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静かなる想い  作者: 華南
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静かなる想い その10

静かなる想い その10




長い夢は何時か醒める。


目覚めた先には、一体何が待っているのだろうか…?


ただ、醒めても醒めなくても、俺の中にある想いは消える事はない。


その想いがある限り、俺はもう以前の「坂下豪」には戻れなくなっていた…。




忍が目覚めた…。


長い長い夢の中を彷徨っていた忍がやっと目覚めた。

そしてそれは忍にとって、過去との決別であった。


忍は自分を受け入れ、そして現実を受け止めた。


忍は、今、やっと自分の人生を歩き始めている。


それは夏流との別離を意味していた…。




「夏流とは…別れた。」


目覚めた次の日、坂下家に戻った忍が俺に言った。

晴れやかに、そして揺るぎない夏流への想いを秘めた言葉に、俺は戸惑いながらも心から喜んだ。


胸に鈍い痛みを抱きながら…。


そして俺は忍にこう言った。


「お前は人生において最大の出会いをしたな。


誰もが滅多に経験出来る事では無いぞ。


お前は本当に素晴らしい恋愛をした」


これは自分に対しても言える言葉。


そう、俺は人生最大の恋を経験した。

あの短いとも長いとも言える期間に己の全ての感情をかける程の恋をしたんだ…。




その後、俺は美樹と結婚した。


一年後に暁が生まれ、そして坂下家を継ぎ、今に至る。


時折、夏流の様子をそっと垣間見ている。


母親の病院を尋ねる夏流を見つめながら、一人の女性として、そして美しく己の道を信じて進む夏流に想いは深まるばかりだ。


そして願う。


君の幸せを…。


君と同じ道を進む事は出来ない。


君に想いを伝える事は一生出来ない。


だけど君の幸せを願う事は永遠に抱く事は出来る…。


夏流…。


君を愛している…。




輝との食事を終え、一人、バーで飲んでいると忍が突如、俺の隣に座った。


輝に俺の行き先を聞いたのだな…、と思わず苦笑した。


忍の顔には今迄にない陰りが宿っていた。


輝に事の顛末を聞いて理性を乱されたのだな、と思うと居心地の悪さが自分の感情を襲った。


「…済まない、兄貴。」


忍の急な謝罪の言葉に俺は、言葉をかけるタイミングを失った。


「だけど、俺も夏流を愛している…。

だから夏流は譲れない。

喩え兄貴でも。」


忍の当たり前の言葉に俺は可笑しくなりその場にて笑ってしまった。


そう、余りにもお粗末な展開だ。


もっと自分の気持ちが圧迫されると思っていた。

実際そう成りかねないと心の何処かで感じていた。


なのに結果がこうか、と。


「当たり前の事では無いのか、忍。

お前はずっと彼女を愛していた。

そして彼女も。」


俺の言葉に、忍は少し躊躇いながらも俺に言い返した。


「…兄貴。


それは違う。


夏流は確かに俺に好意を抱いていたかもしれない。


だけど、それは…、俺たちが同じ痛みを抱いていたから。


あの時点ではまだ、何も始まっていなかった。


始まりだしたのは…、俺たちが別れた時だ。


だからもし兄貴が夏流に想いを伝えていたら、夏流は兄貴を愛しただろう…。


兄貴は…、俺の自慢の、そして唯一認める男だから…!」


忍の最後の言葉に、俺は目を見開き忍を見つめた。


「正直、俺は輝さんに兄貴の夏流への想いを聞いて今迄に無い程動揺した。


そして…、初めて夏流への想いに焦りを感じたんだ…。


俺は兄貴には一生、勝てる事が出来ない。


兄貴は…、誰よりも思いやりが深くて、そして優しくて。


俺がずっと抱きたくても抱く事が出来ない感情を持っている。


その慈愛の心を俺はずっと理解する事が出来なかったが、尊敬していた。


知っていたか、兄貴。


兄貴の回りにはいつも人が集まっている事を。


皆、兄貴の人柄に惹かれ、そして兄貴の事を心から慕っている。


坂下家の家族も、5家の人々も、そして美樹さんも、暁も。


部下に慕われ、家族に愛され、そして親友に心から心配をかけられる兄貴を、俺は羨ましかった。


だから兄貴が夏流に告白したら、俺には勝ち目が無いと解っていた。」


忍の真摯な言葉に俺は耳を疑いながらも聞き入った。

そして聞き終えた途端、俺は深いため息しか出なかった。


「…俺が彼女に告白したら、恋が実っていたと?」


俺の言葉に忍は顔を顰めながら、こくりと頷いた。

とても嫌々そうに。


その様子を見て、俺は想いっきり笑ってしまった。

考え違いもいい所だ。


忍は思い違いをしている。

そう、彼女が俺の気持ちを受け入れるハズが無い。


彼女は…、忍を愛しているんだから…。


「…お前は思い違いをしている、忍。


彼女はずっと、お前を愛していた。


今も…、そして昔も。」


俺の言葉に、忍は苦笑しながら言った。


「兄貴の言葉が真実なら嬉しいけど…、それは違うんだ。


夏流は…、俺の事を最初から好きではなかった。

交際を申し込んだとき、俺は夏流に振られているんだ…。」


初めて知る2人のなれそめを聞きながら俺は、忍がいかに夏流の事を想っていたかを改めて思い知らされた。

自分の心が壊れる程、彼女の事を愛していた…。



考え込み何も答えない俺に、忍は少し躊躇し言葉を続けた。


「…兄貴。


俺は夏流に会うよ…。

そして彼女に告白する!」


真剣な趣で俺に宣言する忍の視線を俺は、一瞬逸らしてしまった。


気持ちがその事に対して抵抗をしたのだろか…?


感情が先走った事に俺は心の中で動揺しながらもすぐに視線を正した。


「…夏流を必ず幸せにするよ。」


「…ああ」


「兄貴。


有り難う…!


今迄、夏流を愛し、守ってくれて…。


本当に有り難う…!」


伝わる言葉に俺は何と言えばいいのだろう…?


言葉が出ない。


祝福すべき事なのに、夏流がやっと幸せな道に進む事になるのに!


なのに俺は今、夏流の身に起き得る現実に戸惑いを隠せなかった…。

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