自転車で駆け抜けて
侯爵家の春のガーデンパーティー。
デビュー前の子どもたちは男女で分かれて庭の一角に集まっていた。
でも、ミリシアは女の子たちのそばをこっそりはずれて、男の子たちの様子を覗いている。
視線の先には、この家のお坊ちゃま。ではなく、彼が自慢げに見せびらかしている自転車。
最近、噂になっている新しい乗り物で、ものすごく興味があるのだけれど、ミリシアの家族は全く分かってくれない。
坊ちゃまが少し乗って見せると。他の子たちがわらわらと寄っていく。何人かはまたがらせてもらっているが、走らせることはできないようだ。
いいな、私も触りたい。
領地で育った野生児のミリシアは、木登りでも駆けっこでも男の子に負けていない。でも、久しぶりに領地に戻って来てそれを知ったお母様が卒倒しそうになって、王都の屋敷に連れてこられてしまったのだ。
毎日、厳しい礼儀作法のレッスンに明け暮れて、外遊びなんてさせてもらえない。自転車なんてもっての外だろう。
ため息をつきながら眺めていると、男の子たちは自転車への興味が落ち着いたようで、池の方に向かっていく。
あら、これはチャンスかも。
ミリシアは、周りを見回し、そろそろと自転車に近づいた。
自転車の横に立っているフットマンを気にしつつ、そっと触ってみる。
「お嬢様。強く推すと、動きますからお気をつけください」
にっこりと頷くだけ頷いた。
そして頭の中で計算する。
ドロワーズはしっかり履いている。スカートはくるぶし丈でゆったりしている。ペチコートはそこまでゴワゴワしていない。
うん、跨がれる。
ミリシアは無害なふりでニコニコしながら、ハンドルをがしっと掴み、台をはずすと、一気に飛び乗った。
そして、おもいっきり足を踏み込む。
自転車は、走り出した。
「ちょっとだけ走ってきます!」
言い捨てて、さらに何度も踏み込んでいく。
やっぱりそうだ。思い切りが大事。そして、みてわたしの平衡感覚!
ハンドルを操作してゆっくり回る。
景色が流れていく。風が顔の横を通り過ぎていく。思ったよりも早い。
地面に凸凹があるので少しガタガタするのを押さえつける。
ああ、なんかいいなこの感じ。馬に乗る時とちょっと似ている。
「危ないっ」
「だれか!」
声がするけど、気にしない。
たぶん、止められたらもう二度と乗せてもらえない。ものすごく怒られて、このお屋敷にも二度度来る機会はないだろう。
そしてきっと、またまた厳しいお勉強の毎日が続くのだ。
そう、なんだかもう限界だった。
薄曇りが続く都会の、さらに薄暗い部屋で一日中過ごし。
礼儀作法や芸術や手仕事や、女がするべきだと言われるもの、してもいいと言われていることだけを叩きこまれて。
ミリシアは緑の匂いのする風を思い切り吸い込んで笑顔になる。なのにちょっとだけ目が滲んでいるのはなんでだろう。
明日からまた、うん。でもそれは今は考えない。だって、風がこんなに気持ちいいから。
けれど、その時、突然目の前に両手を広げた大男が立ちふさがった。
避けられない。
傍らの下映えの中に突っ込んで転がった。
とっさに自転車をかばったせいで、体があちこち痛い。
「なんて危険なことを、どこの子どもだ」
しかし、その言葉は遮られた。
「危ないことをしたのは、あなたでしょう。道をふさいだら、避けらないのは当たり前じゃないの」
そう言って手を差し出してくれたのは、侯爵令嬢だと紹介された少女だった。
汚してしまいそうで礼をいいながらもなんとか自力で上半身を持ち上げたけれど、気を使った甲斐も無く、ミリシアの埃にまみれた手は柔らかな手にしっかりと握り締められた。
「自転車は前にも乗ったことがあるの?」
「ううん。はじめて」
「すごいわ! 難しいのよ。わたしは凄く練習してやって乗れるようになったのに」
薄紫の瞳の恐ろしいほどの美少女は、きらきらした瞳でミリシアを見つめている。
それが二人の出会い。
そして、彼女たちが手を取り合って、新しい時代へと駆け抜けていくのはもう少し先のことになる。
なろうラジオ用に書き始めた短編ですが、長くなりすぎてどうやっても削れなくなったので、諦めて一般で投稿。




