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今宵薬局  作者: 蟷螂
1/3

第1話 声ののど飴 1−1

久しぶりの投稿です。もっとも連載小説は初の試みです。


帰宅時に見かけたぽつんとあった薬局を見て、この薬局でブラックユーモアを抜いた笑ゥせぇるすまん的展開が起きたら面白いのではないかと書いてみました。書いてみましたが、これ銭天堂ですね。展開としてはありきたり感がありますが、内容はそう悪く無いと思い投稿してみます。

0


黄昏れ時、シャッター街と化した商店街に一店舗だけ営業している店があった。

その店の店名は今宵薬局と書かれている。


店名が書かれた看板は古いが、店内はありふれた薬局の様子での薬が所狭しと並べられている。ただ、その薬は一般的に流通している市販品とは違う印象がある。

そしてカウンターの向こうに男がひとり座ってなにやら水晶球をじっと眺めている。


男は20代後半で顔は整っている。しかし、よく見ると化粧で誤魔化されているが口の周囲にうっすらと縫合の傷跡がある。その男はこちらに気づくとにこやかな顔になった。


「やあ、こんにちわ、いやこんばんわかな、今宵薬局へようこそ。私はここの店主の「 」です。ここに訪れるお客様は、みんな心に悩みを抱えた方ばかり。私はその方に合った処方箋をお渡ししているのですよ。いや、お代は結構、私はその方の行く末を見たい、それだけなんです。」


そのように答えると、再び水晶玉を眺めながら呟く。

その水晶球には「 」から薬をもらったさまざまな人のエピソードが映っている。


「さあ、今回のお客様はどのような悩みを抱えているのでしょうか。」


その水晶には一人の若い女性が映っていた。時間外となったオフィスでひとりノートパソコンと向き合いプレゼン資料を作っているのだった。


1


定時を二時間過ぎた夜のオフィスで、田村美咲はひとりノートパソコンをぼんやりと眺めながら、今日の会議のことが、頭の中でぐるぐる回っていて、整理がつかない状態であった。


パソコンの画面に映る彼女の顔は疲れ切っていた。


「……また、言えなかった」


小さく呟いた声は、静まり返ったオフィスに吸い込まれていく。


今日の午後、企画会議があった。新商品のプロモーション案を検討する会議で、田村美咲は三日かけて資料を作り、念入りに準備をしていた。人気ショート動画SNSを活用した若年層へのアプローチ案。データも集め、成功事例も調べた。自信はあった。


けれど、会議が始まると、いつものように声が出なかった。


佐伯課長が「他に意見は?」と問いかけたとき、美咲の心臓は激しく跳ねた。手元の資料を握りしめ、口を開こうとした。でも、その前に先輩の高橋さんが「私からよろしいですか」と手を挙げ、美咲の案とは真逆の、従来型のアプローチを提案した。


その瞬間、美咲の喉は固く閉ざされた。


高橋さんの提案は無難だった。新しさはないけれど、失敗もしない。会議室の空気は、その案に傾いていった。美咲は資料を見つめながら、心の中で何度も「違う、もっと良い方法がある」と叫んでいた。でも、声にはならなかった。


結局、高橋さんの案が採用された。美咲は「賛成です」と小さく頷くことしかできなかった。


会議が終わり、席に戻ると、同期の麻衣がそっと声をかけてきた。


「美咲、今日も何か言いたそうな顔してたよね。せっかく準備してたのに」


麻衣は悪気なく言った。美咲は曖昧に笑って、「大丈夫、高橋さんの案も良いと思うから」と答えた。


「でもさ、美咲の意見も聞いてみたかったな。いつも色々考えてるの、知ってるから」


その言葉に内心イラッとさせられた。

そして麻衣の気遣いに対してイラッとした自分にさらに落ち込むのだった。


美咲は昔からそうだった。小学生の頃、クラスで決めごとをするとき。中学の部活で、明らかに間違った方針が決まりそうなとき。高校の文化祭で、もっと良いアイデアがあったとき。大学のゼミで、議論が的外れな方向に進んでいるとき。


心の中の自分はいつも饒舌なのだ。理路整然と説明し、相手を納得させる。頭の中のリハーサルは完璧だ。頭の中では…


でも現実では、その言葉は喉の奥で固まって、決して外に出てこない。


喉元にいる門番が「それ、言って良いのか」と問うのだ。


すると、ほぼ間違いなく言いたいことを取り下げる。もし、言って否定されたらどうしようか、反論はどう答えたら良いのか、場を乱したらどうしようか、そんなことが頭に出てしまう。


だから、黙ってしまう。


いつもそうなのだけれど、今夜はその後悔がいつもより重く胸にのしかかっていた。


ため息しか出ない。


2


美咲は荷物をまとめ、オフィスを後にした。


エレベーターを降りて一階のロビーに出ると、警備員が「お疲れ様です」と声をかけてくれた。美咲は小さく会釈して、ビルの外に出た。


10月の夜風が頬を撫でた。少し冷たい。美咲はコートの襟を立てて、駅に向かって歩き始めた。


いつもの帰り道。街灯に照らされた歩道。多くに店のシャッターはもう閉まっている。この時間帯でも開いているのはコンビニくらいだ。そんな見慣れた風景が続く。


ふと路地で脚を止まった。


いつも通り過ぎていく路地に商店街がある。今はシャッター街と化していて、普段は誰も通らない寂しい通り。路地の入口には、古びた街灯が一つ。その先は薄暗く、奥まで見通せない。でも今夜の美咲は、なぜか引き寄せられるように、その路地に足を踏み入れていた。


両側には古い建物が並んでいる。ほとんどがシャッターを下ろしていた。かつては賑やかな商店街だったのだろう。今は人通りもなく、ひっそりとしている。


美咲は路地を進んだ。自分でも理由はわからない。ただ、何かがこの先にある気がした。


そして、見つけた。


シャッター街の中ほど、他の店舗が全て閉まっている中で、一軒だけ明かりが灯っている店があった。


薬局だった。店名は「今宵薬局」と書いている。

そういえば最近喉元が詰まる感じがする。ストレスのせいだろうが、何か良い薬はないだろうか。


美咲は店内に入る。店内はありふれた薬局の様子ではあるが、一通りの薬が所狭しと並べられている。しかし、その薬は美咲には見覚えのない名称の薬ばかりだった。マイナーブランドの薬を扱っているのだろうか。

カウンターの向こうを見ると男がひとり座っていた。


男は20代後半、整った顔をしている。眼鏡をかけ、黒髪を後ろで束ねていた。彼は水晶のようなものを眺めていたが、美咲の入店に気付くとにこやかな顔で挨拶をした。


「いらっしゃいませ、今宵薬局へようこそ。今日はどのようなものをお求めですか」


美咲は答える。


「……そうですね。なんかしゃべろうとするとのどがつっかえるんです。のど元に門番でもいるような。って、何言っているんだろわたし。」


美咲は自分が何を言っているか気付いて、恥ずかしくなった。ここは薬局である.心療内科ではない。


店主は美咲の言葉に否定も肯定もせず、ただ聞いている。


「なんかすいません、ちょっと今日仕事で凹んでまして…」


「いえ、そのまま続けてください。」


「声が、出ないんです。心の中では言いたいことがたくさんあるのに、いざという時、何も言えなくて」


美咲の目に少し涙が滲んだ。


その様子を見ていた店主は、カウンターの下から小箱を取り出し、美咲に手渡す。


「これを」


小箱には「声ののど飴」と記載されている。


「声ののど飴、と言います。」


店主は美咲の顔を見て声ののど飴の説明をする。


「喉元がふさがる感じがしたらひと粒服用してください、のど元の門番が引っ込んであなたの気持ちを、その場で言えるようになります。」


「本当に……ですか?」


「ええ。ただし」


店主の表情が、少しだけ真剣になった。


「この薬は、あなたののど元の門番が邪魔することなくすっと気持ちが出てきます。しかし、どんな言葉を選ぶか、誰に何を伝えるかは、あなた次第。使い方は、すべてあなた次第です。」


美咲は小箱を手に取った。小箱には三角のドロップ飴が描かれていた。どっかで見た気がするが思い出せない。

美咲は声ののど飴を手にしながら、店主に質問をする。


「ところでお幾らでしょうか……」


「お代は結構ですよ、それは試供品なので」


試供品、という割には内容量が大きい。


「えっと、これ試供品なのですか?」


「ええ、ですからお金をもらうわけにはいきません。」


会計はなかった。美は小箱を受け取ると、店主は静かに微笑んだ。


「どうぞ、お大事に」


美咲は小箱を鞄にしまい、店を出た。振り返ると、薬局の明かりは相変わらず優しく灯っていた。


「いいのかなぁ、こんなもの貰っちゃって。」


そうつぶやくと美咲は夜の道を駅へと歩いていった。夜の街に、蛍光灯のような白い光だけがぽつんと灯っていた。



翌朝、オフィスの蛍光灯が目にしみた。


週例会議、プロジェクトの進行について意見を述べる時間。

美咲は会議の前に声ののど飴をひと粒服用していた。

そして会議はいつものように始まる。

しかしいつもと違っていたのは、美咲が会議の場で発言をしていたことだった。


今までなら美咲ののど元の門番が言いたいことを通せんぼしてしまうのだが、

その門番は今日に限って何もしてこない。


すっと言葉が出た。

自信なさ気な言葉はなく、するすると言葉が紡がれていく。


「今の戦略案ですが、正直に申し上げると、ターゲット設定が曖昧だと思います」


佐伯課長が顔を上げる。

そして美咲は佐伯課長の顔を、そして周囲の者たちを見渡しながら話を続ける。

一通り話し終えると、佐伯課長がひと言言った。


「……なるほど、いい視点だ」


その一言で、のど元にいた門番がいなくなった。


「私が提案したいのは、SNSを活用したインフルエンサーマーケティングです。とTikTokで、実際に商品を使っている様子を投稿してもらう。ターゲット層は、これらのプラットフォームを毎日チェックしています」


「具体的には、フォロワー数十万人規模のインフルエンサーを十人起用します。彼・彼女たちに二週間、商品を使ってもらい、日常的な投稿をしてもらう。広告感を出さず、自然な形で商品を紹介することで、信頼性が高まります」


それから美咲は自分の考えを主張し、質疑さえ自信を持って返答していた。

隣の席の同僚が、目を丸くしてこちらを見ていた。


会議室が静まり返った。でも、それは拒絶の静けさではなく、聞き入る静けさだった。


会議に参加していた三島企画部長が、ゆっくりと頷いた。


「これ、いいんじゃないか。この路線で進めてみたまえ。」


美咲は深呼吸した。やった。ちゃんと、自分の意見が言えた。


会議が終わり、佐伯課長が美咲の肩を叩いた。


「田村、よくやった。あの提案、かなり良かったぞ。もっと早く言ってくれればよかったのに」


「ありがとうございます」


高橋先輩も、少し複雑な表情ながら言った。


「田村さん、資料作り込んでたんだね。私も見習わないと」


デスクに戻ると、麻衣が駆け寄ってきた。


「美咲! すごかったよ! あんなにはっきり意見言うなんて、どうしたの?」


「なんか……今日は言えた」


美咲は照れくさそうに笑った。美咲はまだ自分の中の高まりを抑えるのに必死であった。


その数日後、美咲は別の会議でも発言した。そこでも良案として採用された。同僚たちは、美咲を見る目が変わっていった。


仕事が、楽しかった。こんなに充実した一日は、入社以来初めてだった。

会議が終わるころ、美咲は自分ののど元に常駐していた門番がいなくなっていることに気づいた。そのことに美咲は小さく笑ってしまう。


「やればできるんだ、私。」

今宵薬局の話はすでに第七話まで書き溜めているので、そこまでは投稿していけると思います。

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