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野良猫に餌付けをするような愛  作者: 中高下零郎
中学校 愛のない恋人生活
21/34

捨てた猫にしがみつかれて

「東京楽しかったね。それじゃきりくん、またね」

「ああ。合格発表が楽しみだな」


 試験を終え、東京で遊んで帰った二人。

 後は卒業式を行い、合格発表を待つだけだった。

 藤村は部屋に帰った後、窓からいつもの場所を覗く。


「ああ、まだお前は餌を待ち続けているのか。チーズを失ったネズミはすぐにチーズを探したし、小人だってやがては探しに行ったというのに。お前はネズミよりも、小人よりも哀れだな」


 そこではいつものように猫が餌を待っていた。窓から猫を見下ろして笑う藤村。



「ああ、完璧だ。あの女は高校に落ちて、滑り止めすら受けていないから浪人だ。そして俺はあいつを置いて、前に進むんだ。置いて行かれたあいつはあの猫のように、哀れな人生を送るんだ。それで俺は幸せに……」


 もうすぐ太田川への復讐は完了する。しかし藤村の心はもやもやとしていた。


「なんだ、この煮え切らない感情は。ああ、こうしちゃいられない。滑り止めに向けて、最後の復習だ」


 心のもやもやをどうにかしたくて机に向かう藤村であったが、集中が途切れてしまう。


「……ああ、そうだ。どうせもうあいつとはおさらばなんだ、最後に愉しんでおこう」


 勉強する気にならない藤村は、携帯電話で太田川に電話をかける。そしていつものように彼女を抱いた。





「はー、中学校卒業かあ。高校では、うまくやりたいなあ」


 中学校の卒業式。次こそは同級生と後腐れない付き合いをしようと臨む太田川。お前はそもそも高校生になれないんだ、と心の中で太田川を笑う藤村であったが、


「きりくん、その、高校でも同じようなことになったら、私を守ってくれる?」

「……当たり前だろ。俺はずっとお前を守り続ける」


 太田川のそんな問いかけに、藤村は即答していた。瞬時にどうしてそんな言葉を平然と言ったのかわからなくなる藤村。相手を持ち上げて落とす作戦だ、とどうにかして自分の行動に理由をつけようとする。


「んふふ、ありがとうきりくん」

「それより、帰ったら、しようぜ」

「うん」


 藤村は毎日のように太田川を抱いた。もうすぐ別れることになるのだから、今のうちに太田川を持ち上げておこう、愉しんでおこうと。そして一人の時は、どうしようもない不安に襲われ続ける。太田川に隠れて滑り止めの高校を受験したりしながら時間は経ち、いよいよ合格発表の日がやってきた。




「ああ……ついにこの日がやってきたか。合格者の欄に自分がいないと知った時の、太田川の表情。想像するだけで絶頂しそうだ」


 インターネットでの合格発表を見るためパソコンの前に座りながら藤村はそう言うが、顔は全く嬉しそうではなかった。


「これで、あいつとはお別れだ。あいつは俺に囚われたまま情けない人生を送り、俺はあいつから解放されるんだ。そう、俺はあいつを忘れて、新しい生活を……」


 藤村を吐き気が襲う。新鮮な空気を吸おうと窓を開けようとして、藤村は猫の事を思い出す。


「ああ、あいつに餌をやらなくなって、すっかり時間が経ったな。もう死んでるだろうか、餓死寸前になっても俺の餌を待ち続けて、あの場所でミイラになってるのだろうか、はは、はははっ」


 乾いた笑いと共に、藤村は窓を開けて猫のいた場所を覗く。


「はは……あいつまだあそこで俺を待ってやがる……?」


 そこには猫がいつものように寝そべっていた。ミイラになどなっていないし、飢えている様子も見られない。どういうことだと藤村は家を出て、猫に会いに行く。


「何でだ、どうしてお前は生きてるんだ。自分じゃ餌もとれなくなったはずなのに、どうして」


 藤村を見つけるや否や擦り寄ってくる猫を前に狼狽えていると、


「あ、きりくん」


 太田川に後ろから声をかけられる。その手にはキャットフード。


「ようデルタ……それ」

「きりくん駄目だよ、ここまで餌付けしたんだから、最後までちゃんと責任とらないと。もうこの猫自分じゃ餌とれなくなってるんだからね」

「……知ってたのか?」

「うん。きりくんが餌あげるの忘れてたみたいだから、私が代わりに餌あげてたんだよ。あ、でも4月からは私達東京だから、里親とか探さないと駄目だね……」


 猫に餌をやりつつ撫でながら、里親の心配をする太田川。


「……そうだ! 合格発表」


 4月から東京という言葉に、合格発表を思い出した藤村は部屋に戻って結果を見ようとするが、


「心配しなくても、私もきりくんも受かってたよ」

「……え?」


 太田川にそう引きとめられて信じられないと言った表情になる。


「冗談だろ? なあ、冗談だよな?」

「冗談じゃないよ。私もきりくんも受かってたよ? ひょっとしてきりくん不安だったの? あんだけ毎日頑張って勉強してたんだから、受かるに決まってるじゃん」


 藤村の予想では、面接でやらかした太田川は落ちるはずだった。

 しかし現実は、太田川は浪人することなく、藤村と同じ高校への切符を手に入れたのだ。

 面接など気にならない程、筆記で良い成績を出したのかもしれないし、本当に面接官の印象が良かったのかもしれない。しかし藤村は理由なんてどうでもよかった。


「はは……ははは……はははははっ!」

「そんなに喜んじゃって、これからもよろしくねきりくん」

「……ああ。さあデルタ、今からしようぜ」

「きりくんここんとこ毎日だね。不安だったの?」


 完璧だと思っていた、太田川への復讐が失敗し現実逃避するように笑う藤村。

 そして藤村はどこかほっとしていた。何故ほっとしたのか、その理由を考えることを放棄して、逃げるように太田川を求めるのだった。

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