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野良猫に餌付けをするような愛  作者: 中高下零郎
中学校 愛のない恋人生活
15/34

プラトニックの崩壊

 4月になり、二人は中学二年生に。


「また同じクラスでよかったねきりくん」

「そうだな」

「そういえばきりくん半年前くらいに比べてかなり背が伸びてない?」

「よく気づいたな、もう152あるんだ」

「すごい伸びたね、私はもうほとんど伸びないみたい」


 ようやく成長期に入り身長がぐんぐん伸びる藤村とは対照的に、ほとんど身長が伸びなくなった太田川。

 2年後には自分の方が高身長になるだろうと、縮まる二人の身長差に藤村も満足げだ。


「お前は……その、何でもない」

「? どうしたのきりくん」


 上機嫌な藤村はその勢いで太田川を褒めようとまじまじと太田川の身体を見るが、去年に比べて成長していたのは胸の部分。恋人とは言えセクハラまがいのセリフを言うのは恥ずかしいと口ごもるのだった。



 中学二年になっても、二人のやることは変わらない。一緒に学校に行って、学校ではそれぞれの友人と交流しながらも恋人として仲睦まじげにお喋りし、藤村は放課後に図書室で読書をし、太田川はグラウンドで汗を流す。それも終われば一緒に帰り、休日にはたまにデートをする……


「面白い映画だったねー」

「……そうだな」

「どうしたのきりくん、元気ないね。五月病?」

「そんなとこかもな」



 ゴールデンウィークに入り、二人で映画を見た帰り、藤村はため息をつき太田川に心配されてしまう。

 はっきり言って、藤村は恋人生活に飽きていた。毎日毎日同じ事の繰り返し、季節のイベントも去年同様に過ごすのだろうと、刺激が足りないことを嘆く。更に言えば藤村は、太田川が好きで恋人になったわけではなく、復讐のために恋人になったと自覚している。最初こそ太田川に優越感を感じていたが、太田川に比べるとモチベーションもあがらず、ずっと一人で勉強するか本を読むかしていた方が楽しいのではないかと思える程であった。その勉強すら、太田川に負け続けることで虚しさを感じ、意欲を失い始めていた。



「何か刺激が欲しいんだよ」

「新しい趣味とか?」

「それもいいかもな……お、ノートパソコンが安いな……」



 潮時なのだろうかと悩みながら太田川と共に帰る途中、電器屋の店頭で在庫処分としてノートパソコンが売られている。特に趣味もなく、参考書代は親にねだり、お年玉はお小遣いは特に使わず溜めていた藤村なら十分に手の届く値段であった。


「あんまり性能良くないみたいだけど、ネットとかワープロ機能があれば十分だろうしな……うし、金取ってくるから買われないように見張っておいてくれ」

「はいはーい、いってらっしゃいきりくん」



 こうして自分用のノートパソコンを購入した藤村。わからない問題を調べたり、勉強の合間にニュースサイトやホームページを見たり、自分でも文章を書いてみようと日記を書いたりと、それまで退屈だと思っていた日常にスパイスを振りかけることは十分叶ったのだった。



「きりくんパソコンで何してるの?」

「ネットでニュースとか見たり、まあ日記とか書いたりかな」

「日記!? ブログとか書いてるの? 見せて見せて!」

「見せるわけないだろ」

「ちぇー。まあいっか、きりくんがネット中毒になって遊んでくれないとかなら嫌だけど、きりくんも楽しそうだし、私とも遊んでくれるし。きりくん今まで娯楽とか興味なかったみたいだからさ、ハマるととことんハマっちゃうんじゃないかって心配でさ」

「アニメとかばっかり見てるような奴に心配されたかねえよ。ま、でも色々やって視野を広げることはいいことなんだろうな」

「そうそう。つまりきりくんもスポーツとか」

「それはない」


 自然と太田川との会話も弾むようになる藤村。周囲に心配される程パソコンにのめりこむわけでもなく、健全な生活を送ることができていた。そう、健全な。




「うし、今日はこの辺にするか」


 この日も学校から帰り問題集をしばらく解いた後、パソコンを開いてネットサーフィンをする藤村。

 ニュースを見たり、掲示板を見たりしているうちに、とある広告が目につく。


「……ったく、何でこういうとこに年齢制限が無いんだよ、ネットも発展途上ってことか?」


 それはアダルトサイトの広告。サンプルとして表示される女性の裸体に顔を赤らめながらも別のサイトへ飛ぼうとするが、


「……まあ、周りの男子も皆こういうのとか見てるって言うしな」


 好奇心旺盛だからなのか、段々と健全な男子になってきていたからなのか、藤村はその扉を開くのだった。




「何かきりくん疲れてない?」

「何でもない」

「何かきりくん私から目を逸らしてない?」

「……そんな事ねえよ」


 翌日。この日も二人で一緒に学校へ行くが、藤村は太田川の身体をあまり見ることができない。

 藤村は結局昨日、初めての自慰行為を行い、本格的に性に目覚めてしまった。

 そんな色々と敏感な状態の藤村に襲いかかるは、太田川と言うスタイルも良く自分になついている彼女。

 性を覚えたての藤村にとってみればまさしくサキュバスであった。




「なあなあ藤村、お前さ、太田川ともうヤってんの?」

「は、はあ? お前何言ってんだよ。するわけねーだろ」

「マジかよ、あんな可愛い彼女がいるのにお前本当に男かよ」


 クラスの男子にそんな事を聞かれて慌てふためき、更に意識する藤村。

 その日の晩には身近な女性である太田川とエッチがしたいという願望を否定できなくなった。

 恋人なわけだし、頼み込めばそういう行為に持ち込めるだろうかと考えた。



 しかし藤村にはプライドがあった。いい人として、真面目な人間として通っていると思っている自分が好きでもない恋人に頼み込んで性欲を解消するなど、藤村に耐えられる行為ではなかった。太田川に自分はそういう事に興味があると思われることすら激しく嫌っていた。

 結局大多数の男子中学生と同じく、ネットを使って自分を慰める藤村。さながら覚えたての猿であった。



 クラスの男子に同性愛者としてからからわれるくらいに学校では性に興味のない、プラトニックな人間を演じ、太田川には意識しすぎて余所余所しくなり、家では本能のままに快楽を貪る……そんな日常を少し続けていたある日。



「お、おはようきりくん」

「お、おうデルタ。顔赤いぞ? 風邪でもひいたのか」

「きりくんこそ最近全体的に赤くない?」

「おおお俺は大丈夫だって」


 いつものように太田川が藤村を起こす。太田川の顔を見るなり顔を赤らめる藤村であったが、この日は太田川の顔も赤くなっていた。


「そのね、きりくん……」

「何だよ」

「……何でもない」

「……何だよ」


 いつもは藤村が何も喋らなくても一方的に太田川が話題を提供したがこの日はそれもなく、どことなく気まずい登校。学校でもほとんど会話することなく、あっという間に下校の時間になった。



「その、きりくん。話があるんだけど、この後きりくんの部屋に行ってもいい?」

「……何だよ。まあ、いいけど」


 話があるという太田川を藤村が部屋に招くと、


「本当にごめんなさい」

「は?」


 太田川がその場で土下座をし始める。


「本当に私最低だよ、うっ、うう……」

「いきなり土下座したと思ったら何で泣くんだよ……」

「怒らない?」

「まあ、内容にもよるけどさ……とにかく落ち着けよ、よしよし」


 いじめを受けている時ですら気丈に振る舞っていたのか藤村は太田川が泣く姿を見なかった。その太田川が泣きだすものだから藤村も慌ててしまい、ガラにも泣く太田川の頭を撫でる。

 しばらくして落ち着いた太田川は立ち上がると、パソコンを指差す。


「パソコン? まさか落として壊したのか?」

「ううん、そのね、きりくんパソコンでどんな事調べてるんだろうって気になって、ついついホームページの履歴を見ちゃって……」

「お、おい、まさか……」

「う、うん……ごめん」


 意味を理解して藤村が瞬時に沸騰する。藤村が毎晩ネットでアダルトサイトを見ていたことを、よりにもよって恋人である太田川に知られてしまったのだ。



「た、頼む、秘密にしておいてくれ!」


 太田川を怒るどころか逆に懇願する藤村。真面目な人間で通してきたつもりの藤村にとってみれば、結局は周りの男共と変わらない存在だと露呈してしまうのが何よりも嫌だった。悪い事だと認識していたこともあり、弱みを握られたも同然、太田川に下手に出る。


「ばらすわけないじゃん、そんな事したら私サイテーな女だよ、今だって罪悪感で押しつぶされそうなのに、うう……」

「とにかく俺は怒ってねえよ……強いて言うなら、俺にばらす必要無かっただろ」

「そこはほら、正直に言わないと罪悪感がさあ……」

「とりあえず、俺は怒ったりしないし愛想尽かすつもりもねえよ。……つうかお前は俺に怒らないのか? 俺は正直、さっき別れを切り出されるのを覚悟して、その上で秘密にしてくれって頼み込んだんだけど」

「そりゃあ、きりくんも男の子だってわかってるし、私そこまで狭量な女じゃないよ」

「そ、そうか。とにかく、この件は水に流そう」

「うん……」


 太田川にわかってる発言をされて少しイラっとした藤村であったが、両親や周りの人間に自分の痴態をばらされる心配は無さそうだとホッとする。


「……」

「……」


 一件落着したかに思えたが、意識してしまったのかお互い顔を赤くしたまま。太田川も用が済んでも帰ることなく、藤村の部屋でもじもじと床に座ったまま。


「そのさ、きりくん」

「何だよ、もう用は済んだだろ?」

「その、私と、エッチなことしたいの?」

「……まあな。でも、まだそういうの、早いだろ」


 太田川にそう問われ、自分がアダルトサイトを閲覧しているのがばれているのに否定するのもおかしな話だろうと、肯定する。


「その、きりくんがしたいなら、していいよ。お詫びっていうか」

「ふざけんなよ、お詫びとかそういうのでするもんじゃないだろ」


 しかし実際そういう話題を振られると、根が真面目なためか否定的な意見になる。

 太田川を求めてしまうと、情が移ってしまいそうで怖いのもあった。


「そ、そうだよね……その、実を言うと、私もきりくんとそういうこと、したいなーって」

「……マジ?」

「うん……昔きりくんが私のスカートめくったことあったでしょ? あの時もきりくんが私の事好きだからめくるんだって思うと、すごく嬉しくって、ごめん、私何言ってんだろうね……も、もう帰るね」


 立ち上がって部屋を出ようとする太田川。


「ま、待てよ。ま、まあ、そういうことなら、してもいいぜ。でも、その、本番とかじゃなくて、予備段階って言うか」

「前戯のこと? うん、わかった。えと、脱げばいいの? きりくんが脱がすの?」

「と、とりあえずベッドに横になれ……」


 そんな太田川を引きとめてそんな提案をする藤村。

 太田川が自分とそういうことをしたくてたまらない程に自分を求めているという快感は情が移るとか、そういうデメリットを優に超えるものだった。





「えへへ、昨日は気持ちよかったね。次はいつする?」

「あ、あれだな、まあ、そういうことばっかりしてると馬鹿になりそうだし、月1くらいでだな」


 翌日。行為に及んで幸せそうな太田川と、快楽を貪っていたら本当に馬鹿になりそうだ、太田川に情が移ってしまいそうで怖い、でも一度味わった快楽を捨てることもできない、どうすればいいんだと悩んで妥協案を出し、『俺は太田川が好きなんじゃなくて太田川の身体が好きなんだ』と自分に言い聞かせる藤村であった。

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