表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野良猫に餌付けをするような愛  作者: 中高下零郎
中学校 愛のない恋人生活
20/34

猫はもう餌をもらえない

 夏休み。藤村は毎日きちんと勉学に励みながらも、太田川と猫に餌をやり続けた。

 そして中学三年の夏休みが終わり、いよいよ受験モードとなった9月、始業式の日の朝。


「ところできりくん、高校はどこを受けるの?」


 夏の間に藤村にたくさん甘えることができたからか、大分持ち直してきた太田川は少し緊張した表情でそんな事を聞く。緊張していたのは、藤村が男子校に行ってしまえば、自分が同じ高校に行くことは叶わなくなるという恐怖からだった。今の太田川は、藤村と別々の学校に行く自分を想像することができない程、藤村にべったりだったのだ。


「東京の鏑木高校だよ」

「東京!? 鏑木って、確か共学の進学校だったら日本一ってとこだよね?」

「ああ。でも、俺とお前なら、楽勝だろ?」

「……! うん、一緒に合格しようね! 楽しみだなあ、東京の高校。本場のイベントとかにも参加できるね」


 藤村が受験するつもりなのは、東京にある進学校。親の了承も既に得ていた。

 一度女の味を覚えてしまった藤村に端から男子校へ行くなんて選択肢は無く、常に頂点を目指す藤村は県内一の進学校レベルで甘んじるつもりはなかったし、両親を内心見下していた藤村は早く家を出たくてたまらなかった。勿論受験の難易度も高いが、藤村や太田川の実力なら、まず間違いなく合格はできる。何も起こらなければ、このままの関係が続くのだ。既に受かった気でいる太田川を見て不敵に笑う藤村が、何も起こさなければ。



「きりくんきりくん、夏休み明けて、クラスの皆がなんだか私の悪口全然言わなくなったよ。ひょっとして、きりくんがなんとかしてくれたの?」

「皆受験に向けて追い込みかけてる時期だからな。お前に嫉妬してる時間が惜しいんだよ。だからってあんまり調子に乗るなよ。卒業するまでは大人しくしてろ」


 そうして始まった新学期。夏休みの間に溜まったヘイトも解消されたようで、友達こそ失ってしまったものの太田川は平穏な学園生活を送ることができた。藤村もスランプに陥ることなく、毎日勉学に励むことができた。



「そういえばきりくん、本命以外はどこ受けるつもりなの?」


 三度目のマラソン大会に向けて、二人は今年も夜中に特訓をする。気が付けば太田川の身長を抜かして体格も大分立派になってきた藤村は、運動の面でも実力を着実に伸ばしつつあった。その最中、太田川が藤村にそんな質問をする。


「他はどこも受けねーよ。二兎を追うものは一兎も得ずって言うだろ? お前も1つに絞って対策とかしとけ。それが一番だから」

「そうなの? 地元の高校とかも一応受けておいた方がいいと思うけど……」

「なんだよ、俺のいう事が信じられないってのかよ」

「……そうだよね、きりくんのいう事聞いてたら今までうまくいってきたもんね」


 走るだけで息切れをきらしていた藤村も、今では走りながら会話も難なくこなせるまでに成長していた。太田川に本命だけ受けさせるように誘導する藤村。鵜呑みにして滑り止めを受けないことにした太田川と本日のマラソンの練習を終えて別れた後、


「……ははは、まさかあいつがあんなにバカだとはな」


 自分の部屋でケラケラと笑いだす。その手には、滑り止めとして受けるつもりでいた高校の資料があった。太田川に一つに絞れと言っておきながら、自分は滑り止めをしっかりと受けるつもりでいたのだ。



「ようデルタ、今日はご馳走だ。なんとな、生きたネズミだ。ほら、捕まえて食え」


 そしてその後、どこからか捕まえてきたネズミを手に、いつも猫が藤村を待っている場所へ行き、猫の目の前でネズミを放す。しかし猫はネズミを捕まえることなく、ネズミはどこかへ去って行ってしまった。


「ああ、なんてことだ! お前はもう自分で餌もとれないのか! 人に飼いならされて、餌をとることも忘れたか!」


 動かない餌をくれるのをじっと待つ猫の前で高笑いしながら、キャットフードを与える藤村。既に猫は自分で獲物を狩ることを忘れていた。それだけ藤村に、何不自由なく餌をもらってきたのだ。



「きりくん、願書出しに行こうよ」

「きりくん、参考書とか私も買った方がいいかな? 一緒に見に行こうよ」

「きりくん、今度模試あるみたいだから一緒に受けよ?」


 そして一方の太田川も、いじめなどの標的になることは無くなったが、皆が受験に専念してピリピリする雰囲気に耐えられないのか一人で行動することができず、何をするにも藤村と一緒に行動しようとするような女に成り下がっていた。彼女に誘われる度に、笑いをこらえながら快くそれを承諾する藤村。恋人達の秋と冬はそうして過ぎていき、あっという間に2月、受験を控える時期となった。


「もうすぐ受験だねきりくん。私もきりくんも模試の結果ばっちりだったし、大丈夫だよね」

「ああ。……でも、勉強だけじゃ駄目だ。あの高校は、面接もあるからな」

「面接かあ。何聞かれるのかな。どんな事を言えばいいのかな」



 あと数日もすれば二人は東京に行って試験を受ける。まともに受験すれば、二人ともまず合格するであろう試験。しかし、藤村の言うとおりその高校の試験には面接がある。勉強には自信があるが過去に二度もいじめを受けた経験から、人付き合いや受け答えには自信を無くしていた太田川が藤村を助けを求めるような目で見る。そんな太田川に藤村は笑顔で、


「熱意を語るんだよ。好きなアニメとか。俺が極秘に入手した情報によれば、あの高校の面接官は個性的な人がタイプらしいからな。とことん好きなアニメとかについて語ってやれ」

「なるほど! そんな情報知ってるなんて流石きりくん」


 あからさまな嘘をつく。何の疑問を抱かずにそれを信じる太田川。

 そして試験のために東京に行く前日の夜、藤村はいつものように猫に会いに行く。



「やあデルタ。残念なお知らせだ。俺は今から東京に行くから、お前に餌はやれない。ああ、そして俺は忘れっぽい人間だから、多分一日餌をやらなかったら、もう何日も餌をやらなくなってしまうだろう。だからお前は野生にかえって、自分で餌をとるんだ。俺に出会う前はできてたんだから、勿論できるだろう? ほら、活きのいいトカゲだ」


 餌欲しさに藤村に擦り寄る、藤村に餌を貰う前と比べて随分と太ってしまった猫の前でトカゲを放す。反射的に猫はそれを捕まえようとするが、狩りの仕方を忘れてしまったのか捕まえることはできず、トカゲはどこかへと去って行ってしまった。


「ああ、可哀想で愚かなデルタ。自分で餌をとれず、ただただ俺が餌をくれるのを待つことしかできないなんて。きっとそのうち死んでしまうのだろう。でも大丈夫、君は独りじゃない。もうすぐ俺の彼女も、かつては天才だと持て囃されたあの女も、俺に捨てられて、同じような運命をたどるのだから。はは、ははははっ! さあ、最後の晩餐だ。味わって食えよ」


 邪悪な笑みを浮かべながら、キャットフードを与える藤村。猫は藤村の言っていることなど何一つ理解できず、ただただ与えられた餌を食べるだけであった。



「うーん、東京って人多いね。早くアキバ行きたいな」

「遊ぶのは試験終わってからにしろよ。ま、どうせ4月からはたっぷり遊べるさ」

「えへへ、そうだねきりくん」


 そして二人は東京へ向かい、高校の試験を受けにいく。

 筆記試験を受け、二人は別々の部屋で面接を受ける。



「……それから自分は勉学だけでなく、人付き合いも大切にしています。なので授業のレベルも高く、共学であるこの高校なら、将来に役立つ経験ができると思いました」

「……はい、ありがとう。次の人」


 マニュアル通りの受け答えをする藤村。面接を終えた後トイレへ向かった太田川を待っている間、他の受験生の話が聞こえてくる。



「俺の前の女がさ、中学時代打ち込んだ事って聞かれてひたすらにアニメの話してたんだよ。聞いてもないのにこのアニメの魅力は~とか、もう面接官も周りの人もドン引きだったぜ。俺までペース崩しちまった」

「まじかよ、どんだけ常識ないんだよ。勉強だけできてもそこらへんが馬鹿な奴っているんだな。絶対落ちるだろ」



 会話を聞きながら笑いを堪えるので精一杯な藤村の元へ、太田川がやりきった顔をして駆け寄ってくる。


「お待たせきりくん。面接で中学時代打ち込んだ事聞かれたから、アニメについてたっぷり語ったよ。印象ばっちしかな?」

「ああ、ばっちしだ。さあ、東京で遊んで帰ろうぜ」

「うん!」


 自分は合格し、太田川は不合格になる。……そんな未来を想像しながら、藤村には太田川にも最後の晩餐を与えようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ