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野良猫に餌付けをするような愛  作者: 中高下零郎
高校生(愛のない? 恋人生活)
29/34

愛を確かめ合う春

「ぐず……うう、ううっ」

「……」


 高校からの帰り道、綺麗な顔を台無しにして頻りに泣きじゃくる太田川と、その横で困ったような、恥ずかしいような顔をする藤村。藤村にとってみれば、どうして太田川がこんなことになっているのかがわからず、とりあえずアパートまで戻って詳しい話を聞くことにしたのだ。


「さてと……何でお前そんな泣いてるんだよ、意味わかんねーよ」

「ひぐっ……だってきりくんが、野々村さんと……」

「……ああ、本気でお前嫉妬してたのか」

「きりくんに捨てられたら、私、う、うううっ」


 自分の部屋に太田川と一緒に戻り、太田川を座らせると話を聞こうとする。

 太田川の話を聞いているうちに、罪悪感を自分の中にどんどん芽生えさせる藤村。

 浮気と見られるようなことをしていたのも事実だし、自分では要領良く立ち回ることができたつもりでも、太田川には筒抜けだった。



「……すまん! 魔がさした! 許してくれ!」

「ぐずっ……きり、くん?」


 自分のせいで恋人をここまで追い詰めてしまったと悟った藤村は、その場で土下座をかまして真実を語る事にした。後ろめたさからか、藤村も自然と涙をぽろぽろと流し始める。


「俺、自信無くて。デルタの事本当に好きなのかわかんなくって。だから別の人に少し乗り換えてみようかなって思って野々村さんに……本当に悪かった! やっと気づいたんだ、俺は本当にお前を愛してたって。でも、浮気を考えてたことは事実だ。……ビンタしたいならいくらでもしてくれ」


 太田川に自分の罪を告白した藤村。最悪フラれても仕方ないよなと、正直に言ってしまった自分を少し後悔してしまう藤村だったが、


「……よかった」


 太田川は藤村の話を聞いて、満面の笑みになって藤村を押し倒すように抱きしめる。


「……許してくれるのか? 俺、最低なことしたんだぞ?」

「だってきりくん私を捨てないんでしょ?」

「……馬鹿だな、お前。悪い男に騙されるタイプだ」

「うん、私馬鹿だよ。だからきりくんがいないと駄目」


 本当に馬鹿だよ、お前。呆れたように言いながら、藤村は笑う。そして太田川をぎゅっと抱きしめる。最初は偽りの恋人関係だったかもしれないが、今の二人は、心からお互いを愛する事が出来ていた。




「ただいま」

「おかえり、桐流。あら、随分といい顔になったじゃない」

「……色々あった」


 そして終業式を終えた春休み、藤村と太田川は実家へと帰省する。

 家に帰った藤村を見て驚く母親。いい子ちゃんではあったが心に闇を抱え込んでいたかつての藤村ではなく、自分と向き合えて、太田川とも向き合えた、成長した藤村の顔がそこにあった。


「……まだ生きてたのか、この猫」

「ナーオ?」

「悪いなあ、迷惑かけて」


 家のリビングでゴロゴロとしている、当初は八つ当たりのために恋人の名前をつけた猫を持ち上げて撫でる。数年前の自分がいかに馬鹿な事をしていたかを思い出しては、自嘲するかのように笑う。


「きりくーん、その辺散歩しない?」

「あら太田川ちゃん、綺麗になったわねえ」

「えへへ」


 猫とじゃれ合っていると、チャイムが鳴って太田川がやってくる。言われるがままに外に出て、中学校への登校ルートをぶらつく二人。一年ほど前まで毎日のように歩いていた場所も、すっかり新鮮さを感じられる程になってしまった。


「一年経つと違和感たっぷりだね」

「全くだ。本当にこの道であってるのか?」

「地元で道に迷っちゃったりしてね。……色々あったけど、中学校楽しかったなあ」

「楽しかったのかよ、あれで。最後らへん荒れてただろ」

「今となってはいい思い出だよ」


 中学校を探し求めながら、中学校時代の思い出話に花を咲かせる二人。しばらくすると、1年ほど前まで通っていた母校が見えてくる。


「そうだ、ついでに小学校にも行こうよ」

「……ああ」


 中学校の前まで来た太田川がそんな提案をすると、藤村は顔を曇らせながらもそれを了承する。そのまま小学校までの道を歩きながら、藤村は小学校の頃の自分を思い出していた。


「どうしたの? きりくん、険しい顔になってるけど」

「……」


 ついこないだの浮気は許してもらったが、小学校の頃の罪は許されるのだろうか。どこまでも自分を信頼して依存している恋人を見てしばらく悩んでいた藤村。小学校が見えてきた辺りで、藤村は覚悟を決めた。


「……小学校の頃、お前いじめられてたよな」

「うん、先生も親も薄情だよねー、味方してくれたのきりくんくらいなものだよ」

「黒幕は俺だ」

「……」


 太田川の顔から目を逸らさずにそう告げる。それを聞いた瞬間、笑っていた太田川の顔は固まった。


「しかも、お前が好きだから意地悪しようとかそんなんじゃない。あの頃の俺はお前を恨んでた。だからお前が不幸になればいいと思ってた。結局失敗して、お前になつかれるだけだったけどな。それだけじゃない、中学校の時だって、お前に復讐することばかり考えていた。お前が俺になついてるから、タイミングを見計らって捨ててやろうなんて考えてた……途中、から、その気持ち、は、変わっ、たんだろうけ、ど」


 途中から目元を滲ませる藤村。子供の頃のように、顔をぐしゃぐしゃにしながら言い終える頃には泣き崩れる。顔色一つ変えずに藤村の懺悔を聞いていた太田川だったが、ぎゅっと藤村を抱きしめると、手を伸ばして頭を撫でる。


「……馬鹿だね、きりくん。ミイラ捕りがミイラになったんだ」

「ぐずっ、馬鹿なのは、お前だろ。なんで、なんでそんな冷静でいられるんだよ! お前が、俺を好きだって気持ちも、俺によって歪められた感情のようなもんだろうが!」

「……馬鹿だし、私。今の私がきりくん好きなのは真実だし。それに昔のきりくんの気持ち、今ならわかるよ。きりくんが苦しんでるのに気づかずに、ずっとごめんね、ううっ」

「ううっ、うううっ」


 小学校の前で人目も気にせずに抱き合って泣きだす二人。醜い嫉妬と復讐から始まった恋物語は、ここにハッピーエンドを迎えようとしていた。



「また一年よろしくねきりくん」

「ああ」


 春休みも終わり、再び東京へと向かう二人。太田川は常に藤村の部屋に入り浸り、事実上二人暮らしとなっていた。二年生のクラス分けでも、二人は一緒。愛の深まった恋人として、幸せな学園生活を送れると、二人とも思っていた。




「……?」


 きっかけは、授業中に藤村が感じた違和感だった。

 二年生になって何度目かの数学の授業、藤村は違和感に苛まれる。

 そしてその次の物理の授業で、その違和感の正体に気づく。


『勉強を難しく感じるんだ』


 今までは完全に理解はできないながらも、授業にもきちんとついていけていた藤村。毎日のように復習をしていたおかげで、成績も中の上レベルを維持できていた。だが、高校二年生になって授業のレベルがあがると、途端に藤村は授業の内容を難しいと感じる。


『自分は天才じゃないから、仕方がないか』


 ほとんど理解できない数学の授業を前に、ため息をつく藤村。年をとったからなのか、もう自分は才能に恵まれていると思い込むこともできなくなっていた。家に帰ったらネットで調べるなりして、きちんと授業についていけるようにしようと意気込みながら、太田川の方を眺める藤村。そこには藤村と違って、それなりに授業を理解しているような表情の恋人がいた。




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