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野良猫に餌付けをするような愛  作者: 中高下零郎
中学校 愛のない恋人生活
11/34

想いという名のねずみ花火はあらぬ方向へ

「ふんふんふーん、おそろい、おそろい」

「恥ずかしいからワケわかんねー歌歌うな」


 先日の一件で何かと物騒なので携帯電話が欲しいと親に強請った藤村は、

 この日太田川と共に携帯電話の契約を済ませる。

 太田川と全く同じ携帯電話を使うのが嫌だった藤村は、わざわざ1つしか残っていない色を選んだ。


「あ」

「どうした? ……ああ、夏祭りか」


 お互いのアドレスを交換した帰り道、立ち止まる太田川。

 藤村がつられてその方を見ると、近々行われる夏祭りと花火大会の日程が書いてあった。


「そういえば、ここ数年きりくんを夏祭りで見た事ないね」

「そりゃそうだろ。夏祭りなんて小2で卒業したからな」


 藤村がそう言うと、太田川が信じられないといった表情になって肩を揺さぶる。


「ええ!? 勿体なさすぎるよ。勿論今年は行くんだよね?」

「行くわけ」

「行くんだよね?」

「……あ、ああ」


 太田川から漂う威圧感と、頼まれると断れない性格が合わさって了承してしまう藤村。


「じゃ、当日の17時に鳥居の前で待ち合わせね!」

「は? 何で家が隣なのに現地集合なんだよ」

「いいからいいから」

「はぁ」


 太田川の考えが読めずに困惑する藤村。

 そして当日、約束通り鳥居へ向かう藤村は、最後に行った5年前の夏祭りと花火大会を思い出す。

 人は多い、子供騙し、あんなものの何が楽しいのだろうかとため息をつきながら鳥居へ到着すると、


「あ、時間ぴったしだね、流石きりくん……って、ええ……?」

「よう、似合ってるな。……んだよ」


 鳥居にもたれかかった浴衣姿の太田川が藤村に気づき手を振りだすが、やがて幻滅したような顔になる。


「Tシャツに短パンって」

「今日は暑いし合理的だろ。お前こそなんで夏の日にそんな暑そうなもん着てるんだよ」

「これだから祭り素人は」


 やれやれと肩をすくめる太田川に、馬鹿にされたような気がしてムッとする藤村。


「あぁ? だったら玄人らしく祭りをエスコートしてくれよ」

「んふふ、しょうがないなあ。お姉ちゃんから離れちゃ駄目だよ」


 上機嫌になる太田川に、何がお姉ちゃんだ馬鹿馬鹿しいとため息をついていると、太田川が藤村に向けて手を差し出す。


「? エスコートするのに奢らせるつもりかよ」

「違うって、手をつなぐに決まってんじゃん」

「……お、おう」


 確かに恋人ならば手をつなぐものだろうと、太田川の左手の指の先を右手で掴む。


「さーて、祭りを満喫するよ!」

「わっと、っておい、人多いのに走ろうとするなよ」


 興奮したのか、太田川が手を掴んだままダッシュしようとするので懸命に藤村はそれを止める。

 藤村の気分は言う事を聞かない犬を散歩に連れていく飼い主であった。


「ごめんごめん、テンションあがっちゃってさ」

「そんなに祭りって楽しいもんかねえ」

「うーん、きりくんとだからかな。きりくんと最後にお祭り行ったの、もう5年も前だし」

「そ、そうか」


 恥ずかしげもなくそんな台詞を吐く太田川に、藤村は少し照れながらも、そこまで自分に依存してくれるとは、男冥利につきるなとにやつく。

 結局手をがっしりと繋がれてぶらぶらと二人で歩いていると、リンゴ飴の屋台が目につく。


「あ、リンゴ飴だ。食べよ食べよ」

「そうだな。すいません、2つください」


 お金を払おうとする太田川を手で制し、二人分のお金を店番に払い、手渡されたその1つを太田川に手渡す。太田川は不思議そうな目で藤村を見つめる。


「いやいや、いいよ奢ってもらわなくても」

「いいから奢られとけ」

「うん……きりくんがプレゼントしてくれるなんて珍しいね。お祭りではしゃいでるの?」


 撒き餌だ撒き餌。300円で太田川が依存してくれるなら安いもんだ、と馬鹿正直に言わずにリンゴ飴を頬張る。

 安っぽいリンゴに甘ったるい赤く色づけしたベッコウ飴をつけただけの、子供が喜びそうな味だ……と食べていてげんなりする藤村。

 ペロペロと飴を舐める太田川とは逆に、さっさと消化しようとガリガリと噛み砕く。


「きりくんって、昔から飴とか氷とかガリガリ噛むよね」

「女じゃガキじゃあるまいし、ペロペロ飴なんざ舐めてられっかよ」

「でもリンゴ飴ガリガリ食べてると破片が落ちて子供っぽいよ?」


 太田川に指摘されて藤村が下を見ると、確かにベッコウ飴の破片がぽろぽろと落ちていた。


「……ペロペロ舐めてるとそのうち溶けて悲惨なことになるぞ」


 子供っぽいと言われたのを屈辱に感じ、ムキになって反撃する藤村。


「リンゴ飴食べるの難しいね。あ、そうだ。舌赤くなってる? 自分じゃ確認できないから見てよ」


 ウインクして、藤村に顔を近づけてペロリと舌を出す太田川。


「こ、口内炎を潰しまくった舌みたいだな」

「きりくん……」

「じょ、冗談だって」


 気づけば目を逸らしてしまい、冗談を返すことしか藤村にはできなかった。



 リンゴ飴を食べ終えた二人は、花火が始まるまで屋台の通りをぶらつく。


「射的か。まあ見てろよ、ゲーム機取ってやるよ。すいません、1回お願いします」

「そう簡単に行くかなあ」

「角度を計算して景品の上の辺りを狙えばこんなもの……おらっ!」


 射的に目が行った二人。

 見栄っ張りな藤村はカッコよく景品を落としてやろうとゲーム機を狙うも、全然別の場所にあるキャラメルに当たり、見事に撃ち落とす。


「あはは、キャラメル取れたね」

「……だったらお前がやってみろよ」

「射的はこうやるんだよ……えいっ」


 馬鹿馬鹿しくなった藤村は残りの弾を太田川に譲り、その様子を眺める。

 太田川の撃った弾はゲーム機の上側に当たるもビクともしない。

 弾の威力が弱いのか、ゲーム機の箱に重りでも入れているのか……どちらにせよまず当たりやしないだろう、無邪気な子供を釣るためのハリボテの餌だ、とげんなりする藤村。

 無難に一発で落とせそうな小物を狙う太田川を見ながら、藤村は数年前の夏祭りを思い出す。

 数年前の藤村も、くじ引きや射的の豪華景品なんて当たりはしない、金魚掬いの金魚は劣悪な環境で育てられているから長生きしない……そんな冷めた目で祭りを見ていた。



「結局500円でキャラメル3箱かぁ」

「損だな、スーパーなら200円あれば買える」


 キャラメルを頬張りながら射的の屋台を後にする。

 割高なキャラメルを精々堪能しようと思いきり噛みしめる。

 甘ったるいはずなのに、苦い。何で見栄を張って負けるとわかっている勝負に挑んだのだろうかと藤村はキャラメルをギリギリと噛む。


「でも楽しかったでしょ? 残り300円は撃つ代金だって考えれば損じゃないよ」

「そんなもんかねえ」

「そんなもんだよ。あ、くじ引きやろうよ」

「やめとけって。絶対ピロピロが当たるから」

「祭りは楽しまないと。すいませーん、くじ引き2回」


 くじ引きを見つけるや否や嬉しそうに駆けていく太田川を見ながら、あんな風に物事を楽しめたら、俺の心も随分と平穏だろうなと藤村は財布を開いて太田川に続く。



『後10分で、花火大会を開催いたします』



「あ、花火大会始まっちゃう。いこ、急がないといい場所で見れないよ」


 花火大会の開始を報せるアナウンスが流れ、ピロピロを吹いていた太田川は藤村の手を取り、花火の見える場所へと向かおうとするが、皆考える事は同じだったようで一斉に人が動く。


「うおっ」

「きゃっ、きりくーん」


 人波に押されて繋いでいた藤村と太田川の手はほどけてしまい、藤村が人ごみをかき分けて脱出する頃には、太田川の姿は見えなくなっていた。



「……早速使う時が来たか」


 携帯電話の存在を思い出し太田川にかけると、10秒程で声が聞こえてくる。


「あ、きりくん。そういえば携帯電話あったね、すっかり忘れてたよ。今どこ?」

「神楽の会場らへんだ」

「おっけー、そっち行くね」


 2分ほどして太田川がやってくる頃には、客は皆花火を見に行ったのか辺りには誰もいない。


「はー、私としたことが詰めが甘かったよ。もう少し早目に行けばよかった、今から行っても眺めのいい場所とれないだろうし、もみくちゃにされて疲れちゃったよ。ごめんねきりくん」

「別に気にするなよ、花火なんてどうでもいい。それより大丈夫か?」

「……えへへ」


 ペタンと段差のあるところに座る太田川の隣に座り、そっけなくそう返す。

 藤村の発言は本心からのものだった。藤村は花火の楽しさを理解できなかった。

 どうして連中はあんなものを有難がって見るのだろうか、どうして連中は火傷の危険だってあるのにあんなものを有難がってやるのだろうかと。

 藤村の言葉を『花火よりもお前の方が大事だ』と受け取ったのか太田川は顔を赤らめてデレデレしながら、


「……ねえ、覚えてる? 5年前もはぐれちゃったよね」


 藤村が最後に行った、5年前の夏祭りの事を話しだす。


「そうだな」


 小学校2年の夏祭り、お互い一人じゃ危ないからと太田川と一緒に行くように親に言われた藤村は太田川の監視をしていたが、少し目を離した瞬間にはぐれてしまった。


「あの時私全然知らないとこに来ちゃって怖くて泣いてたけど、きりくんが必死になって私を探しに来てくれてさ、すごく嬉しかったのにきりくんったら『お前が見つからなかったら俺が親に怒られるだろ、離れるんじゃねえ』って怒りだしたんだよ、酷いよねあの時のきりくん」

「んだよ、探してやったんだからいいだろ」


 昔を懐かしむ太田川に合わせて藤村も当時を思い出す。

 携帯電話もない当時、太田川とはぐれてしまった藤村は、太田川が行方不明になったり、誘拐でもされたらどうしよう、自分が責められると必死になって太田川を探した。


「しかも合流出来たはいいけどきりくんも帰り道わかんなくって、結局二人してうろうろ彷徨ってるうちに今度はきりくんが泣いちゃって。可愛かったなあ」

「……っ! だ、黙れ、忘れろ!」

「『えぐっ、えぐっ、おれたちこのまましんじゃうのかなあ』って私に抱きついてたの鮮明に覚えてるよ」

「忘れろって言ってんだろうがよ!」


 ああ、あのトラウマが祭りに行かなくなった最大の原因だなと藤村はムキになって太田川を睨みつけながら不機嫌になる。


「あの時携帯電話があったら録音とかしておきたかったなあ」

「携帯電話があったらそもそも迷子になってねえよ、大体お前、途中から自分の知ってる道だった癖に何で言わなかったんだよ」

「いやあ何かきりくんが多分こっちだ、多分あっちだ、って私をエスコートするのが楽しくてついつい」


 きちんと途中で『あ、この道知ってるよ、ここからなら帰れる』とか言っていれば太田川の前で怖くて泣くだなんてトラウマは避けられたのに、と憎しみを増大させる藤村。

 そんな中、花火大会が始まったようでヒュー、ドカンという音が聞こえる。


「あーあ、花火始まっちゃった……ってあれ、ここからでも花火見える」


 驚いたように空を見上げる太田川。

 つられて藤村が空を見上げると、確かに花火が見えていた。


「なんだ、ここからでも十分見えるじゃないか」

「あはは、いつも花火大会始まると皆向こうに行くから、向こうじゃないと見えないのかと思ったよ」


 しばらく太田川と無言で花火を見るが、やはり藤村は楽しめなかった。

 目をキラキラさせて見惚れている太田川を見て、分かり合えない存在だなと自嘲気味に笑う。


「なあ太田川。花火の何が楽しいんだ?」


 不躾な質問だと思いながらも、聞かぬは一生の恥だと藤村は太田川に問いかける。


「きりくんにはまだわからないかなあ」

「は? 何だよそれ、もったいぶるなよ」

「好きな人と一緒に見る美しい風景は何物にも代えがたい素晴らしいものなのですよ」

「……さいですか」


 どおりで自分は楽しくないはずだ、と一人でうっとり盛り上がっている太田川の横顔を見て皮肉めいた笑みを浮かべる。


「あ、きりくんニヤニヤしてる。ね、花火楽しいでしょ」

「ああ、そうだな。傑作だ」

「うんうん、あ、今度花火やろうよ」

「まあ、考えとくよ」

「考えとくって言う人、大抵やる気ないよね。やろうね?」

「……まあ、暇ならやってやるよ」


 太田川に見透かされてしまい、恥ずかしくて顔を逸らして上を見上げると、一際大きな花火が見えた。



「楽しかったでしょ? 夏祭り」

「まあまあかな」


 花火大会も終わり、家へと並んで歩く二人。


「そうそう、5年前の迷子の話だけどね。……私が本格的にきりくん好きになったの、多分あの時かな」

「……そ、そうか」


 あの事件さえなければ、自分が夏祭りにトラウマを持つことも、太田川が自分にひっつこうとして自分のコンプレックスを増大させることも、こうして憎い相手と並んで歩くことも無かったのだろうかと、何が起こるかわからないもんだなとため息をつく藤村であった。

 

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