静かなる想い その5
静かなる想い その5
夏流が熱を出し倒れた…。
いつもの様に忍の病室を尋ねた俺は、夏流が忍のベットの側で突っ伏してるのを見た。
最初、看病疲れで眠っているかと思った。
側に近寄り様子を窺うと、熱を含んだ表情。
額に手を添えると、とても熱かった…。
看護師を呼び、直ぐさま隣の部屋のベットに寝かしつける。
迂闊だった。
毎日、学校に通い、夕方、自宅で食事をとりそのまま忍の病院での寝泊まり。
そして土日は母親の看病のため病院に宿泊して、自分の時間等、今の彼女に無いに等しい。
白樺学園でも特待生として優遇されている分、勉学にも気を抜く事も無く…。
(俺たちは彼女にどれほどの事を求め、強いるんだ?
17歳の少女に…!)
点滴を受け眠る夏流を見つめ、俺は自分の考えの無さに項垂れていた…。
あの時、忍が倒れた事を伝えなければ、こんな風に彼女を追いつめる事は無かった。
そして俺も、俺の中にある気持ちに感情を向ける事無く、静かに生きて行けた。
どこで歯車が狂ったのであろう…?
運命とは皮肉なものだ。
夏流も忍も、そして俺も、坂下浩貴が作った運命に翻弄されている…。
どうすれば夏流を幸せに出来る?
忍が彼女を愛しているのは周知の事実。
忍は自分でそれを認めようとも、受け入れようともしなかったが、夏流に対する行為を見ればそれは一目瞭然だ。
自分の心を素直に夏流に伝えていれば、こんな事にはならなかったであろう…。
そう思うと、俺は夏流が不憫でならない。
そして忍も…。
俺たちが忍の心を歪ませた。
俺たちが忍の心に深い闇を投じた。
父が涼司さんと出会わなければ…、こんな悲劇は生まれなかった。
もし、目覚めた忍が彼女に想いを伝えれば2人は幸せになるのだろうか…?
ふと、思う。
それは本当に彼らの幸せに繋がるのだろうかと。
お互いがお互いの人生の中で、まだ何も始まっていない。
歩き始めたばかりだ。
そんな中で今の2人が心を通わせ共に歩むには、余りにも問題が多すぎる。
忍も、そして夏流も…。
取り止めの無い考えに更けていると、いつの間にか消灯の時間が来ていた。
面会時間が終わった事を告げに看護師が病室に尋ねたが、俺は夏流の事が気になり病室に留まる事を伝えた。
困惑を隠せないながらも、坂下の息がかかっているだけに何も言えないのであろう。
何かあればすぐ連絡を入れて欲しいと一言告げて、巡回に戻った。
点滴と投薬が効いたのであろうか?
穏やかな吐息が夏流から聞こえる。
額に触れると先程の熱さが感じられない。
(良かった。
この様子なら明日には意識が戻るだろう。)
ふと、額に触れていた手を頬に寄せた。
そして辿る様に輪郭を指で滑らす様に触れながら、唇に指を這わせた。
甘い吐息が指を翳める。
どくり、と自分の中の熱が上気するのが解る。
長い睫毛に閉じられた目に少し陰りがあり、それが夏流から仄かに薫る「女」を感じさせる。
震える指先で何度も触れながら、いつの間にか俺は夏流の唇に触れていた。
熱に含まれた唇が触れる事によって、微かな湿りを帯びている。
何度も何度も優しく啄みながら、俺は彼女の熱が自分の一部になればいいと、そう切に願った。
愛しい少女との初めての口づけは今迄にない官能と、そして甘く切ない痛みを胸に訴える。
このまま時が止まればいいと願う自分の心に、俺は彼女への想いを確信した。
彼女が誰よりも愛おしい…!
どうしてこんな想いに心が捕われたのであろうか…?
恋に、時も、年齢も、そして分別も何もかもが関係ないと自分の中で訴える。
心の中で、彼女の全てが欲しいと叫んでいる。
今、ここにいる俺は恋に焦がれたただの男。
そう、己の心を縛る事無く自由に愛する少女に身を焦がす一人の男に過ぎない。
自然と涙が出ていた。
流れる涙に触れながら俺は、暴かれた自分の心に、今迄に無い愛おしさを感じるのであった…。