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静かなる想い  作者: 華南
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静かなる想い その1

静かなる想い その1




「ねえ、忍。

この中から、誰か選ぼうとは…。

思わないわよね。」


ふううと、溜息をつく義母、愛由美の言葉に冷ややかな態度を示す忍。

最近、愛由美だけではなく、祖母弥生や「六家」の女性陣たちが挙ってお見合い写真を忍の目の前に積み上げてくる。

その都度、忍はうんざりした様子を隠す事無く見せる為、いつも愛由美達は深いため息をつくのであった。

忍の心中を知ってもなお行われる事柄に、いい加減忍の忍耐は限界値を超えていた。


「義母さん…。

俺には心に決めた女性がいる事は知っているでしょう…?」


確かめる様に一言一言はっきりを伝える忍の言葉に、愛由美は「ええ」と短く答えた。


「貴方が今でも夏流さんを想っている事は知っているわ。

でもね、忍。

もう十年、貴方は夏流さんと会ってないと聞いてるわ。

彼女に決まった男性がいないとは限らない。

だから…」


愛由美の言葉を遮りテーブルを叩く忍の表情を見て、愛由美は表情は引き攣らせた。

嘗て無い程不機嫌な様子を露にする忍に愛由美は口をつぐんだ。


「だから俺に見合いをしろと?

バカらしい!」


冷たく言葉を言い放ち部屋を出る忍に、残された愛由美は一層深いため息を漏らすのであった…。


端から見ていた朱美は愛由美にやんわりと声をかける。


「ねえ、お母様。

いい加減、しーちゃんに、お見合いを勧めるのは控えられたら?

しーちゃんが今でも夏流ちゃんを想っているのは解っているでしょう。」


「ええ。

今もその事をはっきりと認識したわ。

だけどいい加減、私は忍が落ち着く様子を見たいのよ。

毎日仕事に追われ、この坂下家に帰って来るのも、月に一度あればいい程になっている。

ちゃんと食事をしているのかしら?

身体を休める事が出来てるのか、心配しない親が存在して?」


「お母様」


「今でも本当に思っているの。

まさか、忍が医師になるとは夢にも思っていなかったし、ましてや「成月」の姓を名乗る様になるなんて。」


「…」


「あの目覚めから忍は、自分が歩む道を私達に告げて家を出たわ。

医師になる為に国立の医大に進学したいからと言って、即座に付属校に転校の手続きをして一人暮らしを始めて。

そして大学院を卒業後、そのまま涼司さんが残したマンションに住み、坂下家に帰って来るのは一ヶ月に一回、あるかどうか。

私も寂しいのよ。」


「…お母様」


「医師になって3年、そして来年で忍は30歳になる。

そろそろ身を固めてもいい年齢だわ。

夏流さんの事をいい加減、はっきりとしたカタチで示して欲しいと心の中で願っている。

出来れば結ばれて欲しいと思う。

だけど現実として、忍と彼女の生きてきた世界が余りにもかけ離れていると思うと、結ばれる事がお互いにとって、

果たして幸せと言えるのかしら…。」


「…ねえ、お母様。

しーちゃんの目指す道って、ご存知ですよね。」


「…」


「夏流ちゃんなら大丈夫ですよ。

確かに坂下財閥の次男との結婚は大変な事と思われます。

だけどしーちゃんは何時か故郷に帰って、そこで医師と生きる事を望んでいます。

そんなしーちゃんを支えて一緒に生きて行くには、夏流ちゃんでは無いと駄目。」


「…朱美。」


「もう少ししーちゃんの様子を見守りましょう。

きっと、夏流ちゃんとの結婚を報告する日が来ますから。」


「そうね。」




(全く、最近の義母さんたちは何なんだ…!

俺の気持ちを知りながら、俺に見合いを勧めるとは。

無神経すぎる!)


「忍」


玄関を出ようとした忍に、豪が声をかける。


「ああ、兄貴。」


ぶすっとした忍の表情に豪は思わず苦笑を漏らす。


「また、母さんから見合い話か?」


豪のからかいを含めた口調に忍は思いっきり顔を顰めた。


「…図星か」


「知っていて言うのは止めてくれないか、兄貴。」


忍の言葉に豪は破顔し、言葉を続ける。


「母さんもお前の事が心配なんだよ。

お前の様子を見て見合い話を持って来る、母さん達の心情は手に取る様に解るがね」


豪の言葉に忍は静かに言葉を放つ。


「じゃあ、俺の気持ちも解るだろう、兄貴…」


忍の言葉に暫し時間をおき、返答する。


「…ああ」


「だったら、俺の事は放っておいて欲しい。

俺が生涯、共に歩みたい女性は夏流だけだ。

今も昔も…!」


忍の真摯な想いに、豪は瞳を揺らがせた。


そして囁く様に言葉を紡ぐ。


「そう思うのなら、いい加減、彼女と結婚すればいいだろう。

お前が中途半端な態度を取っているから、母さん達が見合い話を持って来る。」


豪の意外な言葉に目を見開き、見つめる。


「…何だと?」


忍の殺気を含めた声に動じる事無く、豪は淡々と言葉を続けた。


「早く彼女を幸せにしてやれ、忍。

…そうしないと、俺は」


「…兄貴?」


ふっと微笑み、そしてかぶりを振り言葉を停めた。


「いや、何でも無い。」


「…」


玄関先で待っている部下に気付いた豪は、その場を去ろうと歩行を玄関先に向けた。

立ち去る時、忍に軽く声をかける。


「今度、俺のマンションに食事に来い。

美樹も、暁もお前に会いたがっている。」


先程見せた様子と一変して、あくまでも明るく声をかける豪とは裏腹に、忍の表情は硬かった。

返答しない忍に、豪はすっと目を細め微笑みながらその場を去った。

立ち去る豪の姿をじっと見つめながら、忍はある考えに心が奪われていた。


(今、兄貴はなんて言おうとした…?)


まさか、と自分の心に浮かんだ思いに捕われた忍は、その場から立ち去る事が出来なかった…。


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