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野良猫に餌付けをするような愛  作者: 中高下零郎
高校生(愛のない? 恋人生活)
31/34

理想の世界は自分で作る

「……俺は、もう生まれ変わったんだ、過去の自分とは決別したんだ……」


 定期考査の結果が返ってきたその日の夕方、太田川がアルバイトで出かけている中、藤村は自室の布団にくるまって、時折涙を流しながら、自分と戦っていた。

 捨て去ったはずの太田川への嫉妬心や劣等感。それが再び藤村の中に芽生えようとしていた。


「アイツが成長したんだ、才能にかまけていたアイツが、努力を覚えたんだ。ハッピーな出来事じゃないか、なのに、なのに……」


 こうなってしまうことを心のどこかで予想しながらも、太田川に努力を覚えさせた藤村。太田川への愛がそうさせたのだが、結果として彼女への愛が壊れかけてしまう。テストの見直しもすることなく、ただただ布団の中で変わってしまいそうになる自分に怯える藤村。どれほどそうしていただろうか、カチャリと部屋の扉が開く。


「ただいまー!」

「おかえり」

「? きりくん、顔赤くない?」

「クーラーつけずに寝てたからな。外食しようぜ、お前のテストのお祝いってことで」

「うん……」


 藤村とは対照的に、上機嫌そうにアルバイトから戻ってきた太田川。泣いていたことを悟られないように必死で自分を偽る藤村。『お祝い』なんて言葉を発した時、藤村の心が黒いもやもやとしたモノに侵食される。本当の自分は太田川を祝う気持ちなんてこれっぽっちも持っていないのではないかという恐怖に怯えながら、耐えながら、こじゃれたレストランで精一杯太田川を称賛する藤村。


「……きりくん、その」

「何だよ、追加の注文か? 今日は俺が奢ってやるからじゃんじゃん頼めよ、どうせいつもお前が実質負担してたから仕送り余って余ってしょうがないんだしな」

「無理しなくて、いいよ。ごめんね、私がでしゃばったせいで」


 そんな藤村の気持ちに、太田川は気づいていた。太田川もまた、自分が結果を出すことで藤村が苦しむのではないかと予想していた。それでも、太田川は自分を変えたかった。才能にかまけて前に進むことのできなかった自分を、藤村に変えて欲しかった。自分のわがままを貫き通すつもりだった太田川だったが、藤村が必死に自分を隠しながら、泣きそうな顔で褒める様を見ていてもたってもいられなくなったのだ。


「……何で、お前が謝るんだよ。おかしいだろ、お前は何も間違ってない、お前はすごいやつなんだよ。才能に恵まれてて、なのに努力できずに足踏みしてた。そんなお前が、自分を変えたいって、俺に頼ってくれたんだ。こんなに嬉しいことがあるかよ、それとも、頼りにしてたってのは嘘だったのかよ? お前は俺をただ利用していただけだったのかよ?」

「そんなことない、そんなことないよきりくん。私だって、きりくんと助け合いながら、頼りにしたり、されたり、そうやって生きていたいよ。でも、今のきりくん見てると、不安で、ぐすっ」

「泣くなよ、折角の祝いの席なのに。俺だって、堪えてたのに、くそっ」


 やがて泣きだす太田川。最初は太田川を宥めていた藤村だったが、自分が太田川のためにしたことを否定されたような気持ちと、嫉妬や劣等感が混ざり合い、気づけば藤村も自然と涙を流していた。背伸びして入ったレストランで、子供らしさを存分に発揮して泣きだす二人であった。



「……」

「……」


 食事を終えた帰り道、並んで歩く二人の顔は浮かない表情をしていた。折角愛を確かめ合ったのに、今回の一件が原因でうまくいかなくなるのではないかと、二人とも薄々と感じていた。


「俺は、大丈夫だから」

「きりくん……」

「あんまり俺をナメるなよ、小学生の時とは違うんだ。辛い思いをしてきたのは俺だけじゃない、お前だって辛い思いをしてきたのは俺が一番よくわかってるしな。……加害者だしな。だから、すぐにこんなもやもやした気持ちなんて吹っ切ってやる。だからお前は心配するな、夏休みなんだ、たっぷり遊ぼうぜ」


 それでも強がって太田川に微笑む藤村。そんな藤村にどんな表情を返せばよいのかわからなかった太田川であったが、彼女もどうにか笑って見せた。




「……とは言ったものの、どうすっかなあ」


 そして始まった夏休み。太田川がアルバイトで出かけている間、藤村は布団に寝転がりながら、ただただぼーっとしていた。最初こそ必死で自分の負の感情と戦っていた藤村であったが、やがて無力な自分に虚しさを感じ始める。目的通り、恋人に対する嫉妬や劣等感といったものは薄れてきていたが、それ以上に感じる無力感。こんな無力感に甘えていても、時間稼ぎにしかならないとわかっていながらも、寝たきりの老人のように一人家にいる時は布団で天井を眺めていた。


「……趣味……そうだ、小説を書こう」


 太田川のように充実した趣味ライフを送れば、自分の卑しい気持ちも払拭できるだろうと、起き上がってパソコンの前に座る。太田川に影響されたのか、最近は純文学や専門書だけでなく、ケータイ小説やライトノベルも読むようになった藤村。人間として成長した、色々な出来事を経験した今の自分なら、きっと昔よりもいいモノが書けるし、それで自分を慰めることができると信じてキーボードを叩く。


「主人公は努力家なんだ。才能がないと言われようと、ひたむきに自分のできることをするんだ。そして最後には報われるんだ、お話の世界ですら努力が勝てないなんて、認めてたまるか」


 キャラクターの設定やプロットを練っているうち、主人公が自分そのものになっていることに気づく藤村。自分を虚構の世界で活躍させようとしているみたいで不快そうな顔になりながらも、キーボードを叩く手はとまらない。


「ああ、この主人公は俺だ。いや、俺じゃない。こいつには予定調和のハッピーエンドが待っているし、自分を狂わせるような才能の持ち主だっていやしない。こいつは幸せにならないといけない、だから……」


 自分そっくりに作ったつもり主人公、けれどその傍らに才能のある幼馴染なんてものは存在しない。主人公はただの努力家で落ちこぼれで、周りから才能がない才能がないと言われながらも、諦めずに最後には結果を出してみせる。そんな話を書いているうち、主人公が何故ここまで努力をするのかが藤村には理解できなくなった。


「……駄目だ、こいつが頑張る理由付けなんてできやしない。主人公はとにかく頑張った、なんて文を加えるのは簡単だ、けれどどうしてこいつは頑張っているんだ、何のために? 周りを見返したいのか? 夢があるのか?」


 お話の世界で、邪魔な天才を排除して自分を活躍させようとした藤村だったが、そんな世界で努力をする自分を想像できなくなる。


「昔の俺は……そうか。あいつがいなければ、そもそも俺は勉強すらできない、ただの落ちこぼれでしかなかったのか」


 現実の自分が努力する理由を考えていると、脳裏に浮かぶのは大事な幼馴染の姿だった。いつも自分の近くで結果を出してきた彼女のせいで人格が歪んでしまった藤村だが、同時に彼女の存在は幼い藤村を努力家にさせた。


「やっぱり駄目だ、こいつの物語には、ライバルが必要なんだ。自分の手の届かない場所にいて、それでも自分を認めてくれて……俺は、十分ハッピーエンドになるだけの土台は持っているんだ。ただほんの少し、結果を出せてないだけで、卑屈になって」


 自分そっくりの主人公と、大田川そっくりのヒロイン。ただ違うのは、主人公は気持ち少し良い結果を出して、ずっと良きライバルとして、大切な人として、ヒロインを見ることができるのだ。


「ああ……オナニー上等だ。俺は、こういう話が読みたいんだ、情けない自分をお話の世界で無双させているなんて叩かれたっていいんだよ。読みたいから、書くんだよ。こいつらを幸せにしてやりたいんだよ」


 自嘲するように笑いながら、情けなくなったのかポロポロと涙を流しながらも、キーボードを叩く手を緩めることはなかった。







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