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野良猫に餌付けをするような愛  作者: 中高下零郎
中学校 愛のない恋人生活
18/34

騎士を失った姫はあまりにも弱い

「ははっ、珍しいな、お前がケアレスミスをするなんて」

「怒らないの?」

「テストの朝から目にクマができてたからな。どうせ徹夜でアニメでも見てただけだろ? 調子悪いなりに本気出してるならかまわねーよ」

「そうなんだよ、テスト前日にアニメの一挙放送だなんて卑怯だよね」

「しらねーよ」


 中学二年の三月。ハチャメチャな事件なんて起こらないが、歪んだ関係ながら二人はごくごく普通の恋人として青春を謳歌していた。テスト前日にアニメを見すぎたせいで藤村に一位を譲ることになった太田川。一度満点を取ることができて燃え尽き症候群となったのか、太田川のふざけた言い訳にも寛大になる藤村。


「もうすぐ中学三年かあ、同じクラスになれるといいんだけどね」

「こればかりは先生が空気を読んでくれることに期待するしかねえな」

「高校も大学も、ずっときりくんと同じクラスがいいなあ。きりくんもそうでしょ?」

「ああ、もちろ……」


 テストの返却も終え、終業式が終われば春休みになり、すぐに中学三年生に進級する二人。

 この日もたわいない会話を繰り広げていた……はずなのだが、


「……あ、ああ、そうだな」

「どしたのきりくん、顔色悪いよ」


 太田川の何気なく言った言葉に、藤村は急に顔色を青ざめさせる。


「花粉症だよ花粉症。んじゃ、またな」


 心配する太田川をよそに、家まで辿り着いた藤村はふらふらと自分の家に入る。

 自分の部屋へ戻った藤村は、


「違う……違う……どうしてあんなに嬉しそうに即答しようとしたんだ」


 と、悲壮感漂う顔でつぶやいていた。


「高校も大学もあいつと一緒だって? 冗談じゃない、復讐の相手に情でもうつったか、ははは、まさかな、まさか……恋愛感情なんて、一時の錯覚でしかない」


 部屋をうろうろしながらぶつぶつと呟く藤村。

 今の藤村が何よりも恐れていたのは、自分が太田川を本気で好きになってしまっているのではないかという事であった。

 背が伸びても、満点を取っても、藤村は太田川に対するコンプレックスから解放されることはなかった。

 藤村にとっては、太田川が一方的に自分を愛しているということくらいしか、アドバンテージを感じることができなかったのだ。それすらも、自分の中で崩れているのではないかと藤村は怯えだした。太田川の、高校も大学も一緒がいいと言う言葉に、本心から、笑顔で答えかけていたのだ。まるで自分が太田川の手のひらで踊っているような気分になって、コンプレックスを増大させるのだ。


「そうだ……俺はあいつを捨てるんだよ。思春期の今の時期に、べっとりと俺に依存させるんだ。あんなやつ、もう一度孤独を味わって、壊れてしまえばいいんだよ、高校では別々になるんだ、あいつから離れるんだ、あいつに勝利宣言して、俺はあいつの呪縛から逃れることができるんだ」


 太田川など壊れてしまえと、壊れたような邪悪な笑みを浮かべながら、もやもやとした自分の気持ちに苛々しながらぶつぶつと呟き続ける藤村であった。





「あーあ、きりくんと違うクラスなんて寂しいなあ」

「こればかりはしょうがないだろ」


 そして四月になり、二人は中学三年生になる。藤村と太田川は、別のクラスになってしまった。寂しがる太田川と、毅然と構えようとする藤村。


「それにしてもとうとうきりくんに並ばれちゃったかー、来年にはかなり差をつけられるんだろうなあ、ま、背の高いきりくんもかっこいいと思うけどね」

「……そうか」


 太田川も藤村も160cm。小学校の時に伸びきってほとんど成長しなくなった太田川とは対照的に、藤村は中学校に入ってめきめきと身長を伸ばした。太田川に付き合う形で、小学校の時よりは健康的な生活を送ることができていたからなのかもしれないが、そんな事など気にもせず、藤村は来年の話をする太田川に微妙な心境で対応する。




「……俺が手を下す必要なんて、ないな」


 その晩、またも部屋をうろうろと歩き回りながらぶつぶつと考える藤村。

 太田川への復讐を再度意識した藤村は、小学校の時のように太田川を陥れようとも考えていたが、プライドが更に高くなった今の彼にそれをするだけの行動力は無かった。しかしながら、藤村は自分が何もしなくても、太田川はそのうち自滅するだろうと考えていた。



「きりくんきりくん、さっきの授業中に窓の外眺めたら猫が喧嘩しててさー」

「そうか。……お前俺のクラス来てばっかじゃないか」

「だってきりくんとお喋りしたくてさー」


 休憩時間の度に藤村のクラスにやってきてはぺちゃくちゃとお喋りをする太田川。

 二人が同じクラスだった時は、ついでに同じクラスの友人と会話する事も多かった太田川だが、クラスの離れた今ではそれもない。自分のクラスで出来た友人とはほとんど話さず、藤村のクラスにいた昔の友人も、クラスメイトで新しいグループを作っていたのでその輪にも入れない。



「ちょっと、教室掃除くらいちゃんとやってよ」

「……あーはいはい、太田川さんの言うとおりですね、やりますやりますよ」


 更に太田川は去年の文化祭の時以来、規律に関して厳しくなっていた。

 漫画に出てくる委員長のように、ルールを守らない人間を責めたてるようになっていった。

 そして中学三年、皆が受験を意識して少しずつピリピリとする中で、

 藤村のように努力する姿も見せることなく、著しい結果を出す太田川は、着実に周りのヘイトを稼いでいた。

 中学三年にあがる前から、太田川は少しばかり浮いた存在ではあったが、仮にも同じクラスに、そこそこいい人と認識されている彼氏の藤村という存在がいたからこそ、抑止力となっていた。

 しかし今は同じクラスに藤村はいない。藤村の目の届かないところで、周りの悪意は少しずつ太田川を蝕んでいった。



「はー、もうすぐ部活も引退か……」

「結局全国大会とかいけたのか?」

「あはは、野球はチームワークだからね。私一人頑張ってもどうしようもないよ」

「それよりお前、何か最近元気なくね?」

「そ、そんなことないよ……」


 6月。少し暗い雰囲気の太田川といつものように帰り道を歩く藤村。

 中学三年になり二ヶ月が経ち、太田川はどんどん浮いていた。

 クラスメイトにもあまり良く思われていない上に、自身が部長を務める女子野球部でも、才能があるせいで独りよがりになりやすい太田川のやり方に反発する人間は多かった。

 太田川が軽い嫌がらせを受けていることを、既に藤村は知っていた。しかし藤村は気づいていないフリをして、内心ニヤニヤと笑いながら太田川を苦しめるのだ。


「ねえきりくん、今から……しよ?」

「ああ、いいぜ」


 家に到着すると、太田川がすがるように藤村に性行為をしようと持ちかける。

 快くそれを承諾する藤村。昔に比べると、太田川は自分から持ちかけるようになったし、その頻度も増していた。それだけ太田川が追い詰められている証拠でもあった。



「……うっ、うううっ、きりくん、きりくん……」

「どうしたんだよデルタ」


 行為を終えた途端、ワッと泣きだして藤村に抱きつく太田川。


「あのね、私ね、実は今、いじめ、受けてて」

「なんだって?」

「クラスの女子とかが、感じ悪いとか言ってて、男子もそれに同調して、しかもこないだ、私がアニメの絵を描いてるとこ見られて、『うわ、太田川さんってオタクだったんだ……』とか、すごい冷ややかな目で見られて……きりくんの言った通りだね、オタク趣味ってだけであんな目で見られるなんて、野球部でも、私についていけないとか、部長交代しろとか、後輩が陰で言ってるの聞いちゃって」

「まったく、酷い奴等だな」


 藤村に迷惑をかけたくないと一人で抱え込むにも限界があったようで、藤村に現状を打ち明ける太田川。

 優しい顔で太田川の頭を撫でながら、心の中で勝ち誇る藤村。


「……お願い、きりくん、私を守ってよお、なんでもするからさあ」

「わかったよ……ごめんな、今まで気づいてやれなくて」

「うん、うん……ありがとう、ありがとうきりくん」


 小学校の頃の記憶を思い出して震える太田川。一方藤村は快感で頭がどうにかなりそうだと、笑いを堪えるので精一杯だった。自分を守って欲しい、なんでもする……そんな太田川の言葉に、支配欲を満たす藤村。目の上のたんこぶだった太田川に、心から勝つことができたと確信したのだ。今の太田川は、いつも藤村に対してお姉さんぶっていた時の面影などなく、一人では何もできない、弱い弱い女であった。藤村が太田川を守ると口にすると、太田川はポロポロと涙を流しながら、藤村にキスを強請る。太田川とキスをしてもう一度彼女を求める藤村。快楽に支配されながらも、『太田川を捨てる』と、自分が太田川に飲まれないように心の中で何度もつぶやくのだった。

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