第2話 時の顆粒 2−2
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翌朝、健太は早く目が覚めた。
時刻は午前5時。まだ家族は寝ている。健太は静かにベッドを出て、リビングに向かった。
テーブルの上には、教科書とプリントが置いてあった。プリントを覗くとそれは練習問題で、ほとんどの問題が解かれていたが、一部問題が解かれていないものもあった。
昨日のこと、ひまりは「パパ、帰ったら宿題手伝って」と言っていた。でも、健太が帰宅したときには、ひまりはもう寝ていた。娘の勉強すら見てやれない。
今日こそは早く帰宅して、ひまりの勉強を見てやりたい。
健太は鞄から箱を取り出した。「時の顆粒」。一袋を取り出し、水で服用した。
無味無臭。でも、飲み込んだ瞬間、不思議な感覚が体を包んだ。
周囲の音が消えた。
時計の秒針が止まっている。窓の外の木々も、風に揺れるのを止めた。全てが、静止していた。
でも、健太だけは動ける。
これが、「時の顆粒」の効果か。
健太は急いで会社から配布されたノートパソコンを起動させて、黙々と溜まっている作業を処理していった。1時間だけでも先に仕事を進めておけば、今日こそ娘が起きている時間に帰ることができる。
あっという間だった。気づけば、2時間はかかると思っていたコードの記述が終わっていた。
ひとりだけの時間がこれほど快適に仕事を進められるとは、これなら今日は早く帰れるだろう。
およそ1時間経つと周囲の音が戻った。時計の秒針が再び動き出した。
居間の時計を確認すると午前5時。時の顆粒を飲んでから時間が経過していなかった。
今宵薬局のジョークだと思っていた時の顆粒は本当に自分だけの時間を与えてくれていたのだ。
午前7時、ひまりが起きてきた。
「おはよう、パパ」
「おはよう、ひまり」
「ひまり、昨日はごめんな宿題を見てやれなくて。でも今日は早く帰って宿題一緒に頑張ろう。」
「いいよ、パパ忙しいんでしょ。わたし勉強はひとりで頑張るよ」
ひまりの健気な言葉が健太の胸が締め付けられた。
今日こそは早く帰らなねば、そう堅く誓うのであった。
その日の午後、順調だと思っていた仕事は座礁しかかっていた。クライアントから仕様変更を言い渡されたからだ。それを反映させようとすれば、また終電ギリギリまで仕事しなければならない。
仕方ない。
健太はトイレの個室に入り、「時の顆粒」を一袋服用した。
周囲の音が消えた。オフィスの全てが静止した。
健太は自分のデスクに戻り、コードを書き続けた。誰にも邪魔されない、完璧な集中時間。一時間後、コードは完成していた。
周囲の音が戻った。
クライアントからの要求に答え、健太は珍しく午後7時には会社を出ることが出来た。
帰宅後、ひまりの宿題のサポートを行なった。
ひまりは勉強ができる方なので、健太がいなくても宿題を進めることはできる。間違えも少ない。しかし、子供としては親に宿題を見てもらえるというのは嬉しいのだろう。
1問1問、ニコニコしたりしかめっ面になったりするひまりの顔を見ると、今日2時間頑張った甲斐があったと思うのであった。これも時の顆粒のおかげである。
時の顆粒さえあれば、仕事も家族も、両立できる。




