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静かなる想い  作者: 華南
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静かなる想い その9

静かなる想い その9




「輝…?」


一体、何を言っている…?

輝が俺に夏流を奪えと…。


混乱する思考の中やっと言えた言葉は、「どういう事だ?」の、只一言のみだった。

そんな俺を輝は悲しそうに見つめていた。


俺を哀れんでいるのだろうか?

そう思うと俺は無性に己と言うものを嘲笑ってしまった。

部屋中に響く俺の渇いた笑い声。


可笑しくて涙が出る。


どうする事も出来ない自分の感情に俺は更に嗤った。

そんな俺を輝はただ静かに見つめている。


どれほどの時間が経ったのだろうか…?

流石に今の自分を冷静に捉える事が出来る様になった俺は、ぽつりと輝に言った。


「…お前は残酷だよ、輝。」


今の俺にはそれしか言葉が出ない。


出なかった…。




「…どうして自分の感情に素直に生きれないんだ?


豪、お前はいつもそうだ。


流されるまま目の前に示されている道を歩んで、そして疑問を持つ事も無く自分の感情を作って。


今迄、お前は本当に「坂下豪」として生きていた。

完璧な迄の「坂下」の後継者。


だがその生き方にお前の心なんて存在していない。


それは俺たちといても同じだ。

お前はいつも笑いながらも俺たちに心を開かない。


気付いているのか?お前は。


お前も忍君も一緒だよ。


忍君は全てを閉ざして、そしてお前は全てを諦めて。

自分の世界に変化を齎す事を拒んでいる。


豪…!


どうしてお前は忍君にこだわる?


確かにお前は忍君の親族だ。


だがそれでもお前がお前の生き方を選択するのを諦める事とは意味が違う。


混同する事ではない。


どうして自分らしく生きようとしない。


お前が自由に生きる事は許されない事なのか?


違うだろう?


忍君の両親の事は事故だった。


誰が何をしたと言う次元ではない。


発端が喩えお前の父親の言葉でも、お前が原因ではないではないか!

なのに何故、お前がそこまで…」




俺の事を思い言葉を伝えようとしている輝の気持ちが嬉しかった。


だが、その言葉をもっても俺は…、自分の生き方を変える事が出来ない。


7年前の忍のあの姿を見た時から、俺はそう決めたんだ。


いや、そう決めざる得なかった…。


悲しい現実を身を以て知った忍に俺が出来る事は、俺の人生を忍に捧げる事だった。




目の前で愛する者が死ぬ現実。


助けようにも助ける事の出来ない現実。


血を吐く様な思いで俺たち家族を許そうとして心を崩壊した忍に、俺は何が出来ると言うのか…?


完璧な忍の義兄である「坂下豪」としか生きれないではないか。


そうだろう?


それ以外の感情を持ったら俺は…。


俺は「坂下豪」として生きる事が出来ない。


「…輝。


忍が7年前に起きた現実は俺たちには想像を絶する出来事だ。


忍が今、現実に生きている事が奇跡なんだよ。


目の前で愛する者がだんだんと冷たくなって行く様を、忍はただ見つめる事しか出来なかった。


助けられる瞬間迄、忍は目の前で起きる現実を見つめないといけなかった。


俺の父親が言った言葉が忍の悲劇の始まりだった…。

確かに俺が直接的な原因ではない。


だが、輝。


目覚めた後、何度も自殺を繰り返しながらも死ぬ事が出来なかった忍を俺はずっと見て来た。

あの姿を見ていたら、俺の感情なんて何だと言えるんだろうか…?


崩壊する感情を抱いて生きて来た忍を思うと、俺は遥かに幸せだよ。」


いい終えようとした俺に輝が言葉を遮った。


「それが正しいとは俺は思えない!


確かに忍君の哀しみは計り知れない。


彼の身に起きた悲劇を考えると、俺も心が痛いよ。

だけど、お前が忍君に人生を捧げる事が正しいのか?


自分の感情を殺して迄も、忍君の幸せを願い生きて行かないと駄目なのか?


そうなのか、豪!」


「俺に混乱を招く様な事は言うな、輝!


それが「坂下豪」なんだよ!


「坂下豪」はその生き方しかないんだ…!


それ以上もそれ以下も無いんだよ。


俺がそれ以外の感情を持ったら…、俺は何時か忍を憎んでしまう…。」


「…豪」


「今の生き方に疑問を持たすな!


これ以上、俺に何も言わないでくれ!


ああ、俺は…。


俺は…!」


「…」


「…なあ、輝。


個人の感情なんて、「坂下」に生まれた時から存在するモノでは無いだろう…?


今更、なんだと言うんだ…?


ああ、どうして彼女に心惹かれたんだろう…?


ははは。


愛しているよ、彼女を。


どうしようもなく彼女が欲しいよ!


彼女が忍の想い人では無かったら、もし、このまま忍が目覚めなかったら…。


暗い感情を灯さないでくれ!


これ以上、俺に感情を持たすな!」


「豪…」


「…頼むからこれ以上俺を追い込まないでくれ…」


悲痛な俺の声をただ静かに受け止める輝に、俺は顔を歪ませた。


「…」


「…済まない、輝。

冷静さを欠いでいた…。」


滲む涙で歪む視界の中で、俺は夏流の笑顔を思い浮かべていた。


感情と向き合う事は、こんなに色々な混乱と疑問と、暗い感情と、そして自分を情けなく思いながらもそれでも、愛おしく思える事なんだろうか…。


愚かで不甲斐ない感情の不確かな自分が存在する…。


その、混乱する感情の中に、それでも変わる事なく俺の心を焦がすのは、君への想いであった…。


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