01-06.生まれ変わった猫
「アズキはどこで生まれ育ったのですか?」
町から出て、近場の森へ向かう道中。スフィアがそんな事を尋ねてきた。
「スフィアまで記憶喪失になったのかにゃ?」
「……アズキこそ。本当に記憶がないのですか?」
どうやら私のことが信じられなくなってしまったらしい。
「悲しいにゃ……」
「あ! いえ! 違うんです!」
何がにゃ。
「アズキがあまりにも理路整然とした信念をお持ちだったので!」
「記憶喪失でもそれはおかしなことじゃないにゃ」
エピソード記憶と意味記憶は別物にゃ。記憶喪失の時に失われるのは、概ねエピソード記憶の方なのにゃ。そして物事の道理とは意味記憶の方に含まれるのにゃ。
「そういうことではなくてですね!」
どういうことにゃ。
「……」
言いづらそう。「いー」って顔してる。
「言え。遠慮するにゃ。私たちの仲にゃ」
「えへ♪ えへへ♪」
そんなに喜ばれるとは。私も罪な女にゃ。
「ごほん。えっとですね。猫耳族……に限らないのですが……」
ああ。だいたいわかったにゃ。むしろ今回は私の方がニブチンだったにゃ。
「暮らしぶりに反して教養がありすぎると言いたいにゃ」
「そうです! そこなんです!」
「ハンバーグなんちゃらは?」
「ハンバーグ? ……まさかローゼンバーグ伯爵令嬢のことですか?」
「それにゃ。元御主人の家は教育とかしにゃいか?」
「……ないでしょうね。まず間違いなく」
なるほどにゃ。
「ならわからんにゃ。その前の主人は良い奴だったんかもしれにゃいな」
あの装備屋の旦那みたいににゃ。
「……いいえ。そんなはずはありませんよ」
「何故そんなことが言い切れるにゃ?」
「このノルド王国がそういう国だからです。少なくとも貴族には存在しません」
「奴隷商かもしれんにゃ」
「そんな奴隷商もいませんよ」
「何故にゃ? 商品価値を上げた方が高値で売れるにゃろ」
「やはりあなたは賢いですね。増々不可解です」
なんだかすっかり疑心暗鬼だ。まさか私のせいにゃ?
「普通の貴族や奴隷商は、奴隷身分の者に必要以上の知識を与えたがらないのです。それが当たり前なのです」
それも、わからん話でもないにゃ。
反乱を恐れるのは当たり前のことにゃ。
……うん? ありゃ?
「そもそも私は本当に奴隷だったのかにゃ?」
私には首輪もついてないにゃ。猫にゃのに。
「……アズキ。あなたはいったいどこから来たのですか?」
知らんて。もう何度もそう言ってるにゃ。
「まるでこの国の……いえ、世界の外から来たかのような」
……おっと。
「一部の知識が不自然に欠落しています。まるで常識そのものが異なる社会で生まれ育ったかのように」
鋭いにゃ。
「あなたは本当にただの記憶喪失なのですか?」
まあいいか。別に隠すことでもないし。
「記憶がないのは本当にゃ」
「そう……ですか……」
そうがっかりするにゃ。話はまだ終わってないにゃ。
「けれど、この世界が私の生まれ育った場所と異なる認識はあるにゃ」
スフィアの表情がぱぁって明るくなった。
「私には前世の記憶……というか知識があるにゃ。前世がどこの誰かだったのかはわからにゃいが、こことは違う世界で生まれ育った認識だけは残っているにゃ」
「異世界転生者ということですね♪」
「なんだ。知ってるのかにゃ」
「この世界では有名な存在ですよ♪」
あらま。
「時折現れるのです♪ 異世界の知識を持った大賢者が♪」
大賢者は言い過ぎにゃ。
「異世界転生者と共に歩む者は、全てを手にすると言われています♪」
「なんだか含みがありそうにゃ」
まるで誇大広告にゃ。誰かが何かしらの目的を持って流した噂話に聞こえるにゃ。
「一説には神がお遣わしになられた救済の使者であるとか」
宗教勧誘の方だったにゃ。
とすると噂を流したのは神か教会のお偉いさんかにゃ? 目的は信者を増やすことかにゃ?
「私が目覚めて最初に見た光景は、スフィアが囲まれていたとこにゃ」
「とういうことは!」
「間違いなくスフィアのために遣わされたのにゃ」
それが真実なら……にゃが。
「ふへ♪ ふへへ♪ ふへへへへ♪」
また気味の悪い笑い方にゃ。
「ああ! なんと素晴らしい!! たった今から入信いたしますわ! 女神様!!」
こいつも大概現金なのにゃ。
いいけどさ。スフィアが喜んでくれるにゃら。
白馬の王子様にはなれないけれど、幸せの青い鳥くらいは務まるにゃ。
確かにスフィアは、持っていないものもあるにゃ。けれどきっと、それ以上に持っているものもたくさんあるのにゃ。
私はこの家出娘に幸せを届けに来たわけじゃない。気付かせに来ただけ。そう割り切ろうじゃにゃいか。
……うんにゃ? 何故私は当然のように受け入れているのにゃ? スフィアのために? ……私のこの気持ちもなんらかの作用が働いた結果なのかにゃ?
……いや。それこそまさかにゃ。きっと考えすぎにゃ。
「話を戻すにゃ」
「どこにですか?」
「私が本当に奴隷なのかという話にゃ。この国……或いはこの世界では、どうやって奴隷を管理するのにゃ?」
首を指しながら問いかける。
「普通は首輪の一つもするもんにゃろ?」
やっぱりロースハンバーグは優しかったのかにゃ? 美味そうにゃ。腹減ったにゃ。森はまだかにゃ。
「……」
何をモジモジしてるにゃ。
「奴隷紋が身体のどこかに存在するはずです」
「なんで顔を赤らめるにゃ」
「アズキの場合は……おそらく……下腹部に……」
ぺろん。
「ちょっ!? な~にやってるんですかぁ!?」
スカートをまくり上げた手を叩き落とされてしまった。
「着込みすぎて見えんのにゃ」
真っ白なタイツしか見えんかったのにゃ。
「やめてください!! こんなところで!!」
「あとで確認するにゃ」
とっても気になるにゃ。
「なんでそんなところにあるにゃ? 奴隷は奴隷って一発でわかるようにしておくもんじゃにゃいのか?」
「……美観を損ねるからです。アズキのように見た目の美しい奴隷の場合は特に。おそらく不可視化の処理も施されているでしょう。魔力を流さない限りは見えないはずです」
「獣人の美しさがわかるのかにゃ?」
「……どう例えたらよいのでしょう。そう。たとえば、高級な絵画や壺なんかと同じなのです」
ああ。美しさや愛らしさもそれはそれで理解もするんだにゃ。けど、しょせん物は物。それ以上でも如何でもにゃい。物によっては人間以上の価値が付くこともあるやもしれん。人間以上に愛されることすらあるのやもしれん。けれどそれでも、大多数の者にとっては単なる道具に過ぎないにゃ。
「だいたいわかったにゃ」
そもそも獣人の時点で奴隷であることもセットなんにゃろ。この国は。
首輪なんてわかりやすいシンボルは必要ないにゃ。だからこそ見た目を気にする文化が養われたってのも皮肉な話だにゃ。お陰でその手の獣人は殴られることも(あんまし)ないんにゃろうし。
なんにせよ、この国を出る私には関係の無い話にゃ。
「……」
「一々気にするにゃ」
「……なんでそんなに」
「そんなことより事実を確認したいにゃ。奴隷紋とやらにはどんな仕掛けがあるにゃ? 主人に逆らったら身体の自由を奪われるのかにゃ? それとも爆発? 権利をスフィアに移すことは出来るのかにゃ?」
「……本当に冷静ですね」
正直他人事なのにゃ。この身体の元の持ち主がどんな気持ちで生きていたかにゃんて、余裕ができてから考えるべきことにゃ。今の私たちは逃亡中の身にゃ。いざという時、下手なことを知ったせいで判断が鈍ったら困るのにゃ。
なんてことは、言われずともわかっているにゃろ。スフィアなら。
「主に近づかれない限りは問題ありません。特定の敷地と結びつけられている場合もありますが、その点についてもローゼンバーグ伯爵家の屋敷に近づかない限りは心配無用です」
「解呪は出来ないのかにゃ?」
「……方法はなくもないです」
「闇市に潜む違法な奴隷商に大金でも積むのかにゃ?」
「……正解です」
ドン引きされちゃったにゃ。
「今の手持ちでは到底足りません。南に向かう前……隣国に渡ってから稼ぎましょう」
どのみち旅の資金も必要だもんにゃ。
「所有者の書き換えだけなら多少は安くならんのかにゃ?」
「怒りますよ」
「気にしすぎだって言ってるにゃろ。むしろ私としては願ったり叶ったりにゃ。スフィアがずっと側に居てくれる証になるにゃ♪」
「そんなものがなければ信じられないのですか?」
マジギレにゃ。当たり前ニャ。地雷とわかっていて踏みにじったのだから。
「だから信じられないにゃ。そのうち私のためとか言ってふらっと居なくなってしまいそうなのにゃ」
どっちが猫なんだかわからないにゃ。
「なら私が奴隷になります」
「それでもいいのにゃ♪」
私は別にどっちだっていいのにゃ。ただ切っても離せない繋がりが欲しいだけなのにゃ。猫は気まぐれにゃけど、独占欲も強いのにゃ。
ただ、そんなのスフィア本人にとっては本末転倒以外のなにものでもないだろうけれど。
「私は俗物にゃ。スフィアの望みには応えられないにゃ。それでも……これはもう言ったにゃ」
「変なところで止めないでください!」
しゃあないにゃぁ~。欲しがりさんめ♪
「私はスフィアを愛したいのにゃ。自分だけのものにしてしまいたいのにゃ。うんにゃ。スフィアはもう私のものにゃ。だから名前を書いておきたいのにゃ。これは私のって皆に自慢したいのにゃ。スフィアが私にそうしてくれたら嬉しくなるのにゃ」
「……ぐふ」
ぐねぐねして気持ち悪いやつにゃ。
「サービスはここまでにゃ」
「え~♪ もっと言ってくださいよ~♪」
やっぱり現金なやつにゃ。自分の望みとは違うとわかっているだろうに。
「美味しい飯を食わせてくれたらいくらでも言ってやるにゃ」
「アズキが振る舞ってくれるという話では?」
「そうだったにゃ。急ぐにゃ! お腹と背中がくっつくにゃ!」
「今朝あれだけ食べたのに? どういう身体してるんですか?」
「知らんにゃ! もう質問大会はお終いにゃ!」
「ふふ♪ もう♪ 仕方ないですね♪」




