誕生日に対する温度差
マラソン大会も終わり、藤村は病院を退院。
それから1ヶ月程、特に何でもない日常を二人は謳歌していた。
途中には体育祭があったが、運動嫌いの藤村は強制参加の男子騎馬戦のみ出場して、残りは面倒くさいと応援をすることなく、教室で本を読みながら同じくサボっている男子達と適当に話をするという見事なまでのアンチ体育会系を発揮していた。
「おい藤村、太田川さんの出番だぜ? 応援しなくていいのかよ?」
「別に」
サボっていた男子の一人が窓からグラウンドを眺めながら藤村に話しかけるが、藤村は興味はないと言わんばかりに本から目を離さない。太田川が活躍する姿を見ると、藤村はイライラしてしまうからだ。
「冷たいやつだな……ああ、あれか。信頼の裏返しだな、絶対1位をとるだろうっていう」
一人で勝手に納得する男子。勝手に変な方向に話が膨らむとたいぎいと、諦めたように藤村も窓からグラウンドを眺める。丁度借り物競争が始まって、太田川がお題の紙を拾うところだった。
太田川は藤村のクラスの応援席の方に向かい、誰かを探し始める。
「お前を探してるんじゃねえの?」
「……マジかよ」
男子にそう言われ、そんな感じがしてきた藤村は諦めて教室を飛び出し、グラウンドに急ぐ。
「あ、きりくんいたいた。急いで急いで」
「ったく」
太田川に手を引っ張られてゴールへと向かう。
藤村を探すのに時間がかかったおかげで断トツの最下位になってしまった太田川に、どうだ悔しいか、お得意の運動で最下位になる気分はと藤村は心の中で笑うが悔しさのかけらも感じさせない太田川の表情に、何を一人で笑っているんだと虚しくなる。
「で、お題は何なんだよ」
「え? えへへ、ひみつ」
借り物競争で太田川は藤村を選んだが、一体お題は何だと書かれていたのだろうか。
かっこいい人か? 頭のいい人か? こういう時だけ自分に自信を持つ藤村は、紙を隠そうとする太田川から無理矢理ひったくってそれを読む。
「寄越せ……『身長145センチ以下の男の人』……だぁ? おい太田川、俺は夏の間に身長が伸びて今は146あるんだ、勘違いすんな」
「あれ、そうだったんだ。入学した頃と私と全然身長差変わってなかったからついつい。てへぺろ☆」
怒りに震える藤村に太田川が最近流行りのポーズを返すが、挑発にしか受け取れない藤村。
まだ身長が伸びる太田川に、いつになったら追いつけるんだと悔しさに涙を滲ませる。
文化祭も中学一年は自分達で出しものをすることもなく遊ぶだけなので、適当に二人で回って夏祭り同様に、太田川の接待をしながら過ごす。
そして文化祭が終わってしばらくしたある日のこと。
「きりくん、おはよう!」
「おはよ」
いつものように太田川に勝手に部屋に侵入されて起こされる藤村の朝。
最初の頃は部屋に来るだけでイライラしていたのに、随分と自分も順応してしまったもんだなとシニカルに笑う。
「何か今日のデルタ、いつもと雰囲気違わないか?」
「え? それよりきりくん、私に何か言う事あるんじゃない?」
普段よりもウキウキしている太田川が気になって尋ねる藤村だったが、逆にそう問われて押し黙る。
理由がわからずに太田川を観察しながら、一緒に家を出て学校に向かう途中、ようやく藤村は太田川の変化に気づく。
「ああ、髪を切ったのか」
「うん、まあ確かに髪も切ったけどね? それ3日も前だよ? それよりもっと他にね、あるでしょ?」
「???」
「もー、きりくんったら焦らすのうまいなあ。学校終わったからかな? んふふ」
髪が少し短くなっている以外に一体太田川に何を言えばいいのかわからず藤村が困っていると、太田川は勝手に納得して余程有頂天なのかくるくるとターンをしだす。
一体今日のこいつはどうなっているんだと少し不気味に感じる藤村であった。
その日も特に何事もなく、学校について授業を受け、放課後に図書室で本を読みながら太田川の部活が終わるのを待ち、太田川と共に学校を出て、家まで到着。
「それじゃ、また明日な?」
「え? あの、きりくん? 何かないの?」
「? ああ、その髪似合ってるぞ」
「……」
結局藤村には太田川の様子がおかしい原因がわからなかったが、どうせ大した理由じゃないのだろうと別れを告げて家に戻り、そのまま勉強をしたり本を読んだりして一日を終える。
翌日、いつも学校を出発する20分前くらいに藤村は一人で目を覚ます。
普段は太田川がそれより前に起こしにくるのに、珍しいこともあるものだと着替えてキッチンに向かう。
「おはよう母さん、デルタは?」
「三角州ちゃんなら今日は来てないわよ? 風邪かしら」
昨日はくるくる回るほど元気だったのに、珍しいこともあるものだと朝食を食べ、家を出て一応容態を確認しておこうと隣にある太田川の家へ向かう。
「あらきりちゃん、三角州ならもう学校に行ったわよ、珍しいわねえあの子が一人で学校行くなんて」
ところが太田川は風邪などひいておらず、藤村を置いて一人で学校に行ったと言う。
部活の朝練でもあったのだろうかと不思議に思いながら藤村が一人学校に向かうと、
「……」
そこにいたのはやたらと不機嫌そうな顔で机に座っている太田川だった。
「おはようデルタ。どうしたんだ、何か用事があったのか?」
「……」
挨拶をするも、藤村の方を見ようともしない太田川。
「夏風邪でもひいたのか?」
「……ふん」
やがて藤村を蔑むような目で見ると、クラスの女子のグループの方へ向かい会話に混ざっていく。
「おはよー太田川さん。何か機嫌悪いけど、ひょっとして彼氏と喧嘩?」
「喧嘩どころじゃないよ」
「太田川さんがそんなに怒るって相当だね。だから言ったじゃん、あんな男じゃ釣り合わないって」
会話から察するにどうやら俺が悪いらしいが、俺が一体何をしたというのかと焦る藤村。
「何だ何だ藤村、何やらかしたんだ」
「いや、俺は別に何もやってないよ」
「大体こういう時は男が悪いって決まってんだよ、謝っとけ謝っとけ」
「理由もわからないのに謝れないよ」
「じゃあ頑張って理由見つけるんだな」
クラスの男子にそう諭され、必死で理由を考えてみるが一向に思いつかない。
結局その日は太田川は藤村に口をきかず、図書室で本を読んでいた藤村を置いて部活動が終わると一人で帰ってしまった。
置いて行かれた藤村は、一体何が原因なのだろうと悩みながら家に帰る。
「ただいま母さん。デルタがやたらと不機嫌なんだ、何でだろうな」
「昨日のデルタちゃんの誕生日に、また1つおばさんになったなとか失礼な事言ったとか、センスないプレゼント渡したとかなんじゃないの。年頃の女の子はすごく傷つくものよ」
「……!」
母親にそんな事を言われて、藤村は太田川の誕生日が昨日だったということを思い出し、不機嫌の原因がわかってすっきりすると同時に冷や汗を流す。
恋人なら悪いところも受け入れるべきだと藤村は思っていたが、流石に幼馴染の彼女の誕生日を覚えていないだなんて、贔屓目に見ても自分が悪すぎると認める。
もしもこれが原因で破局して、太田川がクラスの女子に理由を言い触らせば、一気に自分の評判は地に落ちることだろう、そうすれば太田川に復讐するつもりが復讐されてしまうことになる、そうなる前になんとしてでも太田川のご機嫌取りをしなければなと藤村は案を練る。
翌日、早起きした藤村は太田川の家の前で待ち伏せをする。
この日も太田川は藤村を起こすことなく、一人で学校へ向かおうとしていたようだった。
「おはよう、デルタ」
「……」
家を出てきた太田川に挨拶をするも、すっかりやさぐれてしまった太田川は藤村を一瞥し、早歩きで学校へ向かってしまう。
「待てよデルタ。ほら、これ」
「……遊園地のチケット? ふん、何を今更」
走って太田川の前に立ちふさがり、昨日のうちにコンビニで購入しておいた県内の遊園地のチケットを手渡すが、誕生日を祝われなかった恨みは相当深いようで一向に機嫌が直る気配がない。
「違うんだよデルタ。俺はお前の誕生日を忘れてたわけじゃないんだよ」
「じゃあ何で当日祝ってくれずに、後々になってこんなもの寄越すの」
まったくもって正論だな、と藤村は普段見せない太田川の嫌悪の表情にどぎまぎするが、藤村もただ何も策を考えていないわけではなかった。
「真ん中バースデーだよ」
「真ん中バースデー?」
「ああ、俺の誕生日、お前の1週間後だろ? で、その真ん中をとると、今週の日曜日になるわけだ。だから一緒に祝おうと思ってな、誕生日忘れたフリして落として持ち上げようと思ってたんだけど、あんまりにもお前が怒るもんだからさ、悪い悪い」
「……ホント!? もー、きりくんったら演技派だなあ、すっかり騙されちゃったよ。一度やってみたかったんだよね、真ん中バースデー」
まんまと乗せられて機嫌を直す太田川に、ちょろいもんだぜと内心で勝ち誇る。
こうして機嫌の直った太田川と共に、週末に少し遠出して遊園地へ向かう。
藤村が最後に遊園地に行ったのはまだ幼稚園にも入っていない時期だったので、記憶も曖昧で実質藤村にとってはデビュー戦であった。
「きりくん、ジェットコースター乗ろう!」
「ははは、悲鳴あげるなよ」
「あああああああああっ、死ぬ、内臓が逆流して死ぬううううううう!」
「きりくん……」
ジェットコースターに乗って絶叫したり、
「きりくん、お化け屋敷行こう!」
「お化け屋敷? まあいいけど、どうせ子供だましだろ」
「ひぃぃぃぃぃぃぃっ、今何かべちょって! ってあれ? おい、どこだデルタ、どこ行った!」
「こ~こ~だ~よ~」
「ぎゃああああああああああっ! 出たあああああああああ!」
「失礼な」
お化け屋敷に行って叫んだり、
「きりくん、観覧車乗ろう?」
「え? ああ、そうだな。ははは、高いところ怖かったら俺にしがみついていいんだぞ?」
「きりくん、目つぶってたら意味ないよ?」
「……」
「あ、大変だ。トラブったみたい。私達今一番上でストップしてるよ」
「あああああああああああっ、死ぬ、落ちて死ぬううううう!」
「よしよし、大丈夫だよー」
観覧車に乗って震えたり、太田川以上に遊園地を満喫しながらも、太田川を満足させるために遊園地ではしゃぐ男を演出しただけと嘯く藤村であった。
「楽しかったね、きりくん」
「ああ、少しだけ童心に返った気がするよ」
「少しだけ……?」
たっぷり遊んだ帰り道、家族へのお土産を持って並んで歩く二人。
「そうそうきりくん」
「何だ?」
「真ん中バースデーって、普通はお互いの誕生日も祝うものだからね?」
「は、ははは……」
少し声のトーンを下げてジト目で藤村を見る太田川。
口には出さなかったものの、藤村が誕生日を本当に忘れていたことを見抜いていたのは明白だった。
藤村は見透かされているようで悔しいと屈辱に思う一方で、しっかりと太田川の誕生日を頭に刻むのだった。
「きりくん、誕生日おめでとー」
「おはよう……っておい、人の部屋でクラッカーぶちまけんじゃねえ」
そして数日後、藤村の誕生日。
藤村の部屋でクラッカーをぱんぱんとぶちまける太田川に、掃除するのは俺なんだがとげんなりする藤村。
「はいこれ、プレゼントだよ」
そう言って太田川は藤村にカラフルな色の腕時計を差し出す。
「腕時計? 今時腕時計なんて……携帯電話があるだろ」
「男の嗜みだよ。肌の弱いきりくんでも大丈夫なように肌に優しいのを選んだんだよ、つけてつけて」
急かされて仕方なく藤村が腕時計を装着すると、待ってましたと言わんばかりに太田川が制服の袖をまくって、同じ腕時計を見せてくる。
「うんうん、似合ってる似合ってる」
「ペアルックかよ……つうかこの時期厚着するから腕時計いらないだろ……」
ダサいデザインだな、と思いつつもしばらくは着けるしかなさそうだと、左腕の感触をこそばゆく思う藤村であった。




