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野良猫に餌付けをするような愛  作者: 中高下零郎
高校生(愛のない? 恋人生活)
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井の中の蛙は海を目指さない

「あー、アニメショップのバイト楽しいなあ。でもどうせならアニメ作る仕事とかしたいなあ。絵を描く仕事もしたいし、高校卒業したらアニメーター目指そうかな」

「アニメーター? はん、現代の奴隷だろそれって。あんなもん底辺の絵描きがやりゃあいいんだよ」

「アニメーターを馬鹿にしちゃ駄目だよきりくん。私達が毎週アニメを楽しめるのも、アニメーターのおかげによるところが大きいんだからね」

「俺はアニメ楽しんでねえよ。仮にそうだとしてもな、スタッフロールにすら出てこないだろ、そいつらの大半は。影の立役者なんて聞こえはいいけどな、そういうのは影で支えてるってことが明るみになって初めて価値を持つんだよ。俺達みたいな人間が目指すのは、そういう絵を描くことしか能のない連中をコキつかってお茶の間の皆に素晴らしいアニメをお届けする人間なんだよ。わかったか?」

「夢がないねえきりくんは……きりくん小学校の卒業文集、将来の夢なんて書いたか覚えてる? あれ読んだ時、きりくんのお母さん頭抱えたらしいよ」

「お嫁さんとか書いてたアホに言われたくないわ」


 馴れた足つきで並んで高校へ向かいながら、将来の話をする二人。

 高校生になって約3ヶ月。二人は学校で浮くこともなく、それなりに快適な高校生活をエンジョイしていた。

 当初の予定通り、努力よりは才能の力で高校にやってきたような、余裕のある人間と仲良くしようとした藤村と太田川。要領のいい藤村と見た目のいい太田川は、すんなりとそんな人間たちの輪に溶け込むことができた。


「バイトは楽しいけど、部活もやりたかったなあ」

「やればいいじゃないか。スポーツ推薦組のところに殴りこめば」

「そんなことできないよ……」


 ため息をつく太田川と、意地の悪い笑みを浮かべる藤村。中学時代、人間関係が原因で部活を途中でやめてしまった太田川は高校でもう一度女子野球をやりたいと考えていた。しかしこの高校に存在するほとんどの体育会系の部活は、藤村達のような進学コースではなく、スポーツ推薦で高校に入学した人向けの本格的なものだった。共学とは言えど七割が男子の進学コースで、野球を一緒にしてくれる程暇を持て余している女子を見つけることができず、かといって高校にスポーツをしに来ているような人達と一緒にすることもできず、結局太田川は部活にあてるつもりの時間を、アルバイトや藤村のために割くのだった。


「お前の実力なら、学校に野球しにきてる女子にも負けないだろ」

「そうだとしたら余計問題だよ。勉強の片手間にやってる子がレギュラー奪ったりなんかしたら、スポーツ推薦組に申し訳立ないよ」

「いいじゃねえか、スポーツの世界は実力勝負なんだから。つうか男子の野球ならまだしも、女子の野球なんかでも本格的なのってあるんだな。実力的には中学男子より劣りそうなもんだけど、ま、連中もプロになりたいんじゃなくて、スポーツに打ち込んである程度結果を出して、いい大学とかいい企業とか行きたいんだろうな」

「確かに甲子園とか行ってる人は、プロになれなくてもいい企業とか行けたりするみたいだね。やっぱり体力があるのと、何かに努力ができるってのは大きいんだろうね。この高校でもマラソン大会あるみたいだけど、きりくん今年は体力ついたかな?」


 ガリ勉のもやしっ子なんかに負けるかよと笑いながら、藤村は太田川の言っていた高校球児の話について考えていた。体力があっても、努力ができても、野球ばかりしてきた頭の悪い人間なんて使えるわけがない、使えたとして精々肉体労働だ。本当に使えるのは自分のような人間なのだと、同じ高校に通っている、スポーツ組の人間を嘲笑うのだった。



 学校についた二人。クラスで出来た友人ととりとめのない話をして、授業は真面目に受けて、お昼は空き教室で二人で食べる……そんな学生としても恋人としても、健全な一日を今日も過ごす。


「もうすぐテストだね」

「そうだな。今までの範囲を見直さないとな。ま、毎日やってきてるから慌てる必要はないよ」

「えー、去年までのきりくんテスト前は必死になってたのに」


 夏休み前の定期テスト。トップクラスの進学校ということもあり、生徒のほとんどが真面目に授業を受けていてテスト前に焦って勉強するような人は少ない。そんな周りの人間に知らず知らず感化されていたようで、いつもならテスト前に身体を壊しかねない程追い込みをかけていた藤村も、今回はいつも通りのペースで臨むつもりだった。

 それでも藤村は、自分か太田川がトップを取るのだと思っていた。太田川に尽くされて腑抜けたからか、心のどこかで、太田川を良きライバルとして認めていた部分があった。



 学校から帰って3、4時間程勉強し、太田川の手料理を食べて、テレビを見たりパソコンを触ったりして余暇を楽しみ、太田川を抱いた後に疲れ果てて眠る……あまりにも贅沢な高校生活を送り、最初のテストがやってきた。



「(あれ……この問題どう解くんだったっけな……)」


 配られた数学の問題に顔をしかめる藤村。問題を解きながら、藤村は言いようのない不安に襲われる。今までのテストは基本的に全て解けていたし、失点のほとんどはケアレスミスによるものだった。しかし今藤村は、どう考えても解けない問題と戦っていた。授業を不真面目に聞いていたわけではない、教科書の範囲の演習問題は全て解いたし、応用的な問題だって解いてきた。自分は才能型だと言いながらも、同級生の中では努力している方だった。

 それでもわからない問題がある……周りから聞こえてくるペンの音に不快になりながら、藤村はこの日のテストを終える。


「難しかったねきりくん。やっぱ高校は違うなあ」

「な、何だお前、解けない問題あったのかよ。俺は、余裕だったよ」

「さっすがきりくん」

「ちょっと今日は疲れたから、帰ってすぐに寝るよ」

「私も疲れちゃったし、少し復習して寝ようっと」


 放課後、太田川と帰りながら藤村は余裕ぶる。しかし実際のところ藤村は今日のテストの問題を、2割近く答えることができなかった。今まではほとんど全てが解けていたのに、いきなり2割も解けなくなる……それでも藤村は、自分が解けなかったのだから周りの人間も解けなかったに違いない、太田川だって難しかったと言っていたのだからと、ポジティブに考えることにした。その日は部屋に戻るとすぐに眠り、数時間後の深夜に目が覚める。テスト範囲を復習しようかと考えた藤村だったが、気乗りせずにまたベッドに入って太田川に起こされるまで眠るのだった。



 そうしてテストを終え、解けない問題が多かったもやもやに悩みながらも身体と心を休め、数日後に結果が貼りだされる。自分が1位、もしくは太田川が1位で自分が2位に違いない、そう信じて藤村は太田川と共に、結果が貼りだされた掲示板を見るのだった。



「……35?」

「14位かあ。学年100人ちょいだから、いい方だね。きりくんも上の方だよ、やったね」


 自分と藤村の順位を確認して嬉々とする太田川の横で、藤村の顔は青ざめた、今にも貧血で倒れそうな表情になっていた。

 35位。今までトップにいた自分が、35位。プライドの高い藤村には相当ショックな結果だった。

 そして何よりも、太田川がトップ10にも入っていない。

 憎ましくも、心のどこかでは認めていた、目標にしてきた存在が。


「……そうか」

「? どうしたのきりくん?」


 自分達は井の中の蛙でしかなかった……そう悟った瞬間、藤村は少し笑い、太田川にもたれかかる。


「何でもねえよ、ちょっと眩暈がしただけだ。さて、夏休みはどうするかな」

「東京の夏を楽しまないとね」

「そうだな、めいっぱい遊ぼうぜ。成績だって、悪くなかったし」


 結果に満足せずに奮起するどころか、やる気を無くす藤村。

 太田川に甘えることができる、逃げることができるという状況もそれを手伝っていた。





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