姫君バースデーSS 1年目
X(旧Twitter)に掲載したSSのまとめです。
※少し加筆修正しています。
5/20 エナ
SS 姫君の戯れ
その日、わたしとメリィは暇を持て余していた。
「そうだわ。メリィ、一勝負しない? この前ファンクラブの先輩たちに面白いゲームを教えてもらったの」
「とりあえず聞きましょう」
「一呼吸で推し騎士様のお名前を何回連続で言えるか……推し連呼ゲームよ! ルールは三つ。普段お呼びしている呼び方を使うこと、超健康な時にしかやらないこと、誰にも迷惑をかけないこと」
一瞬の間の後、メリィは目を輝かせた。
「受けて立ちましょう。ただ空気を吸って吐くという行為で、推し騎士様の尊きお名前がこの世に響いた回数を増やせるというところに意義を感じます」
「メリィならのってくれると思っていたわ。どちらからいく?」
「では、僭越ながら私からいいですか? うずうずしてきました」
「どうぞ。お手並み拝見といこうかしら」
わたしとメリィの視線が交錯し、火花が散った、ような気がした。
「参ります。す――――っ。ネロくんネロくんネロくんネロくんネロくんネロくんネロくんネロくんネロくんネロくんネロくんネロくんネロくんネロくんネロくんネロくんネロくん――」
普段どれだけ心の中、あるいは自室で呟いているのかが分かるスムーズな出だし。
抑揚がないにもかかわらず、その声には確かに熱がこもっている。瞬きすらしない様子に狂気を感じるわ。
「ネロくんネロくんネロくんネロくんネロくんっ――はぁ、はぁ、限界です!」
「ふ、さすがメリィね。最後まで美しい発音だったわよ」
「きょ、恐縮です。結構きついですね。……はぁ、次はエナちゃんの番ですよ。文字数でも発音の難しさでも圧倒的に不利ですが、大丈夫ですか?」
「愚問よ」
わたしは深呼吸をして、脳に、全身に酸素を行き届かせた。
「行くわよ! す――――っ。アステル様アステル様アステル様アステル様アステル様アステル様アステル様! アステル様アステル様アステル様アステル様アステル様アステル様、あ苦しい、アステル様アステル様――!」
わたしはここ最近で一番頑張った。肺の中身が空っぽになるまで声を絞り出したわ。
くっ、酸欠で脳が揺れる!
「アステル様っ! ――ぜぇ、ぜぇ、ふぅ……」
「だ、大丈夫ですか? 素晴らしい活舌でした! ルール上必要ないのに声量もあってアステル殿下への思いの丈が伝わってきましたよ」
思わずその場に膝をついたわたしをメリィが優しく介抱してくれた。
確かにこのゲームは超健康な時にしかやってはいけないわね。限界まで頑張ってしまうもの。
「それで、どちらの勝ち?」
「あ。……必死すぎて数えるのを忘れていました。エナちゃんは?」
「……必死すぎて以下同文よ」
わたしたちは握手を交わし、お互いの健闘と愚かさを称え合い、再戦を誓った。
7/3 メリィ
SS 目覚めよ心眼
とある日の午後、私は空き教室の机に数枚のカードを並べ、にらみつけていました。
「メリィ? さっきから何をしているの?」
エナちゃんが不思議がるのも無理はありません。
私の目の前にあるカードは一見して全て白紙なのですから。
「実は、もうすぐ騎士カフェ二号店で新メニューのキャンペーンが始まるんです」
「そういえばこの前リリンちゃんが宣伝していた気がするわね。夏の氷菓子フェアだったかしら?」
「はい。だから、心の眼を鍛えているんです」
「ちょっと意味が分からないわ。どういうこと?」
私は「これだっ!」と直感した一枚をめくり、裏面に何も書かれていないことを確認して崩れ落ちました。
「ああああああ!」
「どうしちゃったの!? メリィ⁉」
私は瞳に涙を浮かべながら告げました。
「期間中に新メニューを頼むと騎士様の直筆メッセージカードが一枚もらえるんです! そんなの絶対にネロくんのカードが欲しいじゃないですか! 厨房メインのネロくんの分があるかどうかも分かりませんけども! というか配布方法も不明ですけども! 前回の似たようなキャンペーンは完全にランダムだったと聞いて絶望中です!」
欲しい。どうしてもネロくんのメッセージカードを手に入れたい!
誕生日のメッセージカードやデザートプレートの装飾文字以外で、ネロくんの手書きの文字が見られる貴重なチャンス。
ああ、筆跡だけで性格や心理状態などいろいろ分析できるらしいですし、向こう一か月は楽しくすごせそうです。
もちろんどのようなメッセージを書かれるのかも気になっています。
絶対に無難なことしか書かないと分かっていても、ワクワクが止まりません!
エナちゃんは残りのカードをめくっていき、一枚だけ「大当たり! ネロくん♡」と書かれているのを見つけて、遠い目をしました。
「笑いたければ笑ってください。ネロくん関連のグッズは大変貴重なんです。できることはなんでもしないと」
「笑えるものですか。明日は我が身。客観的に見たらヤバいことしてるとは思うけど、わたしは協力を惜しまないわ。故郷のおばあ様に教わった勘が鋭くなるツボを教えてあげる」
「エナちゃーん! ありがとうございます! で、できればキャンペーンに参加してチャンスを増やしてもらえると嬉しいのですが……もちろんごちそうします!」
「お安い御用よ。氷菓子は大好きだから、ごちそうしてくれなくてもいいわ。その代わり、今度のアステル様のお誕生日の――」
「みなまで言わなくても大丈夫です。なんでも付き合います!」
その日から私は暇さえあればカード当ての訓練をしました。
エナちゃんに教えてもらったツボのおかげか、的中率が日に日に上がっていきます。
もしかして、本当に心眼に目覚めてしまったのかもしれません。
世界の真理が見える……!
そして迎えたキャンペーン初日。
リリンちゃんが新メニューを配膳した後、飛び切りの笑顔で紫色のカードを差し出しました。
「え……え⁉ 選べるんですか!?」
「うん! 前回のキャンペーン後の声を参考にして、前半期間はランダム配布はやめて好きな騎士のカードをリクエストできるようにしたの。メリィちゃんは当然ネロのでしょ? はい、どうぞ」
震える手で恭しく受け取り、カードをまじまじと見ます。
『毎日暑い中お疲れ様です――ネロ・スピリオ』
たどたどしい筆跡ながらも、丁寧に書かれたことが分かる手書き文字。
私のここ最近の頑張りを見てくれていたかのようなメッセージ。
「あ……ああ……っ!」
ありがとうございます、ネロくん。
ありがとうございます、姫君の意見をすぐに反映してくれる騎士団事務局の皆様。
興奮した心身に、新メニューのかき氷がよくしみました。
10/17 クラリス
SS 公爵令嬢、推し活の流儀
学校からフレーミン家の屋敷に帰ると、使用人の一人が恭しく頭を下げて告げました。
「お嬢様、ご要望のお品の準備が整っております」
「……分かりました。サロンに用意を。すぐに参ります」
着替えた後、わたくしはお気に入りのサロンに向かいました。
諸々を用意した使用人が退室し、テーブルにつくのはわたくしだけ。
「今月もお疲れ様でした」
わたくしは多忙な日々を思い出し、それを優雅に乗り切った自分を労った後、テーブルの上に目を向けました。
ああ、なんて良い香りでしょう。
芳醇なバター、スパイシーなシナモン、それらに隠れた艶やかな禁断の果実。
形の違う三切れのアップルパイを前に、わたくしはだらしなく頬を緩めました。
「さて、どれがアステル様のお気に入りかしら?」
先日のインタビューでアステル様が仰っていた、最近お気に入りのアップルパイ。
どこのお店のものかは明言がありませんでした。
分かっているのは「老舗のパティスリーで販売していること」と「リニューアルされたばかりの一品」という条件のみ。
当てはまりそうなものをピックアップし、同じ日に手に入るように手配いたしましたの。ほぼ同時に食べなければ正確な比較はできませんから。
というわけで、アップルパイ三切れ食べ比べ会を一人で開催している次第です。狂気。
これも全て推し騎士様と同じものを食すため。お気に入りを堪能するため。
大丈夫。これに合わせてこの数日は甘いものを控えていましたし、適度な運動もしております。
「いただきます」
さくり、と一つ目のアップルパイにフォークを落とします。
口に入れた瞬間、香ばしいパイ生地とバニラ香るカスタードクリーム、そして甘酸っぱいリンゴの果肉がそれぞれ己を主張しながらも、徐々に調和していき上品な後味を残していきます……。
美味しい。とても満足感が高いです。
お味がはっきりした強強のアップルパイですわ。王者の風格があります!
紅茶を一口飲んで、二つ目へ……。
ああ、こちらは対照的に素朴な味わい!
主役は瑞々しいリンゴのコンポートだときちんとフォーカスして組み立てられた味ですわ。
パイもクリームもシナモンも主役を引き立たせるために控えめ。ゆえにいくらでも食べられそうなさっぱりとした仕上がり。
こういうの、こういうのでいいのです!
万人が思い浮かべるアップルパイのお手本ではないでしょうか。好き。
再び紅茶を飲み、三つ目のアップルパイへ……。
こ、これは今まで出会ったことのない食感ですわね!
ただのパイ生地ではなく、パンのようなふんわりとしたクッション感があり、小麦の存在感が強い。クリームには柑橘系の風味がついており、リンゴからはかなり個性的な洋酒の香りが……。
なんて不思議なお味でしょうか。唯一無二の衝撃です。
きっと生涯忘れられず、定期的に食べたくなる……そんな予感がいたしますわ。クセになりそう。
「…………ふぅ」
三つのアップルパイの食べ比べを終え、わたくしは多幸感に包まれておりました。
ここからは推理の時間ですわ。アステル様のお気に入りはどれか、答えの出ない問題を時間の許す限り考えます。
もちろんジュリアン従兄様に尋ねれば、答えはすぐに分かるでしょう。
ですが、いけません。それはわたくしの流儀に反します。
アステル様が店名を口にしなかったのは、王子という立場で一つのパティスリーを贔屓しないため。この国においてアステル様の影響力は大きすぎますものね。
その配慮を無駄にしないようわたくしも答えを知るのは控えます。知れば絶対に話したくなりますから。
従兄様のようにマウントを取ったりしない。それもまた、わたくしのポリシーですもの。




