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野良猫に餌付けをするような愛  作者: 中高下零郎
小学校(自作自演の餌付け)
3/34

憎しみからくる悪戯と愛からくる悪戯に何の差があるのか

 藤村は不器用な人間であった。

 手先が不器用なのもあるが、生き方も同じくらい不器用な人間であった。

 愚鈍なまでに努力して自分を高めることでしか自分をアピールすることができなかったし、

 太田川の存在が彼にトップ以外の価値を薄れさせていった。

 正々堂々を好むプライドの高い人間ではあったが、

 段々と嫉妬に蝕まれていく精神は、とうとう他人を蹴落すことを彼に決意させた。



 太田川が藤村の幼馴染でなければ、彼に好意を抱いていなければ、藤村がここまで狂うこともなかったであろう。

 これがもし同じクラスの遠く離れた場所にすむ人間だったならば、

『あいつは俺よりもずっと努力をしているんだ』と言い聞かせることもできたかもしれないが、

 何年も一緒にいたからこそ、太田川が特に努力することなく結果を出してきたのを知っていた。

 いつから太田川が藤村に好意を寄せるようになったかを藤村は覚えていないが、

 憎むべき相手がこちらを好いているという状況は、まるで歴然とした人間としての器の差を見せつけられているようで藤村を苦しめた。



 藤村は脆さも持ち合わせてはいたが、同年代の人間に比べると冷静で大人びた部分も持っていた。

 幼稚園の頃から太田川に苦手意識を抱いていたのと自分の学力を評価していた藤村は、地元の公立の小学校には行かず、私立の小学校を受験しようと自らの意思で決めた。


「ウチの桐流ったら、あそこの私立の小学校行きたいって言ってたのよ」

「まー、今お受験ブームですもんね、学校なんてどこでもいいと思っていたけど、ウチの三角州も行かせようかしら」

「是非その方がいいわよ、桐流が喜ぶわ。桐流が言ってたけど成績が良かったら学費が免除されるんですって。三角州ちゃんなら簡単よ。三角州ちゃん天才なんですもの、それ相応のところに行かせなきゃ」


 ところが不幸なことに、藤村と太田川の母親の間ではこのような会話が交わされていた。


「きりくん、がんばってごうかくしようね!」

「……あ、ああ」


 受験当日に太田川の姿を見た時、藤村は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

 わざと手を抜いて受験に落ち公立の小学校に行っていれば、藤村は少なくとも学業だけならお山の大将として平穏を勝ち取ることができたかもしれない。

 けれど頭がそこまで回らなかったのか、真面目すぎる性格が仇となったのか、藤村は後々自らが味わうであろう苦しみを密かに予想しながらも、きっちりと試験に取り組んだ。

 そして無事に太田川と共に合格した藤村。

 クラスも離れることなく、藤村にとってみれば霞んだ人生を送ってきたのだ。




 太田川に復讐をすることに決めた藤村が、方法を考えながら学校に向かっていると、


『ゲコッ』


 途中の草むらで一匹の青々しいカエルを見つける。

 藤村はカエルが苦手な人間であった。

 男の藤村ですらカエルが苦手なのだから、太田川はもっと苦手に違いないと藤村は思った。


「あ、きりくんおはよー。何やってるの?」


 丁度その時、後ろから太田川が藤村に声をかける。

 太田川が藤村と一緒に登下校したがっているのは藤村も知っていたが、藤村にとってみれば憎むべき相手が隣を歩きながら楽しそうに話しをするのを聞くだけで苦痛でしかない。

 そのため、なるべく早目に家を出ることで太田川を回避していたのだ。

 それについて藤村と太田川の母親は、『素直じゃないんだから』『あの年の男の子ってそんなものよ』という会話を繰り広げていた。既に二人の中では藤村と太田川は相思相愛らしい。


「ああ、こいつを……わっと」


 藤村はカエルを掴むと、カエルが突然跳ねた風に装って太田川の顔にカエルを投げる。

 太田川の眉間にカエルがべちょっと張りつくのを見るだけで藤村は鳥肌を立てるが、


「……? あ、カエルだ」


 太田川は特に動揺することもなく、カエルを剥すと草むらにそれを逃がす。


「お、お前カエル平気なのかよ」

「え、カエル可愛いよ?」


 家の中で勉強ばかりしていた藤村と違い、学校が終われば外で遊ぶ太田川にカエルなど通用しなかった。

 結果として藤村がカエルを触った時のぬちょっとした感覚を味わうだけであった。


「なあ太田川、お前の苦手な生き物って何だ?」


 ここでめげないのが藤村である。好意を利用して、彼女の弱みを聞きだそうとしたのだ。


「うーん、特にいないかなあ。あ、しいて言えばゴキ」

「それ以上その単語を口にするな」


 太田川がその二文字を口走っただけで、藤村は顔色が青ざめる。

 太田川に嫌がらせをするためにゴキブリを捕まえることなど藤村には無理な話であった。

 復讐にはある程度の犠牲がつきものだと考えてはいたが、ゴキブリは無理であった。


「あ、あと犬も苦手かな」

「……へえ」


 犬が苦手という事を知り、藤村はほくそ笑む。

 藤村の家は犬を飼ったことがないが、犬は従順な動物だと理解していたしゴキブリのように生理的嫌悪感も藤村は感じない。

 野良犬を手なずけて、太田川にけしかけようと藤村は考えた。



 早速その日の放課後、コンビニでジャーキーを購入した藤村は野良犬がいないかとその辺りをぶらつく。

 20分程であっさりとそれは見つかった。


『ハッハッハッハッ』

「よーしよしよし、いい子だ、いい子だからな」


 グレートピレニーズ。大型の犬だ。

 これだけ大きな犬ならば、太田川もさぞ怖がって泣き叫んでくれるに違いないと藤村は餌付けをしようとジャーキーを取り出し、そっと犬に近づこうとするが、


『ハッハッハッハッ』

「ひ、ひぃっ!」


 藤村の手にしたジャーキーを見るや否や、犬は藤村に向かって走ってくる。

 小さなチワワならともかく、巨大な犬に追われて藤村は恐怖を感じ逃げ出す。

 普段は冷静な藤村も、テンパったのかジャーキーを手放す事すら思いつかず、必死で走るが距離は段々と縮まって行く。

 復讐すらできず犬に喰われるのかと泣きながら逃げていると、


「あ、きりくん。どうしたの?」


 偶然にも太田川と鉢合わせる。すぐに藤村は太田川の後ろに回り込み彼女を盾にする。

 自分が泣き叫んだ分だけ同等の苦しみを味わうがいいと思った藤村であったが、


『ハッハッハッハッ』

「よしよーし」


 太田川は特に怖がることなく、自らにじゃれる犬を撫ではじめる。


「お、おい、お前犬が苦手なんじゃ」

「え? ああ、この犬温厚な種類だし。ドーベルマンとか獰猛な犬は苦手だけどね。昔襲われちゃってトラウマでトラウマで。それより首輪がついてる、飼い犬が逃げ出したのかな? 住所書いてあるし一緒に返しに行こうよ」

「一人で行けよ!」


 犬を連れて飼い主のところへ向かっていく太田川を見送りながら、彼女への憎しみを更に増大させる藤村であった。




「なあ、女に悪戯したいんだが、どうすればいいんだ?」

「なんだ藤村が勉強以外の話をするなんて珍しいな。女って太田川か?」


 藤村はクラスメイトでそこそこ話をすることもある男子に助言を求めることにした。

 藤村はクラスメイトと滅多にコミュニケーションをとらない人間であり、

 藤村に積極的にコミュニケーションをとろうとするのは太田川のみであったが、

 かといって孤立しているわけでもない。

 直感的に、孤立しないような立ち振る舞いを藤村は行えていたのだ。


「誰だっていいだろ。お前が悪戯のプロだって聞いてな」

「そうだな。スカートめくりなんてどうだ? ベタだが効果覿面だぜ」

「なるほど」


 悪戯に関しては素人だっため素直にそれを鵜呑みにする藤村。



「おはよーきりくん」

「おはよう太田川……ふんっ!」


 早速次の日の朝、登校中に後ろから声をかけてくる太田川に振り向きざまにスカートをめくる。

 白いパンツとふとももに恥ずかしくなる藤村。

 太田川はもっと恥ずかしい思いをして精神的苦痛を味わうことになるだろうと考えていたが、


「……へ? も、もー、きりくんったら変態だなあ、うへへ」

「……?」


 太田川は顔を赤らめてにやにやしだし、上機嫌になる。

 精神的苦痛を味わったはずなのに喜ぶなんて、そういう性癖の持ち主だったのかと藤村は少し不気味に思うも、


「おい、どうなってんだ、スカートめくりしたけど全然嫌がってくれねーぞ」

「……は? お前好きな子に意地悪したいんじゃなかったのかよ」


 スカートめくりが好きな人間に行うものだと知り苦虫を噛み潰す。



「きりくん、おはよ」

「……おはよう。……何だよ、その期待するような目は」


 太田川にとってみれば、自らが好意を寄せる相手にされるスカートめくりなどご褒美でしかなかった。

 思うように復讐がうまくいかず、憎しみを増大させる藤村。



「きりくん、包丁とって」

「……ああ」


 とある家庭科の調理実習の授業。

 太田川と同じ班になった藤村は太田川に言われるまま包丁を手にし、しばらくそれを眺める。


「……? どうしたの? 包丁眺めて」


 これであいつを刺せば死ぬだろうな、と藤村は包丁を眺めながら考える。

 運動神経のない藤村ではあったが、油断した状態の彼女を刺せばあっさり太田川を殺すことは可能であっただろう。


「いや、何でもない。ほらよ」

「ありがと、きりくん」


 しかしこの年で殺人を犯せば自分の人生も終わったようなものだと冷静になり、包丁を太田川に手渡す。

 復讐に犠牲はつきものではあるが、自分の人生を棒に振りたくはない。

 しかし藤村の太田川へ対する憎しみは、殺したい程に膨れ上がっているのも事実ではあった。

 自分の手を汚さずに、どうすれば太田川に大きな被害を与えられるかについて考える藤村。


「太田川って本当にすごいよなー」

「次元が違うよね、正直妬いちゃう」


 クラスメイトのそんな会話を聞いた時、藤村は答えを見つけ出す。

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