60-1 奪回
【60話】Aパート
---こちらは勇一達7名を乗せた車の中。
ドイツ南西部に入り、山道へと入っていく最中。
「これから山道に入る。雪道の上に蛇行が続く。揺れるから気をつけてくれよ。」
『MF』メンバーのグリムバートさんが注意を促す。
雪道で道が揺れる為、生一は既に車に酔っていた。
「うげ~酔うたわ~」
「生一がこれじゃ話は出来ないね。」
「まぁ仕方ないさ。込み入った話はスイスに着いてからにしよう。あの2人もいないし。」
皆で“これからどうしていくか”を考えないといけないのだが、どうも足並みがそろわない。
八薙と小谷野、兼元の3人は後部座席の後ろに寝っ転がっている。
「落ち着かないままでごめんね。あの山を越えたら一旦休憩にしよう。」
時刻は15時近くなっていた。
この峠を越えてからの日暮れ~宿泊という段取りなので、あまりゆっくりもできない。
中型のジープはそんなに速度が出ない。しかし雪山でもタイヤが道に捕らわれず力強い走行をしてくれるのは安心できる。
不意に車酔い故、ずっと窓の外を見ていた生一が叫んだ。
「グリムさん!危ない!前っ!」
突然目の前の山道で雪崩が発生した。
車の目の前の道が雪煙で真っ白になる。
「生一君、助かったよ。急な雪崩…危なかった。」
雪崩は30m程手前で起こっていた。ブレーキをかけなかったら巻き込まれていただろう。
「生一君。外を見ているついでだから頼みたい。後ろを見ていてくれないか。これから車をバックしていくから。」
山道は狭い一車線だ。
切り替えスペースのある場所まではバックしながら引き返していくしかない。
「仕方ないけどバックで戻ろう。生一君、右側を頼むよ。」
そう言ってグリムバートさんは生一に確認を促した。
ちなみにドイツは右側通行の為、車の運転席は左側だ。
しかし生一は別の方向を向いている。そしてグリムバートさんに聞いてきた。
「あの山の上におる奴……
人間やんな?まさかとは思うけど。」
見ると雪崩が起きたであろう小高い丘の上に人間が立っているのが見える。
「俺、あのナリに面識あるんやけど…嘘やろ…」
生一のただ事ではない言い方に他のメンバーも一斉に右側から見える丘に目をやる。
丘の上には……首のない人間が立っていた。
「あいつが…意図的に雪崩を起こして俺らの行く先を防いだ…とか……考えたくないな…」
「ああ…まるで悪い夢でも見てるみたいやな。何てことや。」
グリムバートさん含め男性は皆、丘の上に立っている人間がどんな人間だか分かる。
昨日見た……。
体は小さくともどんな攻撃も受け付けない…悪夢のような存在だったから忘れるはずがない。
「皆捕まって!」
グリムバートさんは全速力でバックしてここから逃げようとする。
しかし相手は逃げていく車の姿に気付いたようで、その“首無し人間”は小高い丘を駆け下りて来た。
40mくらいの高さからジャンプして着地する。
“ズシャッ”という音と共にバックさせて逃げようとしている車の正面に立った。
…
首のない異様な姿の人間。
間違いない。
これは人兵器だ。
「昨日の一体だけで終わりと違うかったんか!」
前方のアンドロイドを睨みつけながら小谷野が叫ぶ。
「グリムさん。方向転換出来るとこはまだですか?」
「何を考えているんだ。」
「足止め…するしかないやろ。絶対殺される。」
「馬鹿な事言わないでよね!」
「うるさいねん!お前らは絶対顔出すな!体温とかでロックオンされるで!」
「アイツ、走るにしても50kmくらいが限界なんやろ。街へ引き返すしかないやろ!」
「だからって。」
「おまえら2人はアイツの恐ろしさ分からんからそう言えるねん。黙って隠れとけ!」
よほどの緊急事態と見える。
普段こんな怒鳴り口調で彼女に向かって話したりしない小谷野と兼元。
でも背に腹変えられないような表情をしていた。
「グリムさんっ!」
「すまない。このジープは速度が出ないんだ。しかも雪道仕様だし。」
「でも!アイツの怖さ分るでしょう?逃げな!」
精一杯の速度で逃げるものの差は縮まらない。
さらに雪道を全速力のバックで降りていたため、不意にタイヤを溝に滑らせてしまった。
「しまった。」
「畜生!」
一番軽傷である生一が外に出て、雪にハマった車輪を戻そうとした。
「生一君!何をしようとしているんだ!危険だ!車に戻るんだ!」
「でも車輪が!」
思い切って雪道へ出る生一。
しかし…バックで逃げるなど無理に等しく、首無し人間は目の前まで来ていた。
「くそったれがァ!」
傷の癒えていない小谷野と兼元も車から飛び出す。
病み上がりなのに、この状況を自ら犠牲になってでも打開させるつもりだったのだろうか。
勝てないと分かっている…
それでも3人は首無し人間の前に立ちはだかった。
「やめろ!3人とも死ぬぞ!」
「そうよ!やめて!」
悲鳴に似た声を上げる仁科さん。泣きそうだ。
しかし車のタイヤを押し上げて逃げきるにはこれしかない。
「連携は覚えとるな!病み上がりでもやるで!」
「応!」×2
そう言って生一を先頭に陣形を取る。
「……ん?」
しかし首無し人間は3m程まで近づいてきたと思ったらそこで立ったまま何もしてこない。
「…生きてるよな…」
「急に立止まって…何してんねん。」
しかし首から上が無いので表情が読めない。
“逃げるならば追いかけるが、逃げないならー”
そんな雰囲気で立ったままこちらを向いている。…様に見える。
「仁科さん、葉月っ!見ちゃ駄目だ。ロックオンされるから。」
車内から勇一がそう言って後部座席奥の方に2人を隠す。
尚首無し人間は動かない。
「くそう…不気味やなぁ。何もせんで突っ立ってるだけとか…」
雪のちらつく山道。
少しタイヤが路肩から外れてしまったジープ。
目の前には首無し人間。
…止まっているわけではない。まるで何かの命令が下されるのを待っているようだった。
そしてそのままなんと30分近くも緊張状態が続いていったのである。
「まいったな…動こうにも動けない。」
「下手に動いたらどう出るか分かりませんからね。」
生一達3人も車の前でファイティングポーズを取ったまま緊張状態を維持し続ける。
しかし…
「俺ちょっと小便したくなってきた。」
「おまえふっざけんなよな!最悪の相手が目の前におるんやぞ。」
「でも雪の中、寒いやん。ちょっとだけ。な。出したらすぐ戻ってくるから。」
「気の抜ける事言いやがって!急いで行ってこい!」
そう言って小谷野が抜け、30mくらい先の道端で小便を済ませた。
戻ってきたと思ったら今度は兼元が言い出す。
「俺もさっきから我慢してんねん。行ってきてええか?寒くて堪える。」
「生きるか死ぬかの時に緊張感無いな~行ってこい!」
なぜか生一から許可をもらう形で、兼元もやや離れた茂みへトイレにかけこんだ。
用を終え、首無し人間のもとに戻ってきた兼元。
「ふぅ…スッキリした。サンキュなお前。」
しかしアンドロイドは何も反応が無い。
改めて目の前のアンドロイドを見てみる。
止まってはいない。
「こいつ…俺らよりもガタイは小さいし…」
「ああ。昔は子どもやったんやろうな。」
「改造されて首切られて…とかか?」
「あんまり考えたくないな。ホラー映画でも躊躇するくらいの設定やでソレ。」
「静那ちゃん…どういう環境に幽閉されとったんやろうな…」
「それもあんま考えんときたいな。それよりは“これから”の静公を幸せにするって方向でええやんか。」
「それやったら俺もできるで。」
「ああ。俺がおるからにはもう悲しい思いはさせへん。」
アンドロイドの目の前でそういう会話をしても何も反応が無い。
日本語で話をしているから…とかいう理由でもなさそうだ。
「で、いつ攻めてくるん?
何したいん?
どうしたいん?」
「お前もトイレとか行きたないんか?薄着で寒いやろ。■■■あるやろ?」
あまりにも動かないので、生一が間の抜けた質問を投げかけるのだが何も反応が無い。
「もうコイツエネルギー切れとちゃうんか?」
兼元がそう言ったそのタイミングで目の前のアンドロイドはいきなり動き出したのだ。
「ルゥオ!来た!」
緩んでいた気を一気に緊張させて身構える。
しかし目の前の首無し人間は生一達の存在を認識しつつも山の奥…どこかへと走り去っていった。
「行ってもうた…」
「何やったんやろ。」
「殺されるん覚悟したで。」
「その割には途中でトイレ行くとか…」
「まぁええやん。それよりもまず雪に埋もれたタイヤ直そうや!」
とりあえず随分積もってしまったジープ周辺の雪かきをしながら話をする面々。
「でもマジでどこへ行ったのか…」
「山越えれんように他の道も塞ぎにかかったとか?」
「それだと俺らを追いかけてきた説明がつかんぞ。」
「八薙は?見ててどう感じた?」
「はい…何だか命令が入るのを待ってるように見えました。内心ドキドキしてましたけど…勇一さんは?」
「俺も…何かがあったから俺達を殺すのをやめた…とも取れる。」
「それって交渉?…もしかして。」
”交渉”という言葉に全員ピクッとなる。
「交渉が相手の有利な方向に行った可能性がある。俺達をダシに使われた可能性が…」
ここでグリムバートさんが見解を述べる。
「ありえるね。ここにいる私たちの命と引き換えに何か無茶な要求を呑まされた可能性は…」
「じゃあハインさんや真也は?もしかして…」
「分からない。連中も命までは狙わないと思う。
交渉事だからね。でも…」
「何です?考えられることがあったら言ってください。」
「彼らに拘束、監禁された可能性がある。」
「そうなったらヤバいですやん。あいつらあの議員さん殺すんがミッションなんやろ?真也の身動きが取れんくなったら絶対に…」
「そうだろうな。…でもさっきの人兵器が監禁場所の番人に配置されていたら…」
「!」
「まぁ分かると思うが、どうしようもない。真也君がいたとしても…」
「く…畜生…じゃあ昨日のは何だったんだよ…命がけで皆で食い止めたのに。」
「連中は諦めていなかった…ということだろうな。」
「で、グリムさんはどうするねん。」
「私の今回の一番の任務は、君達を安全なスイス本部まで連れて行く事だ。」
「だからって…皆はっ…ハクション!」
「流石に寒いな。皆車の体制を立て直したら一旦山道を降りてから話をしよう。向こう(ドイツ支部)から何か報告があるかもしれない。」
* * * * *
「さっきはありがとう。」
車の中、葉月が生一達3人にお礼を言ってきた。
「あん?ええよ。とっさにやったことやし。」
「それでもありがとう。」
「まーったく…お礼の気持ちを受け取る暇もないなぁ俺達。この後どうするか緊急で話し合わないかんし~」
照れながらも感謝の気持ちを受け止める3人。
確かに今は“どうするか”を話し合わないといけない緊急事態だ。
盆地まで下ってきたところで車内での緊急会議が始まる。
「ドイツ支部から連絡が入ったよ。やはりうちのメンバーと真也君達4名は相手側の施設内で監禁されることになった。釈放はされるだろうが、それは任務遂行の後ということだろうな…」
「やっぱり俺達が人質になった形ですか…」
「そう自分を責める事はないよ。ただ、相手の方が上手だった。それだけだ。」
「すんなりスイスまで引かせてもらえんかったか…」
「そこでだ。
君達はどうしたい?
これはよく大佐が使っていた言い方なのだが…。」
「勿論、ギュンター氏の暗殺は阻止したいです。…これからのハインさんの活動にも響くだろうし…」
一番に意見を述べる八薙。このままでは総長が浮かばれない。
「でも恐らく彼の暗殺にはあの精鋭の軍人が向かうだろう。
アンドロイドの方は、真也君の足止めに入ると予想できる。
これに対して何か打開できる案はあるかい?」
「あの精鋭軍人か…
全員でかかれば…」
「“勝てる”…と言えるかな?
先ほどの報告からだと、君たちは後で使えると見越してわざと殺さなかったと言っている。
それがハッタリかどうかは分からない。
ただ今はそこを詰めている時間は無い。」
「く……」
「感情的なものは置いておいて、具体的な方法があれば述べてくれ。
無い場合、私としては自分の任務を優先させるしかない。…組織から君達を託された責任がある。
余程の理由が無ければ君達を危険な場所へ連れ戻す訳にはいかない。」
確かに今自分達がベルリンまで戻って一体何が出来るのか…という思いがある。
しかし総長の意志を継ぎ、必死で街を守ってきたこれまでの行いが泡と消えるような感覚がして悔しくてたまらない。
考えても案が浮かばない中、日は少しづつ落ちて行く…
山道を下った盆地にある小さな町中では、皮肉にも迫るクリスマスイベントに向けて賑わいを見せていた。
「くっ…勇一!お前はなんか案無いんか?」
「兼元…そんな事言われても…」
「何でもええねん。俺達がやってきた事このままやと潰されるぞ。ハインちゃんも活動できんように追い詰められていくやろうし…俺かて相手の思惑位は分かるねん。だから…」
頭を必死に廻らせて考えているのは分かるが、今の自分達にできることが無い。
7名の間で少し沈黙が起きた後、グリムバートさんが静かに話しだした。
「先ほど“感情的なものは置いておいて”とは言ったものの君達の気持ちはよく分かる。
私も無念の想いだ。
だがそれでも仲間の命は助かった。
だったらまたイチからやり直しだ。
生きていればどんな形でもやり直せる。
まずは皆が無事でいる事…それに勝るものは無い。
これは『MF』の大佐も言っていた言葉だ。」
「ミシェルさんが…」
「1からやり直すのは大変だ。
でも死んでしまったらやり直す事すらできないだろ。
一度失敗したらやり直せないなんて誰が決めたんだ?
兄に続いて精神的支柱を失えばハインさんの立場も今後かなり厳しくなるだろう。
でも君達はこれからも彼女をフォローし続けるだろ?
諦めずに……
これからもずっと……」
「もちろんや!!」
「当たり前や!」
「だから己の今の状況を見つめられる度量があるのなら…
今は撤退しよう。」
「く…そ…俺は……」
悔しくなって涙が込み上げてくる勇一。
今回自分の指揮で見事この難局を切り抜けられたと思っていた。…しかし相手はそうはさせてくれなかった…
「俺……も悔しいですよ…く…ぐっ…ぐぐぐ」
八薙も涙を抑えられなくなってきた。
死んでいった総長の分も…と思って命がけでこの街を守ろうとした。でも相手とは経験も力も全てが違いすぎた。…ハインさんの立場も結果的に守りきれなかった。
ただただ心苦しい。
「でもグリムさん…一個だけお願いが…」
今の状況をもう受け入れるしかないという表情の勇一ではあるが、できればお願いしたい事がある。
「何だい。言ってごらん。」
「静那や…真也に会いたい…」
「あのお姫さんか…」
「こんな形で離れ離れになって…
この1週間くらいの間…どこか心が不安だった。
仲間と離れるのって…静那が居ないのって…こんなにも寂しいんだなって感じました。」
「……うん。」
「一から再スタートでも、状況が厳しくなってもいいです。
今は俺……皆といたい。
真也も…静那も…皆で集まって…
戻るんなら、みんなで帰りたい…です。
皆といられないのが…今はただ辛い…」
勇一の言葉はもう理屈など抜きにした心の底からの叫びだった。
仲間の存在が勇一にとっては心の支えになっていた。
辛くてもみんながいる。
恐らく皆も同じ思いなのだろう。
ドイツに入るにあたって、まず最初に真也と…静那と離れ離れになった。
それだけで7人の心にぽっかりと穴が出来たような感じになった。
…正直寂しかった。
今振り返れば彼女の居ない寂しさを埋めるために、外へ出歩いたりしたのではないかと感じる。
「静那はしばらく基地の中で監禁なんでしょ?
一人でいるって事ですよね。
だったら…会いたい。
俺…今の苦しい気持ちの上で、静那にも暫く会えなくなるのは辛いよ。
苦しい事ばかりだったような気がするけど、それを乗り越えられたのは静那の存在があったから。
皆で帰りたいよ。」
見ると仁科さんも涙を流していた。
「私も…皆と居たい。静ちゃんも…真也も…いてくれるだけでいい。
大事な仲間が欠けた状態って…なんだか心が落ち着かなかった。
静ちゃんと……いたい…それでいい…。」
真也が死んでしまうのではないかという恐怖感を抱いたりと今までの緊張の糸が一気に崩れてしまったのだろう。
葉月が背中を優しくさすっていた。
「俺も…待ってるだけは辛いねん。戻るなら9人全員で戻りたい…」
「ああ…静那ちゃんおらんの…辛かったねん。強がってたけど…ホンマ辛かったねんで。看病してとかワガママ言わんから一緒におりたいねん。」
軍人でもない彼ら彼女らは、戦場ではないものの常に気を張った状態の最前線で戦っていたのだ。
得体の知れない大人達に対してたまらなく不安だったはずだ。
戦時中のようないつまでも続く緊張感……
だから有無を言わさず安心したかったのだろう。
その為にも大好きな仲間と一緒に居たかったのだろう。
仲間と一緒に食卓を囲んだりするような何気ない時間が恋しくなったのだろう。
少し考えた後、グリムバートさんは決断する。
「彼女の存在が君達の心の拠り所だったんだな…
よく分かったよ。ベルリンまで一旦戻ろう。
お姫さんと真也君を迎えに行こう。」
物語はドイツ編後半。攻勢編の華僑です。
ドイツでの現地取材を経てリライトをする予定です。
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