文化祭に対する温度差
「太田川、今日の夜、一緒に走ろうぜ」
「おお、やる気まんまんだねきりくん」
「ま、去年の分もあるから今年はばっちり3km走りきれるだろうしな、この際だから順位も少しは伸ばしたい」
「……きりくん、知らないの?」
「? 何がだよ。まさかマラソン大会中止か? ま、俺としては嬉しいけど少し拍子抜けかもな」
「じゃなくて、中学二年男子は5km走るんだよ」
「……サボっていいか?」
「だーめ」
夏休みが終わり、すぐに近づいてくるマラソン大会。
距離の増加に絶望する藤村ではあったが、藤村の身体を藤村以上に熟知している太田川のサポートもあり、ライフワークを疎かにしない程度走り込みを続けた結果、去年に比べると藤村の身長等がかなり成長していて体力もついていたのか、
「はー、はー、はー」
「完走おめでとーきりくん」
「やった、やったぞ! ははは、お前のおかげだよ!」
「ちょ、きりくん、こんなところで、私汗臭いのに!?」
二年目にしてついにマラソン大会に出場し5kmを走りきる。
順位は下から数えた方が早かったが、藤村は大きな達成感を味わい、浮かれ調子で太田川に抱きついた。
藤村はそうではないと思っていても、傍から見れば二人はどこにでもいるような幸せそうなカップルだった。
「というわけで、多数決の結果私達のクラスはお化け屋敷をすることになりました」
それからしばらくして、来たるべき文化祭に向けての準備が始まる。
「文化祭の準備かあ。忙しくなるね」
「……ったく、馬鹿だよなあ。高みを目指す奴はもう受験勉強本格的に頑張ってるってのに、何が文化祭だよ。文化なんてな、大人になってから嗜めばいいもんなんだよ」
「きりくんお化け屋敷怖いんだ」
「人の話を聞けよ」
「ちなみに私の部活ではね、ストラックアウトやるんだよ」
「脈絡のない話をしないでくれよ。……はぁ、面倒くさい」
催し物を決めた帰り、文化祭が楽しみで仕方がない太田川とは反対に、楽しい放課後の読書タイムが準備で削られてしまうと嘆く藤村。
「面倒くさいならサボればいいのに」
「アホか。クラスの一員である以上はな、ちゃんとこういう行事に参加しないといけないんだよ。お前もちゃんと当番くらいは守れよ」
「うんうん、そこがきりくんの良い所だよ」
「やかましいわ。衣装作りに暗幕作りに……ったく、誰だよお化け屋敷なんて面倒なのに投票した奴は。喫茶店でいいじゃねえか、楽だし。最初は喫茶店優勢だったのに、クラスのオタ集団がメイド喫茶がいいとかほざくから、女子にドン引きされてしまったじゃねえか」
「喫茶店は喫茶店で大変だと思うよー。食べ物絡むし。料理できないきりくんにはわかんないだろうけど」
「いい度胸だな?」
「あ! そういえばメイド喫茶行ったことないや、今から行こうよ」
「……お前なあ」
面倒くさがりながらも、サボるつもりは全くない藤村。学校よりも家で一人で勉強していた方が捗ると思っていても、今までも決して学校をサボるような真似はしなかったし、学校行事だってなんだかんだ言っても真っ当に参加していた。勉強くらいしか興味も価値も見出すことのできない人間ではあったが、学校は勉強以外も学ぶ場所だと、内心では認めていたのだ。
「えーと、布は100円ショップで……」
「ダンボールとかは、近場で貰ってくればいいな」
早速放課後、当番となった二人は教室に残って準備を始める。
お化け用の衣装作りや小道具の作成など、まだ文化祭まで日はあるがやる事は山積みだ。
「あれ、他の人は? 今日は後二人いたと思うんだけど」
しばらくして怪訝そうな顔になる太田川。毎日四人ずつ準備に当るはずだったが、いつまで経っても残りの二人はやってこない。
「どうせサボりだろ。まだ文化祭まで日があるしな。心配しなくても文化祭近づいて来たら、このままのペースじゃ間に合わないってなって、嫌でも皆参加せざるを得なくなるさ」
「でもそれだと、真面目にやってた人も割を食うじゃん。私だって当番の日以外は部活とか色々楽しみたいのに」
「だったらサボるか? 俺は別にいいんだぜ、大して興味ないしな。お前が一緒にサボってくれるなら」
「ふん、サボる気なんてサラサラない癖に。きりくんですら真面目にやってるのに、腹立つよね」
「ですらって何だよ……」
お互いアホみたいに真面目な所は似ているな、と苛立つ太田川を見て少し微笑む藤村。
ただし藤村は周りの人間がサボろうが大して気にしてなかったが、太田川はそうではなかった。
「ねえ、まだ準備まで日があるからってサボらないでよ」
「あ? あー、悪い悪い、太田川さん」
「大丈夫だって、後で本気出すから」
翌日、サボった二人の男子に怒りだしたのだ。
二人を怒った太田川がトイレのため教室を出て行くと、こええ女だなあとゲラゲラと笑う男子達。
藤村もどちらかと言えば太田川の言い分が正しいとは思っていたが、恋人とは言え太田川に味方をするのは癪だと、その光景を冷ややかに眺めていた。
「もー、結局予定の半分くらいしか進んでないじゃん。特に男子サボりすぎだよね、これだから男子ってガキで嫌いだよ。あ、きりくんを悪く言ってる訳じゃないからね? 女子もサボる人はサボるしさあ、ああもうイライラする」
「生理か?」
「……ふーん、きりくん私を挑発してるの? いいよ、たっぷり慰み者になってもらうから」
それからしばらく、二人は真面目に当番の日は遅くまで残って文化祭の準備をするが、太田川がいくら怒ろうが真面目にやらない人はやらない。太田川は文化祭実行委員でも委員長でもなかったが、不真面目な人間に怒るだけの正義感と、藤村にはない向こう見ずな行動力も持ち合わせていた。
「慰み者にならなってやるからな、あんまり周りの人間怒るなよ」
「何で、悪いの向こうじゃん」
「そりゃ俺だって悪いのは向こうだって思うしな、腹だって立つけどな、こんな事で敵を作る必要なんてないんだよ。……前の時みたいになっても知らないぞ?」
「きりくん……うん、ありがとう」
藤村もサボる人間のせいで自分の仕事が増えて苛立っていたのは事実だが、わざわざそんな事でクラスメイトとの関係を悪化させるのは馬鹿のすることだと考えていた。小学生時代は自分が太田川を陥れた癖して、今回は太田川を心配する藤村。言ってから、どうして自分は太田川を心配しているんだと混乱しだす。今太田川の評判が悪くなると連鎖的に俺まで悪くなるからだ、と納得の行く理由をこじつけようとするが、結局答えは出なかった。
その後も二人は文化祭の準備に参加し、文化祭が近づくと結局ペースが間に合わないと連日遅くまで居残り、どうにかしてお化け屋敷を完成させた。
「うーん、何とか間に合ったね。きりくんが頑張ったおかげだよ」
「結局3倍くらいは仕事させられたな」
「ホントだよねえ。次のテストで成績落ちたらきりくんのせいじゃなくて、サボった人のせいだよ。きりくんが最初から人とか予定の管理とかしとけばこんなことにはならなかったよ。きりくんこういうの得意でしょ? マネジメントっての」
「まあな。でも文化祭程度で、俺はそこまでやる気はないから」
「けどまあ、たくさん頑張ったから、私達はたくさん文化祭を楽しめるはずだよ。たくさん遊ぼうね」
「楽しめるといいけどな」
前夜祭を終えて並んで帰る二人。準備をたくさんした分文化祭は楽しめると考えている太田川とは対照的に、藤村はちっとも文化祭に期待はしていなかった。去年も太田川に付き合う形で色々回ったが楽しむ事はできなかったし、自分達で作ったお化け屋敷のクオリティも、去年二人で行った遊園地のモノに比べれば粗末な物だと考えていた。
「うーん、やっぱ自分達で作ったお化け屋敷は一味違ったね」
「そうだな」
「きりくん全然驚かなかったね。遊園地の時はあんなにはしゃいでたのに」
「あれはまあ、お前を楽しませようと演技したんだよ」
「じゃあどうして今は演技してくれないのさ」
「悪い悪い。クレープ奢るから食べにいこうぜ」
「うん」
文化祭当日。去年同様に太田川と共に文化祭を回るが、藤村はちっとも楽しむ事はできなかった。
太田川がこんなに楽しんでいるのは純粋に文化祭が楽しいからなのだろうか、自分と一緒だからなのだろうか、それとも実は演技なのだろうか。改めて感じてしまう太田川との壁に、こんなことなら準備をサボっておけばよかった、楽しめないのに惰性で無理矢理学校行事に参加したって、結局は意味なんてないのだろうと思いつつも、今日一日はホストになろうと気持ちを切り替え、太田川と共にクレープ屋へ向かうのだった。




