58-1 声よ響け
【58話】Aパート
頭が無い人間…“人兵器”と呼ばれているアンドロイドがとうとうベルリンの市庁舎正面まで踏み込んできた。
最終的な狙いは恐らくギュンター氏だろうが、誰もそれを止められない。
周辺の市民は全員避難させているので大騒ぎにはならなかったが、庁舎内にはまだハインさんをはじめ大切な人間が避難している。
これ以上はこのアンドロイドを侵入させるわけにはいかないと、軍隊を出動させ建物手前に防衛ラインを張ったまでは良かった。
しかしお構いなしにその頭の無いアンドロイドは迫ってくる。
軍隊の力などまるでものともせず…
もう侵入を許してしまうのは時間の問題…
そう軍人達も周りの役場の人間達も感じはじめていた。
“我々はもしかして知ってはいけない相手と関わってしまったのか”と…
そんな時に、『防災行政無線局』から“緊急放送”が響き渡ったのである。
* * * * *
ふとマイク越しからややイレギュラーなやり取りをする声がボソッと漏れた。
あくまで小声だった事と、そのやりとりが“日本語”だったことで、殆どの国民がその意味を理解できなかったのだが…
「静那、“防災行政無線局”っていうのはドイツ語でどう言うんだったっけ?」
「“カタストローフェンシュッツ”だよ勇一。大丈夫。伝わるから。私、フォローする。」
スピーカーから小声で聴こえてきた勇一と静那の日本語でのやりとり。
その声に対し、なぜか反応したのは市庁舎へ乗り込まんと歩を進めていたあのアンドロイドだった。
声に反応して動かなくなった。
「何だ?急に動きが止まったぞ。」
「どうしたんだ?動かなくなった…」
「きっとあれだ。あの放送の声に反応したんだ。間違いない。」
先ほどの放送内で小声で聞こえてきた女性の声…マイクからの静那の声に反応したかのようにアンドロイドは立ち尽くし、急に動きを止めた。
声が聞こえてきた建物横のスピーカーをじっと見ているようにも見える。
まるで静那の声をずっと前から知っているかのような感じがした。
少し間が空いた後、その“日本人”の青年によるドイツ語でのたどたどしい演説が始まった。
あちこちで不自然に起こっている火災事故に対し、不安感を抱いていたドイツ国民だがその声に一旦耳を傾けてみる。
何か救いを求めていたのだろうか。
公民館や車の中、ラジオを点けて耳を傾けている人間もいる。
今のこの言いようのない不安感をどうにかしてい欲しい。
突然の各地での急な混乱。
今ベルリン市内はどうなっているんだ…
国民の多くはそんな思いだった。
『クリスマスを迎え、皆さん気持ちが高ぶっている頃だと思います。
観光客もイベントに合わせて増えてきているように思います。
日に日に注目度は上がり、今皆さんはどんなお気持ちですか?
世界的にも有名なクリスマスイベントを見届けようと僕たち日本人もはるばるここドイツへやってきました。』
マイク越しに聞こえてくるこの人間は今のこんな状況で何を言っているのだ?
全世帯ではないが、ベルリンの街は今混乱の最中だ。
確かに日程が迫ってきているとはいえ、今の状態はクリスマスなどととても浮かれた気分になれない。
何を悠長な事を言っているのだ、この日本人とやらは!
この時は、スピーカーから聴こえてくる声に対し不快感を感じる人間は多かっただろう。
しかし声の主はそんな今の不快感をまず受け止めるかのような雰囲気を出しつつ語りかける。
『全世界の人々も注目するドイツのクリスマスイベント…
楽しみにしている観光客も多いと思います。
今年も世界中のメディアが注目するでしょう。
しかし今、不特定の地域で火災が起きてしまい、大変な事になっています。
この混乱、不安を感じている方も多いでしょう。』
分かっているなら話すなと不快感をあらわにする人間もいる。
今聴いている国民は不快感を感じている人のほうが多いのではないだろうか…
『ただ、これはチャンスでもあります。』
“何を言っているのだ!”と悪い意味で声の主に注目する国民達。
しかしその理由をゆっくりと語りはじめる。
『僕ら日本人は3年前“阪神淡路大震災”という大きな災害を経験しました。
甚大な被害が出ました。
大勢の国民にとって辛く忘れられない1日になりました。
あまりにも大きな地震だったので、世界にも広く報道されました。皆さんの中にも覚えている方は多いかと思います。』
ここで少し怒りの雰囲気が落ち着いたようになる。国民は一旦耳を傾ける。
『震災が起きたその後…
壊滅的な被害にも関わらず、被災地の皆さんはお互いに助け合いながら難局を乗り越えました。
日本全国からボランティアがやってきて予想以上の速さで復興を成し遂げました。
各地で暴動や混乱が起こる事無く、どんどん町が蘇っていく…
そんな様子を見て驚いた世界中のメディアが大々的にこの様子を報道しました。
結果、日本の高い精神性や団結力を発信する大きな機会になったのです。
話を戻します。
…今街が大変な事になっているのは事実です。
でも世界的な大祭行事を控え、世界中の人たちがドイツという国に注目しているのも事実です。
長い歴史の中、私はあなたたちゲルマン人が力強く慈愛にあふれた民族だという事を知っています。』
街中がざわざわとし始める。
この急な自国民への讃辞に対し、どう反応して良いか分からないという感じだ。
『今こそ…この災害と混乱で大変な今こそ、ドイツ国民の素晴らしさを世界にアピールできるチャンスではないでしょうか?
メディアは勿論、観光客でさえも、この状況を自国民がどう立ち回っていくか注目しています。』
そう言われてもどう反応して良いのか分からない…という人間が大半だった。
しかしなんとももどかしい気持ちがして顔を上げてみる。
そして、一旦周りの人間を見やる人々。
驚いたことにそれを見透かしたようなメッセージがつづられていく。
『今、辛くて…現実から目を背けたくて下を向いていませんか?
でも一旦誰かに矛先を向けるのをやめて、横を見てみませんか?
隣の人を見てみませんか?
その隣の人は困っていませんか?
お互いが力を合わせたらすぐに解決に向かえる気はしませんか?
僕は知っているからこそ伝えたい。
今起きている災害は、ドイツ国民の力をもってすればそれほど脅威ではないはずだという事を。
自分に意識を向け過ぎず、少し周りに目を向けてみたら、何をするかが見えてきませんか?
困っている子どもや助けを求めている人は近くにいませんか?
一人で何とかしようとしたらきっと無理を感じて心にブレーキがかかるでしょう。
でも隣の人と…
周りの人と…
市民が手を繋げば、そんなに難しい事なのでしょうか?
こんな時だからこそ世界中から訪れた人たちが、ドイツ国民の動向に注目しています。
僕達に貴方達の本来の力を見せてほしいんです。
分かってはいるけど、実際に見たい。
皆さんの団結力を。
皆さんの底力を。
世界中の人たちが注目している中で、この状況をドイツ国民の皆さんでどう覆していくのか。
こんな状況だからこそ見せてほしいんです。』
立ち止まって、スピーカーに耳を傾けていた市民。
ふと、お互いの顔を見つめあう。
目が合ってしまったとお互い照れ臭くなり、すぐに目を背ける。
まだこの真っすぐな言葉を正面からは受け止めきれないのだろうか…
“何で見ず知らずの日本人にこんな事言われないといけないのだ”と、苦い表情を示す人間は多い。
しかし…“自国民の誇りとやらを…まぁ見せてやらんでもない”とまんざらでもないような表情も浮かべはじめる。
自分達は凄い…
今それをアピールできるチャンスでもあるという事もまた事実なんだから…
動きが.....どこからともなく始まる。
火災の激しいエリアではいつの間にかバケツリレーなどによって水が運ばれはじめ、消火へと向かう人達。
行政や消防局にいつまでも任せていられないという決して後ろ向きな気持ちではない。
“行政に任せるまでもない。我々が本気で動けば事足りる!”という前向きな気持ちの人間が多くなっていた。
自然と国民一人ひとりの足が消火活動、避難活動の先陣を切ろうと動き出す。
スピーカーに耳を傾けながらも、各々が“やるべきこと”を無意識に模索し始めた。
そんな街中の空気が変わりつつある中……勇一はもう少し出だけ言葉を付け加える。
動き始めた人たちの背中をそのまま押すようなメッセージを…
『今日の一歩で未来は変えられます。
思うだけでなく
考えるだけでなく
語るだけでなく
祈るだけでなく
動く事で。
動けば変わるんです。
動けば誰かの勇気になります。
あなたが笑えば誰かの心が温かくなります。
あなたが動けばそこに希望が生まれます。
そんな人が増えたら…その場所は“天国”と呼ばれるようになっていきます。
天国は死んでから行くところじゃない!
ここ…この場所でつくるものだ!
同じ思いを持った人間がいれば、想いを声にして発信してみませんか。
きっと他にも仲間がいて、さらに反応してくれる…
一人の力は小さいかもしれない。
でも集まれば大きな力になっていきます。
自分の事も想ってあげてください。
あなたが愛する人と同じように自分を愛するっていうことは、全てを愛する事につながるから。』
気付けば野次馬と言われる人は殆どいなくなってきたように感じる。
各々が誰に言われるでもなく動き始めた。
今自分に出来る事を…。
混乱する街で不安を募らせている住民たちに想いを届けた勇一。
この言葉が万人に通じたかどうかは分からない。
それでも不特定多数の不安に怯える人たちの心へ呼びかけてみた。
自分だって弱い人間だ。
だからこそくじけそうになる心を互いに支え合いながら進んでほしいという熱い思いを今の飾らない言葉で語りかけた。
不安に支配された人々の視界が少しでも晴れ、周りの人を思いやれるようになっていくと願いたい。
勇一が発言し終わった後、マイクの後ろでまた日本語のやり取りが小さく聞こえる。
「勇一!伝わったよ。きっと。」
「そうか。じゃあ放送終わるか。」
そう言ったかと思うと『防災行政無線局』からの“緊急放送”は終了となった。
物語はドイツ編後半。攻勢編になります。
ドイツでの現地取材を経てリライトをする予定です。
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頑張って執筆を続けていきますので、よろしくお願いします。