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野良猫に餌付けをするような愛  作者: 中高下零郎
高校生(愛のない? 恋人生活)
23/34

高校生活の始まりと努力の否定

「きりくん、朝だよー」


 体を揺さぶられて藤村が目を覚ますと、そこには制服姿の太田川が立っていた。


「……おう」

「きりくんも少しヒゲ生えてきたね、シェーバーとか買わないとね。朝ご飯もうすぐできるからね、制服はアイロンがけしてそこに置いておいたからね」

「……甲斐甲斐しいこって」


 ベッドから起き上がった藤村は洗面台で少し顔を洗い、アイロンをかけたばかりで温かい制服に身を包む。その頃には朝食の準備が出来たようで、部屋のちゃぶ台にご飯とみそ汁と野菜炒めが置かれていた。


「いただきまーす、今日から高校生かぁ、わくわくするね」

「いただきます……そうだな……ふぁあ」

「きりくん休みボケしてるね」

「俺が? ははは、まさか。……ああ、学校か、面倒だな」


 そう言うとため息をつき、味噌汁をすする藤村。

 太田川への復讐を諦めていたわけではないが、目的の高校に入学したことで燃え尽き症候群となったのか、春休み中、ずっと太田川に世話されるような贅沢な生活を送っていたからか、随分と腑抜けた状態になっていた。


「折角高校受かったんだから、ちゃんと行かないと。大事なのは合格することじゃなくて、そこで何を成すかだよ」

「けっ、一丁前にほざきやがって。ごちそうさま、うし、学校行くぞ」


 味噌汁を飲んで頭が冴えたのか太田川に感化されたのか、学校に行く意思を固める藤村。

 そんな藤村を太田川は微笑ましく眺めていた。



 藤村と太田川の住むアパートから歩くこと約20分、二人が通うことになる高校へ到着する。


「あ、同じクラスだ。やったね」

「ああ、よろしくな」


 クラス分けの掲示を見て笑顔になる太田川と、安心したような、気に食わないような感情に苛まれながらも笑顔を返す藤村。二人はそのまま教室へ向かう。


「……何か、雰囲気すごいね」

「流石は国内トップクラスだな」


 教室に入った二人であったが、先にいたクラスメイト達の雰囲気に飲まれてしまう。

 入学式初日から机にかじりついて参考書を読んでいる人や教科書の問題を解いている人間。

 まるで今までの人生を勉強にしか捧げていないような何人かのクラスメイトを見て哀れに思ってしまう、それでいて自分自身もその1人なのではないかと思い怖くなる藤村であった。

 その後体育館へ向かい入学式を行う。檀上で新入生代表として話をしている名も知らぬ生徒を見て、今回は太田川じゃないんだな、と思う藤村だった。


「太田川三角州です。よろしくお願いします。女子野球とアニ……アニミズムに興味があります」


「藤村桐流だ。よろしく頼む」


 その後教室で自己紹介を行う。太田川はオタク趣味をカミングアウトしようとするも、過去のトラウマから隠すことにした。

 あまり他人に関心を持たない人が多いのか、自己紹介に対する拍手はまばら。太田川は少し居心地が悪そうだった。




「……なんか、ピリピリしてたね」


 入学式を終えて、二人は並んで歩いて帰る。太田川はクラスの雰囲気に馴染めそうもないのか不安そうな顔をする。


「大丈夫だよ、俺の見立てでは、この学校の生徒は才能タイプと努力タイプに分かれている。才能タイプの人間となら仲良くやれるさ」

「才能タイプと努力タイプ?」

「ああ。流石にこの高校は俺達の通ってた中学とはレベルが違うからな。受かった奴だって、大抵は小さい頃からアホみたいに勉強ばっかしてきたんだよ。勉強に人生を捧げてきたような奴は、他人と仲良くしようだなんて思っていない。その点俺やお前みたいな才能に満ち溢れている人間は、勉強だけじゃない経験もいっぱいしているからな、余裕があるんだよ。いいか、仲良くするならそういう人間とするんだ」

「きりくんは……ううん、何でもない。これからどうする?」

「そうだな、折角だから渋谷でも行こうぜ」

「……いいの? きりくんのことだから、てっきり他の人みたいに早速教科書の問題とか解くんだと思ってたけど」

「いいんだよ、そんなに必死で勉強しなくたって、俺達は才能があるんだから」


 勉強に人生を捧げてきた人間を否定するような藤村の語り口に違和感を覚える太田川。太田川は藤村は努力家だと思っているし、人生のほとんどを努力に費やしてきていると思っていたからだ。

 一方の藤村は、自分は勉強だけではなく青春もしっかりと経験していると思っていた。その経験は、皮肉にも太田川に付き合う形で手に入れたものだったのだが。そして勉強ばかりしてきたであろう人間を客観的に見ることで、自分が努力家であるということを否定し、自分には才能があるから努力は不必要だと思い始めていた。

 藤村が努力しなくなるのではないかと不安になる太田川だったが、折角藤村に誘われたのだと、笑顔でデートを楽しむのだった。



「やっぱ渋谷ってオシャレな服多いね、ついつい買いすぎちゃったよ」

「本当によく買ったなあお前、仕送りとか大丈夫なのかよ」

「うう……今月の新刊は諦めるかな」


 渋谷で服を何着か買い、藤村に荷物持ちを手伝わせる太田川。一方の藤村は太田川の買い物に付き合いはしたものの、オシャレには無頓着で内心どうでもいいと思いながらも、試着した太田川に似合う似合うとうなずくばかりであった。

 お金の事を言われて悩む太田川。高校自体の学費はそれほど高くはないが、東京でのアパート代は馬鹿にならないし生活費もある。藤村も太田川も一人っ子なので両親の支援を十分に受けることができるとはいえ、一ヶ月に服を何着も買っているとすぐにかつかつになってしまう。


「……そうだ、高校生なんだしバイトしよう」

「バイト? まあ、この高校バイトOKみたいだけど、俺はやらねーぞ、別に金使う趣味もないし」

「えー、きりくんもアルバイトしようよ。多分楽しいよ?」

「たかだか時給1000円くらいで学生の貴重な時間を無駄にしてたまるかよ。今は自分を高めてだな、将来年収1000万になる方がずっと得だぜ……?」


 帰り道、コンビニにあったアルバイト募集の貼り紙を見てアルバイトをしようと決める太田川。

 アルバイトなんて時間の無駄だと言う藤村だったが、自分の発言に違和感を覚える。


「でもでも、やっぱり学生のうちに遊ぶお金は欲しいし、好きなことを仕事にしたいじゃん? だから私、アニメショップでバイトするよ」

「……お前オタク趣味隠すんじゃなかったのかよ、バイト中にクラスメイトに出会ったらどうすんだ」

「その時はその子もオタクなんだから仲良くなれると思うよ?」

「……それもそっか。ま、俺はとめねーよ……ついたついた。ほらよ」


 太田川のアルバイトに口出しする気はないのか、アパートについた藤村は太田川に服を渡すとさっさと自分の部屋に戻ってしまう。部屋に戻った藤村は太田川が夕食を作ってくれるまで惰眠でも貪るかと布団に入るが、どうにもそわそわしてしまう。



「きりくん、今日の夕食何がいい……? ってきりくんが勉強してる!」

「は、はあ? そんなわけねーだろ、俺は本読んでるだけだ」


 しばらくして服を片づけ終わった太田川が藤村の部屋に遊びに来た時、藤村は机に向かって参考書を読みながら問題を解いていた。


「またまたー、きりくん努力するところ人に見られるの嫌いだもんね」

「……うっせえな」

「いやー何か春休み中のきりくんだらけてたからさ、きりくん勉強しなくなっちゃうんじゃないかって心配だったんだよ」

「大きなお世話だ。才能ってのはな、努力によって真の力を発揮すんだよ」


 努力家である自分を否定しようとしても、藤村の体に根付いた勤勉さが消えることはなかった。


「んふふ、美味しいご飯作るから楽しみにしててね」


 そんな藤村を見て、自分の好きな藤村のままであることを喜び、太田川は嬉しそうに夕食を作りはじめるのだった。

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