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野良猫に餌付けをするような愛  作者: 中高下零郎
高校生(愛のない? 恋人生活)
26/34

雛は青い鳥にはなるのか

「夏休みもあっという間だったね。楽しかった?」

「まあな。東京のコミケはすごかったな、人は多すぎるし汗臭いし、よくあんなところに行けるな」

「今年は漏れたけど、来年は私達もサークル参加するよ、絶対に」

「俺を巻き込む気か……」


 夏休みが終わり、アルバイトを辞めていつもの学生生活に戻る藤村。

 心のどこかで感じていた物足りなさをアルバイトで埋めることはできなかったようで、太田川との恋人生活を送りながらもどことなく不満顔だ。

 原因の1つは、太田川をライバルとして認識できなくなったことだ。テスト結果は藤村よりも太田川の方が上だったが、太田川よりも更に上の存在が同じ学校に何人もいる。そう考えてしまった藤村は、太田川とこのままだらだらとよろしくやっていていいのかと悩むようになった。太田川に抱いていたはずの復讐心が薄れてきているのも、太田川さえいなければ自分はトップであるという前提条件が崩壊したからだった。身長では太田川を抜かし、運動神経や手先の器用さも人並み程度にはなった藤村。学力以外の面で抱いていたコンプレックスも無くなってきた結果、今の自分が太田川に抱く感情は偽りの愛情しかないのではないか、逆に自分が太田川に餌付けされているだけではないのかと思うようになった。



「クラスの女子で一番テストの成績良かったの誰だっけ」

「んーとね、野々宮さんだったかな? 学年3位だったはずだよ、何でそんなこと聞くの?」

「何でもねえよ」


 太田川と一緒に教室へ向かう藤村。教室に入った藤村は、すぐに一番後ろの左端の席を見る。

 そこには小柄な、容姿も酷いとは言わないまでも地味な女の子が、辺りをキョロキョロと見回しながらガタガタと震えていた。

 野々村姫々(ののむら・ひめき)。先ほどの話に出てきた、クラスで一番テスト結果の良かった女子だ。

 クラスの女子と夏休みの想い出話で盛り上がる太田川を放っておき、藤村は野々村をまじまじと眺める。

 そのうち目があったかと思うと、彼女はビクンと震えて俯き寝たふりをしだす。



「それじゃきりくん、バイト行ってくるね」

「ああ、俺は図書室で本読んだりして帰るから、お前の方が遅くなるかもな」


 放課後になり、アルバイトのためにすぐに学校を出ていく太田川と別れて藤村は図書室へ向かう。

 普段から読書好きな藤村は放課後に図書室に向かうことも度々あったが、この日は別の理由があった。

 適当に小説を手に取ると、読書スペースの隅っこで本で顔を覆い隠している野々村の隣に座る。


「野々村さんいつも図書室で見かけるね。毎日来てるの?」

「……!? ??? え、?? ???」


 軽い気持ちで野々村に話しかけた藤村だったが、まともに返答ができず慌てふためく野々村。

 藤村はルーズリーフをカバンから取り出すと、『喋るの苦手?』と書いて彼女に寄越した。

 すると彼女は両手にペンを持ったかと思うと物凄いスピードでその紙切れに文字を書きはじめ、10秒で『はい、ごめんなさい、本は好きです、藤村さんも、たまに図書室来てますね。本好きなんですか?』と、あまり綺麗ではないが何とか読める文字を書いて返してくる。

 その後しばらく藤村は、彼女と筆談を交わす。読書好きという共通点があるからか、話しかけられたのが嬉しいのか、筆談をしているうちに少しずつ表情が柔らかくなる野々村。

 あっという間に下校時間になり、藤村は野々村に時間取らせてごめん、楽しかったよと告げると席を立ち、本を戻して帰ろうとする。そんな藤村の肩を掴んで引き止める野々村。何事かと藤村が振り向くと、彼女は顔を赤くしながら自分の携帯電話を差し出していた。



「こんなにうまくいくとはなあ」


 野々村とアドレスを交換して別れた後、野々村に早速メールを送りながら予想以上の進展ににやつく藤村。

 向上心を失いかけていた藤村が打開策として掲げたのは、別の女性に手を出すことであった。

 太田川への自分の感情を確かめるためにも、高みを目指すためにも、太田川よりもテストの結果が良く、女子でクラスメイトである野々村に着目した。

 しかも野々村は、学力以外の面では明らかに藤村に劣っていた。

 まともに他者と会話することができず、常に学校では挙動不審に辺りを見回し、体育の授業はほとんど欠席をする彼女。藤村からすれば野々村は目標にできながらも、それ以外の面ではコンプレックスを抱くどころか優越感を抱くことができる非常に都合の良い存在だった。


「きりくんただいまー、廃棄予定のアニメビデオテープ貰ってきたから一緒にみよ」

「弁当じゃあるまいしそんなもん貰うなよ、ビデオテープなんて今時ねえよ」

「はっ……だから廃棄されるのか。ところでニヤニヤしながら携帯いじってどうしたの? まとめサイト?」

「勝手に覗くな、飯にしようぜ飯に」

「怪しいなぁ……まあいいか、廃棄予定のおでん缶貰ってきたから一緒に食べよ」

「乞食か」


 自室で野々村とメールのやり取りをしていた藤村の元へ太田川が帰ってきて、藤村の携帯電話を覗こうとする。咄嗟に携帯電話を隠して、話題を変えようと食事の催促をする藤村。まだメールのやりとりをしているだけで二股をかけているわけでもないが、将来的には二股をかけるどころか乗り換えることすら頭に入れてしまった藤村は野々村のことを太田川に知られるわけにはいかなかった。



「おはよー」

「おはよう太田川さん」


 翌日、いつものように藤村と太田川が教室に向かい、太田川は女子グループと仲良く世間話に興じ、藤村は自分の席について授業の準備をする。チラリと野々村の方を見ると、


「……♪」

『おはようございます!』


 嬉しそうな顔で藤村にメールを寄越してくる。まるで刷りこみされたヒナだな、と藤村はそんな野々村を憐れむような目で見ながらメールを返すのだった。


『さっきの授業退屈でしたね!』

『体育の授業私は休みますけど頑張ってください!』

『ごめんなさい彼女さんいるのにメールにこんなに付き合わせてしまって、私まともに喋れないからその分誰かとメールできるのが嬉しくて』


 その日の午前の授業中はほとんど野々村とのメールに費やす。

 今まで溜め込んでいたものを発散するかのようにメールで会話を試みる野々村に対して、新鮮だなあと思いつつメールを律儀に返す。そんな藤村を太田川は不安そうに見ていた。授業を真面目に受けていた藤村が、授業中携帯電話ばかり弄っている理由が考えられなかったからだ。



「きりくん、屋上でご飯食べよー」

「へいへい」


 昼休憩になり、太田川は藤村を誘って屋上へ。


「……きりくん今日ずっと携帯弄ってたよね、何やってたの?」


 昨日の今日で大分疑惑が生じたようで、お弁当を開きながら藤村を不安そうに見つめて問いただす太田川。


「ああ、携帯ゲームにちょっとハマっちまってな。これだよこれ、ソーシャルゲームで、時間をかけなくてもクイズができればランカーになれるんだ」

「駄目だよ授業は真面目に聞かないと」

「悪い悪い、控えるよ」


 問い詰められることは予想していたようで、たまにやっている程度のソーシャルゲームの画面を見せて太田川を安心させる藤村。そして放課後になり、今日もアルバイトのために先に学校を出ていく太田川を見送ると、


「ごめんよ野々村さん。授業中携帯弄るなって彼女に言われちゃってさ」

「え、あ、当たり前ですよ、それは。私が、悪いです。藤村さんも、駄目ですよ、彼女さん心配させたら」

「あはは」


 図書室に向かって、定位置に座っていた野々村の横に座り本を読み始める。

 前回は筆談だったが、藤村を信用するようになったからか、緊張の解れた野々村は拙いながらも口頭で話し始める。


「それにしても野々村さんすごいよね、学年3位なんて」

「わた、私は、すごく、ないです。勉強しか、できないですし。太田川さんも、藤村さんも、すごいです。喋るのも、うまく、できませんし、聞いてて、イライラするって、いつも言われて」

「はは、俺でよければ会話の練習台になるよ。そのかわりさ、ちょっとわかんない問題あるから教えて欲しいんだよね。俺の彼女、教えるの下手糞だからさ」

「は、はひ、私も、教えるの下手だと、思いますけど、頑張ります!」


 その後藤村が解けなかったテストの問題の解説を試みる野々村。しかし会話が苦手なため、言葉につまったりと失敗に終わってしまう。


「ごめん、なさい、明日、ノートにまとめて、持ってきますから」

「いやいや、そこまでしなくてもいいよ」

「させてくだ、さい、私も、高校生に、なったのに、いつまでもこんなんじゃ、駄目だって、わかって、ますから、さようなら、今日は、楽し、かったです」


 下校時間になり、野々村はペコペコと謝るとそう言って去っていく。

 甲斐甲斐しいねえ、とその背中を微笑ましくみつめる藤村は、彼女に魅力を感じることができるのか、高みを目指すためのライバルとして認識できるのかを彼女との交流で確かめようとしていた。

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