54-2 志定まれば、気盛んなり
【54話】Bパート
議長・セルジオさん進行で『MFドイツ支部』の大会議室では緊急会議が開かれていた。
それぞれがパソコンのある席に座り、モニター上のベルリン市街地マップを見ながら話が進められていく。
展開はどんどん進んでいく…
特に勇一は2時間前に目覚めたばかりだ。そこから怒涛の様にこれまでの情報を詰め込まされたと思ったら、次は緊急会議ときた。
しかし、遠い意識の中で見たあの未来まで歩みを止めていられない。
現実は大変な事になっているというのに一人だけ怖いぐらい落ち着いた心境に入っていた。
* * * * *
「これが私…いえ、兄が構築したネットワークです。」
ハインさんが前に出てきて、町民とのつながりを簡潔に説明する。
災害などが起きた時は、助け合えるように緊急連絡網を作っていたのだ。
しかしすぐにセルジオさんは反論する。
「何故それを知ってるかどうかは置いておいてだな…
これは君のお兄さんが5年前に作ったものだろう。
作成意図は確か“お互いのつながりを忘れないように”
違うかな?
でも私から言わせたらもう時が経ち過ぎているように感じる。」
「そうですか…」
書記担当のメンバーも付け加える。確か…“ウィルマーさん”だった。
「人間の意識というものは例え家族だろうがそう長く繋ぎとめておけるようなものではないよ。
“絆”というものも結局は個人の心の持ちようだ。」
「はい…」
表情を変えないハインさん。だからといって引き下がれない。
「まず君は全てのキーパーソンに連絡を入れて明後日の事を伝えるんだ。
平和に慣れ、気が緩んでしまっている市民全員にこの緊急の思いが伝わるかどうかは分からない。それでも悔いは無かったと言えるようにくまなくかけていくんだ。」
「はい!」
「いいかい。有事でもない限り“説得”はしない方がいい。気持ちを伝えたら即次にいくような意識を持つんだ。」
「それだったら私のアパートの電話機を使って。
私たちも手伝うから。
行きましょう。」
「会議が終わったら大火に備えて可能な限り連絡を入れていってくれ。」
「分かりました。必ず!」
この会議の後、ハインさんは自分達の町を守るべく、仁科さんと葉月と共に基地を後にする。
護衛として『MF』のメンバー・クラウディウスさんも付いてくれる。
ともかく彼女は“2代目総長”として精力的に動き始める決心を固めた。
「我々は行政が管轄している重要施設に張り付こう。
優先順位としてはまず国家機関だ。
相手はいきなりそこを突いてくるとは思えんが、混乱を起こすなら狙うだろう。」
モニターに映るマップにチェックマークを入れながら、『MF』のメンバー達は適所への配置先を決めていく。
ベルリンの街は広い。
仕方ない事だが、一人ずつ単身で警備にあたる事になる。
それでも重要拠点の放火は絶対に阻止したい。
しかし早々と“留守”を言い渡された勇一は疑問点を感じていた。
ベルリンに火を放つ最中、連中の真の狙いは何なのか?
“こちらの子飼いの政治家”という言葉が気になっていた。
国民の不安と分断のさきがけだけでなく別の意図があるのではないかと感じる。
「議長!今は決議の時間ですか?それとも討論の時間ですか?」
「何かな、勇一君。
一通り各隊員の配置も決まったし…いいよ。話してみたまえ。」
「ありがとうございます。
その…連中は5名の精鋭や試作兵器までも投入するとか言っていました。
それをぶつける意図が見えてきません。
相当な戦力が予想されます。
ただ、その戦力をもって何をしようとしているのかが。」
一斉に勇一の方を見る。なかなか冴えた質問だと感じたのだろう。
「確かに戦争という規模でもないのにな。」
「成程。
それは私も考えていた。
一般警官では太刀打ちできない精鋭…
街に火を放って混乱させたいだけなら確かに豪華すぎる布陣だ。
町民の目を引き付けておいて、大火に乗じ何かを成そうとも見て取れるな。」
「ヴァイマル議員は確か“こちらの子飼いの政治家”という言葉を使っていたと聞いています。
分断を進めていくうちに“敵対する政治家が邪魔になってきた”とも取れるのではないかと想像できます。」
「すげえな勇一。」
「伊達にあの世は見てねえってか?」
「ホント。なんだか目覚めてからの勇一、冴えてるね。まるで別人みたい。」
「おいおい。別人は言いすぎだろ。でもそう思わないか?」
「確かに…
今僕たちは向かってくる勢力に対しどう人を配置して町を守るかに頭がいっぱいだった気がします。」
「ホンマやな。
やってくる相手をどこでどう食い止めるかばっかし考えとったわ。」
「少ない人数だからよけいにね…でも確かにそうよね。」
「セルジオさん。あのヴァイマル議員に対して常に対立していた議員さんって誰だか分かりますか?」
「分かった。すぐ調べる。」
隣でウィルマーさんがネットを使って検索する。…キーボードを打つ手が早い!
「分かったよ。
ギュンター(Günter)という議員だ。あと彼の参謀で盟友でもあるハラルト(Harald)という人物。
ドイツは連邦制国家といって日本とはやや仕組みが違うが、とりあえずこの2名を押さえておくといい。」
「ギュンターさんとハラルトさんですね…」
「ちなみにだが、ギュンター氏は彼女の兄とも面識がある。今まで彼の後ろ盾になってくれていた議員だ。」
「成程…よーしよし。光が見えて来たぞ。」
「何だよ勇一。一人だけ先に進まず俺達にも教えろよな。」
「っつうか目覚めた後のお前、ホントになんか変だぞ。
なんでそんなに冴えてんの?寝過ぎたらそなになるんか?」
「今は変な事言わないの!それより勇一、私たちにもこの後があるの。だから教えて!」
「分かってるって。
ちょっと俺の考案する配置を伝えたいんだけどいいかな?」
「ウィルマーさん書記大丈夫ですか?」
「ああ、是非聞かせてくれ。
我々も迫りくる勢力に対して受けに回る事しか考えがいってなかったからね。」
「分かりました。
では…『MF』の皆さんに指示を出すのはちょっと恐れ多いですが…」
そう言って勇一は真也に肩を貸してもらいながら、ホワイトボードの前に立った。
①から⑤までの番号を真也に書いてもらう。
その上で少し前置きの言葉を発してから話はじめる。
「人間が唯一他の生き物と違うのは“選択ができる”って事。
未来は選べるんだ!こんな所でつまずいてはいられない。」
「“こんな所”なんて一番の重傷者がずいぶん大きく出ましたね。もう後戻りできないくらいヤバい所まで足を突っ込んだっていうのに。」
「あぁ、つまずけない理由が出来たからな!」
* * * * *
「恐らく連中は大火の最中を狙い、ベルリンの分断に反対している主要の政治家や人間を襲って殺害するつもりだと思います。」
勇一の大胆な発言に驚く面々だが、すぐにその可能性を感じとる。
「分断のさきがけなんでしょ。それが町への放火だけに留まるわけがない。
上層部の力を使って社会主義諸国に戻そうとするなら、まず反対する勢力が一番ネックになります。」
黙って頷くセルジオさん。
『MF』のメンバー。そして『総長の意志を継いだ人間』そして日本の仲間達。
この限られたコマをどううまく使うか。勇一は知恵を巡らせる。
「ボードに番号を書いた通り、5班に分かれて警護に当たってもらえたらというのが私の提案です。まずは聞いてください。」
このセリフで書記のウィルマーさん以外は全員勇一の方に注目する。
「まずは①番。
ここは『MF』の皆さんの正規の業務と捉えててくれて問題ありません。
大火の阻止も大事ですが、敵のしっぽを掴むことが皆さんの第一優先事項だと認識しています。
だからそちらを優先させて頂いて大丈夫です。
ただし、通信手段などは助けてほしいんです。大火にならないように情報網では当日もハインさん達現場の人間を陰ながら協力してほしい。
お互いの通信が途絶え、それがトリガーとなって混乱しないように。」
「分かった。
我々は彼女達の情報網の手助けをしつつ、本来の目的を進めていて良いという事だな。」
「はい。通信経路を守っていただけるのなら。
あと消防署への呼びかけなどもお願いします。」
「了解した。」
「次に②番。
これは俺達の仲間が受け持ちます。
大火決行の日、『MF』が指定してくれたポイントへ放火が起こってないかの見回りをしてほしい。八薙が中心となって、皆のガードを一応頼む。」
「おうよ。やったろやんけ。」
「分かりました。指定ポイントを巡回するってのならやりやすいですね。」
「ああ。この広いシティ全体を守るんは流石に無理やからな。」
「次に③番。これは真也に頼みたい。」
「はい。」
「さっき言ってた“ハラルトさん”
彼の自宅に行って一日護衛を頼む。
もし多勢に無勢のようなら市庁舎(Rotes Rathaus)まで案内し、保護を頼む。」
「分かりました。」
「そして④番。
ハインさんにお願いしたい事なんだけど。
政治家のギュンターさんに今回の計画を説明して、町が混乱する前に公共放送(ARD)で注意を呼びかけてもらえるように説得してきてほしい。
お兄さんと顔見知りなんだろ。
俺達みたいな異国の人間には応じてくれないだろうけど、ハインさんなら話を聞き入れてもらえると思う。
この町の秩序を守り続けてきたという意味で面識があるハインさんが出向いてくれたらきっと…」
「分かった!勇一さん…でしたよね。なんとかやってみる。」
「今回一番重要なミッションだと思う。
セルジオさん…当日は彼女についていてもらえませんか?」
「ほう…私を指名か…
10代のキミから任務を委ねられるとは思わなかったよ。」
「すいません。」
「いやいや、いいよ。遂行させてもらう。異議は無いよ。」
「ありがとうございます!」
「それで最後に書いている⑤番の所…もしかしてキミが何かやるのかな?」
「はい。最後の項目は残った自分と静那の2人でなんですが…」
「キミはまだきちんと動けないしどこかで待機していた方が良い。不服かい?」
「いえ、違います。
確かに自分はまだろくに体を動かせません…ですがそれでもやれる事はあります。
国籍は違いますが市庁舎(Rotes Rathaus)の『防災行政無線局』へ今回の件をかけあってみます。
悔いは残したくないですし、それに…」
「それに?」
「ここではあまり派手に動けない静那だって同じように思うだろうと…
やれることがあるはずだ。何か力になりたい…と。」
「確かに、そうだろうな。」
「市庁舎へ到着したらその日は施設内で待機しておきます。静那が安全な場所で極力動かないようにしてもらうにはこれが一番かなと。」
「それがいいかな。
実は当日各々が各拠点に向かった後、この場所が割れないように用心を兼ねて丸1日は施設の電源を全て落として閉鎖しようと考えていた所だ。」
「…でしたら。」
「ああ。その案で行こう。翌日は各々何もせずにどこかでじっと隠れていてもらう形になるが。」
「大丈夫です!いけます!」
「皆も異論は無いか?」
「そうですね。もっと考査に時間を要すると考えていましたが、これはなかなか。
まるで先を見越した先人の意見かのようで驚いています。」
「私もここまで早く事が決まったのは驚いているよ。
彼には何かこう…先見の明があるように感じるね。」
「そんな…先見の明だなんて…」
さっきまで大胆に配置を指示していた勇一だが、途端に顔を赤らめて申し訳なさそうな顔をする。
“ちょっと勢いで前に出過ぎたのかも”という苦い表情だ。
しかし葉月が席に戻った勇一の背中を後ろから軽く叩きながら称える。
「“人事を尽くして天命を待つ”って言うじゃない。あとはやるだけよ。
だからこの決断、胸張ってもいいんじゃない。
おかげで迷いなく明後日を迎えられそう。
…ありがとう。今日はゆっくり休んで。」
「異議なしだな。
それでは各々、抜かりなく!」
そう言って会議はお開きとなった。
その後はプリントアウトされたマップが全員に配られる。
そして何やら頑丈そうなトランシーバーも渡された。
当日はこれで連絡を取り合う方針だ。
小谷野と兼元は感慨深げに呟く。
「かつて出会った『MF』とまさかミッションを共にすることになるとは思いもせんかったな。」
「ああ…奇縁って言うんかな…しかも総長の妹さん、ハインちゃんも加わってさ。」
会議室からの去り際、勇一達の姿を見つめながらハインさんが一人呟く。
「昔、兄さんがよく話してくれてた日本の“維新志士様”の話って何だか……まさかね。」
* * * * *
2日後にはドイツの混乱と分断を防ぐために一致団結して出動する。
メンバーは国連でも国家警察でもない…
有志ある国境無き市民の集まりだ。
紛争や戦争は起こってしまえば歯止めがきかなくなる。だからその前になんとしても阻止したい。…そのためにも悔いは残したくない。
「あとは己の心意気次第…」
市内外れにあるハラルトさんの自宅の場所、道や所要時間をチェックする真也…
八薙や兼元、小谷野達も街中の土地勘を少しでもつけるために指定されたポイント間の距離と時間を確認しあう…
仁科さん達のアパートでは、休む間も惜しんで電話をかけ続けるハインさん…
皆が寝静まり、凍える深夜に入ったら、今度は3人で寝る時間を交代しながら『MF』クラウディウスさんの護衛と共にポスティングで当日の注意喚起を呼び掛ける…
ハインさんにとっては総長の意志を継ぐ人間としての初任務ということで、並々ならぬ意志を抱いていた。
“兄さんがそうしてきたように、絶対にこの町は私が守ってみせる…”
そうして舞台は2日後…ベルリンの朝を迎えるのであった。
物語はドイツ編後半。攻勢編へ進みます。
ドイツでの現地取材を経てリライトをする予定です。
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