第2話:錆びた腕と王のプライド
1. 限界高度
『警告。警告。不法侵入者を検知』 『ブォォォォン……!』
頭上から降り注ぐ、無機質なアラート音と、重低音のプロペラ駆動音。 視界の端で、赤いレーザーサイトの光が幾重にも交差する。
「おい、もっと速く飛べないのかよ!」 「黙れ人間! ……くっ、出力が……!」
カイは廃工場の屋根を駆け抜けながら、頭上を並走する「白い幼竜」――アトラスに向かって叫んだ。 さっきまでの威勢はどこへやら。アトラスの飛行は明らかにふらついていた。 背中のスラスターが、プスッ、プスッと咳き込むように不規則な光を吐き出している。
「エネルギー切れか!? おい、一回戻れ! その姿じゃ目立ちすぎる!」 「断る! 王である私が、貴様のような薄汚いジャンク屋の指図を……うっ!?」
ドシュッ! 追跡ドローンの放ったスタン弾が、アトラスの翼をかすめる。 バランスを崩した白い機体は、そのまま制御を失い、カイの目の前に墜落した。
ガシャーン! ズザザザッ! 激しい金属音と共に、アトラスの体が地面を転がり、火花を散らす。 そして次の瞬間、異常な速度で「変形」が起きた。
バシュッ! ジャキッ、カシャカシャカシャ……!
手足が折り畳まれ、首が収納され、翼がスライドして装甲に変わる。 0.5秒後。 **コロン、と乾いた音を立ててそこに転がっていたのは、ただの「白い正十二面体」**だった。
「……おい、アトラス?」
返事はない。表面の幾何学ラインから光が消え、**ヒュゥゥゥ……**という排気音だけが残る。 完全な沈黙。
「ちっ……強がりやがって」
カイは背後の空を睨みつけた。無数のドローンが旋回している。 迷っている時間はない。 カイは熱を持った白い正十二面体をひっ掴み、脇に抱えると、工場のダストシュートへと身を躍らせた。
2. 解剖台の上で
「……よし、ここなら追跡シグナルは届かない」
地下3階。かつて整備ドックだったその場所は、今ではカイの「城」になっていた。 薄暗い空間に、大小様々な工具と、修理中のジャンクパーツが所狭しと並んでいる。 遠くで水滴が落ちる音だけが、**ピチャ……**と響く。
カイは作業台の上に、ゴトッと物言わぬ「正十二面体」を置いた。 改めて見ると、異様な物体だ。 傷ひとつない白いセラミック装甲。継ぎ目は肉眼では確認できないほど密着している。
「さてと……。王様の中身、拝見させてもらいますか」
カイは右腕を掲げた。 錆びと油にまみれた、無骨な機械義手。 手首のダイヤルをカリカリッと回すと、人差し指の先端がスライドし、極細の**「レーザープローブ(探針)」**がせり出した。
「スキャン開始」 『ヴィィィィン……』
プローブから放たれる赤い光の帯を、正十二面体の表面に走らせる。 肉眼では見えない微細な溝を、センサーが読み取っていく。
『……解析中。構造体ロック、レベル4。物理キーが必要です』
義手に内蔵されたAIが淡々と告げる。 カイはニヤリと笑った。
「物理キー? そんなもん、こいつの体にあるだろ」
カイはゴーグルの倍率を上げ、正十二面体の「ある一点」を指でなぞった。 一見するとただの平面だが、指先の触覚センサーが、コンマ数ミリの窪みを捉えている。
「ここだ。対面プッシュ式……いや、スライドロックとの複合か」
カイは義手の親指と中指で、正十二面体の「真裏」と「真表」を同時に挟み込んだ。 そして、絶妙な力加減で**「押し込みながら、左に捻る」**。
カチッ。 小気味よいラッチ音が響いた。
「ビンゴ」
プシューーーッ……。 圧縮空気が抜けるような音と共に、正十二面体の一面が浮き上がった。 メンテナンスハッチの解放だ。
その隙間から覗いたのは、外装の白さとは対照的な、**「金色のフレーム」と、超高密度に詰め込まれた「歯車と回路の小宇宙」**だった。
「すげぇ……。なんだこの設計思想。現代の規格じゃねぇぞ」
カイの技術屋としての血が沸騰する。 この美しい迷宮の中に、修理すべき箇所が潜んでいる。
「よし、オペ開始だ。……暴れるなよ、相棒」
カイが錆びたドライバーを、黄金の内部メカに差し込んだ。 その瞬間である。
『――貴様ァァッ!!!』 ガタガタガタッ!!
作業台の上の物体が、猛烈に振動した。
3. 錆びた義手
「うわっ!?」
カイは慌てて手を引っ込めた。 開いたハッチの奥から、青い光がバチバチッと漏れ出し、アトラスの怒号が響く。
『何をしている! 貴様、私の体に何を!』 「何って、修理だよ! お前、中のギアが噛み込んで動けなくなってただろ」 『修理だと? 人間如きが、王である私に触れるなど……!』
アトラスは正十二面体のまま、怒りに任せてゴロン、ゴロンと転がった。 しかし、ハッチが開いた状態では変形もできず、ただの暴れる箱だ。
『ええい、離せ! その汚い腕で私に触るな!』
アトラスのカメラアイが、カイの右腕を睨みつける。 塗装が剥げ、錆が浮き、オイルで黒ずんだ機械の腕。 かつて捨てられていた産業用ドロイドの残骸を繋ぎ合わせた、ツギハギの義手。
『見ろ、その不格好な鉄屑を。そんな精度の低いマニピュレーターで、私の超高密度フレームを弄れると思っているのか?』 「……ああ、確かにボロだよ」
カイは自分の義手を見つめ、軽く指を動かした。 **ギュイ、ギュイ……**とサーボモーターが軋む音がする。
「でもな、こいつはこの星で一番器用な『鉄屑』だぜ」
カイの目が変わった。 職人の目だ。
「動くなよ。ズレたら元に戻らなくなるぞ」
カイはアトラスを万力でガチンと固定すると、義手の手首にあるリミッターを解除した。 親指と人差し指が高速で回転し、先端のツールが瞬時に切り替わる。
チュイィィィン……!!
『なっ……!?』
カイの指先は、アトラスが視認できないほどの速度で動いていた。 歪んだフレームをミクロン単位で押し戻し、欠けたギアの隙間に、即席で削り出した金属片を埋め込む。 錆びついた見た目とは裏腹に、その挙動は恐ろしいほど繊細で、正確無比だった。
カリッ、キィン、カチャ……。 微細な金属音だけが、リズムよく響く。
「ここだ。メインシャフトの軸ブレ、修正完了」
パチン。 重い音がして、噛み込んでいた黄金のギアが正常な位置に戻る。
「……ふぅ。どうだ?」
カイが額の汗を拭うと、アトラスはしばらく沈黙した。 システムチェックが走っているのだろう。表面の光が、警告色の赤から、安定した青へと変わっていく。 **フォォン……**と、内部ファンの回転音が安定する。
『……出力係数、正常値へ復帰。フレームの歪み率、0.02%以下……』
アトラスの声には、明らかに動揺が混じっていた。
『信じられん。あの原始的なツールで、ナノ単位の調整を行ったのか?』 「道具の良し悪しじゃねぇよ。大事なのは、どこをどう治したいかだ」
カイはニカっと笑って、ハッチをパシュッと閉じた。
4. 専属技師
『……礼は言わんぞ』
アトラスは再び変形し、幼竜の姿になって作業台の上に座り込んだ。 翼をパタパタと動かし、調子を確かめている。
『だが、訂正はしてやる』 「訂正?」 『貴様のその腕だ。……鉄屑だが、無能ではないようだ』
アトラスなりの、精一杯の礼(?)らしい。 カイは苦笑して、アトラスの頭を軽く小突いた。
「素直じゃないねぇ。ま、認めてくれて何よりだ。よろしくな、相棒」 『相棒ではない! 私は王であり、貴様は……そうだな、私の**専属技師**だ』
アトラスはふんと鼻を鳴らしたが、その尻尾は機嫌良さそうに揺れていた。
「へいへい、マイスター様のお通りだ」
カイが肩をすくめたその時、リュックの中で**「ズゥン……」**と重い振動音がした。
「ん?」
カイはリュックを開けた。 そこには、沈黙を守る**「深緑の立方体」**が鎮座している。 拾った時はただの箱だと思っていたが、今、その表面が微かに脈打つように明滅していた。
ドクン、ドクン……。
『……共鳴しているな』
アトラスが低い声で言った。
『私の覚醒に呼応して、奴も目覚めようとしている』 「奴って……こいつも、お前の仲間なのか?」
カイが尋ねようとした瞬間、隠れ家の警報アラームが鳴り響いた。
『ビーッ! ビーッ! WARNING!』
『警告。警告。エリアBに、大型熱源反応』
モニターを見ると、廃工場の入り口を、巨大な影が塞ごうとしていた。 ドローンの大群ではない。もっと質の悪い、重機型の怪物だ。 ズシン、ズシンと足音が近づいてくる。
「……どうやら、ゆっくり自己紹介してる時間はなさそうだな」
カイはリュックを背負い直し、錆びた義手を強く握りしめた。 アトラスが翼を広げ、青い瞳を輝かせる。
ジャキン!!
『行くぞ、マイスター。王の力を見せてやる』
(第3話へ続く)
最後までお読みいただきありがとうございます!
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