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静かなる想い  作者: 華南
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静かなる想い その4

静かなる想い その4




「…それで忍君はどういう反応を見せたんだ?」


久々に一光で輝と酒を酌み交わしながら、俺は輝との談話に心を傾かせた。


「かなり動揺していた。

まあ、そんな風に仕向けたのも事実だが。」


輝の口から嘆息が漏れる。


「…本当にお前は何処迄バカなんだ…、豪!」


輝の呆れ果てている口調に俺は苦笑を漏らす。

言葉の端々に輝の気遣いを感じつつ俺は、更に言葉を続けた。


「どうしようもない想いは誰にも存在するモノでは無いのか?

それはお前が誰よりも実感しているだろう?

輝。」


俺の言葉に顔をしかめる輝の様子に、目を細めた。


「…お前、本当に、いい性格をしているよ。」


「お互い様だ。」


「…だが、これで確実に忍は動かざる得ないであろう。

今迄彼女に逢うのを躊躇っていたが、俺の言葉でやっと行動に出る。

本当に厄介な性格だよ。」


輝との会話は俺に甘い感傷と、苦い苦しみを同時に呼び起こす。

夏流に対する心からの渇望と男としての欲望…。

そしてその想いに絡まれる時、美樹の存在が俺を戒める。


美樹のあの、穏やかで静かに微笑む姿が…。


妻である美樹は俺の父の尤も信頼している部下の娘で、生まれた時から俺との婚約が決まられていた。

俺も美樹も、坂下浩貴によって生み出された生け贄とも言える。


「坂下」と言う名を存続させる為の…。


それでも美樹は幼い頃から俺だけを慕い、愛してくれた…。

美樹のその想いを尊重し、俺は美樹と式を挙げる迄抱かなかった。

それが俺が美樹に出来る最大の愛情。

愛する事は出来ないが、穏やかに想いあい生きて行く事は出来る。

そう思い時を過ごしていた。


ただひたすら穏やかに…。


激情というモノは全ての感情を、そして思考を覆い隠す。

今迄、俺は自分をどう評価していたのだろうか?


「坂下豪」は坂下を存続する為に生まれ、家族を愛し、そして義弟である忍を守り…。

その先にあるのはただ、「坂下」の繁栄と存続のみ。


では、本当の俺は何を求め、何を望んでいた?


夏流の存在が俺に何度もその事を問いただせる。


「俺」と言う個体が、「坂下豪」では無く、只の…。

そう、只の「坂下豪」を望ませるんだ…。


理性をどう動かせばいいのか、正直、解らなくなっている。


この想いは禁忌だ!


忍の心の均衡が崩れる程、愛して止まない夏流を慕う事は忍に対する最大の裏切りだ。

そうでは無くても、俺たちは忍に許されない罪を背負っている。


愛する家族の死と、心の崩壊と…。


溜息が零れるのをどう感じたのか、輝が穏やかに話しかけた。


「…お前は生真面目すぎる。

だから、「坂下」の名に縛られるんだ…」


輝の言葉が俺の心に深く突き刺さる。


「どうして、あの時自分の感情を殺した?」


「それを俺に言わすのか、お前は!」


だん、とテーブルに強く拳で叩く俺に輝は、強い意志を称えて俺を見つめた。


「…俺は、俺たちはお前がいつも、「坂下」の、いや、忍君の犠牲になるのを見るのが辛かった。

後継者と生まれたのは俺たちも一緒だ。

家の為に自由を奪われている…!

だがお前はいつもいつも忍君を尊重し、自分の感情を殺してきた。

穏やかに笑い、心をひた隠し、「坂下豪」を作り上げて…。


正直に言うよ。


何故、夏流くんを奪わなかった。

彼女の本当の幸せを考えると、忍君と一緒になるのが果たして幸せと言えるのか?

何時か、2人はまた大きな壁に突き当たる。

忍君が完全に過去をクリアしたとは…、本当は言いがたいと、お前は知っているのだろう?


だから忍君が彼女に会うのを無意識に拒む。」


「輝!」


「美樹さんの事を考えてもそうだ…!

心から愛せないのなら、別れるのが本当はお互いの為だ。


お前は…穏やかに微笑みながら彼女を生き地獄へと導いている。


彼女の悲しみをお前は解っているのか?

想うべき相手に心から受け入れられない悲しみを」


「…言うな!

もう、それ以上言わないでくれ、輝…


お前はそれが本当に出来ると思うのか?

俺の立場を知って残酷な事をお前は敢えて言うのか?」


「…ああ。

俺はお前にとって、その事が言える唯一の人間だと自負しているから…」


「…」


「どれだけ犠牲にしても俺はお前が幸せになる姿を見たかった。

今のお前は、「坂下豪」と言う人形だ。

そしてこれからもお前をそう生きて行くのだろう?


豪…」


「…」


「お前との会話が終わった後、忍君から連絡があった。

お前と夏流くんとの間に何があったのか、教えて欲しいと言ってきた。

俺は正直に話すつもりだ…」


「輝!」


「お前が何を言おうが俺は、俺の心に正直に忍君に話したい…。

それが忍君に対して誠実な態度だと心から思うから。

豪、お前は優しい様で残酷だよ。

心を隠すというのは時に、人をどれだけ傷つけるかと言うのを知らないといけない。」


「それが皆の幸せであってもか?」


「隠さないといけない事実の上に、本当の幸せがあると言えるか?

それは俺は身を以て経験した…」


「…」


「これからお前がどう生きるかはお前の勝手だ。

だが、親友として一言言わせて欲しい。

もっと、心を自由にしろ。

お前は余りにも捕われすぎている、「坂下」の名に…」


「輝…」


静かに生きたいと思った。

心が自由にならないのなら、ただ静かに…。


「坂下」が俺の存在を作り上げるのなら、せめて心に波紋を投じる事も無く生きて行きたかった…。


君に出会った事が、俺のそのささやかな願いを心の底へと深く鎮めていった…。



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