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今宵薬局  作者: 蟷螂
2/6

第1話 声ののど飴 1−2

3


美咲はそれからここぞという時に「声ののど飴」を使った。


それから会議の前、プレゼンの前、打ち合わせの前。一粒舐めるだけで、言葉が自然と出てくる。美咲の提案は採用されることが多くなった。


一週間後、木村部長から呼ばれた。


「田村、最近すごく積極的だな。この調子で行けば、次の昇進候補に推薦できるかもしれん」


「本当ですか!」


美咲は喜んだ。入社三年目で昇進。それは、美咲の夢だった。


「ああ。期待してるぞ」


美咲は自信に満ちていた。「声ののど飴」があれば、何でも言える。怖いものはない。


でも、少しずつ、何かが変わり始めていた。


ある日の昼休み、社員食堂で麻衣と二人で食事をしていた。麻衣が新しく買ったネックレスを見せてくれた。


「ねえ美咲、これどう? 週末に買ったんだけど、可愛いでしょ?」


シルバーのチェーンに、小さなハートのペンダント。決して高価ではないが、麻衣らしい可愛らしいデザインだった。


いつもの美咲であれば「麻衣に似合っているね。」と無難な返答をしていただろう。しかし、彼女は声ののど飴を飲んでいないのに、本音を言ってしまった。


「うーん、ちょっと安っぽくない? 麻衣の年齢なら、もっと上質なアクセサリーを選んだ方がいいと思うけど」


言ってから、美咲はしまった、と思ったがもう遅かった、出した言葉は戻せない。


麻衣の笑顔が消えた。


「……そっか。まあ、確かに安かったけど」


麻衣は寂しそうにネックレスをしまった。その後の会話は、なんとなくぎこちなかった。


美咲は少し後悔した。でも、友達なんだから、正直に言った方がいい。そう、自分に言い聞かせた。


翌日、営業部の後輩、山田健太が企画書を持ってきた。新人で、まだ仕事に慣れていない。


「田村先輩、この企画書、見ていただけますか? アドバイスが欲しくて」


美咲は企画書を受け取り、ざっと目を通した。そして、率直に言った。


「山田君、これ全然ダメだよ。構成も論理展開も甘いし、データの裏付けもない。こんなの、クライアントに出せるレベルじゃない。もう一度全部作り直した方がいい」


指摘は的確だったが歯にもの着せぬ言いように、山田の顔が真っ赤になった。


「……わかりました」


山田は俯いて、企画書を持ち帰った。


美咲は、自分が正しいことを言っていると思っていた。実際、指摘は的確だったはずだ。でも、山田の落ち込んだ背中を見て、胸がチクリと痛んだ。


もっと優しく言えばよかったのだろうか。でも、本音を言うことが大事なんじゃないのか。


美咲の中で、何かが揺れ始めていた。


その週末、美咲は恋人の拓也と久しぶりにデートをした。


拓也は美咲と同い年。IT企業でエンジニアをしている、穏やかな性格の男性だ。付き合って2年になる。


カフェでコーヒーを飲みながら、拓也が言った。


「最近、会社でちょっと悩んでてさ」


「何?」


「新しいプロジェクトのリーダーに指名されたんだけど、メンバーとうまくいってなくて。どう対応すればいいか、わからないんだよね」


拓也は困った顔で、状況を説明した。チームの中に、指示を聞かないベテランがいる。どう接すればいいか悩んでいる、と。


いつもなら、美咲は「大変だね」と共感して、「きっと大丈夫だよ」と励ますところだ。


でも、ここでも本音が出てしまう。


「正直に言うと、拓也の対応が甘いんじゃない?」


美咲は言った。


「リーダーなら、はっきり指示すべきでしょ。ベテランだろうと何だろうと、プロジェクトの方針に従わせないと。拓也、いつも優柔不断だし、人の顔色ばかり伺ってるから、舐められるんだよ」


拓也の表情が固まった。


「……そう思ってたんだ」


「うん。前から思ってた。もっとリーダーシップを持たないと、いつまで経っても成長しないよ」


拓也は黙ってコーヒーを飲んだ。その後の会話は弾まなかった。


帰り際、拓也が小さく言った。


「美咲、最近なんか変わったね」


「え?」


「前はもっと、優しかったのに。なんか、言い方がキツくなった気がする」


美咲は反論しかけた。でも、拓也はそれ以上何も言わず、手を振って去っていった。


一人になって、美咲は立ち尽くした。


変わった? 私が?


でも、本音を言っているだけだ。それの、何が悪いのだろう。



間話


美咲が立ち尽くしている様子を水晶から眺める今宵薬局の「 」。


「言いたいことが言えるようになり、主張が通るようになった。それは良いことですが、枷が外れたことで周囲との距離間がわからなくなって来たようですね。このままではいけない、と彼女自身が気づいてくれれば良いのですが……」


「 」は様子をただ眺めるだけであった。

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