見栄を張って強がって
プールの時は本物の恋人のように太田川と遊んだ藤村であったが、
あれは一過性のものに過ぎないと自分に言い聞かせる。
自分は太田川を嫌っている、憎んでいる、好きだなんてあるはずがないと。
そんな夏休みのある日、藤村が部屋で新聞を読んでいる際、ノックもせずに部屋に入ってきて、
「きりくん、同人誌即売会あるんだけど一緒に行こ?」
目を輝かせながらデートの誘いをする太田川に対し、
「……あぁ?」
「ど、どうしたのきりくん、そんな怖い顔して」
藤村はこれ以上ない程の嫌悪の表情を返す。
「お前、俺がオタク趣味あんま好きじゃないの知ってるだろ。大体同人誌即売会って東京でやるんだろ? 中学一年が東京旅行とか常識を考えろ」
尤もらしい理由を述べて太田川の誘いを断ろうとする藤村。
オタク趣味はなくとも、ニュースや新聞を読んでいるうちに多少の知識は彼についていた。
仮に太田川が自分好みの場所に行こうと言いだしても、中学一年生二人で東京に行くのは危ないからと断ったことだろう。藤村は自分のことをしっかり者だと思っていたし、太田川も容姿だけなら高校生に見えるかもしれない。けれども藤村は学力以外では、あまり自分の能力を過信はしていなかったのだ。
「違うよきりくん、広島でもあるんだよ、それもすぐここで」
「はぁ」
太田川は笑いながら藤村にパンフレットを手渡す。藤村がそれを見ると、確かに広島、それも藤村の家から歩いて30分程度の場所で近々開催されると書いてあった。
「俺はオタク趣味ないから、行っても楽しめねーよ。こんだけ近いなら、デルタ一人で行ってくればいいじゃないか」
場所の問題は解決されたが、それでも好きでもない趣味のイベントに、好きでもない女と一緒に行くなんて願い下げだと太田川を一人でイベントに行かせようとする藤村ではあったが、
「行ったら絶対楽しいって」
「どこからそういう自信が出てくるんだよ……」
折れない太田川。藤村は前回、太田川と一緒にアニメショップに行った時の事を思いだす。
ああ、前回と同じくこいつは俺がいないと自分の趣味も楽しめないのか、どうしようもなく弱い女だなとせせら笑う。
「とにかく行こっ、ね? ね?」
「つうか同人誌即売会ってようするにエ……エ……」
「エ?」
「絵を売ってるんだろ? 高いんじゃないのか?」
「私も初参加だけど、アニメのグッズとか売ったり、コスプレとかするみたいだよ。お小遣いたくさん貯めてるから大丈夫だよ」
太田川の目の前でエロ本、と口走りそうになった藤村であったが、すんでのところで機転を利かせる。
藤村の知識では、同人誌即売会は漫画やアニメのキャラにいやらしい事をさせる本を売っている場所、という認識だった。
「わかったわかった、一緒に行ってやるよ」
「やったー!」
結局藤村が折れる形で太田川に付き合うことに。
オタク趣味に目覚めたわけでも、太田川への愛が目覚めたわけでもなく、エロ本に興味を持ったのだ。
「……なんだこれは」
「あ、ラミカ売ってる。これ買おうっと」
かくして太田川と共に同人誌即売会に向かった藤村であったが、百聞は一見にしかず。実態は藤村が想像していたものとは大きくかけ離れていた。
藤村の中での同人誌即売会は、汗臭くメガネをかけ、ダボダボのシャツをズボンに入れ、はちまきをつけてリュックを背負い、カメラを持って目をぎらつかせている男が自らの欲望を具現化させた本を売っていたり、男だらけの中ちやほやされたいと不細工な女がコスプレをしていたり、そういう場所であった。
しかし実際のところ、男ばかりというわけでもなく、太田川のような女学生が多い。
売っているものも手作りのラミカードやポスター、健全なイラスト集がメインで、藤村の目的であったエロ本も確かに存在はしていたが年齢制限がきっちりと管理されており、藤村がそれを手にすることはかなわなかった。
残念に思う藤村であったが、同時に今までの自分の認識が間違っていたことを恥じ、実際に体験しないと本質はわからないものだなと納得する。
「お姉さんキレイですね、レイヤーさんですか?」
「いえいえ、今回デビューしてみたんですけど、女性が多くてびっくりしました」
「ですよね、次回は作る側に挑戦するといいと思いますよ。お姉さんならコスプレでもありだと思います」
普段の鬱憤を晴らすように同志の人間と楽しそうに喋る太田川を見ていると、藤村の心が満たされる。イライラで。
「楽しかったね!」
「ああ、勉強になった」
大量のグッズを買い込んで満足げな太田川と、今まで持っていた偏見を払拭できたことに満足げな藤村はお互い上機嫌で帰り道を歩く。
オタクが嫌いなのには変わりはないが、少なくともその辺の女子高生のようにバカ丸出しでキモいキモいと言うだけの、心の狭い人間ではなくなっただろうと自分の成長を悦ぶ藤村であった。
「ところできりくん」
「何だ?」
そんな藤村に声をかける太田川は、少し顔を赤らめて、藤村をニヤニヤと見下ろしている。
「えっちな本の前で立ち止まって物欲しげに見てたよね」
「……ハ? ソッソソソソソンナワケナイダロ」
太田川にばれないように見ていたはずなのに、と気が動転して顔を赤らめ、慌てふためく藤村。
「ほんとかなー?」
「当たり前だろ、俺そういうの興味ねーし」
反射的に自分の性欲を否定する藤村。しかし彼は自分の本心が既に見抜かれているであろうことを理解していた。太田川に弱みを握られたようで途端に不愉快になる。
「ふーん、硬派だねえきりくんは。……あれ、今変な声しなかった?」
「声?」
「うん、向こうの方から。怯える感じの」
話題を変える太田川。藤村には聞こえなかったが、太田川が言うには路地裏の方で何か怯えるような声と罵声が聞こえたのだと言う。
気になった二人は、声のする方へと向かう。
「ね? ね? お金貸してよ」
「今日コミケってのあったんでしょ? お金持ってるんでしょ?」
そこには見るからにオタクっぽいひょろひょろした眼鏡の男が、これまた見るからに不良っぽい、髪を染めていたり服をだらしなく着ていたりしている三人組に囲まれているところであった。
「あ、あれ、カツアゲだよね」
「だろうな。オタク狩りってやつだ」
物陰からそれを見る太田川と藤村。
藤村もニュースでオタク狩りの存在は知っていた。弱くてイベントにお金をたくさん使うオタクは、まさに不良からすれば絶好の餌なのだろうと。
「ど、どうしよきりくん」
「今から警察とか呼びに行っても時間かかるな……助けに行くか」
「え、ええ? 何言ってんのさ」
二人とも携帯電話をまだ親に買ってもらっていなかったのですぐに連絡をすることができない。
助けを呼びに行っている間に被害者が不良に暴行を受けてお金を奪われて逃げられて、後の祭りになってしまうことを予想した藤村は自分で助け出そうと考えた。
藤村はオタクは嫌いだが、不良の方がもっと嫌いな人間であった。
自分がうまくいかないからと努力もせずに社会が悪いと責任転嫁。
社会を自分にすればほとんど俺と変わりがないのかもな、と少し自嘲する藤村であったが、
「駄目だよきりくん、きりくんじゃ無理だよ」
「……ああ?」
自らを抱きとめる太田川を睨みつける。
『きりくんじゃ無理だよ』と言われた瞬間、藤村の中で何かが弾けた。
「お前俺を馬鹿にしてんのか」
「そ、そんなことはないけど……だってきりくん運動できないし、体だってちっちゃいし」
「……へえ」
「え、いや、違うのきりくん、馬鹿にしてるんじゃなくてね」
太田川からすれば藤村を危険な目に合わせたくない一心での言葉であったが、今の藤村にとっては完全に挑発。
「さっきお面みたいなの買っただろ、それ寄越せ」
「え? う、うん」
太田川が即売会で購入したアニメキャラのお面を被ると、
「まあ見てろよ」
カバンから催涙スプレーとスタンガンを取り出し、意気揚々と彼等の元へ向かう。
藤村は自分の弱さを十分に熟知していた。
肉体的に周りより劣っていることを自覚している、仮に自分より弱い相手がいたとして、複数人相手では勝てるはずがないと理解していたからこそ、常日頃から催涙スプレーだとかスタンガンだとか、女性が護身用に持つアイテムを常備していた。
「おら死ねや社会のゴミ共!」
「なんだうぎゃあああああ!」
後ろから不良に呼びかけ、向こうが藤村の方を向いた瞬間に思い切りスプレーを彼等の顔面に噴射する。
それだけで不良達はのたうちまわる。道具を使うことが、人間の利点だ! と藤村は勝ち誇る。
この隙に被害者共々逃げるのが常だったかもしれないが、藤村は常日頃のストレスを解消するかのように、地面でのた打ち回る彼等スタンガンをバチバチと押し当て死体蹴りを行う。
「も、もういいでしょきりくん」
「……ちっ、命拾いしたな。おい、大丈夫か」
やりすぎだと太田川がやってきて藤村を諌めるまで一方的なストレス発散は続いた。
倒れている不良の一人に唾を吐きかけると、すっかり空気と化した被害者の男を気遣う。
「あ、あありがとうございました」
男はペコペコと礼をして走り去って行く。怪我もしていないようだし一件落着、お面をしているので自分が不良に顔を覚えられることもないだろうと、地面とキスしている不良に反省するんだなと吐き捨て、藤村と太田川もその場を去る。
「きりくん、もうあんなことしちゃだめだよ」
お面を脱いで太田川に返すと、太田川は怒っていた。
彼氏がカッコよく不良を撃退したから惚れ直したと思ったらなんだこいつは、と藤村は口をへの字にする。
「何だよ、あの男見捨てればよかったのか?」
「そうじゃないけど……きりくんが怪我する方がもっと駄目だよ。運動だったら私自信あるから、きりくんが戦うくらいなら私が戦うよ、私がきりくんを守るよ」
「……丸腰の女が1人で、男3人に勝てるわけないだろ」
太田川の気遣いが藤村を苛立たせる。
本当に苛立つ原因は、ひょっとしたら太田川なら本当に1人で男3人を蹴散らせるのではないか、武術を習っているわけでもない太田川が、運動のセンスだけで解決してしまえたのではないかという恐怖だった。
お前が俺を守る? ふざけるな、お前は俺に守られないと生きていけない弱い女じゃないといけないんだよ、と藤村は太田川を睨む。
「んじゃな」
「うん……あ、忘れてた。はいこれきりくんにプレゼント」
「ストラップ?」
「うん、お揃いでつけよ? ほら、カバンのここに」
「……わかったよ」
家に戻り太田川と別れる際、藤村はアニメキャラのストラップを手渡される。
部屋に戻った藤村はそのストラップをゴミ箱に捨てようとするが、カバンにつけると約束した手前つけないと色々言われそうだな、と諦めてカバンにそれをつけるのだった。




