59-2 交渉という名の脅迫
【59話】Bパート
ベルリン大火を阻止したあくる日。
勇一達が荷造りを終えて病院を出ようとすると、『MF』メンバーのグリムバートさんが入り口まで車で迎えに来てくれていた。
ドイツ製の中型ジープだ。
「グリムさん。この度はお世話になります。」
「ああ。今日は天気も良い。一気に国境手前くらいまでは進めそうだ。」
しかし山は雪で覆われている。
それでも今日は視界がよく道路も比較的安定して進めるらしい。
「皆乗ったか?」
「おう。」
「ええで。出しても。じっとしてても寒いし。」
「こっちもいいよ。」
「荷物も積み終えましたんで。」
「じゃあグリムさん。お願いします。」
「よし。寒いから窓はあまり開けないようにな。行くぞ。」
勢いよく7名を乗せたジープはベルリンの中心地から南下していく。
願わくばクリスマスマーケットを本場ドイツで楽しみたかったところだが、それは来年以降に持ち越しだ。
次にドイツへ行く楽しみが増えたと思えばいい。
それに静那やハインさん…スラムに残った皆ともクリスマスを祝いたかった。
ドイツのクリスマスイベントというのはそれくらい伝統的で特別なのだ。
「これから長い移動になるけど、その前にこちらの近況を伝えるよ。」
グリムさんが運転席から皆に話を投げかけた。
どうやら朝から早速動きがあったようだ。
「昨夜遅くに相手側から交渉の申し出があった。
こちらの予想通りだ。」
「もう連絡が来たんですね。」
「相手側も情報の共有と決断が速い。
だがそれも想定済みだ。
我々のチームは基地からなるべく近い別拠点で彼らとの席を設ける事になった。」
「それっていつです?」
「今日だよ。私が知る限りだと昼下がり、午後だね。」
「動きが早いな…」
「相手側も捕虜となっている3人を何としても回収したいのだろう。」
「だったら回収の為にもこちらにメリットのある要件も汲んでくれるんじゃ。」
「そうだな。
我々の任務は紛争の火種を止める事だ。
ドイツ中に居る反対勢力側リストの提示…ギュンター氏、ハラルト氏殺害計画に関わった張本人の引き渡し。
それがこちらの条件になるな。」
「かなり緩いですね。」
「我々は何も争いをしたいわけじゃないからね。だがあの精鋭たちは任務遂行の為には手段を選ばない。
2人になってしまったとはいえ、何らかの手口を考えているはずだ。
今回の任務の本懐が“ギュンター氏の暗殺”なら彼らはまだ諦めていないだろう。」
「“任務遂行の為には”…か。」
「どんなにこちらに損害が出ようが任務を遂行し、完了するのがプロの軍人というものだ。そして彼らはそんな軍人の中でも精鋭中の精鋭だ。」
「だから真也に護衛に入ってもらった…」
「そうだ。奴らが諦めたとは思えん。
頭がキレるのは君達もよく分かっているだろう。
相手にとって一番影響力のある人物を殺害すれば、その後の政局はいくらでも逆転できる。」
「そうですね。
“子飼いの政治家”が他にも大勢いるって言ってましたし。」
「相手を侮ってはいない…
しかし予想の上をいかれてしまえば……力で抑えるしかないな。」
「それが戦争…」
「戦争は交渉…いわば外交の失敗した結果起きた事象に過ぎない。だからこそ話し合いの時点で8割方決まると思って望まないといけない。」
「ますます10代の俺らの踏み込める領域ちゃうなぁ。」
「そこは無理に入って来なくても大丈夫だよ。あとは専門の人間に任せてくれ。
君達をこれ以上危険な事に巻き込ませるわけにはいかない。
大佐が生きていたら大目玉だよ。」
少し苦笑いをするグリムバートさん。
「そう考えると交渉って怖いですね。ただの話合いの場なのに…」
仁科さんが呟いた。
車の中での男達との会話を思い出す。
……あの口調こそきつくないが刃物で抉るような言い方。
まるで言葉という武器を使っての殺し合いをしているようだった。
「ハインさん…」
自然と声が漏れ出る。彼女の安否も気がかりだ。
交渉の席には『MF』から2名。そしてハインさん。護衛として真也が同席する。
相手は2名だそうだ。
正攻法ではなく本当に交渉が目的のようだ。
2代目総長としてこれからのベルリンを守っていくと意気込んでいたハインさん…だが相手はあらゆる面で凄腕の軍人達だ。
ハインさんは見た目20代前後の女性…交渉の経験値という点では差があり過ぎる。
「真也もいるし武力行使で来ることはないと思うけど…ハインさん…あんな相手に対して大丈夫だろうか。」
皆もどこか浮かない顔をしている。
皆と他に話したいことはあったが、まずはハインさん達の交渉が上手く行く事を願わずにはいられなかった。
* * * * *
こちらは昼下がりのベルリン市街外れ。
『MFドイツ支部』からやや離れた川沿いの家。
外から見れば何の変哲もないボロい民家なのだが、中では重要人物が集っていた。
まず『MF』側…
セルジオさん、クラウディウスさん。
そしてハインさんと真也の4名だ。
対する人間は…
精鋭軍人の2人。
周辺に人の気配はない。本当に2人だけだった。
一人は片腕を切断したあの男。もう一人はギュンター邸宅で出会った男でこの5人組の隊長を務めているようだ。
2人とも真也の事はよく知っている。
「急な申し出お時間を取っていただきありがとうございます。セルジオ氏。」
お互い机を隔てて軽く挨拶をした後、2人はまず真也に視線を向ける。
彼に計画を根底から覆されたと言っても過言ではない。
だがこの日は彼に対してのリベンジではない。あくまで交渉だ。
「おそらく昨日の状況は把握していることと思われます。
本題に入りましょう。
何しろ12月は日の入りが早いものでして。」
「無論です。
我々もあくまで話し合いを持ちかけた身です。
交渉はスマートに終わらせたいものですね。」
“スマートに”という言葉に何か引っかかりを感じたセルジオさんだったが余計な会話は挟まず本題へ入っていこうとする。
その前に相手側から切り出してきた。
「まずはお初にお目にかかります。
私の名前はミルヒ(Milch)と申します。まぁこれはコードネームのようなものですが、5人のメンバーの隊長を務めさせていただいております。
隣はケーゼ(Käse)
彼は先日片腕を失ってしまいましてね、今回は書記という立場で参列させていただきました。」
本名ではないようだが、彼らはコードネームでお互いを呼び合っているようだ。
「早速ではありますが一つ疑問に感じている点がありますのでまずはそれを。」
「どうぞ。お構いなく。」
「お宅らの組織はどうやらこの国の正式な軍隊や防衛機関ではないようなのだが…なぜ今回の件に?
それに国籍もドイツではないようだ。」
どこでそれを知ったのだろう。もしくはその情報自体カマをかけてきているのかもしれない。
しかしそこは動じることなくセルジオさんは返答した。
「関与の理由は全てはお伝え出来ませんが、ドイツの分断…これは無視できないレベルまで進んでおりますようで、我々“市民”としても看過できませんでした。
大火作戦とはこれまた派手な手段で。」
論点を変えて上手く切り返す。
「我々も任務遂行の為に派遣されてきた者でしてね。ここまで派手な事をするとは思っておりませんでした。」
「随分大胆な作戦ですね。」
「ええ。フランスやイギリス諸国は元々ドイツの統一を望んでいなかったのでね。分断が現実になるとなれば加担してくれる勢力は多い。
法の上とはいえ第一次世界大戦からの根は思いの他深くてね。
四方から援軍を呼べてしまう勢いだ。」
「そちらとしてはドイツ国外に意識を向けたいようだが、我々は欧州諸国全体の動向もチェックしております。今回の関与は無いと断言できてしまう証拠がこちらにも入っておりますので。
如何かな。」
隣で会話を聞いている真也。
この段階で、もはやどこまでが本当でどれがフェイクなのかは分からない。
言葉を投げかけ、相手の心の糸が揺れる隙を伺っているように感じる。
「それでも国内に分断を願っておる同士が大勢いるのは承知の通りでしょう。」
「そこはおっしゃる通りです。企てようとする議員とは是非話し合いたいものですね。」
「話し合いに応じますかね。
そもそもあなた方はこの国の政治家ではないのでしょう。」
「そのためのパイプが彼女にはあります。
そちらが彼に手出しをしないのであれば話し合いの余地を設けられるかと。」
…誰の事を言っているかは分かる。しかし相手の2人は表情一つ動かさない。
「分断は摂理ではないかと感じますが如何ですか?
ドイツは各国が押さえつけるべき対象となっている国です。
各国と連携を取った歴史の裏側、あなたならご存じでしょう。
自国を脅かす存在は力を分断した方が安心だと感じる人間が居ても不思議ではない。」
ここで少し踏み込んだ話に入ったと真也は感じた。
「では今後の行いは我々には黙認してもらいたいと…」
セルジオさんも踏み込む。
「あなたたちがドイツ国民の民意ならば考えます。ただ、そうと言い切れますかね。」
少し雲行きが怪しくなる返答。しかしあくまでセルジオさんは落ち着いている。
「ふぅ…確かにそうではないですね。残念ながら。
いやいや、そうであると言いたいのですが…こればかりはねぇ。
辛い所をつかれましたよ。」
少し笑いつつも落ち着いている。
しかし押してみても“らち”が明かないと見たようだ。
「そちらが本当にそう感じていらっしゃるのでしたら話が早くて助かります。
それならば…うちの3名を戻してもらう見返りは何になりますかね?」
「足を負傷している…とはいえ彼らも精鋭中の精鋭でしょう。
それなりの交渉材料を譲歩いただけると思っております。」
「構いませんよ。交渉の場ですから遠慮なさらず。」
「では条件を提示させていただきます。」
ハインさんと真也は息を飲む。…ここから交渉内容に入る。
「筋を通す…という視点で見ると…
今回の大火事件に関わった上層部…反対勢力側の人間すべての情報を開示して頂きたい。
何も殺すなどの様な物騒な事は致しません。
我々の任務はあくまで紛争の火種を止める事でして…。
全員は無理であっても、今回ギュンター氏殺害を企てた張本人の引き渡しは取引材料としては外せません。」
「成程…ですがそれはいささか条件が厳しすぎませんかね。
我々雇われ軍人のスタンスは相手の情報を漏らすような事をするのは死んだようなものです。」
「では死んでも口を割れないと…」
「任務遂行とはそう言う事でして。」
「それではこの交渉は平行線になります。
ただ今回あくまで交渉という形で挑まれたわけですから、何らかの落としどころは持ってきているのでは?」
「勿論です。ただそれはあなた方の方でして。」
ここでハインさん達の表情が少し引きつる。
“状況が不利なのはそっちなのに何を言っているのだ”という感じだ。
少し考えた上でセルジオさんが問う。
「このままあくまでギュンター氏殺害という任務を遂行されるのでしたら…こちらにいる青年を護衛に入らせます。
我々としても2人だけでこの席に臨んでいただいたのです。客観視して筋の通った話ならばどういう内容だろうがリスペクトを持って接しております。
ただ、現段階で動ける人間はミルヒさん…あなただけです。
現段階で国外から援軍を呼ぶというのは軍事的な面でも不可能に近い。
この状況でどういった手を打たれますか?」
相手は頭がキレる。ムキになったり意地を通そうとしているとは考えにくい。
何かを隠しているのか…そんな不安を抱く。
「交渉の為のテーブルにつくためにはね、相手と同等の力が必要なんですよ。
対話も資本も力という抑止の土台の上で成り立っています。」
「それは我々には交渉につくための力が不足していると。そのため条件を提示されても成り立たないということですか?」
「力という背景がなければ決して対等な交渉は出来ないと思うのですが如何ですか?」
“彼は一体何を言っているんだ”と感じる真也。苦し紛れに今までのドイツの歴史的事例でも引き合いに出そうとしているのかと。
だがその予想は大きく外れ、悪夢のような告知への導火線につながっていった。
「貴方達は一つ勘違いをしている。」
「勘違い?勘違いって…」
ここでハインさんも気になって反応した。
しかしクラウディウスさんは落ち着いた声で聞き返す。
「ほう。お聞かせいただいても構いませんか?」
「ええ。ここからは機密事項なのですが…流石に交渉カードの一つですのでお答えいたします。」
姿勢を改める真也、そしてハインさん。
「人兵器…の試作品は拝見されましたよね。」
「そうですね。私は写真と報告からではありますが…」
真也は対峙した経験がある。
「その試作品が……”1体のみ”という誤情報はどこで広まったのでしょうか?」
「なっ!」
思わず声を上げてしまった真也。“あんなのがまだこの街にいるのか?”という心境だ。
「では交渉が決裂ならばその試作品をギュンター氏の元へけしかける…とこういう事ですか?」
「いえ……大火の件で事が大きくなってしまった今、けしかけるなんてそんな派手なことは出来ないですよ。
今度は国民の目に晒される事件として大騒ぎになる。
ほとぼりが冷めるまでは子飼いの政治家との結託を固め、次の計画へ備えるのが流れとしてはベターかなと。」
あくまで殺害用途として人兵器の試作品は利用しないつもりだ。
「…成程。今回の火災事件の後です。任務の為とはいえ尚早というのは私も理解できます。
では、どうするおつもりですか?」
「そうですね。
ギュンター氏には今後、そこの少年以外にも多くの護衛が入ることでしょう。今回のチャンスを逃したことで民衆を巻き込むような派手な動きは出来なくなるでしょう。
ここに関しては参っていますよ。正直な気持ちです。」
そう言って苦笑いを浮かべるミルヒという男。ならば人兵器を一体どこへ…
「あなたまさか!!」
セルジオさんが声を荒げて立ち上がった。
さっきまで一番冷静に対応してくれていた人間が急に取り乱したのである。
ミルヒという男は“自分の意図”が理解してもらえたことに対し、初めて笑みを見せる。
「迷っている時間はあまりないというのは分かりますよね。
どうしますか?
そもそもそちら側にはカードが無いんですよ。」
「人道的に大いに反する行いだ。
このままあなたたちを生かして返したくないな。」
睨みつけるセルジオさん。口元が震えている。
しかし真也とハインさんはまだ何のことかよく分かっていない。
表情をひきつらせるセルジオさんに向かって溜まりかねた様に真也が聞く。
「あのっ…彼は何をしようと。」
「ああ、話が理解しづらくてすまないな。
しくったよ…いつからだ!」
「うちのメンバーが君たちの仲間を殺しはしなかっただろう。なぜか分かるか?少年。」
その言葉を聞いてやっと事を理解した真也は激高する。
「貴様ッ!」
「真也君、落ち着くんだ!ここは交渉の席だ。」
「でもこいつら…」
「落ち着け!まだ交渉は終わってない!ハイン君も気をしっかり持つんだ!」
「クソォ…」
体を震わせながら真也は一旦着席する。
ここで真也が怒りに任せて目の前の2人を叩き潰すことは出来る。…しかしそうなればどうなるのかを考えないといけない。
隣でハインさんが震えていた。
「では“交渉”に入ろうか。あまり時間もない。もうすぐ夕暮れ時になる。」
「…そうですね。」
あくまで冷静を装いながらセルジオさん、クラウディウスさんは話を続けようとする。しかし心中は穏やかでいられない。
「確かにそちらの言い分も分かるがね。そちらに手を引いていただかないと任務が遂行できないんでこういう形を取らせてもらった。」
「ミルヒさんでしたっけ。御託は構わないので交渉を進めましょう。」
「2人ともクールな反面情熱家ですね。ま、進めましょう。」
「交渉条件は?」
「我々のメンバー、3名の無条件釈放。そして君達の監禁だ。」
「なっ!それはあまりにも一方的では?」
「そうだな。客観的に見ても一方的だ。だから譲渡案はありますよ。
もう一度言う。これは“譲渡”だ。よく聞け!」
怒りを抑える真也。“こんなの交渉でも何でもない”という表情を向ける中、セルジオさん達はあくまで譲歩案に耳を傾ける。
「幸運な事に貴方達の巣食う基地はまだ割れていない。
我々もそこに関しては任務外なので詮索するつもりもない。
そこでだな…
貴方たちの拠点には手を出さない。
そして我々の”任務”が完了したら、君達の監禁は解除する。
この2つを約束しよう。どうかな?」
「……約束の根拠は?」
「君達4人を監禁した後、そこの警備員として人兵器の試作品を配置させてもらう。」
「!?」
「我々の任務が完了したら、その試作品共々我が国へ引き上げていく。分かるかな。」
これ以上交渉の余地は無さそうだ。
それにこれは一刻を争う事態かもしれない。
セルジオさんは苦渋の決断をせざるをえなかった。
「分かった、要求を呑もう!だから皆の命は助けてくれ!」
「上出来だ!」
そう言ってミルヒという男は嘲笑的な笑みを浮かべた。
物語はドイツ編後半。攻勢編になります。
ドイツでの現地取材を経てリライトをする予定です。
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