弾圧からの解放 ~とある東洋人の軌跡⑤
Chapter5
処刑台が置かれた広場に向かって急ぐ3人。
しかし広場のスペースから漏れた衛兵達に早速見つかる。
兵士の一人が生一を指さし叫んだ。
『いた!あいつだ!“アックスボンバ”だ。』
どうやら生一に名前が付いたらしい。
「どんどん増えてくる!固まるよりバラけつつ広場目指すぞ!」
生一の指示で宮殿を3人がそれぞれのルートに分かれて走り抜けていく。
生一が右側の宮殿の壁際を走る。
それを見た衛兵が口々に言う。
『あっちだ!アックスボンバを捕まえろ。アックスボンバがいるぞ!』
…生一は、さっきつい口走ってしまった言葉というか技名が自分の名前にされているのにようやく気付く。
他の言葉は分からないけど、“アックスボンバ”という発音は分かる。
なんとも妙な気分だが4~5人くらいの衛兵を掻い潜り処刑台広場へ走る。
小谷野にも10人くらいの衛兵が追いかけてくる。
『“いっちゃうぞバカヤロ”がいたぞ。つかまえろ。”いっちゃうぞバカヤロ”を!』
何とも妙な会話だが、自分の名前がどうやら「いっちゃうぞバカヤロ」になっているのは理解した。
3人の中では一番足の遅い小谷野。
しかし追いかけてくる衛兵が束ではなく1人になった段階で、振り向きざまに打撃を食らわせるという戦法で切り抜ける。
束になって追いかけていても、走っているうちに必ず足の速い順に細長い列になっていく。
そこを瞬時に判断して対応するのだ。
生一直伝の戦法だ。
…その元ネタはどこか分からないが。
向こうは建物内ということで弓のような武器は持っていない。全員刀剣・シャムシールだ。
刃物は怖いが、切っ先をしっかり見てひとりずつ対応する。
『“いっちゃうぞバカヤロ”がそっちにまわったぞォ!』
そんな感じの掛け声があったのか、また増援がやってきた。
小谷野は逃げるルートを変える。
建物と建物の間、細い道に逃げ込む。
あくまで1対1の状況を作りながら逃げていく。
逃げていく小谷野に向かって衛兵たちは叫ぶ。
『“いっちゃうぞバカヤロ”を取り囲めェ!待てェ“いっちゃうぞバカヤロ”!』
兼元は一番の機動力を活かしてうまく逃げていく。
素早く壁を蹴り上げ、屋根に上がって戦闘を避けるルートを走り抜ける。
『“イーーヤッ”がそっちいったぞ。“イーーヤッ”の奴、屋根に居るぞ!』
屋根にいる自分を指さしたかと思うと、妙な会話をしている。
どうやら自分の名前は敵さんからは「“イーーヤッ”」に命名されたらしい。
『屋根を移動している!あそこだ!“イーーヤッ”だ!』
どうやらそうらしい…
なんだか複雑な気持ちを持ちつつ広場を目指す兼元。
向こうで声がする。
衛兵達が口々にある人物を指さして叫んでいた。
『“アックスボンバ”だ!あそこに入りこんだぞ!“アックスボンバ”を取り囲め!逃がすな“アックスボンバ”を!』
こんな感じの会話だ。
“アックスボンバ”の部分は聞き取れる。
衛兵が口々に叫んでいるのですぐに分かった。
このサッカースタジアムの客席みたいな斜めの造りをした建物内に“生一”が逃げ込んだというのを。
その入り込んだ建物から生一が顔を出し、こちらを見た!
「こっちに入ってこい!行けるか!」
その建物は日本で言うサッカー場の観客席ような造りになっていて、裏口のスペースが物置の倉庫になっていた。
生一はまずそこに隠れ込んだ。
少し前に生一が言っていた“最上段”というのはこの客席ような造りの最上段ということだろう。
そこからなら処刑台の広場を一望できる。
兼元は周りを見た。
その建物の物置に抜ける為には、10名の衛兵をうまくかわして突っ切らなくてはならない。
全員シャムシールを携えている。
判断を間違えたら囲まれて切り殺される。
全員の武器をパッと見渡す。本当に一瞬だ。
あそこ!
右端の衛兵の刀剣が一番大きい。
避けられれば隙ができる。
右側むけて走り込んだ。
『イーーヤッを囲めェ!』
衛兵全員が兼元を取り囲もうとする。
でもまずは目の前の相手の剣を避ける事だ。
走り抜ける兼元目掛けて袈裟切りのような形で剣が振りおろされる。
切っ先をよく見てかわす!
そしてその衛兵には構わずに右サイドを走り抜けようとした…という場面で他の兵士9名は刀をしまい、素手で捕まえにかかった。
剣を振り回すよりも先に素手で捕まえた方が捕まえやすいと判断したのだろう。
素手で数人に捕まえられる戦法だと、比較的小柄な兼元だと分が悪い。
「ヤバい!捕まる!」と思ったその時。
後ろから強烈なタックルで敵を吹っ飛ばした男がいる。
後から追いついた小谷野だ。
突き飛ばされた衛兵はドミノ倒しのように兼元向かって崩れかかる。
そこを飛びこえて回避する兼元。
「キャプテン!」
「あそこ行けってことやろ!入るぞ!リーダー!」
観客席のような造りの建物の裏側に入っていった2人。
遅れてかけつけた衛兵たちが口々に叫ぶ。
『“アックスボンバ”以外にも“いっちゃうぞバカヤロ”と“イーーヤッ”も入っていったぞ!囲め。ここから出すな!囲めぇ。“いっちゃうぞバカヤロ”も“イーーヤッ”も逃がすな!!』
物置のような雑にレンガなどが詰まれたスーペースを走り抜けて観客席の一番上段を裏側から登っていく3人。
階段を駆け上がりながら兼元が2人に言う。
「ええなぁ自分ら。“アックスボンバ”とか“いっちゃうぞバカヤロ”とかいう大層な名前付けてもらえて。俺なんか“イーヤッ”なんて言われてんで。」
「そんなん気にすんなよ。短くて楽やん。それよりもさっきからあいつら俺の事指さして口々に“いっちゃうぞバカヤロー”言うんだぜ。
一斉に叫ぶんやなくて、あんな口々に“いっちゃういっちゃう”とか連呼されたらさ…なんかそのさ…や、やらしくなるだろッ。」
「やらしいのはお前の頭ん中や!事が終わってからラックリ考えやがれ!四六時中!」
生一はまたアホな話かとツッコミは入れるが、すぐに真顔になる。
「最上段まで行くまで打ち合わせや。最後のな!話しながら言うで」
「…おまえ、それ言うなら“走りながら言う”やろ!」
「うっさいわ!間違えたねん。っつたく、よう聞けよオラ…ん?」
ふと見るとぼろ布に包まれたきんちゃく袋がいくつか置いてあった。
袋の中には油が入っているようだ。
その隣には古い形のダイナマイトのような形状。導火線が付いた粘土の塊が置いてある。
しかし粘土の塊の方はかなり古びていた。どう見ても火をつけても爆発しそうにない。完全に湿気っている。
立ち止まった生一は2人に聞いてみる。
「これ…何やと思う?」
「放火とかに使うやつちゃうか?古い感じやけど。
この油が出るところがキャップみたいやん。あとこのダイナマイトみたいなんは…さすがに使えそうにないやろ。」
「せやな…よし。」
生一はぼろ布を風呂敷の様にして、そこに油の入ったきんちゃく袋を、あと湿気ったダイナマイトも何本か入れ込んだ。
そして再び上の階目指して駆け出した。
* * * * *
一方処刑台のほうでは何やら衛兵達が騒がしい。
反逆者…脱走した村人が見つかったのだろうか?
騒動を抑えるために広場の衛兵のうち40名ほどのが取り押さえにかかったようだ。
彼らはどうやら処刑台から見て真ん前のまるで観客席のような斜めになっている造りの建物の裏側に逃げ込んだようだ。
40名ほどの衛兵は一旦広場に引き返し、今度はその建物を取り囲むような形の隊列に変わった。
この建物内に誰かが逃げ込んでいる。
脱走した人間がこの建物に逃げ込んでいるようだ。
そんな緊張感の中、宮殿の庭の方からだろう…一人の女性が乱暴に縄で括りつけられて処刑台の一番前に連行されてきた。
仁科さんも葉月もその彼女を見る。
身なりからこの村出身の住人ではなさそうだ。
黒髪だが、太陽の光を浴びると赤毛交じりなのが分かる。
何より奇麗で優しそうな方…。
なんでこんな方が死刑に処されないといけないのか…
その女性は理由は分からないが涙を流し顔を腫らしていた。
恐らくここに至る少し前、誰かの不幸があったのだろう。それに対しての涙であろう。
自分のわが身かわいさで泣いているのではない…そういった部分は仁科さんも葉月も直感で感じ取った。
髭を蓄えた小太りの男性“アジャパ”が壇上に出る。
『これより死刑を執行する。まずはネイシャ! ネイシャ・エフィデス。己は日本人を名乗る人間3人をかくまった。その重罪により極刑を言い渡す。』
途端に女性から悲鳴が上がる。
彼女の事を知っている感じの女性も何名かいるようだ。
涙を流しながら「やめて」と叫ぶ。
小太りの男性はネイシャの傍に行き、最後に小声でこう告げる。
『結婚はどうしてもせんというのだな…まったく、結婚に応じれば命は免じてやるというのに…』
ネイシャさんは無口でうつむいたままだ。
仁科さんと葉月は小声ではあるが、前の方に陣取っていたため会話は理解した。
結婚か死か…大勢の村人を虐げた上に彼女に対してそんな選択を迫っていたなんて許せない。
そして自分達の思い通りに行かなければこうやって自分の都合で手にかける。
そんな社会がまかり通っていい訳がない。
処刑台広場の下…城門では村の老人たちが必死に声を挙げる。
『執行する』という宣言の声が城門外にも聞こえたみたいで、非難の声が大きくなった。
…
……しかし状況を覆すことはできない。
遠くから見ているであろう脱走した村人も、ただ目の前の現実を遠目で見ているだけしかできない。
誰か…
誰かこの理不尽な状況をなんとかしてほしい。
誰でもいい。
目の前の女性、囚われの村人達を救ってほしい…
こんな…
こんな恐怖で人を押さえつけるだけのやり方がまかり通ってしまうのは嫌だ!
150名くらいの山賊衛兵が処刑場の周りを取り囲み…見つめる中、一番最後に連れてこられた美しい女性がまず壇上の一番前に突き出された。
やるせない気持ちを抱きながら仁科さんと葉月の目の前で、赤毛交じりの美しい女性の両手がまず吊るしあげられていく。
彼女は怯える様子もなく、俯き、涙を少し浮かべながら腕をロープで上げられていく。
両腕の自由は完全に無くなった。
その瞬間、仁科さんと葉月は祈る。
神様!どうかこの目の前の女性を!
神様!どうか助けて下さい…と。
その時。
「ちょっと待ったりぃぃぃぃぃぃィィィィィィィィィヤァ!!」
本当にドラマみたいなタイミングだった。
処刑台から正面の建物の一番上の段から大きな声がした!
これは“日本語”だ!
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