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今宵薬局  作者: 蟷螂
4/7

第1話 声ののど飴 1-4


6

翌朝、美咲は飴なしで出社した。


胸には、不安があった。また、あの沈黙に戻ってしまうのではないか。でも、もう逃げない。


午前中、山田が恐る恐る美咲のデスクに来た。


「あの、田村先輩……」


「山田君、どうしたの?」


美咲は笑顔で応えた。山田は少し驚いた顔をした。


「この前の企画書、直してきたんですけど、また見てもらえますか?」


「もちろん」


美咲は企画書を受け取り、目を通した。前回よりずっと良くなっている。


「山田君、すごく良くなったね」


美咲は心から言った。


「前回指摘した部分、全部改善されてる。データの裏付けもしっかりしてるし、論理展開もわかりやすい」


山田の顔がパッと明るくなった。


「本当ですか!」


「うん。ただ、一つだけ」


美咲は一呼吸置いた。言い方を考える。


「この部分、もう少し具体例があると、もっと説得力が出ると思うんだ。たとえば、こういう事例を入れてみたらどうかな?」


美咲は優しく提案した。批判ではなく、提案として。


「なるほど! そういうことか。ありがとうございます、先輩!」


山田は嬉しそうに戻っていった。


美咲は気づいた。飴がなくても、声は出せる。そして、相手を思いやった言葉の方が、ずっと伝わるのだと。もう彼女ののど元に門番はいなかった。


昼休み、美咲は勇気を出して麻衣に声をかけた。


「麻衣、ちょっといい?」


麻衣は少し戸惑った顔をしたが、頷いた。二人は社員食堂の隅のテーブルに座った。


「麻衣、この前のこと、本当にごめん」


美咲は頭を下げた。


「ネックレスのこと、あんな言い方しなくてもよかった。せっかく嬉しそうに見せてくれたのに、私、傷つけること言って」


麻衣は驚いた顔で美咲を見た。


「いいよ、もう気にしてないから」


「いや、気にしてたよね。私、最近ちょっとおかしかった。言いたいことようやく言えるようになったのは良かったけど、言い方を全然考えてなくて」


麻衣は少し考えてから、小さく笑った。


「うん、ちょっと傷ついた。でも、美咲が謝ってくれたから、もう良いよ」


「本当にごめん。あのネックレス、実は可愛いと思ってたんだ。麻衣らしくて」


「ありがとう」


麻衣は笑顔になった。


「美咲、なんか元に戻ったね。優しい美咲に」


二人は笑い合った。胸の奥が、温かくなった。


夕方、美咲は拓也に電話した。


呼び出し音が三回鳴って、拓也が出た。


「もしもし」


「拓也、私」


沈黙。でも、拓也は電話を切らなかった。


「この前は本当にごめん。拓也が悩んでるって言ってるのに、私は責めるばかりで。全然、寄り添えてなかった」


美咲の声は震えていた。辛く当たられたら、たとえそうでも耐えて話を聞いてもらおう。


「私、最近ちょっとおかしかったの。言いたいこと言えるようになったのは良かったんだけど、大事なものまで傷つけてた」


拓也は黙って聞いていた。


「拓也のこと、優柔不断だとか言ったけど、それは拓也の優しさなんだよね。人の気持ちを考えて、慎重に決めようとする。それって、素敵なことなのに」


涙が溢れそうになった。


「もう一度、やり直せないかな。今度は、ちゃんと拓也の話を聞くから」


沈黙の後、拓也が小さく笑った。


「美咲、泣いてる?」


「泣いて、ない」


「嘘だ。声で分かる」


拓也の声は、いつもの優しさに戻っていた。


「俺も、言いすぎたかなって思ってたんだ。美咲が変わろうとしてるの、分かってたから」


「拓也……」


「でも、今の美咲の方がいい。本音も言えて、でも優しさも忘れない美咲」


美咲は涙を拭いた。


「ありがとう」


「週末、また会おう。今度はちゃんと、俺の話も聞いてね」


「うん、約束する」


電話を切った後、美咲は窓の外を見た。夕焼けが、オフィスビルを染めている。


声を出すことは、まだ少し怖い。でも、飴がなくても、自分の言葉で話せる。そして、相手のことを考えながら、丁寧に伝えられる。


それが、本当の「勇気」なのだと、美咲は気づいた。

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