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絶対負かしたい相手に恋なんてする訳が無い!

作者: 陽ノ下 咲

 私の名前はルナ・エヴァレット。十六歳。


 父さんはどこか抜けているけれど温かく、母さんは穏やかで纏ってる雰囲気がとても柔らかい、そんな優しい両親のもとに生まれた。

 ふたりの優しい人柄に引き寄せられるように、近所の人たちも家族のように接してくれる、そんな温もりに満ちた環境で育った。


「いいかい、ルナ。人に優しくすると、その優しさはいつかきっと自分に戻ってくるんだよ」

「逆に、人を傷つける言葉は、いつか自分の心まで痛くしてしまうものなのよ。だから周りの人達を大切にして生きなさい」


 そうやって幼い頃から優しい両親に言い聞かされた、『誰に対しても優しく接しなさい』という教えは、いつしか当たり前の様に私の中に刻み込まれていた。


 母さんゆずりの柔らかい桃色の髪に、父さんゆずりの落ち着いた翠の瞳。ぱっと見の印象では癒し系な見た目をしているとよく言われる。

 けれど、実際の私はというと……負けず嫌いで、気が強くて、天使要素はゼロだった。


 それなのに両親はというと、


「ルナは天使みたいに可愛いね」「本当に春の妖精みたいだわ」


 優しい笑顔で、そんな風に言ってくる。


 ……いやいや、それ、誰の話よ?自分達の事か?って言われる度に思ってしまう。


  いや、まあ、嬉しいんだけどね?でも、ちょっと、馬鹿親っぷりが少し恥ずかしいというか……。


 よくもまあ、あんな穏やかな両親から、こんなに負けん気の強い娘が育ったものだと自分でも思う。


 でも、きっと私がこんな風に育ったのは、こんなにも優しい両親を苦労させたくないからだ。


 歳を重ねていくうちに、両親がただふわふわと生きてきていた訳じゃない事を知った。

 生きていると、常々思う。人に優しくあるって、結構難しい事だ。それは、誰にでも出来ることじゃない。


 私が何気なく享受してきた居心地のよさは、両親が周りの人たちと少しずつ信頼を育ててきた結果だった。

 

 そう気付いた時、私はそんなふたりを心から尊敬した。


 だからこそ、私には叶えたい夢がある。

 それは、宮廷魔導騎士になること。王直属で国を護る、選ばれた魔導師だけがなれる最高位の騎士だ。

 いつか私が家族に恩返しするためにも、絶対に叶えたいと思ってる。



 私の様な庶民の女でも宮廷魔導騎士になる方法が、一つだけある。


 それは、王立魔法学院に入学して、八年間の在学期間、特待生をキープし続けて上位で卒業し認められて、その上で、宮廷魔導騎士の入職試験に合格することだ。


 私が五歳のとき、父さんと一緒に出かけた時に困っているところを助けたことがきっかけで知り合って、何故か私の事を凄く気に入ったらしい魔法使いの青年が、私にこう言った。


「お前、魔法の素質を持ってるな。よし、これも何かの縁だ。俺が魔法の使い方を教えてやるよ」


 テオと名乗ったその青年は、少し気難しいところもあったが、魔法の力は桁外れに凄く、指導者としてもとても優れていた。

 それからというもの私は、彼の事を師匠と慕い、魔法の世界にすっかり夢中になって、どんどん魔法を覚えていった。

 友達と遊ぶよりも、彼に教わりながら魔法陣を書いている時間の方がずっと好きだった。


 きっとこの努力は私を裏切らない。そう信じて、一心不乱に頑張って、そして十歳の時、念願の魔法学院に特待生として入学することが出来た。


 普通に入学したら学費の面で全く手が届かないけれど、特待生は奨学金で学費が免除になる。だからこそ、この機会を絶対に掴みたかったし、絶対に手放せないと思った。


 誰に対しても優しくて、そして、誰にも負けない強い宮廷魔導騎士になるんだ。


 だから私は負けたく無い。たとえ相手が誰であったとしても。


 それなのに……。

 その「誰にも負けられない」の代表格が、よりによってエドワード・グレイフォードなんて……!


 王国でも名の知れたグレイフォード男爵家の嫡男。

 冷静沈着、筆記も実技も完璧で、常に学年主席をかっさらっていくこの男。


 金の髪をさらりと靡かせ、感情の読めない深い碧眼で前だけを見据えている。

 その涼やかな顔で、まるで「取れて当然」とでも言うように主席の座を奪っていくのが、さらに腹立つ。


 こいつがいるから、私はずっと学年次席から抜け出せない。


 エドワードに初めて会ったときからずっと、私がやつに抱いていた感情はひとつだけだった。


 何この天才、めっちゃ腹立つな。絶対に負かしてやる。




 ……だというのに、ある日、私は知ってしまった。あいつが裏でどれだけ努力しているのかを。


 夜遅くまで誰よりも必死に図書室で勉強をし、人がいない訓練場で詠唱を繰り返してるのを偶然、見てしまった。


 エドワードは実力だけじゃなく、容姿も肩書きも、何もかもが目立つ。だから周りからの視線も、尊敬だけじゃなくて、嫉妬ややっかみなんかもたくさん混じっている。

 それでも彼は、そんな声を一切気にせず、ただひたすら強さを求めて努力していた。

 その姿に、私は思わず感動してしまった。


 あいつ、天才じゃなくて努力の秀才だったんだ……。


 それを知って以来、私にとってエドワードは「敵」じゃなくて「越えるべき壁」になった。


 だって、努力出来るやつは……、好きだよ。


 そんな風に気持ちが変わってからも、結局十六歳になった今まで一度も、あいつから主席の座を奪うことは出来ずにいる。


 くっそぉ……本当に憎たら……、ごほんごほん、本当に凄いやつだ。


 卒業まであと二年。


 いつか絶対、あいつから一位の座を掻っ攫ってやる。それは私の目標の一つになっていた。



ーーー


 ある日、実地実習の授業の説明を受けている時のこと。


「エヴァレットと、グレイフォード。今回の実地演習、ペアで挑んでもらう」


 教師の言葉が響いた瞬間、教室の空気が一気にざわめいた。


「まじかよ、あの二人を組ませるとか」「絶対喧嘩するって!」「いや、意外と息合うんじゃない? ほら、犬猿の仲ってやつ」


 ええい、やかましいっ!喧嘩なんかしないわよ……!多分……。


 ……しないよね?だって私、大人になったもの。あいつの事は、本当に尊敬してるし……。


 そう思っていたけれど、やっぱりエドワードを目の前にすると、何故か出てくる言葉は悪態だった。


「……よりにもよって、なんであんたなのよ」


 隣に立つエドワードに、私は低い声で言ってしまう。


「……俺も驚いたよ。よりにもよって、ペアが君だなんて」


 何を考えてるのかよく分からない声音で、そう返してきた。


 ほんとこいつ、何考えてんのか全く読めないのよね、とじっと見ていたらバチっと目が合った。

 するとエドワードは一瞬驚いた表情をして、すぐにぱっと視線を逸らした。


 ……何よ、何か文句でもあるのか、とつい心の中で喧嘩腰な悪態をついてしまう。


 実際、そう言ってやろうと口を開きかけた時、ペアを選んだ教師達が声をかけてきた。


「お前達は互いに実力はあるが、いかんせん視野が狭い。二人で組めば、きっと得るものがあるだろう」


 ……得るもの、ねぇ。


 そう言われても、私にとって今回の実地演習は、“ エドワードに勝てるチャンス ”以外の何ものでもなかった。


「目的は異常魔力の調査および魔物討伐。王都近郊の森だ」


 教師の声に、教室が引き締まった。

 学院に入学してから、初めての実地実習。失敗なんて絶対許されない。特待生で居続けるなら尚のことだ。


「それじゃあ、明朝六時、出発準備をして北門集合するように」


 授業が終わった後、教室が一気にざわついた。

 エドワードが隣で地図を眺めながら口を開く。


「ルナ、当日は君に前衛を任せたい」

「……なに?私に指示するつもり?」

「指示じゃないよ。どう動くか、先に相談しておきたいんだ」


 エドワードが穏やかに続ける。


「俺の魔法、精密なのは知ってるだろ?だから俺が前に出るより、後ろで支援したほうが効率いい。逆に、前線で道を切り開く力は君が一番だ」

「……まあ、爆発力には自信あるけど」

「だよね。だから前衛は君に任せるのが適任だと思うんだけど、……どうかな?」

「わかったわ。じゃあ任せて。力押しは得意だから。……あんたを守ってあげるってのも、悪くないしね」


 私が得意げに笑ってそう言うと、エドワードはふっと笑みを浮かべた。


 ……む、何よ、その笑顔。


 ムカつくくらいに綺麗な笑顔で、ちょっと腹が立った。


「うん、やっぱりルナが一緒だと、頼もしいな。俺は君を守るために後方にいる。だから無茶は……」

「はいはい、私は危なっかしいから守ってあげるって?結構です!」


 私の皮肉に、彼は一瞬だけ眉をひそめた。


「……違うよ。君を信じてるからこそ、支えたいんだ」


 その言葉が、なぜか胸の奥でざらっと引っかかった。


 信じてる?そんなの、簡単に言わないでよ。


 心の中で、そう呟いた。



ーーー


 次の日の朝、空気はひんやりと澄んでいた。北門に立つと、もうエドワードは来ていた。

 朝日に髪を揺らす姿がまるで絵画みたいで、余計に腹立った。


「あんた、早いのね」

「うん。……君と一緒だと思うと変に緊張しちゃってね」

「はあ?何それ、馬鹿にしないで」

「……してないんだけどなぁ」


 そう言った後、エドワードは表情を変え、前を向いて軽く杖を持ち上げた。

 私も負けじと、自分の杖を握り直した。


「行くよ、エドワード。最初から全力で行くからね」

「ああ、もちろん。ルナ」


 その一瞬、目が合った。

 彼の碧眼に、朝焼けが映る。その姿が息が詰まるくらい綺麗で、私は慌てて目をそらした。


 やめて。そんな顔で見ないでよ。


 絶対、あんたなんかに負けない。あたしは、勝つためにここにいるんだから。



 歩き始めてしばらくは、普通の森と何ら変わらない印象を受けた。


 鳥の声、湿った土の匂い、風に揺れる葉のざわめき。周囲を見渡し、簡易メモ帳を開いて記録する。


『外周部、異常なし。魔力反応なし』


 木々の間を縫うように進む。枝の揺れ、獣道、倒木の位置、些細な変化も見落とさぬよう確認していく。


 だが奥へ踏み込むほどに、空気がじわりと変わっていった。風が葉を震わせ、肌に微かな刺激が走る。魔力の流れが乱れている。


『中層部、魔力濃度上昇。自然魔力の偏りを確認』


 息を整え、耳を澄ます。ざわり、と森が呼吸を変えたような気配。


「異常魔力反応。……空気が変わったな」


 エドワードの静かな声。私はメモ帳を閉じ、杖を握り直した。


「ルナ、ここからは気を引き締めて」

「言われなくても!」


 私達は並んで足を踏み出す。

  

 昼間だというのに薄暗く、風の音が木々のざわめきに紛れている。

 王都近郊とは思えないほど、魔力が濃い。

 鳥も鳴かない。獣の気配だけが、ひしひしと伝わってきた。


「魔力反応、北東方向。三百メートル先」


 エドワードが短い詠唱を口にしながら探査魔法を展開する。


 その詠唱速度は、相変わらずの速さだ。


 私がひと呼吸で構築する術式を、彼は半呼吸で組み上げてしまう。


「先に行くよ!」

「待ってルナ、まだ位置がーー」


 言い終わる前に私は走り出していた。

 枝を跳び越え、靴底で地を蹴る。風を切るたび、胸の奥が高鳴る。

 怖くなんかない。何より、こいつに負けたくない。


 魔獣の咆哮が森を震わせた。

 黒い体毛を持つ大型ウルフが三体。牙を剥いてこちらに飛びかかる。


炎槍(フレイムランス)!」


 詠唱と同時に、紅蓮の槍が私の手から放たれた。

 空気が焼ける匂い。熱線が一直線に走り、先頭のウルフを貫く。

 地面に突き刺さった瞬間、火花が弾けて爆ぜた。


「さすがだね」


 後方から聞こえたエドワードの声に、なぜかむっとする。


 褒められてるのに、何か上から目線に感じるのは気のせい?


「次、右にもう一体来るよ!」

「分かってる!」


 今度は彼の詠唱が先に走った。


凍結刀(フロストエッジ)!」


 指先から光の筋が十本、刃のように散り、ウルフの動きを寸分の狂いなく切り裂く。

 無駄のない軌道、正確な威力。


 ……くそ、やっぱこいつ、上手いな。


 そう思っていると、エドワードが叫んだ。


「ルナ、後ろだ!」


 振り返るより早く、背中に強い風圧。

 しまった、もう一体いたのか!


風障壁(ウィンドバリア)!」


 突風の壁が弾け、ウルフの爪を寸前で弾いた。

 エドワードの詠唱だ。私を庇うように、ぐっと前へ出てくる。


「余計なことしないで!」

「嫌だ!君が傷つくのは見たくないんだ!」


 その言葉に、胸の奥で何かが弾けた。


 ーー守られるの、嫌いなのよ!


「援護なんていらない!」


 叫んで、私はさらに一歩前に飛び出した。

 怒りと悔しさで魔力が一気に燃え上がる。


火炎刃(ブレイズカッター)ッ!!」


 杖を振り下ろし、炎の刃を地面に叩きつける。

 爆風が走り、ウルフの群れが吹き飛んだ、その直後。


「ルナ、危ない!」


 背後からエドワードが飛び込んできて、私の身体をぐっと抱えて押し倒すように庇った。

 さっき吹き飛ばしたウルフの一匹が、最後の力で爪を振り下ろしていたのだ。


 鋭い空気を裂く音。

 エドワードの肩をかすめ、赤い飛沫が散った。


「……エドワード!?」

「うん、大丈夫。ほんのかすり傷だよ」


 彼は自分の肩に簡単な回復魔法を施しながらそう言った。

 けれど、そのエドワードの行動で、私の心臓は一瞬で凍りついた。


「……なんで、私なんか守ったのよ!」

「君を守るのは当然だろ」

「そうやって、見下してるんでしょう!」

「違う!」


 彼の声が鋭く響いた。そして少し顔を歪めて言う。


「俺は君が傷つく姿を見たく無いんだ」

「……そんなの、あんたに関係ないでしょ?私の勝手じゃない!」


 強く言い返した、そのときだった。

 森の奥から、低い唸り声。空気が歪むような気配。今までの比じゃない魔力の圧。


 現れたのは、巨大な魔狼(ビッグウルフ)だった。


 目だけで私達二人を見下ろしている。普通なら学院の実習で出るレベルの魔物では無い筈だ。


「……うわ、最悪」

「何でこんなところに魔狼が……。ルナ、下がって。俺がーー」

「黙って!」


 珍しく焦った声のエドワードの言葉を遮って私は手を構えた。


「今度は、私があんたを守る番よ!守られてるだけなんて、嫌なの!」


 エドワードが目を見開いた。


 けれどこいつの後ろに隠れる訳にはいかない。彼が庇ってくれたように、今度は私が支える番だ。


焔環(ブレイズサークル)!」


 轟音とともに炎の奔流が走り、魔狼を呑み込む。

 けれど、あの巨体は燃えながらも突進してきた。


「上だ!」


 彼の声と同時に、青白い光が降り注ぐ。


氷鎖(フロートチェイン)!」


 氷の鎖が炎の隙間を縫うように絡みつき、魔狼の動きを止めた。


 いける。今だ!


灼炎(バーニング)衝撃波(インパクト)ッ!」

凍結砕破フロストブレイク!」


 魔力を極限まで集中させ、一気に放つ。二人の魔力が交差した。

 炎と氷、相反するはずの属性が、奇跡のように共鳴する。

 眩しい光が弾け、轟音が世界を包んだ。


 次の瞬間、すべてが静まり返った。


 魔狼の巨体が崩れ落ち、灰のように風に溶けていく。

 私はその場に膝をついた。


「……やった、の?」

「うん、倒せたね……。ああ、良かった……」


 エドワードも、地面に座り込んでほっとした様子で笑っていた。彼の頬には汗と土。


 こいつ、こんな表情もするのかと、少し意外に思った。


 程なくして実習時間の終了時間になり、ほっと息をついた。

 

 あーあ、この勝負は、私の負けかなぁ……。悔しいけど、やっぱこいつ、凄いや。


 改めてこいつの凄さを目の当たりにして、私は心の中でそう呟いた。


「ねえ、エドワード」


 もう既に次の事を考えているのか、顎に手を添えて真剣な表情をしている彼の横顔に声をかけた。

 

「ん?」


 エドワードがこちらを見る。


「……やっぱあんた、凄いね。あんたの援護、悔しいけど、助かったわ。ありがとね」


 感謝の気持ちを込めて、笑顔でそう言った。

 すると彼は目を瞬かせ、言葉を失ったようにこちらを見つめたまま、固まってしまった。

 その表情がどこか幼く見えて、何だかちょっと可愛く思えてきて、自然と口角が上がる。


「これまであんたのこと、ずっとライバルだって思ってたけど……」


 私は笑いながら言った。


「これからは、親友って思ってもいい?」


 そう言うと、エドワードは驚いた表情のまま、おずおずと、信じられないといった風な声音で聞いてきた。


「……ルナ、一つ確認したいんだけど、もしかして俺のこと、嫌いじゃ無いのか?……君、あからさまに突っかかってくるから、ずっと嫌われてると思ってたんだけど……」


「別に、……あんたのこと嫌いだった事は一度も無いわよ。まあ、最初の頃は、あんたの事天才だと思って腹立ってはいたけど、あんたのそれが、努力なんだって分かってからは、……目標っていうか、超える壁にしてただけで」


 そう言うと、また驚きを隠せない表情をした。


「そうか、……超える壁……」


 そして見たことの無い様な笑顔で、嬉しそうに笑った。


「なんだ……。俺、ルナに嫌われてなかったのか」


 そう呟くと、真面目な顔になってあたしを見つめてきた。


「なあ、……ルナは、男女間の友情ってあると思う?」

「ん……?そりゃ、あるでしょ」

「うん。ルナはそう答えると思った。……俺も、まあ、あると思う」


 じゃあ、これから親友って事でいい?と、口を開きかけた時、エドワードが言葉を続けて、私は口をつぐんだ。


「……けどさ、その関係って、どっちもが友情だって思ってて、初めて成り立つんだよ。どっちか一人でも友情じゃないってなった時点で、終わってしまうものなんだ」


 エドワードが言葉を選びながら話しているけれど、何を言いたいのかいまいち分からず、私は少し眉を寄せる。


「……だから、そもそも俺達の間では、成り立たないんだよ」


 そこで一度言葉を止めて、エドワードが私をじっと見つめて、続ける。


「悪いけど、俺はルナのこと、友達だと思ったことなんてこれまで一度もないから」

「そんな……」


 好かれては無いと思っていたけれど、ここまではっきりと拒絶されると流石に辛いものがあって、思わず、声が震えてしまった。


 あ、やばい……。


 思ってたよりずっと悲しくて、涙が込み上げてきそうになり焦った時、彼がふっと笑った。


「流石にこう言ったら伝わるかと思ったんだけどな。……やっぱりルナって鈍いよね。君、多分、勘違いしてるだろ」


 気づいた時には、彼の手が私の手を取っていた。

 温かい指先。

 そのまま、唇がそっと触れた。ほんの一瞬。


「なあ、ルナ」


 私の目をじっと見つめて、囁くような声で。


「俺のこと、好きになってよ」


 ポカン、と口が開く。

 でも、どうしてだろう。全然、嫌だとは思わなかった。


  いや、それどころか……。


 なんだこの、胸のドキドキは。


「……ばっかじゃないの」


 絶対負かしたいと思っていた相手に、恋なんてする訳が無い、……はずなのに。




【エドワード視点】


 俺の名前はエドワード・グレイフォード。

 王国でそれなりに名の知れた男爵家の嫡男で、王立魔法学院の主席でもある。


 外から見れば、完璧な貴族の息子で、誰もが羨む才覚と財力を兼ね備えている……らしい。


 けれど、実際の俺は、そんなものじゃない。

 幼い頃から人の醜い部分を嫌というほど見てきた。


 同年代の子どもからは、才能への嫉妬や妬みを向けられ、大人たちには金や権力にすがり、利用し、裏切るものだという現実を思い知らされてきた。

 仲良くなったと思えば、裏で陰口を叩かれ、利用され、裏切られる。


 そんな日々の繰り返しの中で、俺は自然と人を信じなくなっていった。


 父はそんな事は跡取りとして当然とばかりに、情け容赦のない教育を叩き込んだ。


 他人の事は「信じるな」「頼るな」「常に勝て」。


 その言葉を繰り返されて、俺は自然と誰にも心を開かなくなった。

 十歳になる頃には、もう既に心を許す相手なんて、どこにもいなかった。


 なのに、十歳で学院に入学した日、俺は初めて、心をかき乱される存在に出会ってしまった。


 明るい桃色の髪に、凛とした勝ち気な翠の瞳を持つ少女、ルナ・エヴァレット。


 ルナは無愛想で人と距離を置く俺に、ことあるごとに突っかかってきては、勉強や魔法の自主練に割り込んできた。


「俺はひとりで練習したい。君は他の場所を探してくれないか?」


 最初は、そう冷たく返していた。ひとりでいる方が楽だったから。


 だが彼女は諦めなかった。何度も隣に来ては、突っかかってくる。最初の頃はそれを鬱陶しいと思っていたし、なんでわざわざ声なんかかけて来るんだと思っていた。


 けれど、いつも真っ直ぐに向けてくるルナの粘り強さや負けん気の強さに絆されて、そのうち不思議と鬱陶しさは無くなっていった。


 ルナがいつも側で自主練をしているから、彼女の魔法を身近で見る事も自然と増えた。


 そして、そこでふと気づいた。


 彼女の描く魔法陣の“型”が、どれもこれも、最年少で宮廷魔導騎士の騎士団長になった、偏屈な事で有名なテオドアの流派そのものだった。

 力のある魔導士でも真似できる者はほとんどいないと言われる、鋭く力強い独特な線。


 それを、ルナは当たり前のように淀みなく描いていた。


 ……まさか、あのテオドアに教わっていたのか?


 テオドアは弟子を取らないことで名が知れている。

 いや、弟子どころか人に教えるという行為そのものを煩わしいと嫌う偏屈者だ。

 そんな男がどうして、ルナに魔法を教えたのか。


 その疑問が胸の奥にひっかかって離れなかった。


 だから気づけば、ルナの魔法を打つ姿を以前よりもずっと長く眺めるようになっていた。


 彼女の放つ魔力は、迷いも淀みも一切なく、まるで夜明けの光のようにまっすぐに伸びる。

 空気が震え、地を這う風が一瞬で吹き飛び、一直線に力強く伸びて目標物を粉々に粉砕する。


 力強く凛として、どこまでも真っ直ぐで、まるでルナ自身のような魔法だと思った。


 ただの好奇心だったはずなのに。気づけばそんな彼女の魔法の力強さに、惹かれている自分がいて、勉強や自主練にも自然と気合が入った。


 ……俺も、負けてられない、そんな気持ちが芽生えていた。


 そしていつしか彼女との競い合いを楽しみにしている自分に気がついた。その気持ちに気がついてからは、楽しくもあり、どこか辛くもある日々が続いた。

 だって彼女は俺を、嫌っているから。


 他人から向けられる感情なんてどうでも良いはずなのに、どうしてか彼女から向けられる嫌悪の感情にだけは、痛みを感じてしまう自分に戸惑った。



 学院に入学し、そろそろ一年が過ぎようとしていた頃のこと。

 魔法制御の実技試験で、彼女が俺に向かって宣戦布告してきた。


「エドワード、今日こそはあんたに勝つからね!」

「前の試験で二位だった事、まだ気にしてるのか?三点差なんて誤差だろ。そんなに気にする事かな」


 彼女は充分努力している。なのにどうしてそこまで一位にこだわるのか分からずにそう返した。すると、彼女は真っ直ぐ俺を見据えて言った。


「気にすることだよ!あんたに勝たなきゃ意味ないからね!」


 強気な宣言に、教室中の視線が集まる。だが彼女は一切怯まず、俺を見据えてくる。

 真っ直ぐに刺さるその強い視線に、何故か嬉しさを感じている自分がいた。


 試験が始まると、ルナの魔力が教場を満たした。

 光の糸が空気を震わせ、標的を正確に射抜く。息を呑むほどの集中と、凛とした気迫。

 その姿に、俺は思わず見惚れていた。


 彼女は、本当に強い。


 だが同時に、彼女にだけは負けたくない。

 彼女からこの瞳を向けられ無くなるのは嫌だと、どうしてか、そう強く思った。


 気づけば、俺は全力で詠唱を終えていた。

 魔力が奔り、風がうなりを上げる。彼女に追いつかれまいとする焦りが、いつの間にか心地よくなっていた。


 試験が終わり、結果はほんの僅かの差。


「……っ、また負けた!」


 悔しさを滲ませながらも、彼女は清々しい表情でこちらを見る。


「でも、次こそは勝つからね!」


その声がまるで陽だまりのようで。何故か胸が痛んだ。


(……ああ、綺麗だな)


 彼女の努力する姿勢が好きだった。


 あの姿を見ると、俺の胸が熱くなって、俺も必死に食らいつこうと思った。勉強も魔法も、全力で取り組む気力が湧いた。

 

 けれどこの時はまだ、胸の奥底から溢れてくる、人生で初めて抱いたこの気持ちが一体何なのか分かっていなかった。



 そんなある日のこと。

 教室の外で、ルナが数人のクラスメイトに囲まれているのを見かけた。


 ルナははっきりした性格で言葉がきつく聞こえることもあるけれど、面倒見がよく誰にでも当たり前の様に親切にするお人好しだから、彼女の周りにはいつも人が集まってくる。


 中には明らかにルナに好意を抱いている男子もいるけれど、彼女がその好意を友情としか思っていないのが目に見えて分かり、そんな姿に、なぜかほっとする自分がいた。

 

 そしてその日、クラスメイト達が話している内容は、俺のことだった。


 一人の男子が底意地悪い声で言った。


「グレイフォードって、いつも無駄に偉そうだけど、結局家柄だけだよな」


 それに被せる様に続く笑い声。もう聞き慣れてしまった侮蔑。

 咄嗟に物陰に身を潜め、気づかれない様に去るつもりだった。

 けれどその時ルナが一歩前に出て、凛とした声で言い放った。


「陰口言って勝った気になるなんて、本当にみっともないって思わない?あいつの努力も見ずにそんなこと言うなんて、負け犬にしか見えないよ。見てなさい、私がいつか正々堂々、あいつに勝ってやるから」


 俺は彼女の言葉に驚いて、突き動かされる様に物陰からそちらを振り返った。

 すると、彼女は綺麗な翠色の瞳をキラキラと輝かせながら挑む様な笑顔でそう言っていた。


 彼女の姿が、嫉妬や妬みに慣れすぎて、心が何も感じなくなっていた俺の胸に、まっすぐ突き刺さってきた。


 クラスメイト達はルナのその言葉に何も言えず、ただ圧倒されていたし、最初に言った男子は少し悔し気に顔を歪めている様だったけれど、そんな事、もうどうでも良かった。


 俺はこの時、ずっと心の中に燻っていたこの気持ちが“恋”である事を、はっきりと自覚した。


 ルナ……。俺は君のことが好きだ……こんなにも。


 胸の奥で、何かが弾ける音がした。


 それからは、まるで世界が変わった様だった。


 毎日、彼女の姿を見るだけで胸が高鳴る。

 彼女が誰かと笑い合っている姿を見ると心がざわついて、その笑顔は俺にだけ向けてほしいと、強くそう願ってしまう。


 別に彼女を縛りつけたいわけじゃない。ただ、俺だけを見てほしい。俺だけに笑ってほしい……。


 それだけなのに、胸がざわつくいて、堪らない気持ちになる。


 彼女の事を独占したいという感情が、こんなにも重く、苦しいものだとは思わなかった。



 そんな拗らせた気持ちをずっと抱え続けたまま時は流れ、俺たちは十六歳になった。


 俺は十六歳になった今に至るまで、ずっと一位をキープし続けている。そうすればルナがこっちを見続けてくれると分かっていたから。


 彼女が俺を見据えるときの真剣な瞳。その熱が、何よりも俺を動かした。どんな言葉よりも、どんな賞賛よりも、ルナの本気が、俺を突き動かしていた。


「また二位か、ルナ」  

「くっそぉ……、悔しいっ!でも次こそは勝つからね!」


 悔しそうに俺を見つめる顔すら、こんなにも愛おしい。彼女が俺に向ける眼差しが、たとえ敵意だったとしても、俺はその熱が好きだった。

 

 彼女の中で、俺が嫌いな倒すべき相手だったとしても構わない。俺のことを、どんな形であれ意識してくれているのなら、それでいい。


 俺を倒すために努力を重ねる彼女の姿が、たまらなく愛しかった。それだけで、俺の世界は鮮やかに色づいた。


 けれど、もしも叶うのであれば。


 意外と人に頼ることを苦手とする彼女に、誰よりも自分を頼ってほしい。誰より自分だけを見て笑ってほしい……。そんなことを願ってしまった。


 ルナの存在はもうどう足掻いても、俺の毎日の中心で。彼女への恋心が俺の胸の奥で静かに、しかし確かに、燃えていた。



 そうして、実地実習で思いがけず彼女とペアになった。


 教師からそれを告げられた瞬間、胸の奥がじん、と熱くなったのを覚えている。

 

 前日は緊張で眠れなかった。彼女とペアになれた事が嬉しくて、何度も寝返りを打った。


 そして実地実習当日。

 最初こそ順調に思えたけれど、普通なら出てるはずの無い様な巨大な魔狼の存在に焦りを覚えた。


 何とか二人で倒す事が出来た時、自分のことを全く顧みずにどんどん突き進んでしまう彼女が無事だった事に、何よりもほっとした。


 実習終了の合図を聞いて、今回の状況をどう教師に報告しようかと、いろいろと考えをめぐらせていると、ふと彼女から声をかけられた。


 そちらを見ると、唐突に、ずっと見せて欲しいと切望していた可愛い笑顔を向けられて、一瞬、思考が停止した。


 突然の事にどうして良いか分からず唖然としていると、追い討ちをかける様に彼女が無邪気に聞いてきた。


「これからは、親友って思ってもいい?」


 その時、ずっと心を悩ませていたことが、実は勘違いだったという事を知った。


 なんと彼女は、俺のことを嫌っていなかった。むしろ、ずっと目標にしていたなんて……。


 やめてくれ。突然そんなことを知ってしまったら、心臓がもたない。


 だけどルナ、ごめん。せっかくの君からのお願いだけど、今更この気持ちを友情に変えるなんて、絶対に無理だ。

 

「悪いけど、俺はルナのこと、友達だと思ったことなんてこれまで一度もないから」

「そんな……」


 ルナの瞳が少しだけ泣きそうに潤んだ。

 まさかそんな表情をされると思わなくて、一瞬、くらりとめまいがした。


 彼女がどうしようもなく可愛くて、無性に抱きしめたくなる。こんな状況でそんな衝動に駆られる自分にも驚いた。


「流石にこう言ったら伝わるかと思ったんだけどな。……やっぱりルナって鈍いよね。君、多分、勘違いしてるだろ」


 ちゃんと伝えないと、この子はきっと一生気づかない。そんな確信があった。


 だから、彼女の手をそっと握り、指先の温かさを確かめるようにゆっくり引き寄せて、その手の甲へ触れるだけのキスを落とした。


 瞬間、彼女が小さく息を呑んだ気配がした。

 その反応だけで、胸の奥が甘く痺れた。


「なあ、ルナ。……俺のこと、好きになってよ」


 途端にルナが、ぽかんと口を開ける。そして、みるみる頬が赤く染まっていく。


「……ばっかじゃないの」


 彼女がポツリと口にした一言が、拗ねた照れ隠しにしか聞こえなくて、思わず笑ってしまった。


 ああもう、ずるい。どうしてこんなに可愛いんだ。


 この先、もうこの気持ちを隠すつもりなんて全くない。

 君の隣に立てるのなら、俺はきっと、何だって出来る。


 だから、ルナ、早く俺のことを好きになってよ。



 




本作を見つけてくださり、お時間を作ってお読みいただき、誠にありがとうございます!


魔法学園ものと、強気でいじっぱりなツンデレ主人公の話を書いてみたくて、この度チャレンジしてみました。


強気なツンデレキャラはあまり書かないタイプの主人公なのですが、新鮮で面白かったです。読んで下さった方に、可愛く映っていたら嬉しいです。

男の子側は、一見クールに見えて、重めな愛を拗らせているタイプの男の子です。驚くほどすらすらと心情が浮かんできて、とても書きやすかったです。


この他にも恋愛ものの長編や短編なども何作か書いております。もし興味を持っていただけましたら、ぜひそちらもご覧ください。

 

最後になりますが、ここまでお読みいただきまして、ありがとうございました!また他の作品でもお会いできれば嬉しいです。


陽ノ下 咲



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― 新着の感想 ―
たくさんニヤニヤさせて頂きました!好敵手同士って、お互いが唯一無二っていう特別感が最初からあるのがいいですね。 強気でなかなか素直になれないルナちゃんに対して、エドワードが攻める未来が容易に想像できま…
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