56-2 タクトの不具合
【56話】Bパート
「何だこの男の子…」
相手と交錯した瞬間に膝じん帯を破壊した真也。
「こっちが言いたいぜ。
聞いてない!
一体誰だこいつは?」
そう言って体制を立て直した後、真也を睨みつける。
立ち合う前はやや余裕の表情を浮かべていた軍人風の男2人だったが、その2人がかりでも倒せない目の前の青年に対して信じられないというような表情をする。
「片足は生きてるか?」
「ああ。2.5人ってイメージで頼むわ。」
そう言ったかと思うと、もう一人男がどこからともなく現れた。
細身だがこの男も色々と武器を仕込んでいそうないで立ちだ。
暗い中、新たに参戦してきた相手の身なりをまず確認する真也。
状況は3対1になった。
異様な雰囲気を醸し続けている軍人達…
今まで対峙してきた相手の様に体がやたらとでかいワケではないのだが、死地を乗り越えてきたような雰囲気がある。
そして一番気をつけないといけないのが“状況判断能力”である。
“敵わない”と分かれば、それが例え誰であろうと無理に押し切ろうとせず、すぐに加勢を呼んだり、状況によっては自分の体の一部を犠牲にしてでも撤退を選び、仲間へ情報を持ち帰る。
3対1という状況はどう見ても分が悪いが、ここで3人は何としても倒しきらないといけない。
倒さないと次は確実に5人がかりで攻めてくるだろう。捕らわれている仁科さんと葉月をうまく利用しながら…
改めて意識を集中させる真也。
囲まれないように距離を保ちつつ3人とにらみ合う。
ふと片足の靭帯を負傷した男が戦闘態勢を解いた。
「ちょっと話さないか?」
「なぜだ?」
「つれない事言わないでほしいね。こっちは怪我人だというのに。」
「それがどうした。そもそもは…」
「あ~分かった分かった。じゃあさ。」
「!」
突然こちらに向かって仁科さんと葉月を放り投げてきた。
「ぐっ!」
なんとか2人をキャッチする。そして静かに扉の横に横たわらせた。
「いきなり投げるなんて…危ないなぁ。」
「へえ~風の吹きつけてこない所に寝かせるなんて紳士ねぇ。それとも余裕かな。」
「カノジョをそっちに返したんだから、少しくらい話につきあえよ。なあ少年。」
「……」
「そんなに警戒するな。
あんた子どもの癖に相当強いな。ウチの隊長より強いんじゃないか。
それはまぁいい。
どうだ、一つ取引をしないか?」
「取引だと?」
「うちらの事をどれくらいご存じか知らないが、少年なら入る資格がある。
こちらの隊に入らないか?
入隊すれば一生くいっぱぐれはないぜ。いい話だろう。
ここで“うん”と言えば俺が隊長に話をつけてやる。
軍人クラスとしては最高の契約だ。」
「時間稼ぎか…」
「違う違う。スカウトだよ。スカウト。」
「入隊すれば自分はお前達の子分になるわけか…冗談じゃない!!」
「下手に出ればいい気になりやがって。
死ね!」
その言葉を合図に3人は一斉に飛び掛かってきた。
相手はいくつも奥の手を隠し持っているうえに頭がキレるプロの精鋭達だ。
真也は対峙する僅かな瞬間で判断した。
“奴らは絶対に足を負傷したあの軍人に意識を向けさせ囮にする!自分を確実に仕留める為に!”
予想通り足を負傷した男が2人の隙間から踏み込もうとしているのが見える。
“彼はフェイクだ!”
足を負傷したその男が放った手刀のような斬撃を避けることなく正面からまともに受ける真也。
鮮血が飛び散る。
「何?受けただと!」
傷を負いつつも真也があくまでロックオンしていたのはその後ろ…彼を死角にしつつ踏み込んできた2人だった。
「下がれッ!」
しかし間合いまで踏み込んできた2人を逃がさない。
下がろうとする2人の足を掴んだかと思うと、強引に自分の手元へ手繰り寄せる。
“この1瞬で決めるッ!”
「ギャアアアアア!」
骨の折れるような鈍い音と共にビル街の夜空に悲痛な声が響き渡った。
* * * * *
「足が…へっ…もう笑うしかないな…」
両足の関節、そして靭帯を完全に破壊され、身動きが取れなくなった3人。
「殺さないのかよ?俺はあんたとあんたらの仲間を殺そうとしたんだぜ。」
「生きてるみたいだからいい。それに…」
「真也は人を殺すような人間じゃないのよ。分かった?」
不機嫌な顔でそう言うのは仁科さんだ。
あれから2人共無事意識を取り戻した。
「天摘氏、こっちか?」
“バン”と屋上の扉が勢いよく開いたと思ったら『MF』のメンバーがやってきた。
葉月がこの3人の確保をお願いしたのだ。
『MF』のメンバー達は動けなくなった3人を見るや否や驚く。
直接会ったことはないが、正体を一応知っていたからだ。
「まさかとは思ったが…この3人を……信じられん。」
「へっ。俺もだよ。この少年にやられたんだ。」
「真也君…君がやったのか?」
「“やった”だなんて言わないで下さいよ。動けないようにしただけですって。
その……後はお願いします。」
「すまない。3人はこちらに任せてくれ。責任を持って保護…施設内へ連行する。」
「支部の方へ連行するんですか?」
「ああ。彼らは交渉のカードになるからな。それも特大の。」
「成程…。」
用心を兼ねロープでいたる所を入念に縛りつけた後、やや乱暴に3人を屋上から運び出そうとする。
ただ、去り際に男のうちの1人が真也を挑発してきた。
「あと一人。ウチの隊長さんがどこ行ったか…流石に分かるよな。」
「何?」
3人を捕縛し一件落着という感情が芽生えかけていた中で、忘れていた…
プロの精鋭はもう一人居るのだ。
「そうだった!じゃあ…」青ざめる仁科さん。
「まさか…」
「到着するまであと1時間くらいかな。そこで合流予定だったんだぜ~俺達。」
「いかん!ギュンター氏とハインさんが危ない。」
「仮に間に合ったとしてもどうするんだよ。」
「そんなの決まってる!安全な場所まで連れていー「いい事を教えてやろうか少年。人兵器の試作型も一緒だ。」
「それがどうした!」
「分からんか?」
「分かるかよ!」
「じゃあ行って対峙してみればいいさ。吉報を待ってるから。ハハハハハ、ガハッ!」
“カァン”という鈍い音と共に笑っていた男は白目を向いて気絶した。
後ろから誰かが警棒のようなもので後頭部を思いっきりどついたのだ。叩き方に容赦がない。
「さっきのカリ×4や。バカタレェ!」
「生一さん!無事だったんですね!」
「おう!俺が一番軽傷やったんや。生きとるけど今3人ともHP1やねん。」
「?」
「まぁライフが限りなく0やから動けん言う事や!」
「もうちょっと丁寧に説明してよね、生一。」
「うっさいねん。それより急ぐんやろ!下にバイク出しとる。総長仕様のヤツ。」
「助かります!」
「真也君、もう行くの?」
「真也っ!まだ傷が…」
このまま邸宅へ乗り込まんとする勢いの真也に向かって仁科さんと葉月がかけよる。
急いで服の中から包帯を取り出して手渡した。
「あなたの事を心配している人がいるのを忘れないで!真也君!」
「絶対に…帰ってきて!静ちゃんと…皆で待ってるから。」
「はいっ!」
力強く返事をした後、真也は生一と共にビルの階段を駆け下りていった。
「大丈夫かな…真也君…」
少し心配そうな顔をする葉月。
「大丈夫なわけないだろ。東洋人のお姉さんよ。」
つい前、葉月を抱きしめて締め落とした男が後ろから話しかけてきた。途端に嫌悪感を見せる葉月。
「正直対峙するのがウチの隊長だけってなら少年に分がある。でもな…今回ばかりは流石にあの少年、死ぬぜ。」
「何言ってんのよ!」
怒りの表情を見せる仁科さん。
「あんた達は“人兵器”ってものの恐ろしさを知らなすぎる。
人間が束になろうが…銃を何発撃ち込もうが……
ミサイルを撃ち込もうが起き上がってくるんだぜ。」
「嘘…」
「ウソじゃないさ。そうでもないと俺達が今こんなに余裕でいられる訳ないだろう。」
その言葉に妙に信憑性を感じる。
言葉づかいは軽くても彼の“目”が本気だったからだ。
「対峙しちゃいけない存在に出会ってしまったんだよ…あんたらは。」
「あの時、あの東洋人たちにも言ったんだが…知らなくてもいい世界もあるんだよ。それを見極められなかった事があんたらの敗因だ。」
「この…」
「現に火災は広がり続けている。街には不安感が充満している。このままだと暴動だって起きるだろうな。」
「うるさいっ!黙れ!!」
「葉月っ!」
「天摘氏。抑えて!
まずはここから降りよう。
我々はこの3人を確保することが今の優先事項だ。」
『MF』のメンバーと共にビルの下まで降りていく仁科さんと葉月。
しかしさきほど彼らに言われたセリフがどうしても気になってしまう。
「“知らなくてもいい世界”って何よ!
私たち市民は何も知らずにただ目の前の理不尽を受け入れていろっていうの…」
ビルを降りて搬送車で移動する仁科さん達。
火災に乗じあちこちで暴動が起きているようで、この数時間で街はさらに混乱していた。
* * * * *
ビルの下には『MF』特別仕様の中型自動車が停められていた。
後部座席のその後ろが簡易的な鉄格子になっている。
ひとまず3人をそこに放り込んだ。
「すいませんが足が完全に壊れてるんでねぇ…そーっとお願いしますよ。なんせ歩けないんでさあ。」
こんな状況なのにどこか余裕の表情を見せる3人が不気味だ。
しかし車が発進してすぐ、そんな彼らにばかり意識を向けていられないような状況を目の当たりにする。
街の各地で火の手が上がっている…
そして消火活動が明らかに間に合っていない…
町全体が煙臭い。
怒鳴り声やクラクションの音があちこちで聞こえてくる。
そんな混乱続きの市街地周辺から一旦距離を取ろうと考えた市民達によって道路が大渋滞を起こしていた。
仁科さん達が意識を失っていたこの1時間程の間に、街の混乱がさらに大きくなっていたのだ。
鉄格子の後部座席奥から男達のヤジが飛ぶ。
「さっきから全く進みませんがどうします?このままだと車に閉じ込められたままですよ。」
「黙ってて!」
「目の前の現状を伝えたまでだ。そしてあの議員サンは来ない。」
「何でそんな事が言い切れるのよ。」
「バカ息子が頑張ってくれたみたいだ。意図もろくに理解してないのに従順だねえ。」
「何よそれ!ハインさんとギュンターさんは知り合いなのよ!」
「それも知ってる。
でも彼女には兄の様な威光は無い。その辺も分って言ってるのかな?相手は大人だぞ。」
「……よくそこまで知ってるわね。私たちの情報…」
相手はかなりこちらの情報をリサーチ済みのようだ。
「いや。君達の存在までは知らなかったよ。」
「そうなの?」
「本当?」
「ああ。それが一番の収穫だ。」
「!!」
「特に今回我々に対してのこの“手際のいい対応”
…おそらく君たちの中に裏で指揮してる人間がいるんだろう?
…どんな人間か是非お目にかかりたいねぇ…」
「誰があんたに会わすもんですか!ふざけないでよね。」
「ふざけてないさ。こちら側が無視できないくらいの“目につく存在”として認定されたんだから。」
「まさか今、盗聴を!」
「無い無い。してないって。
気を張り過ぎだよお嬢さん。
とにかくどう転ぼうが上のモノから君達の存在は“認定”されるだろう…おめでとう。」
「認定とかやめてよね!
だったらどうなのよ。私達を……どうするつもり?」
「さあね。
私達はもうこの有様だ。流石にこれだとプロジェクトからは退席するしかないからな。
後は“上のモノ”が決めるんじゃないかな?君達の待遇。」
「待遇だなんて聞き捨てならないわね。
まるで自分達はそっちの手のひらで操られていて、その気になればいつでも踏みにじれるみたいな言い方じゃない。」
「そういう自覚はないのかな?」
「ある訳ないでしょ!ふざけないでッ!」
「“絶対に”無い……と言い切れるかな?」
その言葉に体中から嫌悪感が走り、体中が震え出した。
「い……や……いや…。な…何者なの…あんた達って…」
「さぁね。踏みにじられる頃に気付くんじゃないのかな…何者だか。」
物語はドイツ編後半。攻勢編になります。
ドイツでの現地取材を経てリライトをする予定です。
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