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野良猫に餌付けをするような愛  作者: 中高下零郎
高校生(愛のない? 恋人生活)
30/34

努力した天才には追いつけない

「ここがこうなって……糞、どこが解りやすい解説なんだ」


 学校で理解できなかったポイントをネットで調べて理解しようとする藤村であったが、難しいのか苛立ちながら爪を噛む。高校二年生となって2ヶ月が経った今、藤村は焦っていた。去年は成績にそれほど拘っていなかった藤村だったが、授業の内容は大抵理解できていたし、中の上の成績を維持できているからという理由があった。しかし今では数学や物理と言った授業を、はっきりと難しいと感じる藤村。太田川との愛を確かめ合ったのだから、太田川に置いて行かれないためにも今まで以上に頑張らなければ、と努力家の本領を発揮する。


「ただいまー。きりくん、バイトの特権でフラゲしたから一緒にゲームしよ」

「……おかえり。ちょっと待ってくれ、この問題解いたら……」


 新作のRPGを手土産に、アルバイトから戻ってきた太田川。もっと太田川との時間を増やそうとする藤村ではあったが、学業との両立が上手に出来るほど彼は器用な人間ではない。教科書と授業のノートを開き、パソコンを前に頭を抱える藤村。その様子をじっと見ていた太田川だったが、思いついたようにカバンからノートを取り出すと藤村に見せる。


「今日の数学途中で寝ちゃったけど、大体こんな感じにノートとったよ」

「……すまん、よくわからん」

「ごめんねきりくん、私教えるの下手だよね。途中の式も面倒くさくなって書いてないし」

「いや、大丈夫。答えがわかったし、そこから式とかを何とかして求めてみるよ。……というかよく答えだけわかるな、やっぱすげえよお前は。うし、ゲームやるか。つってもRPGだろ? 二人でやるもんじゃないだろ」


 申し訳なさそうな顔をする太田川に微笑むと、パタンと教科書を閉じる藤村。待ってましたと言わんばかりに太田川は紙袋からケーブルやマイクやらを取り出す。


「ふふふ……セールだったから買っちゃったよ、実況セット。いよいよ私達もネコ生デビューだよ!」

「……お前単体でやった方が人気出るだろ、俺は喋るの得意じゃないし、カップルで実況とかアホかよ」

「まあまあ、きっと楽しいって」

「つうかフラゲしたRPGなんて配信したら怒られるんじゃないのか……?」


 ゲーム実況配信をしようと言いだす太田川。そういうのがそもそも好きではない藤村は嫌がっていたが、太田川との時間を大切にしようと思って結局太田川と一緒に喋りながらRPGをプレイする。過疎配信でも嬉々としながら藤村とのプレイを楽しむ太田川の横で、見てくれる人も全然いないのに、自分は何をやっているんだろうと意識の差を感じる藤村だった。



「あ、藤村、さん。お久しぶりです……ふふっ」

「野々村さん。久しぶりだね……ぷっ」


 とある休日、太田川がアルバイトで出かけている間に参考書でも買おうと藤村が街をぶらついていると、偶然野々村に出会う。お互い私服のセンスはないようで、対面した途端二人とも笑みを漏らす。


「そっちはどう? クラス変わってから、全然会わなかったけど」

「昔よりは、学校に行くのが楽しい感じです。藤村さんは、太田川さんと上手くいきましたか?」

「……おかげさまで。ごめんね、野々村さん。俺、野々村さんを」

「それ以上はダメですよ。あ、私アルバイトなので失礼しますね」


 藤村の言葉を遮るように微笑むと、すたすたと歩き去る野々村。彼女を弄んだも同然な藤村は彼女を見送りながら、贖罪の気持ちがあるなら太田川と幸せになろうと決意して、参考書選びに熱意をかける。




「くっ……テスト範囲広いな……」


 高校二年生前期のテストが迫り、てんやわんやになる藤村。恋愛と学業、両方満足の行くレベルで両立させることは藤村にとってはかなりのハードワークであった。


「視聴者も増えてきたね、きりくんと私の掛け合いのおかげだね」

「そうだな……」

「次はなんのゲーム実況する? まさかのギャルゲー行っちゃう?」

「それもいいかな……」


 一方でゲーム配信が軌道に乗り始めて上機嫌な太田川。昔の太田川なら、藤村がテストに悩んでいることなどお構いなしに振り回しただろうが、この日は藤村の苦虫を噛み潰したような顔を見て悟る。


「あ、ごめん。テスト勉強しないとね」

「……悪いな。夏休みは、たっぷり構ってやれるから。お前一人で配信しとけよ、ファンだって喜ぶだろうし、俺もそれをBGM替わりにして頑張るさ」

「……」


 申し訳なさそうな顔をして、部屋に入るなり問題と睨めっこする藤村。その横で一人ゲーム実況をしようとする太田川だったが、藤村の真剣な顔を見てしばらく物思いに耽る。


「? どうしたんだ」

「あのねきりくん……お願いがあるの」

「悪いが、今は勉強に集中させてくれ。ゲームなら、夏休みでも出来るだろ」


 机で問題を解きながら疲れ果てたような顔の藤村の対面に座る太田川。恋人の頼みとはいえ、ゲームなら今度にしてくれと嘆願する藤村だったが、太田川は首を横に振ると、


「ううん。……私に、努力を教えて欲しいの」


 真顔でそんな事を言ってのける。それを聞いた瞬間、藤村は笑いだす。


「……く、くくっ。は、ははは、ははははっ」

「な、何がおかしいのきりくん」

「わ、悪い悪い。努力を、努力を教えて欲しいって、お前」

「しょうがないじゃん。私、努力できないんだよ。ずっと才能にかまけてた、そんな私を、昔のきりくんも許せなかったんだよね。だから、だから私変わりたいの。折角努力家のきりくんと一緒にいるんだから、私も、きりくんみたいになりたいの」


 子供の頃から努力をしなかった、年を重ねても努力の仕方がわからなかった太田川。真剣にそう語る太田川を見て藤村は腹がよじれる程笑うと、


「いいぜ。俺と一緒なら、努力なんて簡単だ。俺は超努力家だからな」

「流石きりくん、カッコいい!」


 勝ち誇ったように微笑んでみせる。太田川は藤村に見守られるようにノートを広げると、自主的にテスト勉強をし始めた。けれど太田川は、藤村が微笑んだ後に一瞬悲しい目をしたことには気づけなかった。





「よし、これで全部正解……っと。ごめんきりくん、疲れたから私もう寝るね」

「ああ、おやすみ」


 藤村と太田川が共にテスト勉強をして数日、いよいよテスト前日となった夜に太田川は大きなあくびをすると、そのまま藤村のベッドに入ってすやすやと寝息を立てはじめる。

 太田川が寝たのを確認すると、トイレに向かう藤村。便器に座った藤村は頭を抱えると、


「……うっ、ううっ、うううっ」


 声を押し殺しながらすすり泣く。その理由はテスト範囲がほとんどわからないこともあるが、太田川との才能の差を改めて認識してしまったからだった。一緒に努力をしたからこそ、藤村は太田川が今まで全然本気を出していなかったことを痛い程に理解する。太田川にはずっと努力をしないままでいて欲しかった、才能の持ち腐れでいて欲しかった、その方が自分との差も広がらないから……そんな想いもあった藤村だったが、彼女の頼みを断ることなどできなかった。結局彼女が藤村と一緒に努力をして、自分一人見る見るうちに成長していくのを見ながら、これが太田川のためなんだと自分に言い聞かせ、隠れて泣く事しかできなかった。



「おつかれー。テストどうだった? 結構簡単だったね」

「……そうだな、簡単だったな」


 そしてあっという間にテストが終わる。帰り道にそんな事を言う太田川に、強がりながらそう言って見せる藤村。藤村にとって今回のテストの自己評価は過去最悪だった。口が裂けても簡単だなんて言えなかった。太田川は昔と違ってきちんと努力をしている。藤村の目の前で、藤村と同じくらい時間を使ってテスト勉強をしている。それがわかっているからこそ、藤村は彼女との間にできてしまった差をひしひしと感じて、どうにもならなくなってしまう。



 数日後、テスト結果が貼りだされる。


「……いよいよ平均取れなかったか」


 73位。前回よりも更に低い順位を前に、藤村は笑うしかなかった。

『才能の限界』……そんな言葉が藤村の頭をよぎる。自分は周りの人よりずっと努力をした。そのおかげで、結果を出し続けることができた。けれど努力をし過ぎたから、自分は限界に到達してしまった。もうこれ以上藤村は上には進めないのだと、泣きそうな顔を堪えながらネガティブに考えてしまう藤村。


「きりくんきりくん! やったよ! 1位とれたよ! きりくんのおかげだよ!」


 そんな藤村に人目も気にせず抱きつく太田川。そして努力の結果を、藤村との差を、残酷に告げる。

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