姫を籠絡した騎士はまるで王
中学でもいじめを受けるようになった太田川は、小学校時代のような暗めの人間になってしまった。
「私野球部辞めることにしたよ。部長としての才能は無かったみたいだし、どうせすぐに引退するんだし」
「いいのか?」
「うん。……その、一緒に図書室で本読んでいい?」
「駄目なわけないだろ」
「うん、うん……ありがとう」
ただ、小学校の頃とは違い、藤村に気兼ねなく頼ることのできる太田川。その表情は、昔に比べればまだ明るかった。
『きりくん今日は天気もいいし、お昼は屋上で食べようよ』
『ああ、いいぜ』
『そういえばね、昨日のアニメ見た? 私のお勧めなんだけど』
授業中も、携帯電話のメール機能で会話しようとしてくる太田川。
どうせもうすぐ卒業なんだしと、真面目な藤村もそれに付き合ってやる。
「デルタ、そう言えば今年の夏はどうするんだ?」
「うーん、今年はやめとこっかな。きりくんの勉強の邪魔とかはしたくないし」
今までは休憩時間の度に太田川が藤村のクラスに来ていたが、今度は藤村が休憩時間の度に太田川のクラスに向かう。約束通り、藤村は在学中は太田川を守るつもりであった。どうせ後半年、太田川と違って自分は別にいじめをうけようが強い精神を持っているからなんとも思わない、といじめを受けたことのない藤村は強気な騎士となる。
「き、きりくん! そ、その、やってみたいプレイとか、ないの? コ、コスプレとか。私、何でもするよ?」
「お前がコスプレしたいだけなんじゃないのか?」
「う、うう……」
学校が終われば、二人は一緒に帰って、藤村の部屋で毎日のように性を貪る。
今の太田川は完全に、エッチなことをすれば藤村にもっと愛して貰えるという思考になっていた。
そんな太田川の思考を読み取り、脳内麻薬で頭がどうにかなりそうな藤村。ついこの前までどこか偉そうだった太田川が、今や自分のペットのように従順な人間になっている。少なくともこの時は、二人とも歪んだ幸せを噛み締めていた。
「藤村君ってさー、趣味悪くない?」
「だよねー、あの太田川さんと付き合うとか、ないわ」
ある日の放課後、藤村と太田川が図書室で本を読んだ後に、クラスに置いてある荷物を取りに向かった際、藤村の教室の中からそんな会話が聞こえてくる。
「……!」
それを聞いた瞬間、うつむいて、怒っているようにも、悲しんでいるようにも見える顔になる太田川。
彼氏をけなされたことと、自分のせいで藤村に迷惑をかけているという思いに苦しむのだった。
「ほっとけ。受験勉強がうまくいかなくてやつあたりしてるだけだ。確かあいつら、学年でも下の方の落ちこぼれだからな。俺達みたいな成績優秀な人を僻んでるだけなんだよ」
「そう……なのかな」
「そうそう。弱者が強者を僻むのは当たり前なんだ、だから気にすんなよ。カバン取ってくる」
一方の藤村は、どこか嬉しそうな表情。
藤村は中学校に入りたての頃、今とは逆に、藤村と付き合う太田川の趣味が悪いと言われていたことを思い出した。簡単に手のひらを返すクラスの女子を嘲笑うと共に、今や周りの人間も太田川より自分の方が上だと認めているのだと快感になるのだ。
陰口などを必要以上に気にしては落ち込んで藤村を頼るようになる太田川と、陰口を気にするどころか僻まれているんだといい気になり、太田川に頼られることで気分もどんどんよくなる藤村。
中学三年最初の期末テスト、藤村はこれ以上ないくらい最高のコンディションで臨むことができた。
「きりくんすごいね、1位だなんて。……私は、駄目だったなあ」
「何言ってんだよ、デルタだって十分なくらい頑張ったじゃないか」
一方の太田川は、藤村に頼ることはできているものの心中穏やかでなく、真面目にやって10位と、普段の彼女からすれば考えられない成績を取ってしまう。
以前のようにわざと手を抜いたわけではない、これが太田川の今の実力なんだ、俺は太田川をここまで堕とすことができたのだと、勝利の美酒に酔いしれる藤村。
「は、はははははっ! 最高だ、最高だ!」
テスト返却日、家に返った藤村は自室で狂乱しながら喜ぶ。
「ああ……あまり大声を出すと、あいつに聞こえてしまうな……しかし、これほどまでうまくいくなんて、俺はやっぱり天才だったんだ」
ついつい考えていることが口に出てしまう藤村。それほどまでに今の彼は幸せを噛み締めていた。
ずっとずっと劣等感を抱き続けてきた太田川を、ペットのように扱えて、知らず知らずのうちに太田川は堕落していく。自分のせいで太田川は駄目になっていく。
「ああ……けれど、この関係も、これっきりだ。太田川を幸せになんてさせるもんか、あいつは俺に依存する駄目な人間に堕ちた後、俺に捨てられて不幸な人生を歩むんだ。そして俺はそんなあいつを笑いながら、本当の幸せを手に入れるんだ!」
決意を固める藤村。そして彼はその勢いで、太田川の携帯に電話をかける。
『もしもし、きりくんどうしたの?』
『今からしようぜ?』
『うん、すぐ行くね!』
電話をかけて一分もしないうちに、私服姿の太田川が藤村の家にやってくる。
いつものように、二人は前戯での性行為をする……はずだったのだが、この日はいつもとは違った。
「……なあデルタ、……本番、しないか?」
「……え、え、え?」
「いいだろ?」
机の引き出しから、ゴムとピルを取り出して太田川に見せる藤村。
藤村は、太田川とちゃんとしたセックスをするつもりだったのだ。
「……えへへ、勿論だよきりくん。嬉しいな」
「お前の事が好きなんだ。もう我慢できないんだよ」
「私もきりくんの事が大好きだよ」
「泣くほどかよ」
満面の笑みでそれを受け入れる太田川。セックスをすれば、もっと藤村に愛して貰える。貞操観念など、今の彼女にはどこにもない。藤村に処女を差し出して、一生藤村と添い遂げる、そんな幸せな人生を思い描いていた。
「俺運動とか得意じゃないから、痛かったらごめんな?」
「うん、大丈夫だよ、あはは、私きりくんと一緒になってる。ずっとずっと一緒にいようね?」
太田川の処女を奪いながら幸せを噛み締める藤村。
こんなに簡単に処女を差し出すなんて、なんて太田川は愚かなのだ、きっと将来こいつは後悔することだろうと、太田川を汚物を見るような目で見ながらも、彼女をしっかりと犯すのだった。
「……んふふ」
行為を終え、夢の中で藤村と愛し合っているのか、幸せそうに藤村のベッドで眠る太田川。その幸せそうな顔が、いつ悲痛に歪むのだろうとニヤけながら、藤村は服を着替える。その途中、窓の外を何気なく見ると、ある生き物が目に入った。
「野良猫か」
自分と太田川の家の間、藤村の部屋からでなければ気づかないような場所で、三毛猫が一匹日向ぼっこをしていた。
「ほら、餌だぞ」
『ニー……』
「お兄さんが、毎日お前に餌をやるからな。お前は安心して、毎日ここを離れず餌を貰うんだぞ」
気づけば藤村は部屋を出て、冷蔵庫からミルクと果物を取り出して、その猫に餌付けをしようとする。
最初は藤村を警戒していた猫であったが、すぐに藤村の差し出した餌にがっつく。
それから数日、藤村は猫のいた場所に餌をおいたり、猫がいる時は餌をあげたりと、積極的にその猫に餌付けをしていった。段々と猫も藤村になつくようになり、藤村が来れば擦り寄るようになっていった。
「ははは、お前に名前をつけてやろう。お前の名前は、デルタ。俺の彼女の名前だ。お前は今、幸せか? 俺の彼女も、今すごく幸せそうにしているよ。さあ、今日のご飯だ、自分じゃ餌がとれなくなるくらい、たっぷり食べるんだ」
太田川の名前をつけながら、猫を撫でる藤村。
「きりくん、何だか最近嬉しそうだね。何かいいことあったの?」
「いや、なんでもないよ」
「ふうん。そうそう、最近猫の鳴き声聞こえるんだよね。近所に住みついたのかな?」
「さあな。それより、今日はどうする?」
「今日も本番がしたいな、お願いきりくん」
「結構疲れるんだけどな、アレ……」
猫をこっそり育てながらも、藤村は太田川の身体と心を満たしていく。
猫は藤村と出会った場所でずっと餌を待ち、太田川は麻薬中毒者のように藤村を求める。
夏休みの間に、太田川と猫は、藤村に完全に餌付けされていった。




