56-1 タクトの不具合
【56話】Aパート
ハラルトさんと『MF』メンバーのグリムバートさんの2人が市庁舎の奥へと入っていくと、何やら人だかりが出来ていた。
「何だ?この庁舎内で。暴動か?」
不思議に思った2人は、その人だかりの輪の中へ入っていく。
「キミは…勇一君!?ここに来ていたか。」
「グリムさんっ!」
そこには今回の作戦の当事者である勇一が庁舎内の役場の人間に向かって必死で訴えかけている姿があった。
しかし言葉がたどたどしいのもあり、どうもうまく庁舎の職員達に想いを伝えられない。
傍で肩を貸していた静那もなんとか“思い”を伝えようと一緒になって嘆願していた。
しかし目の前の職員たちはただただ難色を示している。
「何があったというのかね?ギュンター君の代理だ。」
ハラルトさんが声をかけると職員のほぼ全ての人間が驚き振り向いた。
「ハラルトさん!どうしてここに?」
「詳しい話は後だ。今、街が緊急事態なんだろう。そこの彼がどうしたというのだ?」
「それが…
この2人組が急にこちらの『防災行政無線局』へやってきて“市民に対して演説をさせてくれ”などと言い始めたのです。
言葉は喋れるようですが彼はどうみてもアジア系…その…確か日本人だとか。
さすがに自国民でもない人間に許可なく国営放送させるわけにはいかないと。」
「おそらく彼は今回の放火事件に関しての注意喚起をしたいのだろう。
人種など関係ないではないか。」
「ですが、その場合だとまず申請書の記入が規則ですし…発言するなら庁舎職員が代理で放送するのが基本でありまして例外は…」
「緊急の事態なんだろう!書類をいちいち通していては混乱が止まらんようになるぞ!
“異国の人間が例外的に”など言っている場合ではない。」
「ハラルトさん。それでもこれは規則です。」
「今はドイツ国民が危ない。特に街中では不満が急速に広がっている。それでも規則に則る事の重要性がどこにある。」
「ですが…」
話をしている間、勇一と静那は目の前の人間・ハラルトさんを真也が無事保護し、ここまで連れてきてくれた事を理解する。
状況を理解した後、勇一ももう一度嘆願する。
「お願いします!今の街の混乱状況について説明をさせてください!」
「キミは外国籍だ。仮に許されても突然の申し出に即答できるはずがなかろう。」
難色を示される。しかし引き下がれない。
「ならば私がこの件の責任を受け持とう。」
ハラルト氏が前に出た。
「ハラルトさん!ですがそれは!」
「話をさせてやってくれないか?
彼らは決して怪しいものじゃない。私が保証する。
それに彼ら日本人は決して己の利益などで動く連中じゃない!
今しがたこの私が助けられたように。」
「…そうでしたか…しかし私の一存では何とも言えません。」
「なら誰ならいい?いますぐ掛け合いに行こう。キミらも一緒に来なさい。」
ふいに勇一と静那の方を見てそう告げるハラルトさん。
状況を素早く察知し決断していく姿に行動力のある人間だと直感する。
「はいっ!お願いします。」
“この人に賭けてみよう”
2人は足早にさらに奥の部屋へ進むハラルトさんの後を追いかけていった。
* * * * *
こちらは現役の政治家であるギュンター氏の邸宅。
日も暮れた中、市街地からやや離れた場所に位置する自宅を訪れるハインさん。
先ほどからトランシーバーより街の混乱は耳にしている。
仁科さんと葉月が行方不明になっている件も耳に入ってきた。心配で胸が張り裂けるような思いだ。
しかし彼女は前を向く。
ハインさん達にとって今ベルリンで一番頼りになる存在であるギュンター氏…
彼にメディアを通して“今回の不可解な火災事件は我々国民を分断するための計画である”という旨を伝えてほしい。
それで今回の戦局は変えられる。
相手方の計画はひとまずではあるが大きく後退させることができる。
緊急事態が続く中、ハインさんの鼓動は高鳴っていた。
「緊張…してるよね。」
運転席からセルジオさんが呼びかける。
「はっ…はい。」
「大丈夫だ…君にはお兄さんがついている。」
その言葉で一気に気持ちを持ち直す。
「そうですね!」
そのままの落ち着いた心情を保ちつつ、ギュンター氏の邸宅へ到着した。
車を駐車させ、自宅内の待合室へ案内される。
秘書の人間にはハインさんに対して面識のある方もいたのでそこまではすんなりと入れた。
しかし“先ほどから彼はずっと電話会談をしている。もう少しこちらでお待ちください。”との事で結構待たされている。
待合室にて2人待機したまま20分が経過した。
「遅いな。」
「そうですね。ギュンターさん…誰と電話してるんだろう。」
尚も電話の対応は終わる気配がない。
小声でセルジオさんが告げる。
「おそらくだが…」
「え?はい。」
「誰かが足止めしようとしているんじゃないかと。」
「え…」
「彼がやってきたら過激な事を言うのは一旦控えよう。誰に何を吹き込まれているのか分からないからね。」
「はい…」
不安が駆け巡る。
しかしここまで来たのだ。後戻りなんて出来ないとハインさんは気を引き締めた。
「大変待たせたね。それと久しぶりだねハインさん。」
ふいにギュンター氏がやってきた。
彼女が彼と直接会うのは1年ぶりくらいだったのだが覚えてくれていたようだ。
「そちらの方はお初にお目にかかるのだが、ハインさんの知り合いという事で良いかな。」
「はい。この度はお時間を取ってもらい大変ありがとうございます。
ハインさんの兄とは親友でして。」
1年ぶりの会談だがあまりゆっくりしている時間は無い。
自己紹介は程ほどにして、ハインさんは今起こっている火災事件は確かな首謀者がいるという旨を手短に説明する。
しかしギュンターさんは終始難しい顔をしながら話を聞いていた。
話を聞き終えた後、少し寂しそうな顔でギュンターさんは告げる。
「キミも総長に負けず活発だね。
…でも残念だが最近あまりよくない噂を耳にするんだ。」
「よくない噂…ですか?」
「ああ。君達を非難するつもりは無いよ。
ただ…お兄さんがかくまった流れ人…確か元東欧社会主義国の人間だったか…
彼らが混乱を意図的に引き寄せているんじゃないかという話を聞くんだよ。」
「そ、そんな…」
「実際にお兄さんが保護し、所帯が膨らんだあたりから事件も頻繁に起きている。
お兄さんの今までの活動は大いに評価するのだけれど、逆に争いのタネを作っている首謀者ではないかって声が挙がってるんだ。」
「それは誤解です!」
「私もそう思ってるよ。彼とはそれなりに付き合いがある。
無下にするつもりは毛頭無い。
…ただ彼の功績と同時に起こった問題もあるのは事実だ。
過激派ではないかと噂され、私も最近は庇いきれなくなってきている。」
「それが今回の事と…」
「単刀直入に言おう。
今回君たちの発言には信ぴょう性がない。
まるで誰かにそそのかされたように感じる。」
「それは違います。」
「なら誰かにかけあってみるかい?
すぐに話の全貌を信じてくれるかな?
私はそうは思わないな。」
「でも現に街のあちこちで火の手が上がっていて…」
「今日は特に寒さが厳しく空気も乾燥している。
誰かが計画的に事故を起こしたというには判断が尚早だ。
メディアに向けて声明を出すのなら猶更だ。“説明責任”というものがある。」
ここで流石に厳しいと感じたのか、セルジオさんも声を上げる。
「ギュンター氏。
今回の事件は紛れもなく計画されているものです。
それを証明する手立てはいまここにはありませんが後日必ず提示致します。
ただ、ここは混乱を沈める為にも無線局までお越し願えませんか?
ギュンター氏の声で避難と団結を呼び掛けて頂けるだけでいいのです。
彼らの狙いは“分断”です。
私たちの第一目的は市民の安全です。」
「ここから現地まではやや遠い。
完全な証拠を提示いただけるまでは向かえんよ。」
「ですが一刻を争うのです。テレビはありますか?現在緊急放送が流れています故。」
「ハインさん…信じたくなかったが…」
「え?」
「実は陰謀論につけこんで私をこの場所から連れ出そうとする輩がいるという注意喚起が先ほどあってだな…その…」
「違います!そんな事。兄さんの大切なお知り合いに対して…」
「ああ。キミを信じるよ。
お兄さんに誓ってキミの言葉を疑いはしない。
だが、君達には事が終わるまでは大人しくしてもらえないか。今立証できるものが無いのなら。」
そう言い終わるとギュンターさんの秘書が10人程待合室に入ってきた。
第一線で活躍している政治家ともなれば流石に警備も厳重だ。
「手荒な事はしない。約束する。
だから邸宅地下のガレージで丸1日は大人しくしていてほしい。」
「なっ!」
愕然とするハインさん。だが気持ちを切り替え、無理矢理でもここから逃げる為に立ち上がろうとした。
その時、やさしく肩に手をやる人物がいた。
セルジオさんだった。
「お兄さんが築いてきた関係を壊したくないだろう。
ハインさん…ここはギュンター氏の言う通りにしよう。」
この判断が正しいのかどうかは分からない。
でもここでハインさんが手荒な真似をしたり逃走でもすれば、ここまで築きあげてきた“兄とギュンター議員との信頼関係”が泡と消える。
「悪いが今日のところは大人しくしていてくれ。
注意喚起の情報がフェイクであると証明したいのなら。」
相手の方が上手だった…
悔しさを滲ませながらハインさんとセルジオさんは邸宅の一番下、地下ガレージに隔離された。
抵抗をしなかったので手錠などはかけられなかったのだが、ガレージの外側からカギをかけられてしまった。
「ごめん…皆……勇一さん…」
月明かりがわずかに差し込んでくる真っ暗いガレージの中で涙を流すハインさん。
「キミが責任を全て背負いこむことじゃないよ。
それよりもよく我慢した。
あとは君の仲間たちに任せよう。」
「でも……小春さんが…葉月さんも…」
涙声で呟くハインさん。
「発信機はつけておいたが…さて…」
セルジオさんもこうなってしまえばもう苦い表情を浮かべるしかなかった。
物語はドイツ編後半。攻勢編になります。
ドイツでの現地取材を経てリライトをする予定です。
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