第2話 時の顆粒 2−5
6
3ヶ月後。
健太は仕事と家族、そして自分のバランスを取りながら、充実した日々を送っていた。
ある金曜日の夜、会社の同僚が言った。
「佐々木さん、最近体調よい感じですね」
「そう?」
「ええ。前は疲れ切ってて心配してたんですけど、今は生き生きしてる」
健太は笑った。
「無理するのをやめたんだ。できることとできないことを、ちゃんと分けるようにした」
木村部長には渋い顔されたが、無理なものは無理だと言うのも会社のためでもある。
「それ、大事ですよね。僕も見習います」
健太は早めに会社を出た。今日は「家族の日」だ。
家に帰ると、ひまりが玄関で待っていた。
「パパ、おかえり!」
「ただいま、ひまり」
ひまりは嬉しそうに健太に抱きついた。
「今日ね、学校でね、算数のテストで100点取ったの!」
「すごいじゃないか!」
健太は娘を持ち上げて、くるりと回した。ひまりは笑い声を上げた。
美香がリビングから出てきた。
「お帰りなさい。今日は早かったわね」
「ああ。今日はひまりと約束してたから」
「約束?」
「うん。一緒に夕飯作るって」
ひまりが嬉しそうに言った。
「カレーライス作るの! 私、野菜切るの手伝う!」
三人でキッチンに立った。ひまりは小さなエプロンをつけて、真剣な顔で野菜を切っている。美香は隣で見守り、健太は鍋でルーを作った。
「パパ、見て! 上手に切れた!」
「本当だ。ひまり、料理上手だな」
ひまりは得意そうに笑った。
夕飯を食べながら、3人で今日あったことを話した。ひまりの学校の話、美香の友達の話、健太の仕事の話。
何でもない、日常の会話。でも、それがとても温かかった。
食後、健太はひまりと一緒に宿題をした。今度は、ひまりが自分で解く。健太はただ隣で見守るだけ。
「パパ、これで合ってる?」
「うん、完璧だよ」
ひまりは嬉しそうに次の問題に取り組んだ。
宿題が終わった後、健太はひまりを寝かしつけた。ベッドで絵本を読んであげる。
「パパ、毎日こうしてくれたらいいのに」
「毎日は難しいけど、週に何回かはできるよ」
「約束?」
「約束」
ひまりは満足そうに目を閉じた。すぐに寝息が聞こえてきた。
健太は娘の寝顔を見つめた。
時間は限られている。でも、この時間は、何にも代えがたい。
健太は静かに部屋を出た。
7
その夜、健太は久しぶりにあの路地を通りかかった。
「今宵薬局」を探したが、その通りには薬局はなかった。古びた建物が並んでいるだけ。シャッターは全て閉まっていて、看板も見当たらない。
健太は少し寂しく思った。もう一度、店主に会いたかった。お礼を言いたかった。
でも、薬局は消えていた。
もしかしたら幻を見ていたのかもしれない。
もしかしたらあれは神様だったのかもしれない。
もしそうなら人をくった神様だろう。
健太は微笑んだ。
もう、薬局は必要ない。時間は、自分で作るものじゃなく、選び取るものだ。
健太は前を向いて、家へと歩いていった。
夜風が、優しく背中を押してくれる気がした。
心の中で、小さく呟く。
「ありがとう、店主さん。僕、やっと気づけました」
遠くで、鈴の音が聞こえた気がした。
今宵薬局。
店の奥で、今宵は水晶球を眺めていた。
球の中には、健太の家族の姿が映っている。笑顔で過ごす三人。
「中盤はハラハラさせられましたが、取り返しのつかないことになる前に気づいてもらってよかったです」
今宵は微笑んだ。
「このおしごとはやめられそうにありませんね」
今宵は水晶球を布で覆い、静かに店の明かりを消した。
また、誰かが困りごとを抱えて、この店を見つけるまで。
「 」は、静かに待ち続ける。
第2章 時の顆粒 -了-
これで第2話 時の顆粒 の話は終わりです。次の第3話はちょっとセンチな話となります。




