第2話 時の顆粒 2−1
さて、本日から第2話がスタートです。
この話も連日投稿していくつもりです。
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黄昏れ時、シャッター街と化した商店街に一店舗だけ営業している店があった。
その店の店名は今宵薬局と書かれている。
店名が書かれた看板は古いが、店内はありふれた薬局の様子での薬が所狭しと並べられている。ただ、その薬は一般的に流通している市販品とは違う印象がある。
そしてカウンターの向こうに男がひとり座ってなにやら水晶球をじっと眺めている。
男は20代後半で顔は整っている。しかし、よく見ると化粧で誤魔化されているが口の周囲にうっすらと縫合の傷跡がある。その男はこちらに気づくと、にこやかな顔になった。
「やあこんにちわ、いや、もうこんばんわかな、今宵薬局へようこそ。私はここの店主の「 」です。ここに訪れるお客様は、みんな悩みを抱えた方ばかり、今回のお客様は時間に振り回されている方です。さて、この方にはどのような処方箋をお渡しすればよいでしょうか。」
1.
6月の夕暮れ。梅雨の晴れ間が広がる空は、オレンジ色に染まっていた。
小学校の体育館では、三年生の学習発表会が行われている。保護者たちがパイプ椅子に座り、ステージを見つめていた。
でも、その中に佐々木健太の姿はなかった。
健太は今、都心のオフィスビルで、クライアントとの打ち合わせに追われていた。35歳。中堅のIT企業でシステムエンジニアとして働いている。妻の美香と、8歳になる娘のひまりとの3人暮らし。
「佐々木さん、この仕様変更、本当に来週までにできますか?」
クライアントの担当者が、厳しい目で問いかけてくる。健太は資料を見ながら、額の汗を拭った。
「はい、全力で対応します」
できるかどうか、正直わからなかった。でも、断れなかった。このプロジェクトは、健太がリーダーを務める重要案件だ。失敗は許されない。
打ち合わせが終わったのは、午後7時を過ぎていた。健太はスマートフォンを取り出し、妻からのメッセージを確認した。
「発表会、ひまりちゃん頑張ってたよ。でも、やっぱりパパがいなくて寂しそうだった」
胸が締め付けられた。
今朝、家を出るとき、ひまりは玄関まで健太を見送ってくれた。
「パパ、今日来てくれるよね? 私、群読で大事な役なんだよ」
ひまりの瞳は、期待で輝いていた。健太は娘の頭を撫でた。
「ごめんな、ひまり。パパ、今日どうしても外せない仕事があって」
ひまりの笑顔が消えた。
「また……?」
「本当にごめん。次は絶対行くから」
ひまりは何も言わず、俯いた。その小さな背中を見て、健太の胸は痛んだ。
でも、仕事を休むわけにはいかなかった。
健太は会社に出勤、深夜までコードを書き続けた。チームのメンバーも残業していたが、リーダーの自分が帰るわけにはいかない。
オフィスを出たのは午後11時。終電に間に合うギリギリの時間だった。
最近はこれが常態化している。
駅に向かう道を歩きながら、健太はため息をついた。
もっと時間があれば。もっと1日が長ければ。
仕事も家族も、どちらも大切だ。でも、両立できない。どちらかを選ばなければならない。そして、いつも仕事を選んでしまう。
ひまりの寂しそうな顔が、脳裏に浮かんだ。
何とか両立できないものだろうか。
ふと、いつもと違う路地に出ていることに気づいた。
見知らぬ商店街。シャッターが下りた店舗が並んでいる。この時間だから、どこも閉まっているのは、当たり前のことだ。
でも、一軒だけ、明かりが灯っている店があった。
薬局だった。
「今宵薬局」
商店街にあるどこにでもあるだろう薬局の佇まい。ガラス戸の向こうには、柔らかな光が漏れている。
こんな時間に開いている薬局があるのか。健太は不思議に思いながらも、足を止めた。
最近、疲れが取れない。睡眠不足で頭痛もする。何かよいサプリメントでも買おうか。
ガラス戸を開けると、カラン、カラン、と鈴が鳴った。
「いらっしゃいませ」
穏やかな声。店の奥から、一人の人物が現れた。
年ごろは20代後半だろうか、中性的な顔立ち。眼鏡をかけ、黒髪を後ろで結び白衣を着ている。
「ようこそ、今宵薬局へ」
その人物——店主は、微笑んだ。
そして、健太をじっと眺めてる。
「お疲れのようですね」
「ええ、まあ……このところ残業続きでして、何か良い栄養ドリンクかサプリメントはありますか?」
「そうですねぇ。」
今宵は棚からサプリメントを取り出そうとして、手を止めた。健太に振り返ると、健太をじっと見つめた。
「いえ、違いますね」
「え?」
「あなたが本当に必要としているのは、栄養ドリンクでもサプリメントでもありません」
健太は戸惑った。何を言っているんだろう、この店主は。
「あなたは、時間を必要としている」
今宵の言葉が、胸に響いた。
「時間……」
「ええ。仕事に追われ、家族との時間が取れない。もっと時間があれば、全てうまくいくのに、と思っていませんか?」
健太は息を呑んだ。その通りだったからだ。
「な、なぜ分かるんですか」
健太は店主を訝しんだ。
その様子を見た店主は苦笑しながらこう答えた。
「こんな夜更けに薬局に来て、栄養ドリンクを求めるのだから、簡単な推理だよ。ワトソン君」
店主は少し口調を変えてイギリスの有名探偵の真似をした。
この店主は見た目より人を食った性格のようだ。
「まあ、それはともかく。少し、お待ちください」
店主は店の奥に消えた。健太は店内を見回した。棚には見かけない薬の小箱が並んでいる。「声ののど飴」とかここではじめて見る薬品名だ。この薬局はマイナーな薬を販売しているのだろうか。
店主が戻ってきた。手には、小さな箱があった。
「これを」
カウンターに置かれた箱。蓋には、流れるような文字で「時の顆粒」と書かれていた。
「時の顆粒……?」
「ええ。この中には、顆粒が入っています」
店主は小箱を健太に見せる。
「これは時の顆粒といいます。時間が必要となったときにひと袋服用してください。そうすれば、1時間あなただけの時間が与えられます」
「わたしの時間……?」
「正確には、周囲の時間が一定時間止まります。それはあなたが必要とすることが終わるまで。その間に、やりたいことをしてください」
健太は店主にからかわれているのだと思った。いくら私が時間を必要としているとはいえ、冗談がきつい。
「店主さん、わたしをからかっていますか。自分だけ動ける時間とか漫画の話、ビデオでも時が止まるのは9割やらせですよ。しかも顆粒を飲めばとか、ありえませんって。」
健太はユーモアを混ぜて、店主をやんわり非難してみた。
それに対して店主はそのような反応に慣れているのか落ち着いて答える。
「まあまあ、お試しになればわかりますよ。それにお代はいただきません。」
店主は穏やかに微笑んだ。
「そ、それなら……」
健太はだまされた感はあるが、金銭を要求されている訳でもないし、まあ良いか、と自分の中で納得したことにした。
「ただし」
店主の表情が、わずかに真剣になった。
「この薬はあなたに少しだけ時間を与えるものに過ぎません。いえむしろ、あなたに選択の機会の機会を与えるものなのです。その与えられた時間を何に費やすか考えてお使いください」
店主は箱を健太に手渡した。
「どうぞ、お大事に。そして、お気をつけて」
健太は薬の小箱を鞄にしまい、店を出た。振り返ると、薬局の明かりは優しく灯っていた。
あの店主に悪意のようなものは感じられなかった。むしろ自分のためにこの薬を選んでくれたのだろう。しかし、時間を作り出す薬とかにわかに信じられるものではない。やはり揶揄われている感が否めない。
健太はきつねに騙された心境で帰宅につくのであった。




