると一日に100倍近くのアクセス数となった。
「やったよ、ほら、ジャンル別のランキングに載ってるよ!」
藤村が小説を投稿しているサイトのランキングを見てはしゃぐ太田川。小説に寄せられた感想を読んでは、自分のことのように歓喜する。
「ああ、やったな。はは、ははは……ははははっ!」
「悪役みたいだよきりくん」
「いや、笑わせてくれよ、はは、はははっ」
そんな太田川を見て、高笑いをし始める藤村。やがて立ち上がり、その場でくるくると回った後にノートパソコンを持ちあげると、
「ふざけんじゃねえよ!」
「え……?」
それを床に叩きつける。全力で叩きつけたのか、無残にもノートパソコンは二つに割れてしまう。
突然の豹変に言葉を失う太田川。
「ああ、お前は俺から何もかも奪うんだな。俺が必死で守ってきたものを、築き上げてきたものを、平気で横から奪い取って、自分のものにして。もうたくさんだ、俺の努力なんて、お前の努力に比べれば何の価値もないってことだ! いや、俺の人生すら、ただの絵にも劣るんだよ!」
代わりと言わんばかりに、太田川を恨みのこもった目で睨んでは、罵倒を繰り返す。
「意味がわかんないよ、なんで、どうして……」
「お前の挿絵のおかげで随分と人気もあがったよ、お前の挿絵のおかげでな! 俺の書いたものに、何の価値もなかったってことだ!」
「違うよきりくん、挿絵はあくまで文章を引き立たせるものだよ。私はきりくんの文章を引きたてただけで、皆が評価してるのはきりくんの」
「黙れ! 感想だってほとんど絵ばかり褒めてるじゃないか! ああ、お前は模倣じゃない絵が描けてよかったな! お前の評価も更にあがったことだろうよ、俺を日陰に追いやって、一人で先に進んじまうんだよ!」
「ちが……ひっ!」
「出てけ!」
藤村を宥めようとする太田川であったが、藤村は太田川の横に割れたノートパソコンを投げつける。そんな藤村に何かを悟った太田川は、絶望に満ちた顔をしながら部屋を出て行く。藤村の嗚咽だけが、部屋に響いた。




