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野良猫に餌付けをするような愛  作者: 中高下零郎
高校生(愛のない? 恋人生活)
27/34

猫は青い鳥になったらしい

「しっかし、どこの高校でも文化祭はやるんだな、来年度には体育祭もあるし」

「そだね、恒例行事だね。きりくんこの木材切って」

「へいへい」

「きりくんもたくましくなったね、ついこないだまでノコギリなんて持てなかったはずなのに」

「お前昔の俺をどれだけ過小評価してんだよ」


 高校一年生の秋。文化祭の展示を決める際、国内有数の頭脳の高校生が集まっているのだから、それを活かした展示にするべきだという流れになり、教育テレビでやっているようなビー玉やらを転がす装置を作ることになった藤村のクラス。積極的に準備を手伝う太田川に引きずられるように、藤村も放課後になるとクラスに貢献していた。


「それにしてもこのクラスの子は皆話がわかるよね。勉強は勉強、遊びは遊びでちゃんと区別つけないとね」

「お前はクラスのおかんかよ、実行委員でもねーだろうが。ま、高校一年だしな、余裕もあるし、人間として成長したんだろうよ」

「ちょっときりくん、小さく切りすぎだよ、余裕持って切ってよ」

「……へいへい」


 中学二年の時は文化祭の準備に消極的なクラスメイトに憤慨していた太田川だったが、今年はクラスメイトがそれなりに協力的な姿勢を取っているからか上機嫌。藤村も、前までは学校行事だからと割り切って苦痛を感じながらも準備に参加していたが、今年は文化祭の準備を少し楽しいと思えるようになっていた。自分が人間として成長したという実感に、藤村も少し上機嫌そうだ。


「っと……ごめん、私バイト行かなきゃ」

「ああ。片づけとかは俺がやっとくよ」

「ごめんねきりくん、今夜はすき焼きだからね」


 午後6時になり、太田川はアルバイトのために先に学校を出ていく。

 本来なら下校時刻だが、文化祭の準備期間は遅くまで残ることが許されている。どうせならキリのいいところまでやっておきたいと、藤村がついこないだまでの自分では考えもしなかったもう少し残るという選択肢を選んでいると、


「あ、藤村さん、お疲れ様、です」

「やあ野々村さん。今日も図書室で本読んでたの?」

「はい、新しいビジネス本が、入ったから、読んで、でも、読んで中身を、暗記するだけじゃ、意味がないですね、ごめんなさい、藤村さんには関係ないですね、ごめんなさい」

「いやいや、俺もビジネス本とか、自己啓発本とか興味あるから関係あるよ。気を付けて帰ってね」


 教室のドアが開いて、気まずそうに野々村が入ってくる。知り合いになってから放課後に太田川の目を盗んで話をしたりした結果、少し自信がついたのかよく喋るようになった野々村。けれど今は野々村よりも目の前の木材だと、挨拶だけして作業を続けようとする藤村だったが、


「あ、あの、何か、仕事は、ないですか」


 野々村は机にカバンを置くと、おどおどと藤村を、子犬のように上目使いでみつめて手伝いを希望する。


「いやいや、大丈夫だよ。まだ文化祭まで余裕あるし、進行ペースも問題ないし。俺ももうすぐ終わろうと思ってるし」

「いや、手伝いが、したいんです。何か、何かないですか。私、前の学校では、クラスに馴染んでないし、どうせ役に立たないだろうからって、文化祭、除け者扱いで、仕事も、任されなくて、咎められなくて、もう、いや、です、うっ、ううっ」

「え、えーと、そうだ、設計図のチェックしてよ。間違ってるところとかあるかもしれないし」


 特に困っていることはないし大丈夫だと断った藤村だったが、トラウマを蘇らせてしまったのか野々村は泣き出してしまう。何でもいいから仕事を与えなければと、自分が作っている装置の設計図を野々村に手渡して落ち着かせる藤村。野々村は真剣にそれを読んでいたが、ハッとした表情になると慌てだす。


「こ、ここ、計算、おかしくないですか?」

「え、本当?」

「はい、ここです、実際に作ってみないとわからないかもしれませんけど、これだと、途中でビー玉が横にズレると思うんです」

「その部分なら、確かこっちに用意してあったね。試してみよう」


 既に作ってあった部分にミスがあると主張する野々村の言葉を信じて、実際に試してみる藤村。野々村の言うとおり、ビー玉はきちんと転がらずに床に落ちてしまった。


「ったく、誰だよここ担当した人は、ちゃんとテストしとけっての。それにしてもすごいね野々村さん、野々村さんが気づかなかったら、本番前に慌てる羽目になったかもしれないよ」

「い、いえ、藤村さんが、私をうまく使ってくれたから、です」


 藤村が褒めると、野々村は目をキラキラと輝かせる。鳥のヒナだと思っていたけれど、飼い主に従順な犬だな、とにやけながら彼女を見る藤村だった。



「それじゃあね、野々村さん。設計図とかは他にもあるから、よかったらそっちもチェックしてよ」

「はい! 私も、文化祭に、役立ちます!」


 後片付けをして、野々村と別れて一人帰路につく藤村。帰りながら、野々村について考えていた。


「……ないな」


 野々村と一ヶ月弱交流して出した結論は、野々村に女性としての魅力は全く感じないということだった。

 練習の成果があったようで、当初に比べれば野々村の会話が上手になっていることについては親身になった甲斐があったと誇らしく思っていたし、野々村の能力も周りよりは高く評価しているつもりだった。

 ただ、人間性や、女性としての魅力という観点で野々村を見ても、藤村にとって惹かれる部分は全然無かった。見た目も地味でスタイルも貧相、上手になったとは言えど相手をイライラさせてしまうような喋り方……野々村が藤村を全面的に信用して従っていることも相まって、本当にペットの犬としか認識することができなかったのだ。



 慕われることについては悪い気はしないし、他人を成長させることも嫌いではない。乗りかかった船だ、適度な距離感を保って自分以外の友人ができるように手伝った後は、彼女の巣立ちを見送ることにしようと決めた藤村はアパートに戻る。しばらくすると、太田川がスーパーのレジ袋を持って部屋に入って来る。


「ただいまきりくん。食材切るからきりくんお湯沸かしてダシ作って」

「あいよ」


 その後二人ですき焼き鍋を作り、こたつにそれを置いて二人でいただく。


「あー寒い寒い。電気代とかガス代とかすごいことになりそうだね」

「……お前いつも俺の部屋に来て料理したり、下手すりゃ風呂まで入ってくから格差酷いことになりそうだな」

「てへ、その分食費は大体私が持ってるから許してよ」


 すき焼きを食べながら、真正面の太田川を見つめる藤村。よくできた女だな、と藤村は感嘆する。

 野々村と交流したり、クラスの女子を眺めたりと別の女性に触れてみた結果、藤村は太田川に対する気持ちを自分の中で固めた。


「……なあデルタ。俺はお前が好きだよ」

「? 今更何言ってんのきりくん」

「いや、何でもないよ」


 藤村は満足げに恋人に愛を囁く。自分は太田川を本当に魅力的だと思っているのだ。愛しているのだ。太田川の恋人であることを誇らしく思っているのだ。その気持ちを邪魔していたコンプレックスも、人間として成長したことで解消された。もう劣等感や嫉妬心に塗れたあの頃の自分はいない。今の自分は、他人を愛せる余裕のある、幸せな人間なのだ。藤村は、晴れ晴れとした気持ちで自分をそう評価した。





「……きりくーん、寝てるー? ……よし、寝てるね」


 藤村が自分の成長と幸せを噛みしめたその日の深夜。そんな気持ちなど知らない太田川は、藤村が寝静まっていることを確認するとこっそりと藤村の携帯電話を覗く。


「最近きりくんおかしいよ、やけに素直だし、さっきも突然好きだよとか言ってくるし……まあ、きりくんに限って浮気なんてするはずがないと思ってるけどね。暗証番号……どうせきりくんのことだし誕生日かな? やっぱそうだった」


 不安そうに独り言を呟きながら藤村の携帯電話を操作する太田川。

 最近の藤村の態度に違和感を感じた太田川は、藤村が浮気をしているのではないかと疑問に思い、携帯電話を盗み見るまでに至った。



「……え?」


 今の藤村は、浮気どころか太田川への愛をきちんと認識した。

 しかし太田川にそんな事はわからない。わかるのは、藤村が野々村と頻繁にメールのやり取りをしていたという事実だけだった。




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